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「あんた……いつの間に?」
洸太郎の前のカフェオレを目にした日菜が、唖然とした様子で呟いた。
「えーっと……さっきどこまで話したんですっけ?」
日菜から目を逸らして、洸太郎はつむぎに聞いた。
「……三国干渉までだよ」
つむぎは苦笑いしてノートを確認した。
隣で日菜が、刺すような目で洸太郎を見ていた。
「了解っす! 明治二十八年の三国干渉の後、ロシアは清国と密約を結んで、清国の中に鉄道を通しちゃうんっす」
「えっ? 何で?」
洸太郎が地図アプリを開いた。
「ほら、ここがウラジオストクっす」
北海道から日本海を挟んで西にある半島を指差す。
「で、ウラジオストクの西側はもう中国なんっす。黒竜江州っていうんっすけど、ここを西に行けば……」
「またロシアに入るんだね!」
「そっす! ロシアはここに真っ直ぐ鉄道を通して、シベリア鉄道と繋げたかったんっすよ。『東清鉄道』っていうんっすけど」
「うんうん。それで?」
つむぎが図に線を足しながら聞いた。
「で、日本が手放してフリーになった旅順と大連を、今度はロシアが二十五年借りたんっすよ」
「……何で?」
「港のためっす。ロシアって、冬になると港が凍っちゃうんっすよ」
「あんなに広い土地があるのに、凍らない港が一つもないの!?」
つむぎが目を丸くした。
「まぁ、シベリアの冬は厳しいっすから」
腕組みをした洸太郎が、知っているかのように頷いた。
「北はツンドラ気候で永久凍土が広がってるし、大部分は亜寒帯気候ですよ。冬場はマイナス十度以下です」
「さっすが日菜センパイ! 高校のセンセー目指してるだけあるっすね」
「……あんたに言われると、なんか腹立つ」
日菜が嫌そうに顔を顰めた。
「少し休憩しようか」
碧人がチョコレートとポテトチップスの袋を、全員がつまめるように開けた。
つむぎは、考えながらこれまでの話をノートに書いていた。
「あざっす!」
一番に洸太郎がチョコレートを二つ口に入れ、カフェオレをおいしそうに飲んだ。
「……よくそんなに甘いものばっか食べられるわね」
日菜が白い目で見て、身震いしていた。
「ところでつむぎ、当時の軍の主力ってわかる?」
ノートを書く手が止まったタイミングで、碧人がつむぎに聞いた。
「うーん。飛行機ですかね?」
「残念。ライト兄弟が飛行機で初めて空を飛んだのは、一九〇三年。えっと……明治三十六年。日露戦争の前年なんだ」
碧人が柔らかく笑った。
「そっす! 本格的に飛行機が使われるのは第一次世界大戦からっす! 当時は戦艦が主力なんっすよ」
「そっか。だからロシアは凍らない港が欲しかったんだ」
つむぎはノートに目を落とした。
「三国干渉でロシアは日本に『返せ』って要求したのに、そのロシアが旅順や大連を借りたら、日本は面白くないんじゃない?」
「そーなんっすよ! でもその前に、清国の話をちょっとしとくっす」
「わかった」
つむぎはシャープペンシルを握った。
「日清戦争が終わった後、列強各国に『清国、意外に弱いな』って思われちゃったんっすよ。で、フランスやドイツ、あとロシアを脅威に思ったイギリスが、清国の一部を租借して支配するようになったんっす」
「ドイツは宣教師が殺害されたことに対する賠償として、ほかの国は日本に払う賠償金を貸すとか、いろいろと理由をつけて、一定期間の支配権を得るんだよね」
「日本も福建省を勢力圏にしますよね?」
日菜がさらりと言った。
「三人とも、ちょっと待って」
つむぎがスマートフォンを出して検索した。
各国が中国を分割した、色分けされた地図を見つけて、それを簡単にノートに写した。
「センパイ、ほら、イギリスは上海の周辺を租借するんっす。これ、大分ロシアを牽制してるっすよ。明治三十五年に日英同盟も結びますしね」
「……たしかに」
洸太郎の言葉に頷いて、つむぎはイギリスの租借地を黄色マーカーで塗った。
「で、やっぱりこんだけ他の国が入ってくると、中国の人たちも面白くないじゃないっすか」
「うん」
「なんで、一九〇〇年、明治でいうと三十三年? に『北清事変』ってのが起きるんっすよ」
「『義和団』っていう宗教団体が武装蜂起して、北京の公使館を包囲するんだよ。それを各国が軍を動かして鎮圧するんだ」
「そんときロシアは満州に軍隊を置くんっすけど、鎮圧後もなかなか引かなかったんっすよね」
「ロシアは朝鮮にも手を伸ばしてきますしね」
「……なるほど」
つむぎは、碧人と日菜の補足にも頷きながらスマートフォンを見た。
満州はロシアや朝鮮と国境を接している。東清鉄道の路線や遼東半島も満州の一部だ。ノートにそれも書き込んだ。
「日本も満州と朝鮮半島を狙ってたんで、そっからロシアと交渉っす。『満州はそっちが支配していいから、朝鮮はこっちが支配するね』って」
「……交渉は成立しなかったのね」
「そっす! で、日露戦争ってなわけっす」
つむぎが顔を上げた。
「これで本が読めそう。洸太郎くん、わかりやすかったよ。ありがとう! みんなもありがとう」
「本当、意外に説明上手だったわね。見直したわ」
日菜がにっこりと微笑んだ。
「センパイ……」
「はいはい」
日菜は追い払うように手を振った。
「一番戦いが激しかったのは、旅順攻囲戦なんっす。中でも『二〇三高地の戦い』っていうのが有名なんで、ここは押さえておいてください!」
洸太郎はそう言うと、授業に行ってしまった。飲み残しのカフェオレをしっかりと持って。
日露戦争は、それまでの戦争と比べると被害が大きかったという。
慶一郎は、どこで亡くなったのだろう。
そう考えながら、つむぎは再び本の表紙を開いた。




