8.狼煙の源 前編
時間は14時を迎えようとしていた。集合場所であるコンビニエンスストア、その脇の喫煙所の手前で、一人佇んでいる女子が居た。高校生であり、もとより大企業一家のお嬢様であるケイトが煙草を吸う筈もなく、その店の出口の近くでは迷惑がかかるため少し離れているだけのことだった。
ケイトは横断歩道の向こう側の景色を見ながら、ふと、小学生の頃のこの場所での出来事を思い出す。
◆◇◆◇
ケイトの習い事の帰り道。天気予報をあざ笑うかのように、2時間早く豪雨がやってきた。傘を持参してこなかったため、やむを得ずそのビルの隅で雨宿りをしていた。しかし雨は収まらないどころか、さらに強くなっていき、幼いケイトを心細くさせていた。
(こんなに大雨だったら頼んでもいいかな……)
そう自身を納得させて、スマホを手にした。人には迷惑をかけたくない気持ちがある。たとえ、何か困った時は直ぐに電話をするように言われていても、なるべく人の手を借りずに解決するという子供なりの気配りがあるからだ。電話をかけるとすぐに相手が応対した。
「お疲れ様です、お嬢様。コンビニの前ですね。そこなら7分程で到着いたします。これから向かいますので、しばらくお待ち下さい。では!」
「うん、ありがとう」
自分から説明することなく、その返事だけですぐに迎えが来てくれる。
朝比奈家のお嬢様であるケイトは実はいつでもその居場所が完全に把握され、その安全が保たれている。ケイトが自分から助けを求めない限り出向かないのは、父親である社長の命令のためである。しかし実際のところは、ケイトの居る位置のはるか上空に、常時ケイトを見守る飛行機体が存在しており、ケイトに何らかの危機があった時、時間にすればおおよそ一分でケイトの目の前に『救出班』が現れる事が出来るようになっているのだ。しかしその班は雨宿り程度では動かない。こう言った場合に動くのは、『地上班』で、それもケイトが求めた時だけやってくるのだ。
(向こうの山の方は明るいのに……いつ止むんだろう?)
そう思った時だった。傘を差した小豆色の髪の毛の女の子が、ケイトの方に走ってきた。
「やっぱりだ〜! ケイト〜!!」
「あぁ! 茜!」
そこは茜の家の近くだった。ベランダからはコンビニが見える。茜が大慌てで洗濯物をしまっているときに、ふとそちらに目をやるとケイトがコンビニ近くに居たので来てみたのだ。そして傘を持っていないためにここで雨宿りをしているということがわかった。
「あぁミスったぁ~! 傘もう一本持ってくれば良かったじゃん! ちょっと待ってて! もう一本、家から取ってくる!」
「あ、大丈夫だよ! いま車がきてくれ…」
子供のころの茜は、思ったらすぐ行動する女の子だったので、少し早とちりすることがたまにあった。ケイトの返事を最後まで聞くことなく、来た道を戻ると5分程でまたやってきた。
「はい!! 傘持ってきた!」
「ありがとう。それは凄く嬉しくて申し訳ないのだけど…」
と言い、同時にやってきたASAHINA Groupと車体の横に印字されているワゴン車を指さして言う。
「でも頼んじゃった…」
「あ……あぁ〜! あたし、またやっちゃったのか……あはは!」
茜の笑顔が大好きなケイトはそれを見て自分も笑顔になる。地上班のドライバーがワゴン車から出てきて、丁寧に話し掛ける。
「お嬢様、どうぞ。よろしければお友達もご一緒に。どうぞ!」
「乗っていく?」
ケイトが茜に聞くと、
「なんか逆に悪いなぁ。でも……じゃあお言葉に甘えます!」
「はい!」
ワゴン車は二人を載せて静かにコンビニをあとにした。
◆◇◆◇
ピンポンピンポン…
その思い出に浸っていると、コンビニのドアチャイムが鳴った。顔をドアに向けると、出てきたのは、今、回想していた小豆色の髪の色をした女の子の成長した姿だった。
「あ、茜! もう居たんだね!」
「あぁケイト! おっつ~! トイレに行ってたんだ」
