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70.キックベース②

 翌日。心は真帆実という女性から電話があり、今日その試合があることをレナとケイトに共有した。


「切下真帆実……? いつかロープウェイで一緒だったカップルの従姉妹が、心に本当に連絡してきたんだ……!?」

「心って、本当にターゲットにされているのね……」

「う、うーん……」

「しかもキックベース?聞いたことはあるわ。心、それで対決するんだ?面白そうじゃん!」


 約束の時間、心・レナ・ケイトの3人が江茂志四高のグラウンドに足を踏み入れると、そこには、すでにいつもの学校のグラウンドとは違う、異様な熱気が渦巻いていた。四高のサッカー部員たちが投手から見て右側、そして左側には真帆実チームがパイプ椅子のベンチに座っていた。


 ゲームはサッカー部のサッカーボールで行われていた。スコアボードをみてみると、試合は既に7回の裏で、7対7の同点、四高チームの攻撃だった。


「やっときたわね! 青空心!」

「え? 全然遅刻じゃないし! なのにもう7回の裏なの?」

「舞台を用意しておくと言ったはず……」

 秋の晴れた日差しの中、ベンチに片足を乗せ、その上に扇子をひらひらと扇ぎながら真帆実が、顔を心に向け、若干上目遣いでそう言った。その彼女の背後には、三高生徒たちが直立不動で控えている。真帆実の『ファン』の男たちだ。真帆実はふと、心の背後に立つ二人の少女に目を留めた。一人は黄色い髪の端正な少女、そしてもう一人は、深緑で独特の威圧感を放つパーマの少女。その顔ぶれに、真帆実は冷酷な笑みを深める。


(あの子……朝比奈ケイトじゃん……そしてあいつは神宮寺家のレナ……心と一緒に、クロコーに勝ったという……確か神宮寺って……デカい寺があったっけ……まぁぃぃ)


 真帆実はその時すでに、良からぬ事を考えていた。


「で! ルールは覚えてきたー? まぁ野球と似てるから問題なかったと思うけど。で、あなたが今から飛び込むのは、三高の私のチームと四高サッカー部チームの練習試合よ。うちのピッチャーは、最初から最後までわたし1人。そしてこの7回で終わりだからね」

「なるほど、わかった!」


 真帆実は、心と戦えれば何回でも良かった。その時七回だったのでそれを最終回とした。


「意気揚々と遊びに来たって感じね。でも言っておくけど」

「うん?」

「これは遊びじゃないわよ」

「はぁ……」

「わたしは勝つため、青空心、わざわざあんたのいる四高にきた。いい?これは真剣勝負。お互い、負けは許されないわ」

「うん」


 そして真帆実が立ち上がり、指をパチンと鳴らした。その瞬間、ベンチのチームメンバーである真帆実の取り巻きたちが地鳴りのような声を上げた。


「真帆実お嬢様ーーーッ!!」

「ファィ! オ! ファィ! オ! ファィ! オ!」

「なんか凄いな、ファンがいるなんて……そしてファンを従えた真帆実のチーム、か……」

「そんなにこの試合が大事(おおごと)か?」

「……」


 レナが引き気味に呟く。心もそのファンたちの気合いに首を傾けた。その中でケイトは、真帆実の姿と『切下』の名から、一度、真帆実と会っていたことを思い出した。


◆◇◆◇


 それはケイトの中学生時代の話だ。当時、令嬢たちだけが参加する『江茂志ジュニアピアノコンクール』の本選。参加者の一人であった真帆実。その親はその財力に物を言わせ、国内外の一流指導者を独占して完璧な演奏を披露していた。しかし、卓越した技巧と圧倒的な表現力で観客を魅了したケイトは、見事に最優秀賞の栄冠を勝ち取った。その時の僅差で真帆実を負かした過去の記憶が脳裏に蘇る。


◆◇◆◇


「関係……ないよね……」


 ケイトは細い眉をひそめた。彼女の頭に、その問題はまったく入り込んでいなかった。しかし、朝比奈グループと肩を並べる切下グループの令嬢・真帆実にとっては違う。かつてのピアノコンクールで、僅差ながらもケイトに煮え湯を飲まされた因縁の宿敵なのだ。それに、真帆実の親の企業は過去に大きな失態を犯したにもかかわらず、尚も「切下コーポレーション」の名を保っている。二人の家柄はまさに水と油、犬猿の仲だった。


(あの子には、何か『邪』を感じる……あの時の様に……)


