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2.邂逅

 その本は、真っ黒な背表紙に、真っ赤な文字で『ゲイム・ジェン・ヨハン』と書かれていて、そのすぐ下には、「3」と記されていた。その本棚の他の本と比べて特に目立った本というわけでもなかった。


(ゲイム・ジェン・ヨハン?)


 知らない名前。何故その本が気になったのかもわからない。ただの気まぐれだったのかもしれない。しかしケイトは、尚もその本を取ろうと本の背表紙に触れようとする。しかしその時。


「わっ!!」


 静電気が触れた時のような感覚に似ていたが、それよりも強い刺激だったので、ケイトは思わず声を発した。その瞬間、茜に釣り銭を渡す店主の手が、一瞬だけ止まった。茜が会計を済ませ、振り返り際にケイトに声を掛けた。


「ケイト行こう~? ん? 何か気になる本でもあった?」

「あ、ううん! なんでもない、行こう!」

「オッケー♪ おじさん、ありがとう!」

「毎度どうも、ご贔屓に! ありがとうございます!」


 二人が出ていくと、店主は鏡越しに、ケイトが見ていた本の方に目をやった。


「本が、拒絶した……しかし、あの子も当事者のはず……」


 一人呟くと畳んでいた新聞を再び広げ読み始めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「なぁ、『ただいま留守にしています』って張り紙があるけどよ、なんでそこの駄菓子屋、今やってないんだぁ?」

「知らねぇー。でもさっきまではやってたけどなー」


 商店街の角には、一面がガラス張りで外から内装が見える駄菓子屋があった。ケイトと茜の二人がその角を曲がると、たむろしている4人の『黒い学ラン』を着た男たちと遭遇した。この辺りで黒い学ランといえば、黒原くろばら高校の学生たちの制服である。


 足を開いてしゃがみ込んでいる細い男、地べたに座りこんで駄菓子を食べている体格の良い男、なぜか壁に向かって逆立ちをしている男、そしてスマホで喋っている男が一人。偶然二人を見た細い男がケイトを指さしながら大声で言った。


「あ! おい! あれ、朝比奈ケイトじゃねー?」

「あ! 本当だー! 超かわいい!!」

「!?」


 突然自分の名前を言われ驚くケイト。細い男と逆立ち男の二人がケイトと茜の方へ寄ってきた。


「これはこれは、朝比奈ケイトちゃんじゃないですか!! こんちは!!」

「今日も、かわいいっすねぇ~!!」


(うぅ……どうしよう……)


 今、絡まれているのはケイトだが、実は二人ともモテる。特にケイトのことは学校中で知られていて、その噂は他校にも飛び火している。ケイトと同じタイプではないものの、茜もまた容姿端麗だ。その二人が歩いていれば、注目度が増すのも仕方がない。しかし大抵の男たちが『高嶺の花』だと遠慮して声を掛けることすらできない中で、ズカズカとたまに興味本位でやってくるやからたちに出くわすことがある。今回寄って来た二人も、どう見てもケイトと接すること自体が不相応な装いの輩たちだった。「またか、やれやれ……」と茜は内心で肩をすくめた。


「うぉぉ!! こっちの子もかわいいね!」


 逆立ち男がそういうと、今度は茜が口で一蹴した。


「……軽い男は嫌いだよ! ケイト、行こう!」

「うん……」

「およぉ~?」


 茜はケイトの手を取って自分の方へ寄せ、その場を去ろうとした。


「ちょい待てよ!! 俺は、ケイトちゃんに用があるんだよ!」

「……気安く……触るな!」


 自身の肩に触れた細い男の手をはらう茜。しかし体格の良いデカい男が立ち上がり、またやってくる。


「おいおい……!! 今見てたけどよぉ!! お前、こいつのこと()()()ろう!!」

「はぁ!? ……違う!!」

「舐めんなコラぁ!!」


 デカい男の怒号が辺りに響いた。ケイトは言葉で茜を擁護する。


「あなたたち……今の見てたでしょう? この人は、肩を触れられて手をはらっただけ……」


 ケイトは茜の名前を言わず、この人と言ったのは、茜の名を覚えられないようにするためだ。


 しかし相手は話の通じない輩たち。逆立ち男が言った。


「おめーそんな事はもうどうでもいいんだよ! この女は、ダチの手を叩いた! だから詫びを入れるとか何かあるんじゃないんかいって話よ! とりあえず……金よこせや! おめーら二人、今どの位持ってる?」


 カツアゲである。こういった理不尽は、この街に限ったことではない。男女関係なく、外を歩けば、少し運が悪いだけで、このように話の通じない輩にあたることもあるのは、悲しきかな世の常である。


「フッ……さっきまでは可愛いとか言ってたくせに、もう「おめー」呼ばわりか。忙しいな……」

「おめー、生意気だなぁ!! 口の利き方教えてやろうか? あぁ!?」

「うるさいよ。ケイト行こう」

「うん……」

「待てと……言ってるのが、わからんのかーい!!」


 デカい男は、そういうと茜の鞄を取り上げ、そのまま思い切り、花壇の下の壁に投げ当てた。


ドカ!!


