77.小学生からの挑戦
千春が画面を指差すと、全員その各問題の内容を一読する。
問1 壁で覆われていても、光は遮らない範囲。
問2 始まりは美しく、終わりは骨。
問3 もう一人の僕といっしょによく遊んだ場所。
問4 その二つは一つ上の段階を目指した。
問5 その日その場所にはだれも居ない。「その」は同じもの。
問6 そして僕は未来の自分に託した。
「ちょっと謎めいたクイズだね。これは……なぞなぞだな……」
心が少し身震いしながら画面を見つめると、レナがニヤリと不敵に笑った。
「面白い。一見抽象的に見えるけどさ、皆で知恵を出し合えば絶対に解けるでしょ! やってみよう!」
「まず1番目だ。『壁で覆われていても、光は遮らない範囲』……壁があるのに光を遮らない範囲、範囲?どういう場所だろう?」
レナが画面を指差しながら口火を切る。
「普通に……壁に囲まれているけれど、屋根がなくて太陽の光がそのまま全体に差し込むエリア……ということでは?」
ケイトが顎に手を当てて呟く。
「ちょっと待って、地図出そう!」
千春がノートパソコンの画面を操作し、掲示板のそのなぞなぞの文章の横に、江茂志三高旧校舎の簡易的なマップデータを並べて表示させた。
「あ、これだ!!」
画面を覗き込んだ魂が、マップの一箇所を指差して声をあげた。三方を校舎の建物に囲まれていて、上を見上げれば空となる場所の範囲がある。レナが膝を叩いて言う。
「つまり1番の答えは……えーケイトさん!」
「はい! 『中庭』です!!」
みんな答えはわかったが、レナとケイトの突然の芝居で、まずは1つ目の答えが導き出された。
「よーし! 次だ。2番目『始まりは美しく、終わりは骨』」
レナが腕を組むと、心がすぐに画面に顔を近づけて言った。
「1問目が中庭だったから、きっと中庭にあるもののことだよね! てか答えわかっちゃった!」
「え、マジ!? 言ってみてよ心」
レナが心を指さして言った。
「ゆ、指さすな……コホン、いい?始まりは始業式、四月の春の始まりには花びらが中庭を美しく彩り、冬の終わりには葉を全部落として、寂しい枯れ枝だけの骨のような姿になる!」
「ビンゴ! そうだね! 旧校舎の中庭の真ん中にある! 『一本桜』のことだ!」
こうして2つ目の答えが導き出された。
「3番目だ。『もう一人の僕といっしょによく遊んだ場所』……もう一人の僕って、ドッペルゲンガー的な話か?」
「ドッペルゲンガー……」
レナとケイトは一瞬、秘書のことを思い出し目を合わせた。しかしレナが言った。
「ありえなくもない話だが、ありえたところでこれを書いた当時の少年たちの顔すらしらないからそれが答えではないっしょ」
ふと心が画面のマップデータを指差して閃いた。
「あ、待って! 中庭の隅っこ、一本桜のすぐ近くに、小さなひょうたん型のエリアがあるよ!」
「なるほど。『池』だ。千春が頷いて画面を指差す。水面に映った『もう一人の僕』と一緒に遊んだ場所、か。ふふ……詩的だな」
心と千春の二人の推理によって、3つ目の答えが導き出された。
「問題は4番目だ……『その二つは一つ上の段階を目指した』。……段階? 急にゲームみたいな話になったな」
レナが画面を睨みつけながら首を傾げると、隣にいた心も不思議そうに呟いた。
「その二つってなんだ?」
レナが腕を組んで呟く。
「二つ? 問1は範囲で、問2と問3がその範囲を絞った『場所』を示していた……。二つの場所。今答えた二つってことか? なら、一本桜と池のことだ!」
レナの推測のあと、心が首を傾げて言った。
「段階? ゲームでレベルアップもしたのかな?」
すると、ノートパソコンを弄っていた千春が眼鏡の奥の目をキラリと光らせ、画面のマップと問題文を交互に見つめながら顎をさすった。
「いや、待って。ゲームのレベルアップじゃあないね……。ここで言う『段階』って、もしかして数学の世界の『次元』のことなんじゃない?」
「次元?」
レナが聞き返す。
「そう。位置しか持たない2つの点は、どこにも動けない自由度ゼロの『0次元』。今回のケースで言えば、さっき割り出した一本桜と池という、離れた2つの点のこと。で、その2つの点が、一つ上の段階……つまり『1次元』にステップアップするために目指すものというのは~?」
千春の言葉に、レナがポンと拳を手のひらに打ち付けた。
「点から次元が一つ上がるってことは……線のことか!」
