76.公園
そこは木々が冷たい風にカサカサと音を立てて揺れる、人気のない公園の広場。街灯の灯りが届かない中央の開けたスペースで、五人は円を描くようにして立った。
心が自信満々に言った。
「じゃあ、まずは私から行くよ!」
シュン……
「えっ!?」
空気を引き裂くような強烈な風切り音がなった瞬間、その姿がその場からかき消えた。
周囲を見回した時には、もう心は遥か遠くの暗闇の中にいた。
シュン!!
「わ!! ええっ!?」
そして突風と共に、ほんの数秒で戻ってきた心は、手に一本の青々とした木の枝を握りしめていた。
「ほら! 森に行って戻ってきた!」
無邪気に笑う心の能力『韋駄天』に、千春は開いた口が塞がらなかった。
「じゃぁ、次は私!」
ケイトが静かに前に進み出て、夜空に向けて右手をかざした。すると、彼女の手から眩い黄色の光が溢れ出し、次の瞬間、極太の光線が夜の静寂を切り裂いて天空へとまっすぐに放たれた。雲を貫くほどの神聖な光柱に、千春は息を呑んでそれを見上げた。
「す……凄い……」
「私の力も、少し試してみるか?」
レナが不敵な笑みを浮かべ、千春に一歩近づいた。
「私に軽くデコピンしてみてくれ」
「え? デコピン……?」
千春は首を傾げながらも、言われた通りに人差し指をレナの額に向けて弾いた。
パチーン
「痛っ!!」
「痛っ!!」
その瞬間、千春は自分の額を押さえた。叩いたはずの千春自身の額に、そっくりそのまま叩いた感覚が襲った。
「なるほど、私もみんなの能力を初めて見たけど、なかなかやるな! では最後は私! とくとご覧あれ!」
魂が、喫茶店で貰った細いストローを取り出した。それに気合を込めると、そのストローが瞬く間に眩い光を放ち、彼女の右手の中で神聖な魔力を宿した巨大な『大筆』へと変貌を遂げた。
「魂ちゃんは、あぁやって物を大筆にする能力があるんだ」
心が説明する。魂はその大筆を大きく振りかざすと、夜空のキャンバスに向けて、サラサラと見事な花火の絵を描いていく。描き終えた瞬間、空間に描かれた光の絵がシュルシュルと天高く舞い上がった。
ドォォォォン!! パチパチパチパチ……
「空間に描く……するとその事象が現実になる……ってあれ?魂ちゃん?」
「あぁ、昨日やったのは普通の人には見えないもの。こうやって見えるものも描ける。どっちにしろ現実だよ」
「なるほど……た~まやぁぁ」
「凄いな……!!」
「えぇ!!」
夜空に、大輪の本物の花火が鮮やかに咲き誇り、色とりどりの光が公園全体を美しく照らし出した。
パチパチパチパチ……
「すご……マジかよ……めっちゃ綺麗……! 疑って悪かったよ。みんな凄い! 今日は凄い日だ! なんか久しぶりに感動したし! こんなに色んなもの見せられたら、もう信じるしかないじゃん!! よし、約束通り、わたしの力も見せるね!」
興奮気味の笑顔の表情の千春が皆の前に少し離れて進み出ると、スッと両足を肩幅に開いた。
ドォォォォォォォォォォン!!
彼女の身体から、重厚で金属的な質感を持った凄まじい密度のオーラが噴き出した。
「システム、装填!」
千春の鋭い掛け声と共に、体外に放たれたオーラが、一瞬にして実体を持ったメタリックな黄色の装甲パーツへと形を変えていく。
ガシィィーン! ガシィィーン!
それはまるで、ロボットアニメの合体シーンだった。光り輝く重厚な胸部プレート、前腕を覆うガントレット、脚部を補強するレッグアーマー、千春の身体に向かって次々と吸い込まれるように飛行し、凄まじい駆動音を立ててガチリと装着されていく。そして最も心たちを驚かせたのは……。
「う、浮いている……!!」
「そう! 後ろにバーニアがついてるからね! コンピュータも好きだけど、プラモデルも好きなんだよねぇ、私! その趣味が功を奏したのかな!? こんなことができるようになっちゃった! 私はこの能力を『メカニック』と呼んでる!!」
「へ、へぇぇぇ……」
「凄い……やるなぁ~!!」
そして最後に顔面を覆うバイザーがカシャァンと音を立てて上部からセットされ、完全にオーラの重装甲鎧を纏った戦士へと姿を変えた千春は、そのまま天に向けてガントレットから光を放った。
ドバァァァン!!
