74.万寿苑の一幕②
そこは夜の商店街の裏の駐車場。
「さて、始めようか……」
三高のその少女が言った。
「お嬢ちゃん、本当に大丈夫? うちら、あんまり舐めると本気にしちゃうよ?」
「ねぇ、あんた、本当に大丈夫なの? 良かったら助けるけど?」
「あぁ、全然大丈夫だよ。日頃のトレーニングに比べたらこっちのほうが容易い」
「トレーニング……? じゃあ見てるよ」
トレーニングより容易いと聞いて、心はどこか底知れぬ力を秘めているのかもしれないと思いつつ、少し後ろに下がって観ることにした。するとガラの悪い3人衆のうちの一人が言った。
「助ける!! ぎゃははは!! こいつも、そいつも俺たちに勝つつもりでいるぜ!?」
「ぎゃはは!! ふざけやがって!! 腕をひん剝いてやる!!」
男の一人が三高女子の腕を掴もうと手を伸ばした瞬間、彼女は鋭い眼光を放った。
「触れるなぁぁぁぁぁぁああ!!」
「うっ……!!」
物凄い大声のあと、彼女は右手に握っていた一本の割り箸を、天に向けて強く掲げた。
(この子……何を……)
「お前たちにこれがみえないのが残念だ……まぁもっともみられたらウチの神聖な家柄が汚されてしまうから嫌だけど!! だけど光栄に思え……500年の歴史を刻むこの術でお前たちは倒されるんだ!!」
「なにをわけのわからないことを言ってんだ、このガキ!!」
(ひょっとしてこの子……能力保持者か……!?)
「私の『大筆』を展開するには、形代となる道具が必要。だから割り箸を一本持ってきた」
「はぁ?」
(大筆!?)
刹那、彼女の身体から、天を衝くような高密度の光の粒子が噴き出した。『怒り』と使命。魂の底から湧き上がる卓越感情の輝きが、その細い箸へと猛烈な勢いで収束していく。
(卓越感情のオーラだ……しかも完全にコントロールしている! あの子一体何者だ!?)
割り箸は、瞬く間に光の粒子を纏い、彼女の右手の中で神聖な魔力を宿した巨大な『大筆』へと完全に変貌を遂げた。それは彼女たちがあとで名を知る『ブレンド』の能力だ。だが、この高次元のエネルギー体である大筆は、能力を持たない者の目には決して映らない。男たちの目には、ただ女の子が路地裏で必死に割り箸を突き出している、滑稽な姿にしか見えていなかった。
「あ? なんだそれ、箸か? ぎゃはははっ!」
「それでどう戦うってんだ? 突っついてくる気か!?」
下劣な笑い声をあげる男たち。しかし、彼女の瞳は冷徹だった。
「大きな筆だ……担いでいる……」
「江垣流…空間叶描術……」
ごにょごにょ……
大筆を夜の空気に向かって振ったあと何かを唱えると小脇に抱えた。
「『苛捨斗魂』!!」
そこからそれを一瞬で両腕で振り下ろし、下から振り上げ、あらゆる方向からそれを振り回した。
シュシュシュババババババババ!!
それは、彼女の前に数個のペアの黒い鎖のヴィジョンの平面が現れた。向こう側が透けて見える絵だ。彼女はそれを描いたのだ。そしてその鎖が3人衆全員の前にズームアップするように移動すると、それらの腰を回り完全に空中でロックした。
(なんなんだ!? これは……こんな、観たことのない闘い方……!! かしゃとうこん!? どういう意味かわかんないけど凄い!!)