「そういうこと! その前の質問で場所を言ってるんだから、その二つの点を線でどうするかと考えたら……答えは『結ぶ』だ!」
「ああっ!」
レナがハッとして声をあげ、千春の知的な解説によって4つ目の答えが導き出された。
「5番目だぞ。『その日その場所にはだれも居ない。「その」は同じもの』。……『その日』と『その場所』?」
心が画面を見つめる。
「なにかの記念日かな?」
レナが腕を組んで考える。
「学校に居ない日? 土日?」
二人の言葉に、ケイトが指先を顎に当てた。
「あ……なぞなぞみたいだから『その』の部分に同じ文字を入れて成り立つってことじゃないかしら?」
すると、千春がニヤリと笑って付け足した。
「あぁ……レナのでわかった。土曜日、土の場所には誰も居ない。つまり?」
魂がポンと手を叩いて言った。
「『花壇』か!」
こうして5つ目の答えが導き出された。
「さあ、ラスト! 6番目! 『そして僕は未来の自分に託した』。……未来の自分に託す、か。すごくいい言葉だな」
レナがしみじみと呟く。そして皆すぐに答えはわかった。
「十数年後の未来になるまでは絶対に開けないと決めて、当時の思い出やメッセージを詰め込んで、未来の自分へと託すための箱……みんなの行ってた学校ではやった?」
「うちの学校はやったよ!! あとから家に送られてきた!!」
心が言うとケイトが優しく微笑んだ。レナも納得の表情を浮かべている。
「うん、『自分に託した』という表現もしっくりくるな。思い出を詰め込んで土に埋める箱……答えは一つしかない」
「うん! 答はタイムカプセルだわ!」
ケイトとレナの二人が綺麗に答えを導き出し、ついにすべての答えが出揃った。
千春がキーボードを一叩きし、5人が導き出した答えを上から順番に並べて表示させた。
答え1 中庭
答え2 一本桜
答え3 池
答え4 結ぶ
答え5 花壇
答え6 タイムカプセル
画面に並んだ6つの言葉を見つめた者たちは、一斉に文章として繋げて読んだ。
「『中庭』の『一本桜』と『池』を『結ぶ』……『花壇』に『タイムカプセル』がある……」
「バラバラなクイズではなく、全部繋げると出てきた一つのメッセージ。タイムカプセルが埋められている正確な場所を示すひとつのメッセージになってるんだ!」
「素晴らしいギミックだわ。一本桜の根元でもなく、池の底でもない。中庭にある一本桜と池の二つのポイントを直線で結んだその線と花壇が交わる場所にピンポイントで埋められているのね」
ケイトが感嘆の声を漏らすと、魂も言った。
「なるほど、『花壇』に『タイムカプセル』がある、でもわかるかと思ったけど、違う。その花壇は横に長い。『結んだ線上』というヒントがなければ花壇の全てを調べる必要があったってわけか……結局全部あってないとわからないようになってるんだ」
五人の答えがパズルのピースのように完璧に噛み合い、最後の書物が隠された具体的な場所が完全に特定された。 答えに確信を得た五人は、すぐさま夜の帳が完全に下りた江茂志三高の旧校舎へと足を向けた。
そこは昼間でも立ち入り禁止となっている、寂れた広大な旧校舎の敷地。冷たい夜風が割れた窓ガラスの隙間を抜け不気味に鳴り響く。 先ほど幽霊は出ないと心が言ってくれたのに、やはり夜の廃校舎は怖いらしく、魂は心の制服の袖の裾をギュッと涙目で握りしめ、ガタガタと震えていた。しかし心に力強く手を引かれ、どうにか目的の旧中庭へと足を踏み入れた。
静まり返る中庭の中央には、葉をすべて落とした大きな一本桜の巨木が、まるで巨人の手のようにおどろおどろしくそびえ立っていた。その少し離れた場所には、水面が静かに月を映し出す小さな古い池がある。
「ここが中庭……そして、あっちが一本桜で、こっちが池だね。千春、さっきの答え通りに位置を割り出してくれる?」
心の言葉に、千春がノートパソコンの画面で簡易的なマップを開き、中庭の一本桜と池をまっすぐに結ぶ直線をシミュレーションする。
「オッケー、このライン上だ。……ビンゴ、ちょうどこの花壇の土の……ここだ!」
千春が指差した場所は、桜と池を繋ぐ直線上にある、今は枯れ果てた古い花壇の土だった。
「よし、ここは私の『メカニック』のパワーで、一気にいかせてもらうよ。装填!」
千春が右腕だけにオーラのガントレットを装着し、その強大な力で指定された花壇の土を、周囲に飛び散らないよう素早く、かつ豪快に掘り起こしていく。
ザクッ、ザクッ、ゴン……!