◆◇◆◇


 出番を直前に控えたケイトの前に、演奏を終えたばかりの真帆実が立ちはだかった。真帆実は歪んだ笑みを浮かべながら言った。


「あなたがどんなに足掻こうと、このコンクールはわたしのパパがスポンサーなのよ。朝比奈の力なんて、このステージでは何の価値もないの」


 舞台の裏側まで権力で支配しているかのような冷酷な言葉を浴びせてきた。しかしそこは権力の及ばない『聖域』だった。ケイトは、その見えぬ権力の力さえも、実力でねじ伏せたのだ。あの時に真帆実の瞳の奥から放たれていた、他者を踏みつけにしても『一番』に執着する、どす黒い「邪気」を、ケイトは今でも鮮明に覚えていた。


◆◇◆◇


 ケイトの胸中で、心に対する強い願いが急速に膨れ上がっていく。


(心……勝って!)


◆◇◆◇◆◇◆◇


 四高のキッカーが打ったが、二塁の守備がそのフライを受け止めた。


「ふっ。依然、同点か……」


 真帆実は不敵に笑い、マウンドへと歩みながら心に言う。


「わたしの投げる球を蹴れる者はいない……。見ておきなさい、青空心!」

「心さぁん……!! そうなんです!! 僕たち、彼女の球を一度も触れられてないんです……」 「え? じゃぁなんで7対7の同点なの?」

「彼女、コントロールは悪いみたいで……。デッドボールとフォアボールを連発して自滅してくれたおかげで、僕たちノーヒットでここまで点数が入ってるんですよ!」

「あぁ、なるほどね、自滅の押し出しか。しかし、あんたらどうにかできなかったのかよ!」

「無理ですってば!! あんな球……!!」

「うーんと、この回のツーアウトになったら代打させて貰っても良い?」


 チームメイトの違う男が応えた。


「このままツーアウトになったら、ちょうど俺の番っす!! 是非お願いします!」

「心! やったれー!!」


 四高サッカー部員の一年生がそう言うとレナも応援にまわると、真帆実がイラっとした。


「うるさいなアイツ……えっと……神宮寺!! ……そして朝比奈グループ……」

(触れられないって……どんな球なんだろう?)


 地下のアリーナでの死闘とは違う、日常の戦い。しかし心は、味方である四高のチームのメンバーを見て異様な違和感を憶えた。一人目のキッカーがゆっくりとホームベースの位置へと歩み寄ったが、その顔は『恐怖』に強張り、半ば諦めているように見えた。


(おいおい、最初から逃げ腰じゃんか!あれじゃ触れないでしょ……気合がない!)


 真帆実が振りかぶり、下手投げでサッカーボールを投げる。


シュル……スタッ…スタッパシ!


「ストライーク!!」


 キッカーボックスに立っているチームメンバーが、ゆっくり迫るボールをただ見逃した。


「ちょっと……!! なにやってんだ! 全然打つ気ないじゃん!」

「う、うぅ……」


ブゥゥゥゥゥーーーー!!


 真帆実の取り巻きたちのブーイング!!正直、心も相手チームのブーイングに乗っかりそうになった。早くもその場から一刻も早く立ち去りたそうな表情のキッカーを尻目に、捕手が真帆実にボールを返しながら言った。


キッカービビってる!! へいへいへい!!


 その声に、さらにやる気を失うキッカーの男。それは萎縮だった。


「おーい……! なにやってんだ!?あの人!!」

「完全にアウェイ感にもやられているわ……ここはアウェイどころか自分たちの学校なのに……」

「タ、タイム!!」


 レナもケイトもそれが気にする。居ても立っても居られなくなった心が再びタイムをかけ、キッカーに近づいた。


「おい、あんた! ちょっと来てくれる!?」

「あ、はい……」

「無駄でしょー!!」


キッカービビってる!! へいへいへい!!


「お前らうるせーよ!!黙ってろ!!」

「うっ……」


 睨みつけながらの心のその一言は三高側のメンバーたちを黙らせた。


「ねぇ! なんで球を蹴ろうとしないの?」

「それが……下手にあの人に逆らったら、うちの部だけじゃなく、親の仕事までどうなるか分からないって顧問から釘を刺されてて……」

「はぁ……!?」

「逆らっちゃいけない、絶対に勝っちゃいけない『空気』なんです。あの背後のファンは、良くて真帆実の見た目からファンになった人たちでしょ……。そりゃ可愛いのはわかりますけどね。でも怖いのは、真帆実の親の事情でついてきてるっぽい奴らの方です。僕たちと同じ表情をしている。あいつらの目が異様に本気なのは、お嬢様の機嫌を損ねないため……だと思いますよ……」

「ふぅん……そういうことだったのか。汚い奴だ……」


 怯える部員の視線の先、ベンチ裏に控える男たちの、グラウンドに注ぐ冷酷な視線。それは切下家による歪んだ従属の結果。真帆実はその従属に囲まれながらも、一人思う。


(感づいたか……青空心……そうさ、既に根回しされてるんだよ! そしてわたしには、対等な友達など居たことはない。そして、何も知らずに言い寄ってくるやつや、自分の機嫌を損ねまいとするこいつらの己の無さに辟易している。どいつも……こいつも……お前らのチームのやつも!! だからわたしが全力でぶつかり、完膚なきまでに叩き潰す価値のありそうな、お前を倒しに来たのさ!!)


