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6.宴のあと

 商店街はすっかり真っ暗になっていた。駄菓子屋クリーンハウスの店の前で、心たち四人が話している。


「それにしても! ケイトにあんな力があったなんてなぁ! さっきの手の光と巨木の幻影は、今だに信じられないよ!」

「私も!!」


 レナが言うと心も呼応するように頷いた。ケイトは茜に目を向けた後、少しどう振る舞えばいいか分からずうろたえた。


「うん……」


 実のところ、ケイトは困惑していた。たしかに能力を授かったおかげで、クロコーたちも帰っていった。しかしその能力が、何のためのものなのか、これからどう付き合っていけば良いのかという謎を残し、渦中にあるケイトを孤独な気持ちにさせていた。そして先ほど茜には、よくわからないうちは、あまり使わない方がいいとアドバイスを受けている。


 そんなケイトの気持ちを悟り、茜は提案する。


「あ、あのさ……ケイトには、ちょっとした力が宿ってるで、今は良くないかな……そっとしてあげて欲しいんだ……」

「あぁ!私はさっきの出来事をわざわざ説明する相手なんて居ないよ。てか説明出来る程、真意もわかってないしな。ははは!」

「うん!」

「ありがとう……」


 レナが応え、心がまた頷くと、ケイトは静かにお礼を言った。


「明日から暫くは、4人で一緒に帰ろう。その方が何かと安全だよ」

「そうだな! こうなったら次にクロコーの奴らに誰が狙われるかわからないし、一人の時にナイフ男がまた複数きたら厄介だしな!」


 茜の提案にレナが応えると、駄菓子屋兼雑貨屋であるクリーンハウスを指差して心が言った。


「ちなみに、私の家、ここだから」

「さっき、『うちの店』って言ってたからわかってるよ」


 レナはそのことを元々知っていた。返事をしたのは茜だ。


「それにしてもガラス……二箇所も割られて頭にくるなぁ……また出費が嵩かさむよ……」


 店の手伝いをしていて駄菓子屋の内情を知っているため、家計の事を心配する心。


「あぁ! それなら大丈夫! さっき頼んでおいたから」

「うん……? 何を……?」


バタンッ!!


 心がケイトに尋ねるや否や、車のドアを閉める音が聞こえた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 音のした方を振り向くと、近くの駐車場に一台のワゴン車が止まっていた。中から出てきたグレーの作業着の男性が二人、心たちの前にやってきた。笑顔でとても物腰の柔らかそうな、みるからに青年と呼ぶに相応しい二人だった。作業着の胸のポケットの部分には、ワゴン車の側面に印字されているものと同じ、洗練されたデザインで『ASAHINA Group』の文字があった。


「こんばんは! お嬢様! お元気ですか?」

「うん! 来てくれてありがとう!」

「あー……ここですね!」

「そう! ガラス張りがこんなになっちゃってるから両面とも、直して欲しいの」

「はい! お安い御用です。あ! 直すというか、これは簡単に交換可能なタイプなので差し替えるだけですね! 三十分も掛かりません」

「ありがとう!あ、あとあそこも……」

「あぁ、さっきおっしゃってた壊れた地面のブロックですね!既に調べてあるので同じ素材で直しておきますよ!」

「うん、お願い!!」

「えと……どういう事……?」


 その人たちとケイトの会話を聞き、心が疑問をケイトに投げかけた。だが、その言葉に答えるよりも早く、茜が割り込んだ。茜がケイトを称えるように両手をひらひらとさせた仕草で言う。


「大金持ちの!! ご令嬢~!!」

「え?」


 心は理解不能だったが、茜の言葉でケイトの家柄を察したレナが、心に言った。


「お前、朝比奈グループ知らないのか? テレビのCMでよく流れてるだろう」

「え? 知らないけど……」

「まじかよ! あんなに有名なのに!? まぁ、それはいい……そこの、親会社の、社長の娘さんなんだろう。ケイトは!」

「ってことは……?」

「大金持ち!!」


 ここぞとばかりに茜が先ほどのリアクションをつけて得意げに言った。


「あんまりそれは言わないで……なんか、嫌……」

「ごめん、もう言わない~!」

「はは、でも、悪いよ……」

「ううん! 父親から命じられているの、ノルマがあるの……月に幾ら幾ら、人助けの為に大いに金を使えって……使った金額も伝えなきゃいけないの。これを直しても全然その金額にならない。だから……逆に助けると思って、お願い!!」

