3.黒い学ラン
コツ!コツ!コツ!
ザッ!ザッ!ザッ!
ズザッ!ズザッ!ズザッ!
おおよそ50人の黒い学ランたちの、様々な足音が夕方の商店街に響き渡る。中には草履や下駄の音も混ざっていた。
◆◇◆◇
江茂志市には、お嬢様学校や進学学校が大半を占めるなか、学力的側面から蔑まれてきた学校が存在する。それが『黒い学ラン』たちの通う黒原高校だ。クロコーとは、その学校自体もしくはその生徒たちを指す、悪名じみたあだ名だ。まだ大人になりきれない血気盛んな彼らたちにとって、自分たちの存在を認めさせるための手段は、力で周囲をねじ伏せることだけだった。
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◆◇◆◇
江茂志市の一角には、その地名と同じマンモス団地『河島団地』があり、『河島団地センター』という名のバス停が『河島二丁目』にある。河島二丁目は、心たちが通う江茂志四高のある街のとなり街である。
『河島団地センター商店街』。周辺に住む住民にとって便利なその商店街は、『時代の置き去り』となり既に寂れてしまっているが、諦めずに営業を続けてる店もあれば、新規で経営を始め頑張っている店もあった。
商店街の中で一番巨大な存在がスーパーマーケットの『virtueバーチュー』だ。商店街の入り口、一番開けた場所に位置するスーパーであり、もう40年以上ここに存在している。全国に何百店舗と展開されている程のチェーン店で他の店が潰れてもここだけは一度も潰れることはなかった。そもそも無くなったりしたら周辺住民が不便な生活を強いられる事になってしまうのでおおごとだ。
バーチューの前にはちょっとした広場があり、中央には花壇ブロックで覆われた、草木しか生えていない花壇とその周りにベンチが幾つかと、首を傾げながら目の前に訪れる人に話しかけているような仕草の子供の銅像が一体ある。たまにこの銅像の頭を撫でて遊ぶ子供もいた。
広場を越えてバーチューの対面には鳳茜の行きつけの本屋『富士見乃屋書店』があり、その左隣に福祉用具貸与の事業所『KYOUYU(共有)』、右隣には営業しているのかしていないのか一見わからないラーメン屋『万寿苑』がありそこが角の店となり、商店街はその先へと続いている。青空心は、祖父の青空丞に連れられたのを機に、今もなお祖父と万寿苑へ食べに行くことがある。そこで必ず頼むのは、決まって『味噌ラーメン』だ。
共有の左隣には婦人服の店がありそこが広場を取り囲む一つの角である。それ以降は端まで4件分あるが全てシャッターが閉じられた『テナント募集』が続く。
端まで進むと向かって右手には、少し道を登ると『団地郡』へ続く小さな歩道橋がある。そして向かって奥は大きく長い歩道橋となっていて途中まで歩くとその下は最寄り駅方面へと続くバス通りでいつもなかなかの交通量だ。この歩道橋の上から周りを見渡せばこの辺り一帯が『マンモス団地』だとわかるほど団地ばかりだ。
歩道橋への二つの道を無視してその右がバーチューだ。この商店街は少し高台の場所となる。
万寿苑の反対側には恐らくここだけにしかないファーストフード屋【THANK YOU】が角にある。神宮寺レナは幼少の頃から、ここのメロン味シェイクとポテトが好きだった。
商店街は、万寿苑から先は直線に伸び、昔は左右に店が立ち並んでいた。現在は万寿苑とサンキューの先3店舗分はまたテナント募集が続き、左手には最近できた饅頭屋『大福』がある。人が見たら、「よくこんなに寂れてしまった所で営業し始めたな」と思うかも知れないが、結果的には主人の経営の方が当たりで、立ち止まるものも多く、しっかり営業出来ている。心の祖父である丞は、この店のみたらし団子が大好きで、たまに心に買いに行かせている。
大福の反対側は今はテナント募集になってしまっているが昔この場所には「CLEAN HOUSE」というおもちゃ屋があった。心はそこを通る時、幼少の頃よく一緒に遊んでいた一つ歳上の少年『ナオトくん』が買ってくれた線香花火のことを今でも思い出す。この線香花火に火を点けることは結局なかったが、その線香花火を茶封筒の中に入れ畳んで自分のスマホカバーとスマホの間に、ずっと忍ばせている。
おもちゃ屋のクリーンハウスは年配の老人姉妹二人が営んでいた。お店もその老人の店主たちも、当時の近所の子供たちの間では見慣れた存在だ。心たちが通っていた時から数えて5年くらいだったか、店は消えた。丞は、その『クリーンハウス』という名前をとても気に入っていたので自分が駄菓子屋兼雑貨屋を始める時、その名前を使わせて欲しいと、必死にその姉妹の息子を探しだし、名前使用の許可を得たのだった。会ってみればその息子はとても親切な青年で、名前の使用を快諾してくれた。その際知ったのはその老人姉妹は二人とも亡くなったということだった。丞がいつかその事を心に教えた時は、心は「寂しいね……」と言いながらスマホを力強く握った。
おもちゃ屋のクリーンハウスがあったその位置から先はまた3テナント募集が続き、さらに奥はベンチが数カ所ある広場が現れる。広場の外れの右側は遊具がある小さな公園がある。広場を囲むように花壇ブロックが続き、小さな公園のさらに外側には小山へと続く小道がある。
ここから先はすべて店は向かって左手にある。3件程またテナント募集が続いたあとに文房具屋、またテナント募集が内側の角となり、そこから右折となり一番端の最後の角の店、そこが青空丞の店の駄菓子屋兼雑貨屋である『クリーンハウス』だ。その先はまた遊具のある小さな公園があり、団地郡へ続く2つの道がある。その右側には外側の小山の終わりとなっていてその横にはまた歩道橋で団地群への道へと続く。
◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇◆◇
そして舞台は再び商店街の角の駄菓子屋クリーンハウス前。
コツ!コツ!コツ!