「手応えあり!!」
土の奥から、鈍い金属音と共に、13年前から地中に眠っていた金属製の古びた箱『タイムカプセル』がその姿を現した。千春がそれを地上に引き上げ、表面についた泥を丁寧に払う。そこには南京錠も電子ロックも、何一つ鍵はかかっていなかった。ただ、風雨に耐えるための頑丈な留め金がいくつか固定されているだけだった。
「本当に、鍵はかかってないみたいだね」
心がそっと覗き込む中、千春が留め金を一つずつ、パチン、パチンと外していく。最後の留め金を外し、金属製の蓋をゆっくりと持ち上げると、13年もの間、暗闇の中で守られていた懐かしい空気が一気に溢れ出した。カプセルの中には、ぎっしりと、当時の小学生たちが「未来の自分」に向けて一生懸命に書いた手紙が綺麗に収められていた。
「わあ……。たくさんの未来へのメッセージが、こんなに入ってる……」
ケイトが両手を胸に当て、子供たちの純粋な想いに目を細めた。魂も、手紙の一枚に書かれた不器用な文字を見て、少し鼻をすする。
「みんな、未来の自分に書いたんだな……おっと読んだら失礼だな!」
空間に満ちる温かくてどこか懐かしい雰囲気の中、レナがそのメッセージの束の最底面を見つめた。そこには、子供たちの思い出の品々に優しく包まれるようにして、他とは明らかに違う、禍々しくも美しく輝く一冊の本が静かに鎮座していた。
「あった……!」
五人は息を呑み、子供たちの温かいメッセージを傷つけないよう慎重に、その最後の書物を中庭の月光の下へと取り出した。
しかし、その本を手に取ったケイトが、ふと不思議そうな顔をした。
「でも……おかしくないかしら?」
「何が?」
心が首を傾げる。
「茜のノートの法則では、漆黒の書は『正八角形の8つの頂点』に配置されるはずだったわ。でも、ここは頂点ではなく、江茂志市の縮小計算の『中心点』よ。どうしてこの本だけ、移動せずにここにあったのかしら?」
レナも腕を組んで唸る。
「確かに……。頂点に移動するルールなら、ここにあるのは矛盾してるな」
その時、千春が眼鏡をクイッと押し上げ、ノートパソコンの画面と漆黒の書を交互に見つめながら口を開いた。
「ねえ、あなたたち、黒い生物が使う『漆黒の穴』がどうやって現れて消えるか、知ってるよね?」
「うん。最初の一点から広がって、最後はまた一点に『収束』して消える……」
「そう。それって、人間が息を吐いて吸う『呼吸』のリズムと同じようなもの。『収縮と膨張』……それらは、理のひとつなんじゃないかしら。」
ケイトが納得したように続ける。
「……そういうことね! 14年前に世界規模で降り注いだ宇宙線は、まずこの江茂志市の『中心点』であるこの場所、八角形の中心に、一度極限まで『収束』したのよ。そして次に、8つの頂点に向けて一気に『膨張』して配置されようとした……」
「でも!」
千春がタイムカプセルの分厚い金属の蓋を叩いた。
「まさにその『膨張』のタイミング……13年前の神隠しが起きたのと同じ時期に、この小学校の生徒たちが、中心点に現れたこの本を偶然見つけちゃったんだ。そして、この金属の箱の中に入れて、地中深くに埋めて『封印』してしまった」
心は目を見開いてタイムカプセルを見た。
「つまり、この本だけが、膨張の波に乗れずに中心点に『取り残されちゃった』ってこと!?」
「そういうこと。だから、8つの頂点には7冊分しか配置されなかった。大前提として、この1冊がここで足止めを食らっていたから、頂点に空席ができたんだわ」
ケイトの言葉に、全員のパズルが完全に一つに繋がった。
「なるほどな……子供たちの純粋な思い出の箱が、アグダラの法則すらも封じ込めていたってわけだ。粋なイレギュラーじゃないか」
レナが感心したようにタイムカプセルを見下ろした。
冷たい風が吹き抜ける江茂志三高の旧校舎の一角で、彼女たちはついに、アグダラへの最後の鍵となる『漆黒の書』を見つけ出したのだった。心は最後のそれを手にして、ほっとしたように無邪気な笑顔を弾けさせた。
こうして、江茂志市に存在しうる全ての漆黒の書探しは、すべての謎を解き明かし、終わりを告げたのだった。
――続く
修正:タイトルミス
小学生の挑戦→小学生からの挑戦