今日は学校全体が午前授業のみの日。一旦帰ってから待ち合わせることになっていたが、二人とも、着替えずに制服のままだった。
コンビニのガラスに貼ってあった『市のポスター』をみながら茜が言った。
「今年は江茂志市の催し、何をやるんだろうね?いつも突然決まるよね。ここの市長さんは、計画立ててないのかしら」
「何が開かれるかは全然わからないね。ただ…」
「うん?」
「今年は曰く付きの年なんだ」
「曰く付きの年?」
「江茂志市の地方紙を前から注意深く読んでいたら、あることがわかったんだ」
「あること?」
「この街の市長、基本的に任期が終わっても、次また当選して結果継続するんだけど、変わる時は任期を待たずして、突然副市長だったひとが市長に変わったりしてる。そして変わる直前には、❝とんでもない催しが開かれるんだ。今までで一番ヤバかったのが、❝ロッククライミング・フェスティバル。実は死人も出たらしい……。発起人は当時の市長なんだ。その後、元市長がどうなったとか、普通公開されたり問題視されるはずなのにまるで元から居なかったかの様に白紙になり、副市長が市長となっているんだ。それが大体5、6年に一度……。そしてそろそろそのタイミング……」
「え!? ロッククライミング・フェスティバル? 凄い危険な大会だわ……」
「だよね……その時代に心が居たら参加しそうだけど……」
「はは……確かに……で、それが今年で、何か起こると?」
「そうなるかも知れないし、ならないかも知れない……それは市長のみぞ知る……だろうなぁ……」
それはケイトにとって、新たな知見だった。それは茜の読書好きからもきているのだろうと思うと同時に、茜のいうこの江茂志市にずっと根付いてるいわくの存在を聞き、不安を抱いた。
約束の時間を五分程過ぎた時だった。
「あ、心とレナが来た!」
「うん!」
心とレナが、信号の向こう側で青信号を待っているのが見えた。なにを喋っているのかは分からないが、楽しそうにお互いを小突いたりしている。
「おっつー! さっきぶり~」
「やぁやぁお二人さん! ってかごめん! ちょっと過ぎちゃった」
「ごめーん!」
「大丈夫!」
「うんうん」
「それじゃあ……あの山の赤いビームの発生源の場所へ、行ってみよう!!」
「おー!」
コンビニから目的の山までは、10分も掛からない距離だ。山がある北方面への道は一つしかないのでその道を歩くしか無かった。
この世界には、二峰が接近して並んだ『双子山』と呼ばれるものが幾つも存在する。それはこの江茂志市にもあった。内陸と海岸を隔てるように聳えている双子山。その内の片方の山は、巷で得体の知れない何かが居ると噂され、通称ヤマンバ山と呼ばれている山だが、今から心たちが行こうとしているのはヤマンバ山ではなく、標高の高さから双子山とされているもう一つの山の方だ。その名前は呉塩土山。ヤマンバ山よりほんの少しだけ標高が低いその山は通称、『クレッシェンド山』、『くれやま』などと呼ばれている。クレッシェンド山はヤマンバ山の麓を左手に通りすぎた先にある。
ヤマンバ山の麓のその道は、休日ともなると近くのアスレチック施設で賑わっている子供達の声が聞こえてくる。そのため歩道と隣接している道路も結構な交通量だ。鬱蒼とした木々や巨大な看板に遮られているため、施設内の全貌は、利用者のみが知る特権だ。しかし日ごろそこから漏れ聞こえてくる楽しそうな子供たちの声は、中の賑わいを雄弁に物語っている。そこに隣接している世界中に名を馳せるハンバーガー店が、同じく多くの人々を引き寄せているであろうことも容易く想像できる。しかし今日は平日。その施設の辺りから子供の声は聞こえない。道路の交通量も少なめで、心たちが通り過ぎた時は施設に入ろうとする車も無かった。
