9.狼煙の源 後編
「ご乗車の皆様束の間の天空への旅、如何でしたでしょうか。間もなく、目的地の呉塩土山頂上に到着いたします。お荷物のお忘れなきよう……」
山頂着地点のトンネルに入った途端、外が暗くなる。出口は北と南に分かれている。別れの挨拶をしてくるカップルの男性。
「さぁて、着いた! 君たちも楽しんでね! どこかで逢えたら、またね!」
「ばいばい!あ、お姉さん、真帆実によろしく!」
「うんうん!こちらこそ真帆実に会ったらよろしく~」
カップルは先にロープウェイから出ていき、江茂志市が一望できる南の出口へと歩いて行った。心たちも出たが、逆に北の出口を目指した。別れの挨拶をしたのに同じ方向へ歩くのも気まずくなるからだ。
トンネルを抜けると、頂上は木々に囲まれた公園といった感じに広がっていた。足元は砂利道、広さは面積でいうと100平米程しかなく、中央には団子屋とジュースの自動販売機が二つ並んでいるだけだった。公園の北側は断崖絶壁で、心たちの目的である赤いビームが放たれているのはその方向だ。4人は横一列になって赤いビームを目指すと、すぐに崖の手前の北西の海を広く一望できる場所にたどり着いた。
鎖の仕切りで隔てられているが簡単に跨いで超えることは出来る。あたりにだれも居ないことを確かめ、仕切りを越えた。その先には、横幅が一人分程度の小道が下へと伸びていた。右側がむき出しの地層の壁になっているその下り坂を歩いていく。しばらくすると高さ4メートル位の大きな岩が上から見えた。赤いビームはその岩から伸びていた。
「どうやら赤いビームの発生源はあの岩のようだな!」
レナがそう言うと心は赤いビームを見ながら言った。
「太いビームだ。直径一メートル位かな……」
「下、行ってみる?」
茜が一応確認するが心は既にそのつもりだった。
「行こう! 近くに行ってみないと謎のままだし!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「みんな足元に気をつけて」
ケイトが注意を促す。心を先頭に、レナ、茜、ケイトの順で小道を降りていく。まだ明るい時間だが、途中、木の陰で暗い所もあった。そこで茜が躓き、レナにぶつかった。
「わっ!!」
「イテっ!」
「ごめん!」
「大丈夫か?ふふ」
「眼鏡……持ってくるべきだったかな……そこまで悪くはないからあんまり掛けないんだけど」
「へー!茜って眼鏡かける人なんだ?」
「たまにしか掛けてないけどね!」
◆◇◆◇
鳳茜は、小学三年生の時から実は自分の眼鏡を持っていた。それは幼少の頃から読書が大好きだったのが原因だ。それが功を奏したのか、小学生の頃から他の科目と比べると国語の成績だけはずば抜けていたし、漢字テストでは殆ど毎回満点だった。しかし、眼鏡を掛けた時の鏡の中の自分が、あまり好きではなかった。傍から見れば『眼鏡女子』は「真面目そう」だとか「頭が良さそう」だと言われるが、茜にとっては、鏡に映るその姿は、自分の内面の暗さを見透かされているに思えてしまうからだった。
先ほどレナに、茜の笑顔には魅力があると褒められたことに対し、すんなりと嬉しく思えないのはそういった考えがまだあったからなのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
小道の一番下にたどり着くと、海側への左折の角になっていて、曲がったその正面には周りが木々に覆われた、五十平米程の広場があった。広場といっても人の手が加えられたものではなく、依然として地面は砂利道だった。その中央に、赤いビームの源である岩がある。四人は警戒しながらその岩に近づき、同じ方向からその岩を見つめる。
「これは岩というか、石碑みたいなものか……ほらここ、何やら文字が書いてある!」
見落としが無いように観察する為、前かがみになったレナが言った。
「レナ、ビームの中を見て!?」
心が何かに気づき、レナに言った。
「うん? 岩でなくて? んー!? なんだあれ……」
その直径1メートル程の幅のビームを見て、レナが不思議に思ったとおりの返事をするが、茜もケイトも同じように不思議がっていた。
