4.ハレルヤ
「うぐっ……!!」
ナイフ男の一人が怯んだが、しかしもう一人がまた振りかぶる。
「心といつも一緒にいる、お前の事なんて最初から知ってんだよ!!」
その言葉と同時にナイフがレナに投げられたが、やはりレナにもそのナイフは通じない。
「なるほど……確かに、ナイフの技術は無さそうだし、それならいっそのこと、投げた方が相手を負傷させ易いかもな!」
バシッ!!カランッ……
レナはそれを避ける事も出来たが、クリーンハウスがこれ以上破壊されぬようナイフを蹴り払うと、地面に落ちたそれを拾って長丈スカートの腰の部分に刺し入れた。
「け! バカが……そのナイフ使えばいいのに……喰らえ!!」
バッキィィィン……!!
「んぁーっ!!」
新たなナイフ男がレナに向かって投げる瞬間、先ほど怯んだ男が背を向けて逃げ出し、新たに投げようとした彼に激突した。逃げてきた男の額付近がナイフ男の鼻っ柱にヒットしたのだ。ナイフ男は断末魔のような叫び声を発した後、倒れたあとも悶絶する。逃げた男はそのままそそくさと、どこかへ逃げて行った。しかし投げられたナイフはあらぬ方向へと飛んでいく……。運の悪い事にそれは茜へと向かったのだった。
「わっ!!」
シュッバッ……!!
映像などで、ボールがそれを捉えるカメラの方向へ向かってくる時、実際にそこにはいなくても、カメラ越しの映像を観ている人は無意識に避けてしまうことがある。――『反射神経』だ。
ナイフが投げられた瞬間を見ていた茜はそれでなんとか避ける事が出来た。投げられたナイフの『未来の軌跡』は茜の額のど真ん中を指していた。もし避けきれなかったら大怪我を負っていただろう。反射的に顔を右に傾ける事でナイフをまともに喰らう事は回避できた茜だったが、しゃがみ込んでいた身体は後ろに傾き、両手をついた。その際、左肩にひっかけていた鞄をケイトの近くに落とした。ナイフは左目の目尻付近を擦こするとそのまま一直線に飛んでいった。一般的に観て眉目秀麗びもくしゅうれいな茜の顔が、目尻が強調された血化粧となり、見方によっては茜を一段と美しく魅せた。
「茜!大丈夫!?」
ケイトが心配して様子を窺うかがう。
「ぐぁっ……いって~っ!! あっ……ぶない奴だなぁ!! へへ……でも避けた!」
ヒリヒリとした痛みで思わず左眼を瞑る茜であったが、ケイトに見せたその元気な振る舞いは、いつもと変わらないものだった。
「はぁ……良かった……!! あ! 傷ついてるから全然良くはないけど……」
「ふふ……」
ケイトが安堵して応えると、茜はケイトが昔から好きだったその笑顔で応えた。
◆◇◆◇
茜とケイト。二人の出会いの場所は、ケイトの家の近所の小さな公園だった。公園近くの電柱のてっぺんに一羽の鳥が止まっていた。
砂場で、一人しゃがんで砂の城を作っていたケイト。そこに忍び寄る四人の影があった。
「うーりゃっ!!」
ドガッ
「!!」
ケイトと同い年くらいの悪ガキ1がケイトの背中を蹴って転ばせた。ケイトは驚き、惨めになり啜り泣いた。
「イェーーィ!!一発で泣かせた!」
ケイトの背中を蹴った男の子が自慢げに言った。
「ひっどぉ!! お……なんだこれ!! 結構上手くね!? かっこいい!」
悪ガキ2がケイトの作っていた砂の城を指さして言った。
「おぉ!これ凄ぇ!俺たちのものにしようぜー!」
悪ガキ3がそういったものの、
「だーけーどー!!」
悪ガキ4が砂の城を勢いよく蹴飛した。砂の城は半壊した。
「あぁ……!!」
砂の城を壊された悲しさがケイトを襲い、さらに啜り泣き続けるケイト。
「これはさすがにひどい!! 健ちゃんのせいだー!! あっはっはは!」
「へへへ!!」
その時だった。
「酷いなぁ。本当に酷いなぁ!!」
その声は悪ガキ4人のものではなく、ケイトの後ろの方からやってきた女の子の声だった。
「なんだぁこいつ!!」
「あー! こいつ俺たちと同じ、東小の女じゃん!」
「まぁいいや、なんか俺たちに言いたいらしいぜ!」
「こいつも、泣かしてやろうぜ!」
ケイトは啜り泣きながら、自分の近くに立つその子を見上げた。自分と同い年くらいだが背丈は自分より少し高く、綺麗な小豆色の髪をした可愛らしい女の子。その顔は、悪ガキ4人を前にしても恐怖を全く感じていないかのように、得意げな笑顔だった。その笑顔を見てケイトは心強さを感じた。
「ふぅん。これでもー?」
悪ガキ4人に見せたのは、どこから持ってきたのか、一本の三メートル位はある棒状の物を小脇に抱えて構える姿だった。重力がそうさせているのか、棒の端は少し湾曲していた。
ブォォォォーンッ!!
女の子は、とりあえずは悪ガキに当たらないように、その棒を一回、地面に水平にぶん回した。
「うぅ……」
悪ガキの誰かが少したじろいだ。
「来るなら、ホントに当てちゃうよ! そっちは男4人で卑怯だからこっちも卑怯にいくよ!」
悪ガキ4だけは少し気性が荒かった。
「こいつぅー!!」
そう言いながら、棒を持つ女の子に走ってくる悪ガキ4。また蹴ってくるような勢いだ。
ガンッ!