そこを過ぎてからは少しずつ道の分岐が多くなっていった。分岐に差し掛かった時は山の赤いビームを頼りに歩いてきた心たちは、暫くすると目的の赤いビームのあるクレッシェンド山の入り口に繋がる幅の広い道に到着した。
その時間から登山で頂上付近まで行こうとすれば、帰りは暗くなってしまうであろう事は容易に想像出来た。四人が今日の放課後で良いと思ってやってきたのは、頂上に行くための『ロープウェイ』がある事を知っていたからだった。登山では数時間はかかるだろうが、それに乗れば、すぐに山頂に着くことが出来る。
入り口へと繋がる大道の左右には、山に訪れるものを歓迎するかのように平日でもそば屋や団子屋、土産屋が営業していた。
「あぁ、お腹へったなぁ」
「ふふ、帰りにやってたら寄ってみる?」
「うんうん!」
レナがそれらの店を見ながら言うとケイトが答えた。
「あ! あそこがロープウェイ乗り場だ~!!」
心が指をさしながら言った。
「うん!」
四人はロープウェイ乗り場の方へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ケイトがロープウェイの無料チケットを持ってきていたため、心たちは500円ずつ払うことなくそれに乗ることが出来た。中々広い車体だ。3つある乗降口の内の中央の入口から乗り込むと、4人は中を仕切っている乗務員にチケットを手渡すと、その半券を受け取った。
「往復券ですね、帰りまで無くさないよう気を付けてくださいませ~」
「はーい!」
心が元気に応えた。他には、先頭の右側に二十代後半と思しきカップルの乗客がいた。
「私たちも先頭の方に行こうよ!」
「カップルがいるけど、邪魔じゃないかな……?」
「別に大丈夫でしょ?」
茜がいうとレナがカップルに気を使って言ったが、心の言葉で同じく進行方向である先頭側へ向かった。カップルは進行方向に向かって右隅にいたので四人は左側に行った。心が進行方向正面のガラスの前に立ち、これから上っていく上の方を見つめた。レナは左側側面の手すりに寄りかかり、ケイトはレナの対面に1メートル程距離をあけて立つ。そして茜はレナ・ケイトの間、心の対面1メートル程の位置に立った。
しばらくすると車内に録音の再生と思しきアナウンスが流れてきた。
「こんにちは。みなさま、クレッシェンド・ロープウェイをご利用いただき、誠にありがとうございます。標高350メートルの呉塩土山頂上まで、総延長958メートル、約9分間の束の間の旅ですが、美しい街並みをどうぞ、お楽しみ下さい! 私、清田 鈴の声がみなさんをナビゲートします! ……では発車いたします。最初の揺れにはお気を付けください」
グゥォォォォォ……
「わぁ!」
心は楽しそうに目を輝かせていた。それを見てレナが言った。
「ふふ、ロープウェイ初めてか?」
「うん!」
「そうなんだ!?」
茜が応えた。上っていく方向にはあの赤いビームが未だ輝き続けていた。その為かその周りの空の色も少し赤みがかって見える。
「今日は凄い綺麗な空模様だね。どこもかしこも綺麗な青空だ」
隣のカップルの男性が女性に言った。
「そうだねー!」
四人はそれを聞いて不思議がった。
(あの赤いビームによって青空じゃない部分もあるけれど……?)
とも思ったが、他人なので何も言わなかった。
「あ! 知ってる? 青空といえば、青空心って言う人、知ってる?」
「!?」
カップルの女性が言った。その瞬間から、4人はそのカップルの会話に聞き耳をたてた。尤も、そのカップルの会話の声が大きく、普通に聞こえてくるのだが。
「知ってるよ! この町じゃ有名だからね。女の子だけど、そんなに背も高くないのに、男勝りで、喧嘩っ早くて、とても強いんだってね。それがどうしたの?」
(まぁ……!!)
ケイトが目を丸くして口に手をやった。茜とレナは面白そうに聞いており、当の本人である心は自分が噂されてることがなんとも落ち着かない気分になった。
(こういう風に噂されてるんだ……わたし!!)