 しかし心が続けた。


「あーわかった!! えっと、親の仕事までどうなるか分からないって、それを気にしてるなら、それは大丈夫!!」

「大丈夫? なぜ!?」


 事実、何か良からぬ力が動いたとしてもきっと朝比奈グループが正しき道に誘導してくれるだろう。朝比奈グループには、それほどの力があるのは事実だ。しかし心はそのことを考えてのことではなく、適当に言っただけだ。真帆実と決着をつけたいと、ただ素直に思って出た言葉だった。


「いいから!! わたし、絶対負けたくないの!! わたしの番になったら絶対ホームに帰ってくるけど、その前にあんたたちだって頑張ってよ!!」

「って……これ……傍(はた)から見たら、ただの遊びっすよぉ……!?」

「そんなの関係ない! わたしは負けないたくないの!! いいからちゃんと蹴ってきてよ!!」

「うー!! もう! わかりましたよ!! じゃぁ見ていてください……蹴れないので、心さんがその謎を解いてください!!なるべくのことだけはします!!」

「うん!! 頼むよ!!」


 真帆実が振りかぶり、ボールを投げる。


くるりん ゴロゴロゴロゴロ……


 そこまでは、普通のボールに見えた。今度は当てに行った蹴りがボールに触れた。しかしチップだった。


チップストライーーーク!!


「……あいつ……!!」


 心はそれをみて、蹴れないという意味が分かった。ボールが光の膜に包まれていたのだ。


「卓越感情保持者だったのか……そしてあいつ……コントロール悪いどころか、逆だ!! 良すぎる!!」


 ツーストライクノーボール。そして三球目。


くるりん ゴロゴロゴロゴロ……


 そのまま向かえば、暴投のようにキッカーボックスを大きく離れていきそうな球だった。しかし、その後数度のバウンド毎に急激に軌道を変え、最終的にホームベースの上を通った。結果見逃しの三球三振のストライクとなる。


「三振パッターアウト!!」

「……なーんだこれ! こんなのやっぱ蹴れない!!!」


あっとふったり!! あっとふったり!!


 これでワンアウト。依然、同点だというのに三高側が奏でる、勝利を確信したような、相手を馬鹿にした応援がグラウンドに鳴り響いた。しかし、次の次に打順を控えている心は、ベンチへ戻る部員を尻目に、マウンドで得意げに笑う真帆実の動きをじっと見ていた。


(直前でなぜか起こるバウンド、それ毎に軌道が変わる球……。真帆実はただ投げているだけじゃない。卓越感情の念をボールに宿しているんだ……『能力』だ……!)


 次のキッカーも、真帆実の放つ不可解な変化球の前に、あっさりと三振に倒れてツーアウトとなった。


(やっぱり! ボールさばきだけじゃない。あのボールは、確実に何かの能力が働いている!)


「さあ、お待たせ! 青空心、あなたの番よ!」


 真帆実が不敵に笑いながら手招きする。心はゆっくりとキッカーボックスへ歩みを進めた。その表情には、実戦を戦い抜いてきた者の、鋭い光が宿っていた。


「……タイム!!」

心はキッカーボックスに入る手前で突然マウンドの真帆実に向かっていった。


「あら……?」

「心? 何を……」


 レナとケイトがその行動の意味がわからなかった。心が真帆実の近くに着くと何やら話している。


「真帆実、あんた能力者だったんだね。普通の投げ方じゃないしな。何を使って操ってるのかはわからないけど、次からは通用しないよ」

「へぇ~!! だけどお前馬鹿か? わざわざそんなことを言わなきゃ、警戒されず蹴れたかもしれないのに!!」


 能力を疑われた彼女の驚きは、すぐに歪んだ高揚感へと変わっていく。取り巻きたちが決して見せることのない、自分を真っ向から否定する心の強い眼差し。それが真帆実の奥底にある傲慢な闘争心に火をつけた。


