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5.ある奇跡

「その……手の光は……!? 今の声は!?」


 黄色い光を放っているケイトの手を見た茜が発した言葉だった。


「わ、わからない……でも、何か今までに味わったことのない……凄い力が漲っているのを感じるわ……!!」


 先程までの歓喜に満ちた笑顔の時とは違い、表情も声の抑揚もいつものケイトに戻っていた。


「とても信じられない現象だ……大丈夫なら……いいけど……」


 茜のその言葉は、先程のケイトが、まるで別人のような表情だったため出てきた言葉だった。


「わたしは大丈夫……茜のその目尻の傷を治してあげたい…って今思ってる」

「あ、あぁ……ありがとう……」

「なんかね、そう思うと、より力を感じるの。漲ってくるの」

「そうなんだ!?」


 その言葉のやりとりの最中も、ケイトの手はさらにさらに、輝きを増していく。


「はっ!!」


 その時、同時に心たちの方も気にしていた茜は、クロコーたちの中に潜んでいた、別のナイフ男を見つけた。丁度茜の真下にいるそのナイフ男が、ナイフを握った手を心の頭に背後から振りかざそうとしているのだ。気づいたレナがそれを阻止しようと男のところへ走るが間に合わない。


(間に合うのは私だ!)


 茜は持って構えていた避雷針の先端をナイフ男の頭部に合わせると、こちらを見るようナイフ男に声を掛けた。


「おい!」


(ん!?)


 ナイフ男が頭上の茜に顔を向けてくれたので、それをヒットさせるのは簡単だった。ナイフ男は、影となってよくは見えなかったが、何かの先端が自分の方にやってくる瞬間の意識だけはできた。


ガッ!!


「ンガッ!!」


 茜の狙い通り、避雷針の先端がナイフ男の額のど真ん中に命中し、倒れた。


「あ、あの子……心を助けてくれたんだ! ん? 何だあれは!!」

「あ、ありがとう! ……え!?」


 地上にいる人間で、最初に気づいたのは心を助けようとしたレナだった。礼を言った心もすぐに、そのケイトの手の光を見て不思議がる。さらに、敵である周囲の黒い学ランたちもそれに気づいた。


「何だ……? あれは……?」

「ん?」

「何なんだ? あの光は? 手にスマホ持ってねぇしなぁ?」

「何だ……すげぇ光ってる!!」


 ケイトのその手の光を見て、クロコーたちも口々に不思議がったが、次の茜の言葉でその舞台が一変した。


「じゃーんじゃじゃーん!! 一度しか見せないマジック、見せて進ぜよう!!」


 芝居がかった茜の口上がその場を支配する。


「!! 何言ってんだあいつ!? 降りてきやがれ!!」

「まぁまぁまぁまぁ!! そんなにお時間は取らせません! いいから見ていきな~!!」


 黒い学ランたちを軽くあしらう茜。


「どういうこと?」

「わ、わからん……」


 茜のセリフに少し戸惑う心たちをよそに、茜の言葉と、黒い学ランたちの横やりが続く。


「この朝比奈ケイト様の! 神々しい手の光をよくご覧なさい! 種も仕掛けもございまっせん!」

「なんなんだそれ! 手が光ってるけど! 絶対トリックだろうが!」

「そこ! うるさいよ! 種も仕掛けもございまっせん!!」

「で!? それがどうなるっていうんだー!?」

「この手に念を込めて頂きます! すると、どうなると思う!?」

「あぁ!? お前のその目尻の傷が治るとかでもいうのか!?」

「ふむ……それだったら嬉しいけど……全然違うな!」


 おもむろに時計を見た茜がケイトにそっと話しかける。


「ケイト……その手の光、この人数、この風景のこのタイミングでわかった。その本は予言書……。 私はその本の、今からここで起こるはずの未来の出来事を読んだ。時間は……もう目の前だ!! 実は、私も初めてその本に触れた時、強い静電気みたいな、変な感覚があったんだ。でもそれだけで、何も起こらなかった。」


そう言いながら、茜はあるものを探す。広場外れの小さな公園近くの電柱のてっぺんに一羽の鳥が止まるのを目視した。


「研究してた方の私が、ケイトに先を越されちゃったのはちょっと悔しいけど、多分それは、ケイトに『聖なる力』が宿った証だ! ただ、手を上にあげてごらん。きっと良いことが起こる!」


 ケイトはまだ理解不能だったが、素直に、茜のその言葉通りやってみようと思った。自分には出来ることが何も無いと苦悩していたケイトも、茜に聖なる力が宿ったと言われたその時は、自分に対する期待もあった。


「うん……!」


 ケイトは決意を持った表情で、屈んでいた姿勢からゆっくりとその場で立ち上がり、右手を上に上げていく。眩い黄色の光がさらにさらに明るさを増していく。右手を空高くかかげ、左手にその本を抱えたその佇まい……それは自由の女神を彷彿とさせた。


「何が……起こるんだ……!?」

「何か……やばく……ねぇか!?」

「何か、隠れたほうが良くねえか!?」


 光が強くなっていくとともに、怯むクロコーたちをよそに、ケイトが右腕をめいいっぱい伸ばしきった時、それは起こった。掌から放たれたレーザービームのような一筋の黄色い光が広場中央の一点を指し示した瞬間、その軌跡をなぞって更に太い黄色の光柱こうちゅうが迸ほとばしる。


ズッドォォォォォォオーン!!