赤いビーム、それは光線だ。ならば透過してうっすらと向こう側の風景、つまりそこらの木々が見えるはず。しかし赤いビームの部分に存在する情景は、背後の木々でもなくまた向こう側の海でもなく、全く異なる情景を映していたのだった。
「これは……砂漠……?」
心が言った。
「そうだな……どうなっているんだ……」
レナが赤いビームと、周りの木々を見比べながら応えた。
「うん、この場所の……木々の風景とは全然違う場所が……見えるよね……?」
「うん……」
眉をひそめながら茜が言い、首を傾げながらケイトが答えた。
「何かの……ヴィジョン……投影……か?」
「でも、これは最近の立体映像の技術じゃないわ!見え方が違うからわかる!」
「砂漠の景色の奥にピラミッドのようなものも見えるな」
レナが、見つけたものを指さして喋りだすと、他の3人はちぐはぐな内容を口にする。
「え? ピラミッドなんてないよ? ここは城のような建物の中じゃないのか」
そう答えたのは茜だった。
「え? 私が見えるのは……夜の砂漠の中の街のようだけど……?」
「いや……マスクをした女の人が剣で何かと戦っている!!」
ケイトと心も見たままを言っただけだった。
「え? 意味がわからない! 見えているものが違うのか!? 何か、ヤバくないか!?」
レナがそう言ったその時だった。ビームの伸びている天の方から、ビームの線が薄くなっていく。それがすぐに石碑まで達すると、今まで見ていたそのヴィジョンとともにフッと消えた。
「何だったんだ……今のは……!?」
心の問いに答えられるものは誰も居なかった。皆、言葉を失っていた。気を取り直そうと石碑をさらに観たレナが言った。
「これは……文字だよな? この八角形の形は……紋章?」
「こんな文字、見たこと無いな……」
「昔の言語?」
「わけがわからないぞ……」
「あ……」
心以外は、見当がつかないと言った感じだった。心だけが何かを感じ取ったようで、その文字と思しき一箇所を指差し、なぞりながら口にする。
「アグダラ……」
「え?」
「ん?そう書いてあるってこと?」
「うん。アグダラと読める……」
「え?なんで読めるんだ!?」
茜とレナが当然の疑問を心に投げかけた。しかし心は
「わからない……」
と答えた。
(何故読めるのだろう?)
(心の言っていることが本当ならアグダラとは何の名前なんだろう?)
(アグダラという言葉、どこかで……)
そんなことを考えながら4人はこの石碑に他に秘密がないか、さらに至る所を調べた。しかしこれといって他に気になるところは何もなかった。消えた赤いビームがまた出ないかと待ってみたが、何も起こるようすはなかった。ここにきてから1時間ほど経過したころ、もうここに居ても何も変わらないだろう諦め、四人は消化不良の気持ちのままその石碑をあとにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
頂上に戻り、団子屋で休憩することにした心たち。店に入り案内された座敷席のテーブルを囲み、顔を近づけてヒソヒソと話した。レナが自分の話している内容を半ば疑念を持ちながら言った。
「まとめると……アグダラっていう場所? がどこかに存在していて、その土地にはピラミッドや砂漠の街があって、お城もある。またマスクをした女剣士が何者かと戦っている。みたいな?」
「四人それぞれが見たヴィジョンの内容を合わせるとそんな感じ……だね……」
茜が応えるが、茜もそれをみたものの、あまり実感がわかない。そもそもあの赤いビーム内のヴィジョンが立体映像ではないとケイトが言ってもその証拠はない。しかし、ただの作り物だとした場合、では「誰が作った?」「何の意味が?」と疑問が出てくる。じゃあ「『アグダラ』はどこのことか?」となって、試しにネットで探しても出てくるのは、旧ソ連のある地区の名前でアグダラと言う地名があったらしいがそれは昔のことでその名前はもう使われていないらしいし、そこは砂漠でもないので恐らく関係ないだろうと判断した。ではどこだとまた考え、皆黙り込んだその時、それまで暫く沈黙していた心が、いち早く団子を食べ終わりお茶を飲んだあとに言った。
「みんな……これを観て欲しいんだ。レナには見せたことがある写真だよ」
「あぁ、あれか!」
心が見せたのはナオトくんが穴の中にひきずりこまれた時撮った生物の写真だった。