「面白い……!! そういえば心、あんたの家……駄菓子屋を経営してたよなぁ? これであんたが今、ここでわたしに負けたらあの古臭い店ごと廃業させてやる!!」

「何……だって……!?」


 真帆実は下卑た笑みを浮かべて面と向かって言い放った。自分に盾突くことの恐ろしさを、その大切な生活基盤ごと叩き潰して教えてやろうと考えた。 一瞬の沈黙の後、心の拳が怒りでぶるぶると震え出した。大切な店を、こんな理不尽な遊びの賭けに持ち出されたという事実が、心の導火線に完全に火をつけた。


「店の事は……関係ないじゃんか……!! ふざけやがって……!」

「ふざける? わたしはこれは真剣勝負だと言った。ふざけてたのはあんただったのよ。だから徹底的にへし折ってあげるわ!!」


 激昂する心を正面から見据え、真帆実は愉悦に満ちた表情で言った。さらに真帆実は不敵に笑いながら、手元のスマートフォンを取り出し、素早い手つきで画面をタップし始める。


「心、これからの一球一球にかかるのは、あんたんところのちっぽけな店だけじゃない。あとでパパに送ってやる。神宮寺道場も朝比奈グループも潰してもらう算段のメッセージを……!」

「なんだって……!!」


 巨大な『切下コーポレーション』の絶対的な権力を背景に、真帆実は完全に狂気に満ちた笑みを浮かべた。 心はそれ以上何も言わず、今度は客席のレナとケイトに向かって歩き出した。その様子をフェンス越しに見ていたケイトの瞳にも、静かな、しかし激しい怒りの炎が灯っていた。


「心……気づいたか?」

「うん……!! 真帆実のあの球、能力で曲げてる。レナ、もし次もあの球に卓越感情を入れてきたら、イカサマ球が来たら、『アブソリュート・エクリプス』で技をキャンセルしてほしい……」

「わかった。任せとけ!!」


 レナにひそひそと協力を頼んだ心が、再びキッカーボックスへと戻ろうとしたその時、ケイトがフェンスを強く掴み、鋭い声を張り上げた。


「心、がんばって!!」

「うん!!」


 心は思った。まさか、『遊び、余裕』と思っていたものが、瞬く間に実家の店や朝比奈グループや神宮寺道場の運命をも背負った闘いになってしまっている。心は一旦足を止め、ケイトとレナの顔を真っ直ぐに見つめると、二人の目には、一切の迷いなく心への絶対的な信頼が宿っていた。


 心が再びキッカーボックスへと戻り、助走をつけるためにやや後ろで構える。自分は人間相手には能力は使わないと決めている。日頃鍛えた自分の足だけで勝負する。


「いいよ! 来い!!」


 マウンドの真帆実が、初めて真剣な眼差しとなった。真帆実が大きく振りかぶり、一球目を投じる。

くるりん ゴロゴロゴロゴロ……

 またしても、ボールが意志を持っているかのように急激に変化しようとする。その瞬間、フェンス越しのレナがその力を静かに発動させる。真帆実の球を包んでいた光が、一瞬で打ち消される。


「えっ……!?」


 能力による変化を失い、ただの素直な軌道になったボールを、心は逃さず芯で捉えて思いっきり蹴り飛ばした。


ドゴ----ンッ!!


「ファール!!」


 ボールは惜しくもラインの外へ外れ、特大のファールとなった。


「あいつ……凄いキック力だ!!」


 思わず真帆実の取り巻きの一人が言った。しかし真帆実の顔から笑みは消えない。消え去るどころか、その瞳は歓喜にギラギラと輝き始める。自分の絶対的な力がかき消され、完璧に捉えられたという事実に、かつてない興奮を覚えたのだ。


(ボールが曲がらなかった!? いや、少しは曲ったけど途中で……見えない壁が消えた!!)


 『見えない壁』。それこそが真帆実の能力だった。どんなにストライクゾーンを外れたボールも、その見えない壁によって軌道が修正される。真帆はそれが消えたことに驚愕していた。


(心はさっき、「あんた能力者だったんだね」と言った……それってつまり……そういう人がいる界隈の言葉。ってことはきっと心も……!! そして「次からは通用しない」とも言った。つまり掻き消す力を持ってるってことか!!)