ザッ!ザッ!ザッ!
ズザッ!ズザッ!ズザッ!
クロコーの生徒たちが押し寄せてきた。
「よぉ~!! 青空心~!」
「心ちゃん! お元気ィ~!?」
「昼間のお礼に来たぜぇぇ!?」
「覚悟は出来てるうううう?」
「ぎゃははははは!!!!」
昼間の連中――その50人の内の顔中傷だらけの男たちが言った。昼間のリベンジにきた連中だ。
「えー!! 青空心ってこんな小っこかったのぉ!?」
「おめえ、知らなかったのかよ! この辺りじゃ結構有名だぜ?」
「んで! 泣かせばいいんだよな?」
「でも骨数本くらいはいっちゃうかもなぁあ!」
「俺は……殺すね!!」
「じゃぁ……やっちまうかー!?」
青空心を初めて見るのはさらに20人増えた分の連中だ。彼らから発せられる声は、まるで酔っ払っているかのような呂律がぎりぎり聞き取れる程度だったが声量が大きい。神宮寺レナはクロコーのなかから『ヤバい気配』を感じ、戦闘態勢の構えに入りつつ静かに心に言った。
「心、気をつけろ。マトモっぽいのも居るが、どう見てもマトモじゃないのも居る……。多分『何かやって』て、本当にお前を殺そうとしてるかもしれないヤバい奴だ。殺気を感じる。やられるなよ?」
「あぁ……そうかもな……でも、怒ってるのはこっちの方だ!!」
心は続ける。
「さっきまではこいつらに対しては、「しようがない、相手してやるか」程度の気持ちだった。でもたまにこういう奴らに出くわす。怒ってる? それはこっちの台詞だ! うちの店のガラスを割られた!! 今日のこの時間は丁度、じっちゃんが用事で留守にしてるから良かったけど、店のガラスをあんなにしやがって! 50人は、そりゃ数は確かに脅威だけれど、でも私にはひとりひとりの攻撃はスローに見える! 束で同時にかかってきたって、あいつらの攻撃のタイミングに一瞬の誤差があれば順に倒せる! だから絶対に後悔させてやる。そしてこいつらを呼んだ……アイツもだ!!」
この集団のリーダー、スマホ男を睨む心。スマホ男は、しゃがんだ姿勢でガラスの壁にもたれながら、またスマホを覗いていたが、心の視線を感じると睨み返した。
レナはこれまで、心の喧嘩をたまに見学することがあったが、心の『気持ちの度合い』がわからない時がある。今もその時だ。店のガラスを割られて怒っているが、放っておくとどうなってしまうのか……その程度がわからない。そう思うと同時に親友を『犯罪者』には絶対したくないという気持ちがあった。レナは優しく心に言った。
「心、一緒に敵と戦うのは初めてだな! けど、絶対相手を殺すなよ……?」
心はそれに対して口では返事をせず、ただ対峙するクロコーたちを鋭い眼光で見ていた。しかしそれに対する返事を、自分とレナにしかわからない方法で伝えた。戦闘態勢の『ある構え』をした。その姿は、心とレナが初めて決闘した時の構えと同じだった。それを見るとレナはそれが答えなのだと理解し、安堵し微笑した。
(キレても、ただ、負けない気持ちでもって闘うだけ……か。なら大丈夫だ!!)
