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10.招待

 心・ケイト・茜のもとに、レナからメッセージが送られたのは、クレッシェンド山での出来事から数日経過したある日のことだった。


『明日家に招待するから午後1時半に来てほしい』


 心は、毎日のように道場のあるレナの家に通っていたため、今から来いと言われても迷わず行ける場所だったし、最近の出来事の連続と、また何か進展があるかもしれないという期待から、素直にその招集に対してわかったと二つ返事で返した。


 ケイトも二つ返事で返した。スマホでの連絡は親友の茜か自身の両親、若しくは朝比奈グループ関係の人としか交わした事がないので、レナからのメッセージがとても新鮮だった。ケイト自身に起こった奇跡を経てからのケイトの心のバイオリズムは上向きであったことが二つ返事の理由だが、もしかしたら、その奇跡に関連する新たな知見を得られるかも知れないという期待もあったし、その家が、この近所では大豪邸として知られる神宮寺家への招集ともなると、自身の家以外の豪邸と呼ばれる家に住む人の環境に触れることが出来る機会でもあり、少し楽しみもあった。


 茜は――。


◆◇◆◇


 茜のスマホのガラスはいつも新品だ。というのも、酔っ払った父親にスマホを奪われ、それをぶん投げられた結果画面が割れるという事が頻繁にあり、その都度ケイトが「また割れちゃった……?」と気付くたび、茜の目の前で修理してくれるからだ。最初の数回は朝比奈グループのお兄さんが直してくれていたが何度目かからは、ケイトがそのやり方を覚え、割れたガラスの交換はお手の物となっていた。


「サンキュー!! 別に割れてても気にしないんだけどな~」


 茜がケイトにそう言うたびに、「割れたガラスをそのままにしておいたら液晶漏れで壊れていく一方だから放っておいたら駄目よ」と勝手に取り換えてくれる。親友の申し出には、なるべく甘えないようにしようと決めていた茜だったが、修理だけは甘えることにしたのだった。

 

 茜がスマホの画面を見るタイミングは、一般の人とは違い、どこでも趣味である読書ができるからだ。茜は売れっ子作家であるガイタ・クロの大ファンなので、スマホでも読めるようにしてある。しかしそれだけではない。好奇心旺盛な茜は面白ければ誰のでも読む。その範疇はまだ脚光を浴びていない小説家による著作にも及ぶ。近頃特に面白いと思った小説はKAERUという人で、茜がその作家を特に評価しているのは読みやすさと丁寧さで読むのにストレスを感じないところだ。そのKAERUという著者の今後の動向はこれからも目を離せない。


 他のタイミングは、気持ちが落ちている時だ。画面に親友の朝比奈ケイトの名前の表示が見れるだけで心が救われ、前向きな気分になれるのだ。


 スマホを使うのはその位で、自分から発信するようなことには殆ど使わない。電話をかけることも殆どなく、茜は電話番号登録を自分の家とケイトの分の二件しか登録していなかった。


◆◇◆◇


 茜はまた父親から暴力を受けて気分が落ちていて、スマホの朝比奈ケイトの文字を眺めていた時のことだった。知らない番号からの呼び出しがあった。未登録の電話番号、それは多分、ただの間違いや詐欺電話ではないかと思い、鳴り続ける電話を無視していたら、メッセージが来た。


『おーい!電話に出てくれ~。レナだよ!』


 茜はあわててその番号を登録し、電話をかけた。

 

「あー! レナ! ごめんごめん!! まだ番号登録してなかった……今したよ!」

「そっか! えっと、さっきね、明日の午後1時半に3人で私の家へ来てくれないかっていうメッセージ送って、茜以外は大丈夫ってわかったんだけど、茜から返事来ないから電話かけたんだ~」

「あぁ、ごめん! 今ちょっとボーっとしてた。明日の午後1時半? 大丈夫だよ! わかった!!」

「おー!! じゃぁよろしく~!!」

「オッケ~」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 こうして翌日、3人は神宮寺家の近くの小さな公園で待ち合わせすることになった。その家は、広大なマンモス団地の端にひっそりと立つ、数軒の一戸建てが並ぶ一角にある。その奥には、森に囲まれたアスレチック場を備えた大きな公園施設の『ひなた』村がある。心は小学生低学年のある夏、学校の行事か何かでそこで行われたキャンプファイヤーの催しに参加したときの楽しい思い出がある。

 休日のこの日、レナからの呼び出しを受けた心たちは、レナの家の少し手前にある小さな公園で待ち合わせて集合した。心はそこへ着く前に、とあるマンションの一室から、アコースティックギターの音色に溶け込む可愛らしく透き通った美しい歌声を耳にし、その心地よさに気分を良くし、まだ耳に残っているそのメロディーを口ずさんで待っていると、すぐにケイトと茜が一緒にやってきた。