 真帆実は少し考えた。


(じゃぁ誰の能力!? ちょっとカマかけてみるか……)

「タイム!」


 そういうと今度は真帆実の方から心を手招きして呼んだ。


「なんだよ……」

「あんた、凄いじゃん!!!わたくしの力を消したのね!?」

「私じゃないけど!」

「ふぅん、ってことはレナかケイトのどちらかってことね」

「さぁね……ただ言わせてもらうと、私は正々堂々と蹴るだけだ」


 正々堂々という言葉に、真帆実は困惑を覚えた。そして周囲にただ傅くだけの人形しかいなかった真帆実にとって、心と対等で応援するレナとケイトという友達がいる心を羨ましく思っていることに気が付いた。しかしそれを打ち消すかのように首を横に振ると、初めて現れた自分を脅かす存在。やはり完膚なきまでに叩き潰したい、どんなことをしてもという『狂気的な執着』へと完全に変貌していた。


「でもあんた、能力がなくても、普通に速くて上手いじゃん!」

「……。」


 ワンストライクノーボール。


「タイム!」


 今度は心がそう言って、レナに駆け寄った。


「レナ、もう次から能力を消さなくていいや」

「え?なんで!?」

「正々堂々と勝ちたいから!」

「心~!!わかった!!」


 心はキッカーボックスに戻る。マウンドの真帆実が、また真剣な表情でボールを投げる。心の直前で球が直角に曲がって心の横を通過した。


ポス!!


「ボーゥル!!」


 ワンストライク、ワンボール。


(あいつ、能力を使うのをやめた……!? なら……)


 心は不敵に笑い、再び構え直す。


「次は当てるよ。ぶっ飛ばす!! 場外までね!!」

「ホームラン予告だわ!!!!」

「うぉぉぉ! 心ぉ!! いけー!!」

「ぐっ……!! させるか!!」


 卓越感情を持つ者同士、しかし互いの能力を使わない生身の真剣勝負。ケイトは祈るように手を握りしめ、心に熱い視線を送る。四高のチームとそこを通りかかった他の生徒たちも心を応援しはじめた。


「こーこーろっ!! こーこーろっ!」


 真帆実は自分の必死さに驚いていた、そしてそれは清々しい気分にさせる。


(でも……なんか……懐かしい……)


 真帆実が、今日一番の力を右手に込めて振りかぶる。放たれた一球は、空気を切り裂き、砂塵を巻き上げて心のインコースへと突き刺さる剛速球だった。しかし通常のパンチを止まって見えるようにまでなっている心に敵はない。あとは負け方の問題だった。


「ふふっ……真剣勝負……か……」


 何かを吹っ切ると、なんと真帆実が卓越感情のオーラを露にした。それはなんと、心と同じ哀しみの色で揺らめいていた。無論、それを目視出来るの四人だけだ。


(はっ!! 真帆実がオーラを全開にした!)

「心! わたしのストレートを受けてみろ!! これは、誰にも……掠られたことすらない!!」

「いいよー!! 来い!!」


 投げられたボールに光の膜は無い。しかしそれがホームベース上を一直線に突き抜けようとした。


「きた!!」


カスッ!!


「ファールボール!!」


 心はギリギリのところで足を振り抜き、ボールをカットした。ツーストライク・ワンボール。心があとがなくなった。


「ターイム!!」


心は一度キッカーボックスを外し、深く呼吸をして落ち着きを取り戻す。


(……おいおい、今の球は速すぎだろ!? くそっ、タイミングが難しいっ!!)


 心は真帆実を鋭く睨みつけた。ただ、目の前の相手が剛速球という切り札を持っていたことに、心の中で闘争の火が灯っていた。一方、マウンドの真帆実は、肩で息をしながらも、やはりどこか清々しい、しかし狂気を孕んだ笑みを浮かべていた。


(あの子は圧力に屈服しない子。だから自分の力で倒すしかない!……能力使わなくたって、私は負けない!)


 そう、先ほどの心の実家の店・神宮寺道場・ケイトを潰すと言ったのは、ただの脅し。そしてツーストライク・ツーボール。フルカウントまであと一球。心は、あえて構えを解かずに呟いた。


「最初から……そうすれば良かったんだよ! すっごい楽しいじゃん? これ!!」

真帆実の頬を、一筋の汗が伝い落ちる。

「うるさい! 空振りして消えろ!うぉぉぉぉ……」


 真帆実が、渾身の力を込めて腕を振るった。純粋な剛速球が唸りを上げる。


グォォォォォオオ!!


「らぁぁぁあああ!!」


 心が、これまでの人生で培ったすべてのバネを右足に凝縮させ、爆発させた。ただの女子高生・青空心が、執念で放ったキックだ。


バコォォォーーーーーーーーーーーーーーン!!


「あ……」

「よしっ!」


 真帆実が呆然と空を見上げる。


「……ホ……ホームランだ!!」

「やった……!」

「さよならホームランだわ!!」


 鼓膜を震わせる衝撃音と共に、サッカーボールは綺麗な弾道を空に描き舞い上がった。江茂志四高の校舎を越え、秋の平和な空へと消えていった。




――続く

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