こちら側は相手を殺すことはない、その点は安心できたが、同時にレナはこうも考える。
(だが果たしてこの大群とあのリーダー格の中で心を本気で殺そうとする者たちが何人居るのかがわからない。心と私が普通の喧嘩で負けるはずはない。それはやつらの構えから想像するのは容易い。わたしたちが『格闘の素人』に負けるものか。だが……武器は……? 不意打ち攻撃でしかも刃物とかは……ちょっとヤバい……)
それだけが気がかりだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
時は少し遡る。
おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
黒い学ランたちが到着しようとしていた時、茜はケイトを連れてある場所に向かっていた。
「あの二人、本当に大丈夫かしら……」
「だから私たちが援護するんだよ!!」
◆◇◆◇
茜は先程デカい男に壁に投げられた鞄を持っていた。本が入っている鞄を茜はとても大事にしていた。いつだってそうだ。茜にとって読書はこれ以上ない喜びだった。さっき買ったばかりのガイタ・クロの小説が入ったその鞄を壁にぶち撒けられた時は本当に怒った。怒ってデカい男をどうにかしてやりたいとも思った。けれど心がすぐに倒してくれたので気は晴れ、その気持ちは心たち二人を『援護』しようという気持ちに変わった。
だからここに上ってきた。場所はクリーンハウスの二階。というかこの商店街の建物は全棟が平屋建てで店が続いており、つまり二階は屋上だ。そしてそこには、茜が咄嗟に閃いた通り、丁度良い長さの『避雷針』の予備が置いてあった。
(心たちと素手で闘おうとする奴には何もしない。いや、たぶん二人が普通にやっつけてしまう。でももし万が一、刃物などの凶器を持っている奴があの中にいたら、私がこれでそいつを叩いて援護する!!)
そう決めてここに上がってきた。今は黒い学ランたちにそのような動きはまだ無いが、最後まで見守る必要がある。茜とケイトは隠れるように屈んだ姿勢で下の様子を覗った。
◆◇◆◇
一方、ケイトは一人考えていた。
(茜と一緒にここに上ってきたのはいいけれど……こんな私に何が出来るだろう……? 持っているのは……絆創膏だけ……。茜は自分の出来ることをしようとしているはず。でも、私は何が出来るのだろう……)
その時だった。
「死ね!!」
レナが懸念していた通り、本当にその気で掛かってくるヤバい奴はすぐに現れた。心を狙って勢いよく振りかぶり、ナイフを投げ放つ。
「あぁ……心!!」
レナが思わず叫ぶ。心はそれを避けることができた。しかし……。
ガッシャァァァァン!!
またもや駄菓子屋クリーンハウスのガラスに命中し、割れた。
「くっそーっ! てっめぇぇ!! また店のガラスを!!」
ナイフを投げた男は心から5メートル程離れた所にきており、俊足の心はすぐにその男に向かって先程の「突撃ハイキック』をお見舞いする。
バッコォォン!!
「うぐぉ……!」
秒殺……。無論、殺してはいないがそんな言葉が似合う蹴りの速さだった。倒れた男の奥からさらに3人がナイフをもって突撃してくる。その時は心が倒した相手のすぐ近くに居たため、茜の持つ避雷針から遠く援護が出来ない。
「くそ……」
その3人の内1人の、ナイフを掴んでいる手を横から捕えたレナが言う。
「汚い奴め!」
その声の後、何かが砕けるような音がした。
ガコッ!!
レナの掌底打ちが炸裂した。
「ぉ……ぉ……」
顎を砕かれたナイフ男はうめき声をあげたあと、大の字になって前に倒れた。
◆◇◆◇
レナが放ったそれは、心とレナが決闘をした時、最初に心が放ったものとは比べ物にならない程の破壊力があった。様々な武術を親に学ばされているレナが放つ掌底打ちは、ナイフ男の顎を捉え、当てた瞬間、のちにレナが自分で編み出し呼称する『ゼロインチパンチ』を出す時の力の入れ具合・コツに似たものを相手にさらに食らわした。その威力は内部の骨を破壊する。
◆◇◆◇
「こ、なんだこいつ!! どんだけパワーがあるんだ!!」
黒い学ランの内の一人が怯み、少しだけ後ずさった。
「わたしは神宮寺レナ! この辺りに住んでいるやつなら神宮寺といえばわかるはず……! ただの喧嘩ならいい! だが限度を知らないやつ! 刃物を持つ奴は私は容赦しないぞ! その覚悟があるなら……来い!」
レナもまた、本気だった。
――続く