「やっほー!!」

「おっつぅ!!」

「こんにちは!」


ピンポーン♪


 時間になり、そこへの訪問に慣れている心は、神宮寺の表札の下にある呼び鈴を得意げに鳴らした。


『おー! みんな来たね! 入って入って!』


 インターフォン越しのレナのその言葉で3人は門をくぐった。


「みんな入って入って~!!」


 レナは、あらゆる格闘技や剣術を叩き込まれている。先程まで剣道をやっていたのか、上半身はいつもの紺色のタンクトップ、下半身は袴のようなものを身につけていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 門をくぐり玄関に入るとレナは言った。


「ごめん、ここで靴一旦脱いで持ってきてくれる?」


 母屋の長い廊下を進む。まず目に飛び込んでくるのは圧倒的な庭園のパノラマだ。精緻に整えられた枯山水を思わせる石庭と、共存するように配置された大きな池には、色とりどりの立派な錦鯉たちが優雅に水面を揺らす。その奥には母屋と隣接する道場がある。渡り廊下は、90度に曲がり左奥の離れへと静かに伸びている。

 

「こっちこっち!」


 3人を案内するレナ。廊下を右に一回曲がり、庭を眺めながら二つ部屋を通り過ぎ、三つ目の部屋の襖の前で止まるとレナは小さな声で言った。


「今日は、実は会わせたい人がいるんだ……この部屋だ」

「会わせたい人……?」


 誰の事だか予想がついた心は、若干得意げな表情になった。ケイトと茜は見当がつくはずもなく、目を合わせた互いの顔は疑問の表情を浮かべていた。


ス……タン!!


 勢いよく襖を開けたレナは、和室の書斎の作務衣姿の人物に向かって言った。


親父おやじ、3人を連れてきたぞ!!」

「あ、あぁ……ちょっと待ってなぁ、今メールしてるとこ……そこ、座っててくれ」


 3人の内、心にとっては既に聴きなれたその声。心はふと、この家の道場に初めて来た、3年前のあの日のことを思い出す。


◆◇◆◇


 三年前のあの日、レナとの決闘で人生初の敗北という苦汁を舐めた心は、「もっと強くなりたいならついてきな」という彼女の誘いに導かれ、期待と緊張を胸にこの場所へ足を踏み入れた。

しかし、そこで待ち受けていた人物の顔を見て、心は息を呑み立ちすくんだ。そこにいたレナの父親とは、あろうことか中学校で『鬼教師』と恐れられていた「勘吉」その人だったのだ。水着を無くしたあの日、皆の面前で制服のまま冷たいプールへ放り投げられた記憶が蘇り、心の胸には強い警戒と苦手意識が渦巻いた。

 だが、道場の板間で共に汗を流した三年の月日が、二人の関係を根本から変えた。理不尽で恐ろしいと思っていた鬼教師は、今や心にとって誰よりも背中を追いかけたいと願う、深く尊敬する『師匠』へと変わったのだ。厳しい稽古を一歩離れれば、かつての因縁が嘘のように慣れた口調で軽口を叩き合える――今ではそんな、温かく確かな絆で結ばれた間柄になっている。


◆◇◆◇


「よ~し!送った!」


 事務作業を終えた勘吉が、ノートPCを四角いちゃぶ台の横にスライドし、喋り出した。


「ふむ。お前は朝比奈ケイトだな。無論、朝比奈社長のことは知っている。そしてそっちのお前は、ケイトと仲の良い鳳茜だな! でお前は……えーと?」

「心だろ!! つまんないよ!?」

「親父……心……」


 心と勘吉のくだらないやりとりよりも、ケイトと茜はなぜ自分の事を知っているのだろうと疑問に思った。


「あぁ……ごめん! ちょっと理由があってさ、二人のことは私が、少し説明させてもらったよ」


 レナが補足すると、茜が切り出す。


「えと、初めまして……!」

「よろしくな」

「初めまして!」

「うむ、よろしくな」


 勘吉をみたケイトと茜は、レナの高身長に比べて父親の背が低いことから、(きっとお母さんが背が高いのだろうな)と内心で同じことを思っていた。するとその時。


「お前たち、今笑っただろ……」

「はい……?」

「娘がこんなに背が高いのにその親父はっこいと!!」


 親父は身長に若干のコンプレックスを持っているようだ。


「え? そんなこと……!!」

「あ、いえ! 滅相もございません!」

「ははは!あ……」


 最後に心が笑うと勘吉は心を一瞬だけ睨み、話を続けた。


「ふん、まぁいい……最近レナと、仲良くしてくれてありがとな。今日はお前たちに用があって来てもらったのだ。これから私の妻、レナの母親を紹介したいが、仕事中なので私の後を付いてきてくれ」


 襖を開けて右に曲がり四人を先導する勘吉。レナ・心・茜・ケイトの順でついていった。




――続く

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