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78.漆黒の穴①

「これ、誰が持つ?」


 心が皆に言った。


「私は『純白の書』を貰って、新たに能力を会得出来た……」

「私も自分の『漆黒の書』で能力を手に入れることが出来た……」

「私もだ、自分ので『メカニック』を手に入れた……」

「うーん、心か、魂ちゃんだな!!」

「えっと、私はそれらを持ってはいないけれど、別にいらないよ? 江垣家の血で強くなる……!」

「じゃぁ、最後のこの一冊は、心だ!!」

「わ、わかった」


 最後の書は、心が触れてから一度も拒絶反応を起こしたことは無かった。そしてそれをスイミー特製のショルダーバッグへと入れようとしたその時だった。


「心、ちょっと待って!! 見て!!」


 ケイトのショルダーバッグの中で漆黒の書が輝いている。ケイトはそれを手に取り、なんとなく心が持つそれに近づけてみる。


ファァァァ……


「漆黒の書が……互いに共鳴して輝いているわ!!」

「待って! こっちも!!」

「わ、私のもだ!!」


 それはレナの持つ『純白の書』と、千春の持つ『漆黒の書』だった。それらも共鳴している。


ガヤガヤガヤ……


 夜の校舎の中庭で、五人以外は誰も居ないにもかかわらず、五人の周りからまるで人混みの中にいるような人々の声が聞こえる。


「なんだ!? 敵か!? ブラモンか!?」

「敵!?」


 そういうと皆、素早く漆黒の書を各々のショルダーケース、千春はバッグの中へしまうと、臨戦態勢に入った。しかし、やはり周囲には人影一つない。


「どこにも……居ないようだ……」


 その時だった。


『どうやらお前たちは漆黒の書を集めているようだな……今持っているそれらの本を地面に重ねて置くのだ。それで増幅する……』


 低い声だった。恐らく男だと思った。


「何処だ!? どこにいる!?」

「どこから聞こえてくるのかわからない! しかし聞こえる」

「あんた、誰なんだ!?」


 心が聞いた。


『私は、アグダラの……レジスタンス『EVE《イヴ》』の一人だ。こちら側の音は、卓越感情保持者にしか聞こえない。逆もしかり。しかし聞きとりにくいな……。早く書を重ねて地面に置くのだ……この漆黒の書と純白の書は通信を可能にする……』

「通信を可能に!? これらの本はそんな効果もあるの!?」


 心はそういうと自身の持つ2冊も取り出し、皆が本を重ねて地面に置いた。


「アグダラのレジスタンス……!! 女性のミラをリーダーとする側だ!!」

『よし。お前たちの声が聞きとり易くなった!! 私は今、能力を使ってお前たちを見て話している。私はブラモンではない。そして漆黒の穴を作ることが出来るのは勿論ブラモンだが、今、こちらは人手が欲しい時。だから今、私の横には居るブラモンに、その通路を作ってもらう。そこを通ってくるのだ。』

「びっくらこいたぁ!! 遥か彼方の遠い星の声がそのまま聞こえるなんてね……」


 千春が言った。


「アグダラの人間と話せている……ちょっと感動!!」

「そうね!!」


 レナが言うとケイトが頷いた。


『……お前たちはアグダラに、来ようとしているのだろう?ならば私のいう通り行動しなければならない。私はお前たちのことは知らないが、お前たちのすべきことは既に決まっている。漆黒の穴を開けてあるから今から伝える場所へ行くのだ。しかしその前に伝えるべきことがある。』

「な、何だ!!」

『ブラモン不在の漆黒の穴は、地獄と化す!! 漆黒の穴は一つ上の次元だ。その場の状況を目視してはならない。否、見ようと脳を働かせたその瞬間にお前たちの脳はその情報に耐えられず、狂人と化すだろう。それに耐えることができるのは始祖生物のみ。これだけは絶対に守れ』

「どういうことだ!」


 心が聞き返すと、なんとなく理由を理解した千春が心の肩に手をかけて答えた。


「つまり、漆黒の穴の中は私たちの世界とは物理法則が根本から違う、完全な『1次元上の世界』ってこと。さっき私が説明したよね? 点が0次元、線が1次元、私たちがいるこの現実が3次元。そのさらに上、4次元空間の視覚情報を、3次元の生き物である私たちの脳がそのまま受け取ったらどうなるか……。処理しきれない膨大なデータが一気に流れ込んできて、脳の回路が焼き切れる。だから廃人と化す。……そういう理屈だと思う……けど……しかしどうやって……!」

『その間だけ、見るという概念・認知を脳から消し去るのだ。卓越感情を操ることができるお前たちなら、それが出来るはず。そして場所はここだ。シークの光線でその場所を送る……』


 本から赤い閃光が発せられ、それが天へと上った。


「おぉ、クレッシェンド山やスイミーが作ったビームと同じ光だ……」


『それは他の場所を映すものだ……そ(・)こ(・)はお前たちの『砦』か。だから漆黒の穴の場所をそこにしてもらった』


 心たちは、そのビームの中の光景をみた。


「ここは……!!」

「BRFの施設じゃないか! 親父がその穴をみているぞ!! 砦……か。そして皮肉なことだ……ずっと探していたものが、出発点である自分たちの砦……BRFに現れるなんてな!」