「うわぁああああ!!」
女の子は躊躇なくその棒を振りあてた。悪ガキ4が蹴りの姿勢だったのでその膝にヒットしたのだ。
「痛いぃ! 痛いぃ!!」
「だーから言ったじゃん! 当てちゃうよって! まだ、やるー?」
今度は上から振り下ろすような体勢を見せてみた。
「やらない! やらないです!! 痛い! 痛い!」
「お、おぃ……大丈夫か……?」
悪ガキの一人が泣いている悪ガキ4を気遣った。茜がさらに棒を振り上げる素振りを見せて叫ぶ。
「お前たち、さっさとどっか行けー! 行かないと……」
「うわぁぁぁぁ!!」
悪ガキ4人組は一目散に逃げていった。
「どうもありがとう。でも、どうして知らない私を助けてくれたの?」
ケイトが質問すると茜はすぐに応えた。
「え? 泣いてて、困ってそうだったから。それだけだよ!」
思ったことをそのまま言っただけだが、ケイトにとってはとても心に残る一言だった。
「ねぇ、そのお城、直そう!! 手伝う!!」
「うん!」
「お名前、何ていうの?」
「茜だよ。鳳茜!」
「私ケイト。朝比奈ケイト!」
電柱のてっぺんに居た一羽の鳥はどこかへ飛んでいった。
こうして二人は、家がそんなに近くもなく、通っていた保育園、小学校も違うのだが、9歳からの幼なじみ、そしていつからか、互いに親友と思う仲になったのだった。
◆◇◆◇
「あ……この本……」
ケイトが言った。ナイフを避けた勢いで落としたカバンから、先ほど茜が買った本の包みとは別に、一冊の本が少し顔を覗かせていた。背表紙に真っ赤な文字で「ゲイム・ジェン・ヨハン」、その下に「4」と印字されている黒い本を見て、ケイトは先程の本屋での事を思い出した。
凶器を持つ男がいないかじっとみつめる茜が、ケイトの一言で一瞬だけケイトの方を見て言った。
「あぁ……それね、不思議な本なんだ。一カ月位前かな、さっきの書店でふと目に留まって、手に取った瞬間、ビビッときたの!それで、買わなきゃって思って買ったんだ」
「これ、さっき私もあそこの本屋で見たよ。内容は知らないけれど……」
「え? そうなんだ!? えっと……内容はネットで調べても何処にも載ってない内容だから、全部創作だと思ったんだ。とても鮮明に記されていて……。言うなら時刻表だよ。日付と合わせて時間まで書いてあって、その時、誰がなんちゃらするみたいに書いてあるんだ。言いたいこと、分かるよね?」
その時、じっとその本を見つめていたケイトの手が小刻みに震えだした。
「でも、読んでると気分が悪くなる時があったの。それでもなんか、読書好きだからかな? 妙に続きが気になって、結局読めるところまでは。けど、途中から白紙なの! それで思ったことは……これはもう……」
その時、黒い学ランたちの様子を探っている茜は、ケイトをしっかりと見る事は出来なかった。
(モウ一度、触レテミロ……)
「えっ……!」
それは本から聞こえてくる、ケイトにしか聞こえない声だった。
ケイトは意識が普通にあるのにも関わらず茜の言葉を注意深く最後まで聴くことは出来ず、今自分に起きていることしかすでに頭になかった。右手が勝手に動いているような感覚。おかしいと感じ、本に対し一瞬拒絶の思いを込めても故意に本から手を遠ざける事が出来ず、右手はますます本に近づいていく。それはとても不思議な感覚だった。その時茜が言った。
「よし!心が少しこっちに近づいてくれた!これならまたナイフ野郎が出てきても阻止できる!」
顔に傷がある黒い学ラン3人を立て続けにストレート、アッパー、そして得意のハイキックでほぼ同時に倒した心は攻撃を避けるとともに知らぬ間に自分と祖父の店『クリーンハウス』のすぐそばに移動していた。レナは凶器を持つもの以外は自分からは攻撃しないが自分へ攻撃してくる者に対しては降りかかる火の粉を払うが如く、ダメージを受けたら動けなくなる程度の攻撃で返した。この時点でレナが倒したのは先程のナイフ男を含めて6人だ。
ケイトの手が本まで十数センチのところにくると小さな プラズマのようなものが発生し始めた。プラズマの実際のベクトルは逆なのだが、それはまるでケイトの手が雲となりそこから地面である本に稲妻が発せられているかのような、小さな景色にも見えた。
『触レルノダ……』
プラズマのビリビリとした激しい感触がケイトの掌を直撃するが、ケイトはそれよりも、触れてみたい。触れたらどうなるのか……。もはや半ば期待の気持ちに変わっていた。先程まで勝手に動いていた手の感覚も、今は自分が動かしている感覚に戻っていた。
『ソウダ……』
手をそのまま真下に下ろし本に触れたその時、本から発せられているようなその声とはまた違う声で言葉が聞こえた。
『アグ……ダ……ラ、ブラ……モン、ピラ……ミッド……レジスタンス……ミラ!……ハレルヤ……!!』
「はあぁぁあぁああああ……ハレルヤァァァ!!」
「え!?」
それはいつも茜に見せるおっとりしたケイトの優しい笑顔とは違うものだった。茜にすらみせたことのない歓喜の笑顔で叫んでいるケイトを見た茜は心配した。
「触れている!! ケイト!!」
「あぁぁあぁああああ!!」
ピカァァァアアアア……
ケイトに放たれた最後の言葉は茜の耳にもはっきりとその声が聞こえた。
『……オメデトウ……』
ケイトの髪の毛が逆立ち、右手からは神々《こうごう》しい光が放たれていた。
――続く