「へへへ、ケイトのさっきの真似ーっ!!」
「まぁ!!」
圧倒的な破壊力を持つその光は、放たれた風圧だけで、周囲に積もっていた大量の落ち葉を激しく渦を巻かせて夜空へと吹き飛ばした。
「凄いわ……千春。洗練された近代的な能力の持ち主だったなんて」
ケイトが両手を頬に当て、心からの感嘆の声を漏らす。
「ふぅ……」
千春が胸の前に手を合わせると、纏っていた鎧は光の霧のようにサラサラと消え去り、元の眼鏡をかけた女子高生の姿に戻った。彼女は少し照れくさそうに人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げた。
「へへっ!!」
これほどの能力を持つ千春と、なぜこのタイミングでこの街で巡り合えたのか。その理由はすぐにわかった。実は千春もまた、偶然手に入れてしまった『漆黒の書』の放つ異様さに気づき、その謎を解き明かそうと、得意のネット技術やデータの解析を行って独自に調べていた最中だったのだ。つまり、お互い探し求めていたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ、ちなみに千春は、その本をどこで見つけたの?」
ケイトが気になって尋ねると、千春は少し思い出すように視線を上げた。
「ん? あぁ、私は夏休みの初め頃に、『海沿いの一軒家』の近くで拾ったんだよね。なんか落ちててさ」
「海沿いの一軒家!? 真帆実と同じだ!」
心、レナ、ケイトが驚いて顔を見合わせた。
「そこにもニコイチの法則が当てはまってたってことか……!!」
「わたし、ニコイチは偶然かと思ってた……」
そう言ったのは心だった。理というものを肌で実感したのだ。
「そして……残りはあと一冊ね……!!」
「うん!!」
三人がその長い道のりを思い出し感動する横で、千春は手元で起動したままのノートパソコンの画面をパッとみんなに向けた。
「それじゃぁ、そこにあると思われる最後の漆黒の書をゲットするために、今からその三高の旧校舎?行ってみる?」
その提案を聞いた瞬間、魂の顔から、一気に血の気が引いた。
「ひえっ……!? ゆ、幽霊が出るって噂のあそこか!? わたし、無理無理! わたし幽霊とかそれ系は無理!!」
昨日万寿苑の裏で、ガラの悪い男が言っていた、幽霊が出る旧校舎の化け物というセリフを思い出し、魂はガタガタと膝を震わせ始める。それはまるで生まれたての小鹿のようだった。すると、心が呆れたようにガクッと肩を落として笑った。
「いやいや、出ないでしょ。輩たちからしたら魂ちゃんが幽霊だったんだよ……あの輩たちが言っていた『幽霊』って、たまちゃんの大筆で描いた鎖で動けなくなったから、勝手に勘違いして言っていただけだよ……」
「あ、あ、あれは空間叶描術で……神聖な術だし、一般人には視認できないからって……うぅ、そうだったのか……恥ずかし……」
魂は自分の術が原因だったと知って、急に恥ずかしい表情で顔を真っ赤にし、口を尖らせてモジモジした。
「まあ幽霊の件は解決したとして、問題は『漆黒の書が具体的に旧校舎のどこにあるのか』って話だよな。闇雲に探しても、学校の広い敷地じゃ見つからないよ」
「ちょっと、一応情報無いか検索してみる……」
レナの尤もな指摘に、千春は近くの木製ベンチに腰掛け、膝の上でノートパソコンを開いて超高速のタイピングを始めた。
カタカタカタカタ……
過去の学校についての裏サイト、地域のオカルト掲示板、廃墟マニアのブログを次々と漁っていく。二分もしなかった。
「……ビンゴ。あった。当時のオカルト掲示板に残っていた、13年前の書き込みログを発見したよ」
「13年前……!!」
四人が千春の背中にくっつくようにして画面を覗き込む。
「ここ見て。コホン、『江茂志三高旧校舎について……』」
すると千春が画面をスクロールしながら言った。
「この書き込み、当時の小学生自身がリアルタイムで残したものみたい」
「小学生?三高の旧校舎だよ?」
「三高旧校舎は元々、市立の小学校だった建物だったみたい」
「なるほど……」
「小学校を、そのまま『江茂志市立第三高等学校』の校舎として再利用する計画が進んでいた。でも、いざ開校しようってタイミングで、別の場所にあった『江茂志商業高校』との合併が決まり、商業高校の校舎の方をそのまま使う形で三高に名前が変わったんだって。結果的にこの小学校の建物は高校として使われることなく、小学校のまま時を止められた廃校舎になったわけ。書き込みの途中に、『商業高校が三高になってくれたおかげで、俺達の小学校が守られて良かった! 三高旧校舎は名ばかり!』と書いてある。思い出の小学校の校舎が高校に変わっちゃうのが嫌だったんだろうね。そしてその書き込みの最後にあるのが、これ。『本の在処』というペンネームの人が6つのクイズを解けと」
「なぞなぞ~?」
心が怪訝な顔をした。
――続く