「な、なに?……この生き物……動物……じゃないな……」
「とても……信じられない……けど……この人は大丈夫なの?」
それをみた茜とケイトの素直な感想は、レナが初めてそれをみた時の感想と同じだった。とても信じられない光景だが、そこに映っているからこそ確信を持てる。そしてまず心にそんな写真加工の技術はないと思えてしまうし、わざわざ『アプリ』を使ってそんな意味のないイタズラをする子ではないことはわかりきっている。見た事もない生命体が穴の中に人間の子供をひきずっている瞬間の写真を見せられたら信じるしか無い。心が静かに喋りだす。
「アグダラが……地底なのかどこなのか、それはわからない。未だ世界に認知されていない場所なのかも。そしてこの生き物……頭・身体・両腕・両足があり、殺さずひきずりこむという思考を持っている。どのくらいの知的生物なのかはわからないけど、さっきレナがまとめた内容にまだ入ってない情報があるんだ……」
「え!?」
「私が見た、砂漠でマスクをした女剣士が戦っていた相手。その敵対していたやつが、この黒い生き物そのままだったんだ……!!」
「え!?」
「そう、なのか……」
「それなら、話が繋がるな!」
レナが答えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「そう、なのか……」
それは茜の驚嘆を表す言葉だった。地球上のものとは思えない、見た事もない生物が写っている写真を見せられ、さらにそこに写っている生物が、ヴィジョンで見たアグダラにもそれが居るという。しかし心とは違うものといえど赤いビームの中に、実際に自分の目でアグダラの様子を見たため、それを疑う余地はなかった。
『それなら、話が繋がるな!』——そう言ったのはレナだったが、彼女は既に、心からナオトくんが黒い穴に引きずり込まれた時の話を聞いていたからこそ、素直に聞き入ることが出来た。レナは心に、いつか自分に教えてくれた、その日の真実を、ケイトと茜にも共有するよう促した。そして心からその内容を聞いたケイトと茜は、レナが2年前に聞いた時の様に、それを現実として受け取った。
レナの見解はこうだ。モンスターが引きずり込む穴。そこからアグダラという場所に行くことが出来て、ナオトくんをこちらの世界に連れ戻し助ける事が出来るのではないか?という、ごく簡単な話。
「いつか……いつかチャンスがあったら、私はここへ行きたい」
「そうだよな……」
心の心情を一番知っているレナが相槌を打つと、心は続けた。
「そのアグダラの地では、女性が剣でその得体のしれないモンスターと戦っていた。つまり危険な場所だということ……。命に、関わることかもしれない。アグダラという場所が、どんな所かもよくわからない。行けたとしても……もしかしたら、帰って来れないのかも知れない」
「そう、よね……」
ケイトも相槌を打ち、心はさらに続ける。
「元々、みんなを巻き込むつもりはない。だから……もし、皆の内の誰かが、このバケモノか、その黒い穴を見つけた時は、逃げたあと私に電話でもして教えて欲しいんだ。すぐその場所へ行って、私一人でアグダラへ行きたい」
「…………」
沈黙が続いた。それを聞いた三人は、それぞれ自分の家族や自分の事を思うと、簡単には「行動を共にする」とは言えなかった。その先で、何が起こるかわからない。他人がここ最近の心たち四人を見ていたなら、言ってしまえばケイトと茜の二人は心たちとは昨日知り合ったばかりの関係……。たとえ昨日、いつか素晴らしい思い出となるであろう出来事があったからといって、『命を共にする程の関係』はない。そうまでする理由はない。3人の微妙な気持ちを察したのか、心がさらに語り出した。
「私は……4歳だったその時に、自分の信じる道を進むと決めたんだ。その為に強くなろうとしてきた。不良と呼ばれる男たちと喧嘩してるのは、実戦でも強くなろうとしていたから。学校だって別にどうでもいい。そしてやっと、ナオトくんが居るかもしれないアグダラへの糸口が見えた。みんなには悪いけれど、今の私は自分の目的の事しか考えていない。ナオトくんを連れ戻したいから私一人で行く。もしそこに居る可能性が少しでもあるなら、行く!だから……もし見つけたら、教えて欲しいんだ」
――続く