「うわぁぁなんなんだぁ!! 何か知らないが!! 動けねぇぞ!!」
「が、はっ……!? な、なんだこれ……体がおもっ……」
「な、何も見えねえのに、逃げられねえ……!!」
目に見えぬナニカに完全に退路を断たれ、一転してパニックに陥る男たち。
「何かの!! 呪いか!? 呪い……はっ!!」
「こ、こいつ……バケモンか!!」
そう、筆で描かれたその具現化された鎖さえも、卓越感情保持者には一切見えない。
「さて……これからおまえたちをどうしようかな……?」
「な、なんだ!! うわぁぁあ俺たち、ひょっとして…」
「ぇ、ぇ、ぇ!? 殺されるの!? やだぁぁあ!!!!」
「ちょっと……待ってよ! あんたたち何言ってんのよ!! 殺すわけないじゃない!!」
「お、思い出した……!! こいつの、この制服、三高だ!!」
「三高っていえば、俺たちがあとで行こうとしてた……三高旧校舎……幽霊が出るって噂の!! きっと、こいつが!!! それなんだああああ!! うわああああ!!」
「三高旧校舎? 知らないし!! 幽霊!? こわっ!! もう、あんたたち、行っていいよ!」
少女が大筆を最後に振ってそういうと、拘束していた鎖がすべて消えた。術をといたのか、大筆は元の割り箸へとパッと姿を戻した。理由も正体も分からぬ規格外の威圧感と、本能的且つ勝手な死の恐怖に、男たちの顔が完全に歪んだ。
「ひぇぇぇ……」
「ひぃ……」
「し、し、失礼しましたー!!」
男たちはそう言うと夜の闇へと転げるように逃げ出していった。
「ふぅ……」
彼女はそれをそっとポケットに仕舞い、大きく息を吐いた。一方その一部始終を垣間見ていた心が言った。
「すごーーい!! 今の何!? 箸からババーンって大筆作って、ババババーって鎖の絵を描いた!! それでやつらを拘束した!! 超かっこいい!!」
突然、四高の制服を着た少女がその子を褒めたたえた。魂は一瞬で『男らしい顔』を作り直そうとする。遅れて店を出てきたあの初老の男性は、「やれやれ」といった様子でゆっくりと歩いてくるのが見えた。
「おぉ、あれ見てみろ!! デカい満月!!」
「ん? あぁ、本当だ。綺麗ですね!!」
「うん! 綺麗だ!! てか、ねぇ!あなた、なんていう名前なの!?」
(……この子には……私の大筆も、描いた鎖も見えていた……)
先ほどの心のセリフに一瞬驚愕するが、今はそれを突き詰める余裕はない。
「えっと、私は江垣流の……」
「私、青空心! ねぇ! 今の、なんなの!? 500年って何!? あなた、三高の女子だよね!! 何年!? で、名前なんていうの!?」
心の屈託のない笑顔と、自分に関心を抱かれたことに、無理をして男っぽく振る舞っているのがなんとなくだが、少し恥ずかしくなった。厳格に生きることを求められてきた彼女にとって、かっこいいと技を素直に認められたのは初めてのことで、少し嬉しい気持ちもあった。
「私は……江垣魂だよ。三年だ。押忍!!」
「押忍!!口癖か!!男みたいだね!!あはは」
「うっ……」
急に熱くなった頬を隠すように、思わずカバンで顔を覆った。
「三年生なの!? 一つ先輩だ!! 押忍!! たまちゃんって言うんだ! 漢字は?」
「た、たまちゃんて言うな……! 漢字は、たましい……」
「 魂!? へぇ!! 珍しい!! たまちゃん先輩だ!!」
「たまちゃん先輩……変だからたまちゃんでいいよもう!!」
(な、なんなのこの子……。距離感がすごい近い!! そして笑顔が……眩しすぎる……! まさか、私の前に現れた王子様!? ……じゃなかった女の子!!)
その後、心と魂は、一時間ほどそこで話し合った。それは、たまたま入った万寿苑の絶品味噌ラーメンが引き寄せた、三高の江垣魂と、四高の青空心の新たな出会いだった。そして魂が漆黒の書を持っているかも……と思った心は、レナとケイトにその日の事を共有したのだった。
――続く