 心とレナが言った。


『そしてもう一つ言うべきことがある。先ほどからお前たちの姿を見ていて、実は『覚悟』を読み取らせて貰った。その結果、お前たちのうち、今アグダラに来ることが出来るのは、以下の卓越感情の持ち主のみとする。それは哀しみ・喜び・驚きの3人。すまないが、他のものは次の機会に頼む。……。それでは、アグダラ入りの健闘を祈っているぞ……。』

「え!? 私が駄目なの!!」


 疑問する魂。


『お前は、覚悟の度合いがわからないのだ。能力的には申し分はないのだがな……すまない』

「私も……駄目だっていうのか!!」

『同じ理由だ……すまない。しかし頭脳は中々のものだ。お前たち二人もいつか我々の強力な戦力となるだろう。期待しているぞ!』


 その声は千春にも丁寧に答えた。

 

「ふっ……そうなんだ……わかった」


 何故か心・レナ・ケイトは合格で、魂と千春が不合格となった。しかし事実、その人物はその覚悟以上に、アグダラへ行く理由があるかどうかで判別していたのだった。


 そうして心たちは、漆黒の穴が発生したBRF日本支部へと向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「魂ちゃん、千春、ここがBRF施設だよ」


 レナの先導により神宮寺家の敷地に入り、神宮寺道場の奥の通路を通って三つ目の踊り場まで下りたところに隠されたシャッターを開けると、心、レナ、ケイトの3人にとっては、もはや見慣れた空間が広がった。一歩中へ入ると、澄んだ青いLEDの光に覆われた近未来的な大空間。奥行きは100メートル以上、左側には高さ50メートルにおよぶ広大な吹き抜けが広がり、幾何学的に配置された数々のデスク、その一部分にはサーバーラックが電子の瞬きを返したガラスで区切られた部屋もあった。かつて心たちがここに来たとき、このフロアの支柱の前にはブラモンのオブジェが展示され、人間とロボットが穏やかに口論を交わす日常があったが、今のそこは従業員たちが慌ただしくやりとりする場と化していた。レナたちが先ほどのヴィジョンで見た場所、これから行こうとしているのは左の吹き抜けフロアの奥だ。漆黒の穴はそこにある。


「な、何だここ……! 今どきの洋画に出てきそうな……研究所……!? 江茂志市に、こんな場所があったなんて……」


 初めて足を踏み入れた魂が、その圧倒的なスケールと先進的な光景に、文字通り言葉を失って立ち尽くす。しかし、魂以上に激しい衝撃を受けていたのは千春だった。眼鏡の奥の瞳を限界まで見開き、幾何学的に配置されたデスクフロア、そこを行き交う薄ブルーの作業着を着た人間とロボットたちの姿を、飢えたように凝視している。


「……嘘、でしょ……。最先端のIT技術って聞いてたけど、本当に凄い……ロボットたちが普通に人間のように振る舞ってる……それにサーバールームのあの段積のサーバーラック、か、か、かっこいい……! ちょっと待って、私、ここで働きたい! 有給も給料も要らないから、このシステマチックの空間にずっと居たい!!」


 千春が興奮のあまりノートパソコンを強く胸に抱え込み、普段の冷静さを完全に失って早口でまくしたてた。そんな千春の様子に、ケイトが小さく苦笑いを浮かべた。

「千春、気持ちはわかるけれど、でも今はそれどころじゃないわ!」

「あ、ああ……そうだった……ごめん、つい……」

 千春は慌てて眼鏡をくいっと押し上げ、強引に理性を引き戻した。


 その時だった。


ウゥゥゥゥゥゥ……


『緊急事態警報発令中!! 緊急事態警報発令中!! 担当部の者以外は漆黒の穴には近づかないように!』


「漆黒の穴はあそこだ!!」

「見える!! 黒い穴が!!」

 

 レナが鋭い声で全員を促し、一同はフロアの左側、暗めな空間に澄んだ青い光が満ちる吹き抜けエリアへと向かうため、エレベーターで下のフロアに移動した。吹き抜けの最奥、広大な空間の突き当たりに近づくにつれ、『それ』をとりかこむ従業員でごった返していた。周囲の青いLEDの光を完全に吸い込むような、異質の闇が姿を現した。

「……あれだ……!! う、浮かんでいる!!」


 心が足を止め、真っ直ぐにその場所を見据える。

 そこには、空間が丸く切り取られたかのような、直径数メートルにおよぶ漆黒の穴が ぽっかりと浮かんでいた。心たちがこれまで見てきたものとは違い、浮かんでいたのだ。それは光を一切反射せず、見る者の遠近感を狂わせるような絶対的な黒だった。その輪郭の周りは、細かく震えるように周囲の空気を歪めていた。ブラモンを研究し続けていたこの最先端の施設。そのまさにその奥で、異星アグダラへと繋がる本物の漆黒の穴が口を開けていた。


「間違いない。ここが、ずっと探し求めていた『扉』だ!!」


 心は拳を強く握り締め、静かに、だが確固たる覚悟を込めて、漆黒の穴の一歩手前で足を止めた。




――続く

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