「その青空心ってのは、高校2年生らしいんだけど、私の従姉妹も高校2年の女子なんだよねぇ。昨日電話で話したんだけど、青空心を知らないかって聞かれて。見たことは無いっていったら、そっかーって、すぐ電話切られちゃったんだけど、会いたがってたわ」
「どうしてその従兄弟、その子を探してるんだろ? 喧嘩の勝負でも挑もうとしてるのかな?」
「いや、従姉妹は喧嘩するような子じゃないわよ。もしやるとしたらスポーツだわ。スポーツ少女だから」
「でも青空心って野球やサッカーしないんでしょう?」
(あぁ……答えたい! 野球でもサッカーでも、何でも相手してやると……言いたい……)
心は少し苛ついているようで、手すりにおいた手動かしトントンと音をならした。心以外も黙っているがそれをみて心の今の気持ちを知ってか、顔は笑っていた。
「でも喧嘩だけでしょ? 強いのは! つまり不良でしょ!!」
「だね! 喧嘩が強いってなっても、今じゃ何の役にも立たないさ。それに不良の根性なんて、たかが知れてる。ふっ…。女の子でしょ? 多分俺でも勝てる」
(かっちーん!!)
「(あ……!)」
「(あ……!)」
「(あ……!)」
心の中で何かが切れたようなその音が、他の3人にも聞こえた気がした。
「ちょっと!! 野球でもサッカーでもなんでもやってやるよ!! で、お兄さんは今、俺でも勝てるって言ったよねぇ! やってみる!?」
「え……?」
「えぇ……!?」
カップルの二人は知らない少女が突然喋りかけてきてびっくりしたがその内容からその子が青空心なる人物、本人であることがわかったが信じられない様子だった。
「えぇ~~!!」
心の形相から、たぶん本当なのだろうとカップルは思ったが、ダメ出しの心の一声。
「私が……青空心だ!!」
心はこれで二人を黙らせる事ができるなと思ったが、そんな思いとは裏腹に、
「まぁ!! 可愛ぃ~!!」
「こんな子だったのか!噂ってのは、やっぱり当てにならないものだなぁ!!」
「ぎゃはははははははは!!」
「あははははは!!」
「はは……」
大笑いしたのはレナと茜だった。ついでにレナは心に言った。
「心、可愛いってよ! 良かったじゃーん!!」
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁあ!!」
「そうです、この子が青空心です。でも強いのは本当です!」
「へぇ~!!」
茜が心を称えるように両手をひらひらさせながら言った。
「うふふ」
「もうっ!」
お嬢様笑いのケイトが笑うと、心は怒っている表情はみせつつも少し落ち着いた様子になった。
「へぇ……君がかの有名な青空心さんかぁ。良かったらサイン、貰えるかな!?」
「え、私もお願い!!」
「サイン!? そーんの、なんてやってないよーだ!!」
「あら残念!!でもまさか青空心さんが君のような人とはなぁ! びっくりしたよ。失敬失敬、勝手に噂してごめんね。でもこれじゃぁ、俺でも勝てるって思ったことは、あながち嘘でもないかなぁ……可愛らしいから別に強そうに見えないんだけどなぁ。うん、普通に可愛らしい女の子じゃん!」
「そうよね。可愛い!! もっと、なんていうか金髪とかなのかと思った。あと顔も男みたいな顔してると勝手に想像してた!」
「さ、左様ですかぁ……」
「ぎゃははははははは!」
心以外はまた笑いながら会話を聞いていた。
「でさー! その、従姉妹!? 名前なんて言うの?」
「あぁ……会いたがってたし、可愛い女の子だから、名前と……ついでに電話番号も別に教えちゃってもいいかぁ!! 真帆実だよ!『切下真帆実』っていうよ!! 江茂志三高の二年生だよ! 闘いたいっていってたから、その時は宜しくね!」
「うん。別にいいよ!」
「電話番号は……」
「わかった、ありがとう! なら私も電話番号教える!」