 そしてすぐに、広場中央の今までただのコンクリートだった地面の一部が、軽い振動と共に盛り上がる。


ガラガラガラガラ……


 その後、時間にしてものの数秒。


グォォォォォォォォォォォォオオオオオオオ!!


 結果だけを言うと、幹が直径2メートル位の『巨木』が、一瞬にして成長し現れた。成長過程を早送りしながら観る映像のようにうねるように動く草や枝は目撃者たちでさえ我が目を疑う光景だった。


バァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!



 その場にいる全員が皆言葉を失っていたが、しばらくの沈黙の後。そこに居合わせたケイト以外の全員の気持ちが、心たちも、敵対する学ランたちも、同じベクトルとなった。信じられないほどの光景を見せつけられて、全員が今の今までやっていた喧嘩が馬鹿らしく思えたのだ。それは、人が宇宙について語る時、自分の悩みや考えがなんと小さいことかと思う気持ちと通ずるものがあった。


「なんかさ……今日、もうやめない?」


 レナが、その場に居る全員に聞こえる大声で言った。


「私も、なんかもうやる気が無くなったー」


 一番好戦的になっていた心がそう言うと、クロコーたちは何も言わずに、倒された者を抱えてもと来た方角へと帰っていった。それを確認したケイトが安堵して手を下ろした途端、巨木が黄色い光に包まれると収束していき、最後には瓦礫となったブロックだけを残したまま、ふっと消えた。


「何だったんだ……見たよな? レナ?」

「私の方が聞きたい……心も見たよな? さっきの……巨大な木!」

「うん……」

「うん……」


 電柱のてっぺんの一羽の鳥はその時飛び去って行った。


 ただ呆然ぼうぜんと立っている心とレナに、二階の屋上で話す二人の会話は聞こえない。



「私は茜のその傷を癒やしたかったのだけれど。どうしてその聖なる力っていうのが、傷を癒やすものじゃないとわかったの?」

「それだよ、その本。今日のことが、その本の中に書いてあったからだよ。わたしはそれを促しただけ。どうやらケイトの力は、喜びを司る力のようだ。まだそれがどういう力かははっきりとはわからないけれど、その力があの幻影の巨木を生んだらしい」


 茜はその本と今の出来事で理解したことをケイトに説明した。


「この本のおかげ……なんだよね?」


「恐らく。でも謎だらけだよね。もっともっと、この本については注意しないと。今回は結果的に良い方向に進んでくれたけど、予言書だというなら、悪いことも書いてあることもあるかもしれない……」

「でも、何か……が、始まった気がするわ……私に宿ったという力の話だけじゃなく……」

「この本の事は、今はまだ、心とレナには黙っていた方がいいかも……」

「それは、その方が賢明かもしれないわね……」

「しかし……すごいものを見せてもらったよ!!」

「私自身、驚いてる。今も、念じると手に光が出てくる。ほら見て!? 試しにその傷を治すことができないか、手をあてがってみてもいい?」

「いや……だからさ、何が起こるか、ケイト自身、わからないんでしょ? なら怖いよ……凄いけれど! その力も、ここぞという時だけでしか使わないほうがいいと思う。使い道がわからないうちはね……」

「うん……そうよね! わかった」


 そう答えると、ケイトの手の光は薄くなっていき最後に消えた。その時、下にいる心が言った。


「あぁ!! あのリーダー、またいつの間にか消えてる!! やっぱりあいつ、逃げるのが早い!」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 そこは距離にして1キロ程離れた場所の古い一軒家。表札には『八木』の文字。母屋からは見えない離れ家。その裏で、3人の黒い学ランの男たちが、一人で正座している黒い学ランの男に対して、それまでのいきさつを聴いていた。


「こっちは13人もやられて、戻ってきただぁ!?」


 一点だけちょこんと薄緑色に染めた髪が残っている坊主頭の男が言った。


「で、でも負けそうだから逃げてきたわけじゃないんだ! お互いに……その……なんていうか、その場に居た全員が、喧嘩する気をなくしたっていうか……」

「……ダッセーな! 相手は女だろうが! マジダッセー!」


 長髪の男が見下しながら言った。


「で、巨木が現れて消えたってどういう事なんだよ? それが全く意味分かんねぇ! なんで生えるんだよ! なんで消えるんだよ!」

「だから、そのまんまの意味なんだ……」

「おめぇの言ってる事、ぜんっぜんわかんねぇわ!!」

「だがこっちは昼間に三十人やられとか、五十人出向いて十人以上もやられたとか、もうこっちも相手が女だろうが納まりが付かねぇ!」


 座りながら立てた右足の膝に右腕を載せて黙っていた一番奥の男が最後に口を開いた。


「青空心と神宮寺レナ……。その二人は少し厄介らしい。」

「あぁ、そうだな」


 奥より一つ手前の男が返事をしたとき、一番奥の男が今度は素振りのパンチをしながらこう言った。


「近いうち……正々堂々とやってやろうじゃねぇか! 俺の相手はもちろん! 青空心だ!」




――続く

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