71.キックベース③
フェンスの向こうでは、レナとケイトが弾んだ声を上げてガッツポーズをしていた。切下真帆実の傲慢を、心の脚が完璧に粉砕した瞬間だった。七対八で終了。四高の生徒たちもある者は校舎の中へ、ある者はそのまま下校していった。最後にグラウンドに残ったのは、心・レナ・ケイトと、真帆実だけ。
「たまたま勝てたけど、能力がなくても強いじゃん!」
「でも、負けは負け……」
真帆実は悔しそうにしながらも、心の強さを認めたように小さく息を吐いた。
「それにしても、あの剛速球とか凄かったよ! 一瞬心が三振するんじゃないかとも思った!」
「わたし、ボーリングでもめっちゃ剛速球で投げるから……」
「はははっ! そうなんだ!!」
真帆実の剛速球を褒めたのはある種、パワー型と言えるレナだった。同じタイプと認めたのだろう。真帆実はふふっと楽しげに、どこかお嬢様らしい品格に戻り肩を揺らした。
「私、何でも一番が好き……そういう人間なの。ところで貴女たち……普通の人間ではないわね。私のアレに気付くだけでなく、それを打ち消すような真似が出来るなんて……」
真帆実は真剣な表情になり、自身の鞄の中から一冊の本を取り出し、振り向きざまにそれを見せた。
「これを見ても、驚かないかしら?」
「それは……!!」
「漆黒の書だわ……!」
ケイトが鋭い声を上げた。自分たちが探しているものを真帆実が所持している。
「貴女たち、やはりこれを知っているのね……!?」
「それ……どこで見つけたの?」
真帆実は、愛おしそうに本の表紙をなぞりながら語り始めた。
「これは夏に、『海沿いの一軒家』の近くで見つけたものよ」
海沿いの一軒家と聞いて心たちは驚いた。そこは茜が、探した結果無かった場所として提示していた場所の一つだった。無かったのは、すでに真帆実が見つけていたためだったのだ。
「あの日、私はなんとなく浜辺を歩いていたの。そしたら立派な本が目に入って、拾い上げたら『おめでとう』って……頭の中に聞こえたわ。意味わかんなくない? でもさ、内容が気になるじゃん?で頁を開いた。そしたら読んですぐにぞっとした。本に文字が表示されて、『めぐりあいたいか、めぐりあいたくないか……』って問いかけてきたのよ」
「それで、どうしたの?」
ケイトが尋ねると、真帆実は不敵に笑った。
「意味がわからないけれど、なんか面白いことが起こるかな? って思って、私はめぐりあいたいと答えたわ。でも文字がすっと消えて、それから二度と文字は出なくなった……でもこの本は私に、あの『球を操る』力を宿してくれた。私は、このような力の持ち主を探していた。そしてやっとあなたたちに逢えた……」
真帆実は、ただの我が儘なお嬢様ではなく、孤独の中で自分と対等の存在を渇望していたのだ。そしてどこか高揚した瞳で心を見つめた。
「あなたたち、この本が欲しい?」
差し出された漆黒の書の誘惑。しかし、心は迷うことなく、ふっと口角を上げた。その瞳には、一抹の迷いすら浮かんでいない。
「こっちとしてはめぐりあいたいと思ってくれて助かったよ……もしめぐりあいたくないと応えてたら、その場所を探す必要があったからね! これは一つの一歩」
「そうだよな! 持ち歩かれてたら探しようがなかった!」
「たしかに……」
「うん?何を言ってるの?」
「あ、ごめん、とにかく私たちはその本の所在をさがしてたんだけど、別に欲しいというわけじゃないんだ。私たちもその本を数冊持っていて、それは私たちがどこへ向かうべきかを指し示す道しるべみたいなものだって思ってるの。だから、もしもの時だけ、必要になった時だけでいいから、見せて欲しいんだけど」
心の迷いのない言葉に、真帆実は一瞬信じられないものを見るかのように目を見開いた。
「へーえ! 要らないんだ? あなた変わってるのね。でも、いいよ! 必要な時に貸してあげる!!」
真帆実は本を鞄に収めると、少しトーンを落として空気を変えた。その顔には、先ほどまでの清々しさは消え失せ、不気味なほどの執念が張り付いている。
「ふぅん、何か貴女たち忙しそうなのね。そして今日のところは引き上げるわ。でも、私は一番じゃなきゃ気が済まないから、次に出会った時は、徹底的にやっつけてあげるから。また何かで対戦してよ、心!」
「うん! いいよ!!」
真帆実は、一人グラウンドを後にした。夕暮れ時の静けさが戻ったグラウンドで、心たちは遠ざかる彼女の背中を見送った。漆黒の書は残り2冊。
――続く