スマホにその名前をメモする心。その人物といつか闘えることを思うと自然に笑みがこぼれた。競技を選ばず、相手が私と闘いたいというのなら全て受けて立つと日頃から思っている心にとって、対戦相手のことをメモすることは楽しみの一つなのである。
「ふぅん! 本当に勝負ごとが好きなんだなぁ!」
「うん! 誰とでも勝負したい!!」
「でもなんでそこまで?」
「相手が強かったら、今よりもっと強くなれる気がするから!」
「はぁ……どうしてそんなに強くなりたいの?」
「……それは……教えられない……かな……」
「あら、残念」
その男性と心の会話をみんなで聞いていたが、突然の心の拒絶が会話を止めた。その答えを知っているのはレナだけだった。
◆◇◆◇
それはレナが通っていた道場に、心が通い始めてから1年程経過したころの出来事だ。心の家から5分程の場所に河原へ続く小道がある。その日、心とレナは道場の終わりにそこを通り、河原で夜空を眺めていた。その日肉眼で彗星の観測が可能であることをニュースで知って、心がレナを誘ったのだ。一際大きく輝いている星をみながらレナが言った。
「やぁ、綺麗だなぁ!」
「うん!」
そのロマンチックな星空に後押しされたのか、レナが以前からの疑問を心に投げかけた。
「心は、何故、そんなに強くなろうとしているんだ?」
「うんと、自分が思う正しい行動をする時に、強さが伴っていないと上手くいかないことがあるかもしれない。そうなりたくないから!」
星空の美しい光景とレナの真剣な表情での問いかけが、普段は自分のことをいいたがらない心の心情を緩めたのかもしれない。心も真剣な表情で、率直に応えた。
「いつかその時がやってくるからってこと?」
「そう!」
「何か目的があるってこと?」
「そう!」
「それは、いつなんだ?」
「わからない……でも絶対取り戻す」
「何を……取り戻そうとしているんだ?」
心は徐ろにスマホを取り出し、スマホとそのケースの間から、折り畳んだ一枚の茶封筒を取り出す。
「それは……?」
「この中には、線香花火が入ってる。いつも持ってるんだ」
「うん」
「小さい頃、よく一緒に遊んでいた一つ歳上の幼馴染の男の子が自分のお小遣いで買ってプレゼントしてくれたものなんだ」
「うんうん」
「私ね、自分の実の両親のこと、知らないんだ。その男の子もそうだった」
「え?」
「私は4歳のころ、児童養護施設に居たんだ」
「……そうだったのか……」
レナは心のその言葉に驚いたが、家庭の事情については深く触れなかった。
「そこで仲良くしてくれたのが、その男の子。名前は『ナオト』くん。ナオトくんは私がいじめっ子にやられていた時、いつも助けてくれる、とても強い子だったんだ」
「ナオトくん? 初めて聞く名前だな。私も会わせてもらったことないよな?」
「うん。もう、離ればなれになっちゃったからね」
「ん? 引っ越しちゃったのか?」
「ううん、ちがう……」
「ん……?」
その時心の顔が悔しそうな表情になったのをレナは見逃さなかった。
「10年以上前だけど、江茂志市で『神隠し事件』が多発したの、知ってる?」
「あぁ、知ってる。この街じゃ今でも有名な話だからな……」
「ナオトくんは、その犠牲者なんだ」
「え……」
「ナオトくんが連れ去られた時、わたしはすぐそばに居たんだ。二人で施設を飛び出して、遊んだ帰り道の出来事だった。私、近くの派出所で、目の前で起こった出来事をそのまま話した。でも、子供の虚言だと言われて門前払いにされた。だから頼るのをやめた」
「え……? 何があったんだ?」
心は立ち上がり、大きな木の手前にある『杭』が打ち込まれている地点まで歩いた。
「二人で、この木の下でしゃがんでいたんだ」
「え!? そこで!?」
「そう、丁度ここ……。私、地面に直径20センチくらいの真っ黒な穴を見つけたんだ」
「真っ黒な穴?」
「この、私が打った『杭』の場所……。表現が難しいのだけど、真っ暗というより、本当に真っ黒だったんだ。だからどうなっているのかと、どうしても気になって、手を入れてみようと、手を伸ばしたんだ」
