72.路地裏の約束
江茂志駅への路線バスが行きかう道路に面し、店舗よりも駐車場の面積の方が断然広い今時のコンビニでの出来事だった。
自動ドアが開くと同時に、紫のTシャツを着た若者がドアの下に敷かれたエントランスマットに唾を吐き捨てながら外に出てきた。入口の付近で待っていた、見た目が『成人よりも若く』見える女が聞いた。
「あー、ダメだったん?」
「身分証ないとダメだってよ! あーむかつくな、あの店員の親父!」
そう言いながら灰皿のあるコンビニの裏へと歩くと、そこには三人の仲間たちが『たむろ』していた。
「やっちゃ~ん、タバコ1本くれよ」
「やだよ。最近高くなりすぎて、人にあげるのも躊躇するくらいだもん。一本30円で売ってやんよ」
「20円なら買うけど……」
「むーぅ、じゃあ、はいよ」
カラン! コロン! カラン! コロン!
そこへ、暗がりではっきりとは見えないが、一人、学ランの下に赤いTシャツを着た男が近づきながら言った。
「おいお前、今店の中で唾吐いただろう!!」
「あ?」
バチーン!!
瞬間、赤Tシャツの男の平手打ちの音があたりに響いた。最初に若い女が反応した。
「あ!? てめえ何やってんだよぉ!!」
「やっちゃん!! 大丈夫か!!」
「こいつ……! いきなり舐めたことしてくれるじゃねえか。あぁん!?」
そう言うと、紫Tシャツの男はボクシングのようなファイティングポーズを取るやいなや、大振りの右フックを浴びせようとするが、赤Tシャツの男は首を少し後ろに傾けるだけで一歩も動かずこれをひょいとかわし、またもや平手打ちをかます。
バチーン!!
また鈍い音が聞こえ、紫Tシャツの男は膝をつく。当たり所が悪かったのだろう。
「あ……ガッ……」
仲間の三人と若い女が紫Tシャツの男の様子を見る。紫Tシャツの男は血が垂れた顎を拭うが、その時既に、赤Tシャツの男に自分たちとは次元の違う何かを感じていて動くことができなかった。
「お前らもやるか?」
「あ、い、いえ……」
そのグループたちの返答を聞いた赤いTシャツの男は、鼻歌を歌いながら横の階段を降りていき、路地裏へ続く階段へと消えて行った。
「行っちゃった……大丈夫!?」
「ガッ……あぁ。けど、あいつ強え。動きが全く見えなかった」
「ごめん、俺ら何もできなかった」
「いや、あれは勝てない。今日は運が悪い……」
◆◇◆◇◆◇◆◇
中年の男が、そのコンビニ近く、階段の下の方で、ズボンのポケットに入れていたくしゃくしゃのタバコを一本取り、一服する。眼が真っ赤にして涙を流しながら吸っていた。一人、身内の捜索をある日から自分でずっと続けているのだが、未だに見つからない。その日も遅くまであっちはどうだろう、こっちはどうだろうと探し続けている。
夜遅くなっても家に帰ることなく二日ほどぶっ続けで探し続けていたが、途中で気を失い、今、起きたばかりだった。誰かが横たらせてくれたのか、それとも財布から金をちょろまかしていった誰かがやってくれたのか。そんなことはどうでも良かった。ただ『娘』に会いたい、その一心だった。
幸せな一時のことを思うと涙が溢れる。そして過去にどうしてあんなことをしてしまったのか。彼は過去の自分を呪っている。
赤いTシャツの上に黒い学ランと下駄を履いた男が階段から下りてきて、その横に座った。
「おい、おっさん、泣いてるのか? 俺でよければ話聞くぜ」
疲れきり、くしゃくしゃになった顔を赤いTシャツの男に見せた。
「ああ……」
「大丈夫、大丈夫だよ、おっさん」
「すまない……」
「どうしたんだ?」
「娘を、探してるだ。ずっと……」
「どんな子だい? 何歳?」
「17歳だよ」
その娘とやらが、自分と同い歳であるとわかると、気になった。
「おっさんの名前は何て言うんだい?」
「鳳……研二」
「鳳……その苗字に覚えがある!!」
「え?」
「あんたが探してる娘って、ひょっとして茜って子か!?」
「そうだよ……茜……あんた友達か!?」
「いや……友達ではないが……そのグループを知ってるよ」
「本当に!?」
その言葉をきっかけに、研二は藁にもすがる思いで、行方不明の娘を探していることや、これまでの後悔を洗いざらい打ち明けた。静かに話を聞いていた赤いTシャツの男――八木は、自責の念に駆られる研二を優しく慰めるように言った。
「おっさん、俺も探してやるからさ、元気出そうぜ……」
――続く