「えええええ! すっごぉい!!」

「な……なんたる悩みだ!! う、羨ま……しい……」

「あははは」


 心は感謝し、レナはとても羨ましがり、茜はその様子を見て笑った。


 このようにして、その夜のうちに高級な防弾ガラスで覆われたこの駄菓子屋は、その夜を境に、たとえ電気を消していてもその機能故か、間接照明のようにうっすらと辺りを照らすようになったのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「あっはっはっはっは!!おじさん、面白い人~!」


 四畳半の部屋で、駄菓子が沢山置かれたローテーブルを囲んで四人で老人の話を目を輝かせて聴いている。老人……否、擁護するなら、その見た目は老人の中でも初老に近い。心は今まで、自分の部屋に誰かを招待したことは一度も無かった。それは親友のレナとは毎日、通っている『道場』で会えるし、レナが商店街に遊びに来て店内に入った時も、駄菓子を持ったら近くの小さな公園で話すのが習慣で、わざわざ店の奥の部屋に入れる機会もなかったからだ。しかしこの日は特別というか、なんと言ってもケイトのおかげで生まれ変わった店の外観がとても気に入った嬉しさと、店の主人であり、自分の保護者でもあるじっちゃんをみんなに紹介したくなり、招いたのだ。


 その男性の名は青空丞あおぞら じょうというが、心はわざわざ名前の紹介はせず、『じっちゃん』とだけ紹介し、他に多くは語らなかった。レナ・ケイト・茜の3人の中で、他の家族のことを聞こうとした者も居なかった。この時間に他に家の人が居ないということは、二人だけの家族なのだろうと思うだけだった。


「そうしたらよぉ! その客人、こんな顔してやがった!」


 この店で起こった喧嘩の笑い話。タコのように口を突き出して見せる丞。


「まぁ…!」

「はははは!」

「やめて! その顔やめて! 腹いてええええええ!」


 レナと茜は大笑いし、ケイトは手を口に添えて笑う。心はまたその話かと、呆れて笑っていたが、なんとなく自分の席を離れ、窓のカーテンを開けてみた。


「あ…見てみて!」

「やぁ、満月かぁ!!」

「おぉ!? すごい!! 大っきくない!?」

「ええ……とても綺麗だわ!」


 卵のような月の光は心たちの居る四畳半を一層明るくしていた。


「なんか、不思議な気分だ……」

「うん……」


 レナと茜が呼応した。


「私、こんなにきれいな満月初めてみたわ……」

「じゃぁ、記念日だな!」


 ケイトが言うとレナが答え、続けて言った。


「奇跡が起きた夜、私たち四人は心の部屋に集まって、皆で綺麗な満月を眺めた……」

「うん」


 皆、頷く。場の空気を読んだのか、いつの間にか丞の姿は部屋から消えていた。


「あぁ、もうこんな時間! そろそろ、私帰るね!」

「じゃぁ私も帰る!」

「もうこんな時間か! また明日学校でも会おう!」

「うん!!」

「またなー!」

「うん!」


 三人を見送り、店の中に入るとそのまま奥の家の自分の部屋に戻った心は、ベッドに横たわった。そして今日の楽しかった時間を振り返るも束の間。


「こぉこぉろぉ……!」

「あ……じっちゃん……」


 苦笑いをしている心に丞が詰め寄った。


「それで、今日は何があった?」

「えーと……その……」

「また喧嘩したのか?」


 心は観念し、今日あった出来事を順を追って正直に話した。


「そうか……話はわかった。しかしお前は曲がりなりにも……女の子だ。いつまで、喧嘩なんてするつもりなんだ? 取り返しのつかないことにでもなったら、どうするつもりだ……?」