「うんうん……」
「そしたらその小さな穴が一瞬で大きく膨張したんだ。それで私が中に落ちそうになった。その時、ナオトくんが体当りして私を突き飛ばしてくれたんだ」
「うん……」
レナは夢中になって聞いていた。
「転んだ後に振り向くと、そこにはナオトくんを捕まえている黒いバケモノが居たんだ」
「黒いバケモノ?」
「ナオトくんを助けたかったけれど、震えて何も出来なかった。ナオトくんは、来るなと……。そしてナオトくんとその生き物が穴の中に吸い込まれる様に消えると、今度は穴が一瞬で小さくなって消えた……。ナオトくんは、私のせいでそいつに連れていかれたんだ……」
「えぇ……」
その一部始終を聴かせてもらったレナは信じがたい心の言葉に驚愕した。
「でも、私はナオトくんはどこかで生きてる気がするんだ。その時の消え方は、殺すとかじゃなくて、これからナオトくんを何かに利用しようしてたように思えたから。だからいつか……チャンスがきたら、助け出すつもりでいるんだ。そのために、私は強くならなくちゃいけないんだ。あの時、涙は枯れたから。もう泣かないって決めたんだ!」
「そんなこと……とても信じられないな……いや、信じたいよ……ただ、現実離れすぎていて……」
「その時、ナオトくんが施設から持ってきた使い捨てカメラを私が持っていたんだ。そこの木、二箇所、横線が縦にならんでいるでしょ? ナオトくんが誕生日だったからお互いの背の高さにあわせて木に線を引いて、記念撮影しようって」
「え……!? あぁ! これ!? 本当だ! たしかに横線が引いてある!!」
「そう。そしてそのカメラでその瞬間も撮っていたんだ。それは警察にも見せたけど、写真がピンボケしてるって全然相手にしてもらえなかった。これを見て……」
心はレナに写真を何枚か見せた。木の前で一人ずつ撮った写真。真顔の表情で写っている幼かった頃の心。微笑んでいる男の子。二人の身長に合わせて互いに木に横線の目印をつけた時の写真。そしてピンぼけした、森の中が無造作に撮られたような写真の次に、小さな黒い穴の写真と、それが直径1メートル程になった時の写真。最後の写真は、レナが今まで見た事のない生物の、頭部と思しき部分が、こちらをみているように見える写真だった。最後の一枚がそのように見えるのは、心が既に説明してくれたからだ。それを疑いなしに信じることができたのは、心がレナにとって親友であることと、話している心のその表情から伝わってくる真剣さがあったからだ。
「マジ……かよ……何なんだ……この黒い生き物は……」
「びっくりでしょ?」
「あぁ……でも信じたわ! 今の技術なら簡単にアプリでこのような写真を綺麗に作る事はできると思うから、警察はいたずらだと思ったのかもな。でも私は、心はそういう事自体できるほどスマホを頻繁にいじって無さそうだし、仮に出来たとしても、そんなことわざわざしない奴だと知ってる。だから信じられる。しかし、なんなんだこの、生物は……こんな生き物見たことがない……真っ黒で、目や爪の部分が緑色に光ってるな……」
「うん……信じてくれてありがとう。レナはやっぱり親友だ。これが、私が強くなりたい理由なんだ」
「……納得したよ。 あぁ、だからよく学校の帰り道、わざわざここにきて座り込んだりしてるのか! やっとわかった!」
「うん……」
再び、一際輝く星を見る二人は、少しの間沈黙した。レナは、自分と出会うまで心がたった一人で、過去の自分と向き合い、鍛錬し続けてきたその過酷な人生に絶句するとともに、この世には到底信じがたい事実というものが実在するのだと思い知らされた。心は、誰にも言ったことがない自身の身の上のことやナオトくんのことを、レナには伝えて良かったと思った。
「あぁ……流れ星……!!見えた?」
「うん! 見えた!!」
「いつか、会えるといいな。そのナオトくんに!」
「うん!」
それは中3の初夏の夜のことだった。
――続く