「取り返しのつかないことって?」

「お前が人様の子を傷つけたとして、俺が嬉しがるとでも思うか?」

「それは……でも!」

「でももへったくれもあるかい! そんなことばかりしてたら、いつか……お前自身が大変なことになるんだぞ!」


 二人の問答は小一時間続いた。時には平手打ちも喰らった。これがくるから、心は、丞には喧嘩の話はしないようにしていた。今日はケイトのおかげで店のガラスが一新されたため、黙ってるわけにはいかなかった。ただそれだけ。今後も喧嘩の事は黙っていようと思った。昨日今日のことではない、幼少のころから決心している、その目的の為に……。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 心とわかれ、商店街をあとにした三人の帰り道は、途中まで方向が同じだった。


「いやー、今日は色々あったけど、結局は楽しい日だった!」

「わたしもよ」

「心のおじいさんも、良い人だったね。面白い人だけど、それよりも暖かみの方が感じられた」


 茜がそういうと、レナが答えた。


「確かに! 私はたまに会うから話したことは何度もあるけど、なんていうかぁ、言葉使いはアレかもだけど、話してると、この人はちゃんと相手の事を考えて親身になって言ってくれてるなって、いつも感じる」

「私は、昔から偶にしか両親と会わないから、少し羨ましかったわ」

「あぁ……ケイトのご両親は、そりゃ忙しいんだろう?」

「わかってる。べつに不仲とかじゃないの。でも羨ましいな。一緒にいられるの」

「ま、人それぞれ、色々あるしな……」

「うん……」


 茜の最後の頷きは、どこか自分に言い聞かせているようだった。そして茜が続けた。


「それじゃ私、家向こうだから。また明日ね!」

「おー! また明日!」

「気をつけて帰ってね。おやすみ」


 22時。茜は一人、今日の出来事を思い出しながら家に向かっていた。特別気になることは、やはりケイトの事だった。「科学で証明出来ない出来事が実際に起きたらこんな気持ちになるのか」とも思った。しかもその発端が、自分が今、鞄の中に持っている本が原因だと思うと、その可能性を考えると、期待も持てた。


(ケイトにも宿ったのだから、私にも、何かあるはず!)


 しかし、家の前にやってくると、そういった前向きな気持ちはすぐに消え失せてしまう。学校ではいつも明るくて人気者の茜であるが、実は心の中に『恐れ』を、みんなに内緒で隠し持っていた。それが鳳茜という少女の悩みだ。このアパートの部屋には存在するのだ。恐れの原因となる理由が。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「ただいま……」


ガッシャーン!


 玄関を開けるや否や、自分がいるキッチン側と居間を隔てるガラス引き戸に何かが飛んできて割れた。その隙間からキッチンへと流れてくる液体。炭酸を帯びたそれを見て、ビールの入ったコップか何かを投げつけてきたのだとすぐわかった。父親がいる時は、一旦玄関から出てあるものを外から持ってくるのがもはやルーティンになってしまっている。威嚇の為の長めの棒をもって小脇に抱え、カバンを盾のようにして部屋に入る。


「茜!! お前今まで何してたあぁ!!」


 今度はビール瓶が飛んできた。カバンでそれを防ぐ。毎日飛んでくるので警戒するようになり、避けるのはいつのまにか難しくなくなっていた。怖いのは父親がすぐそばに立った時だった。あの力で暴力を振るわれたら自分の心と身体にダメージが残る。それが学校でバレると父親と一緒に住めなくなってしまうかもしれない。長めの棒は、家庭内暴力の証拠とならない様にするためだけの、父親と自分との間に距離をおくためだけに使うものだった。自ら攻撃しようと思っているわけではない。父親の周りに投げられそうな物がないとわかったら、持っていた棒と鞄はすぐにキッチンの隅に置いた。


「それで何をしようってんだぁ!?」

「親父……、静かにしてくれよ……近所に迷惑だよ……」

「近所なんて関係ねーんだよ! おう! 酒買ってこい! 切れた!」

「一日一本にするって約束じゃん!」

「いいから買ってこい!もっとうるさくするぞー!?」

「わかったよ……」


 鳳茜は家に帰った時いつも思う。私が見放したら、父親の人生は、たぶん終わる。でも、父親は父親だし、最初からこうだったわけじゃない。どうしたら『昔のお父さん』に戻ってくれるのだろう…。




――続く

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