「あぁ……!!」


 ケイトは思わず声をあげた。


「なんだって……こんなことをする……?」


 茜はうつむきながらも、冷静に問う。


「じゃかぁしいわボケ!! いいから早く慰謝料よこせや!!」


 デカい男はさらに怒鳴り散らす。今にも喧嘩が始まりそうな、一触即発の瞬間のその時だった。


「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

「あ……!!」


 遠くの方から、叫びながら突っ走ってくる、江茂志四高の学生の制服を着た少女の姿があった。緑色の髪の毛をした背の高い女性も少女のあとから走ってくる。ケイトはそれが、さっき知り合ったばかりの、青空心と神宮寺レナだとすぐにわかった。


 青空心の『右足のハイキック』。それは不良たちの間で彼女の代名詞となっている心の得意技だ。目標の頭部、特にこめかみ付近を狙い、相手を高確率でダウンさせる。幼少の頃から喧嘩三昧だった青空心の『喧嘩勝率』 を限りなく100%に近づかせていたのは彼女にその得意技があったからだった。


◆◇◆◇


 喧嘩勝率――自身がこれまでを振り返ってみれば数を出すのは容易いかもしれないが、自己の喧嘩や決闘の勝率など、普通は恥ずかしくて誰にもわざわざ言ったりしないし意識もしない。喧嘩などしない普通の人からしたらとてもくだらないその数字。それは、不良たちのくだらない武勇伝に使われる。しかし、偽りなく己のステータスの一部として刻まれ、喧嘩の都度変動するのも事実だ。RPGゲームのレベルや経験値と同じ、今の状態を示すステータスのひとつだ。


 喧嘩の数が百をとっくに超えていた青空心に、その時刻まれていた喧嘩勝率は99%だった。青空心が負けたのは一度だけだ。しかし、一度負けてしまえばこの先どんなに勝ち星をあげようが決して100%になる事はない。


 その負けた時に、ハイキックをガードされたことや、自分の弱点を認識し、改良を重ねることでより強くなることはできる。心は負けてからというもの、右足のハイキックの攻撃力アップと腹筋の鍛錬を練習メニューに加えてそれを毎晩実施してきた。『誰かを助けたいと思った時、己が正しいと思える行動をしたい時、強くなくては駄目』だと思っており、敗北後からそれまでの3年間、世話になっている師範、仲間の誰にも内緒で、強化のための練習を続けていた。


◆◇◆◇


(あの学ランは、さっき喧嘩した不良たちの中の3人だ! クロコーだ!! 女の子二人がクロコーの男どもに絡まれ、自分の鞄を壁にぶち撒けられている!)


 その様子を見て、突発的に怒らずに黙っていられるほど、心はまだ精神的に大人にはなっていなかった。


(ハイキックを……あのデカイやつに御見舞してやる!)


「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 俊足でもある心は標的が近くなると走りながらジャンプしその勢いを利用しつつ攻撃する。最初のハイキックの餌食となったのは、デカイ男だった。


バッギィィィィィィン!!


挿絵(By みてみん)


「ぐぁっ……!!」


 心のハイキックのそのあまりの速さに防御も出来ぬままヒットしダウンしたデカイ男。あとから走ってくるレナがそれを見て言った。


「うっわ……!  あいつ、やっぱ速っ……!」

「こいつ! 青空心だ!! てめぇさっきはよくも!!」


 逆立ち男が言った。ハイキックの後、地面に着地した心が次に標的にしたのはこの男だった。


「ボクシング部で少し教えてもらったパンチだ!」


シュッ!! シュッ!!


 逆立ち男の鼻の前に2発寸止めした。


「あ!? へ、へへ! なんだそれ!」


 逆立ち男は、実は心のパンチの動きが早すぎて殆ど見えなかった。しかし強がり、逆に自分もパンチで反撃しようとした。しかし喧嘩慣れした心の眼にはとてもスローに見えるそんなパンチは通用するはずもなく、すかさず逆立ち男の腹部に5発のボディブローを打った。最初は軽く、身体に当たってもダメージを与えるものではなかったが、三発、四発と回数が増えていく内に完全にダメージを与えるものになっていき、最後には強烈なものとなっていた。


「ぐごごごごっ!!」


 逆立ち男は腹を両手で抱え顔面が前にでた。


「いっくよー!!」

「ぐっ!?」


 心は構えをとり軽快に言った。


バギィーーーン!!


 美しいアッパーが炸裂した。これを受けた逆立ち男は大の字になって泡を吹いた。


◆◇◆◇


 青空心は頻繁に、入部もしていない運動部の部員から「試合に出てくれ」と申し出を受けることがある。そのずばぬけた身体能力は、殆どのスポーツを少しやれば得意なものの一つとすることが出来た。一種の天才。特にスピードを活かせるものが得意だった。


 喧嘩で有名な彼女だが、沢山の運動部からその身体能力を買われていたし、喧嘩で有名といっても怖がっているのは不良たちだけであり、一般的に見ても『普通にいい奴』と評価される性格なので、一般生徒からは親しまれ、実は隠れたファンもいる。高校2年生ともなれば、その中には彼女に告白した生徒もいた。しかし前向きな返事をしたことなど無かった。否、『自己の鍛錬』で忙しくて心からしたら気にもしていないことなので、お断りの返事すらした事が無かったというのが正しい。


 ボクシング部で練習試合に参加した時はわざとヘッドギアを付けずにやっていたら途中からきた先生にバレて部員共々怒られたが、その時に仲良くなった「須賀くん」と呼ばれる部員に教えてもらった『アッパーの角度』が自分がやっていたのより相手の顎を捉えやすいということがわかったので少し角度を矯正したことがあった。そのアッパーは、心の中ではハイキックとともに得意技の一つとなっていた。


◆◇◆◇


 次に心は細い男を睨んだ。


「うわぁー!!!! ちょっと、待って!!」


 既に突発的に怒ってしまっている心にその言葉は届かない。後ろを向き飛んだと思えば『後ろ回し蹴り』が顎あごをえぐり、細い男はうつ伏せに倒れ、動かなくなった。レナがやっと追いついた頃にはすでに3人が倒れ、ケイトと茜はその速さにただ呆然と見ているだけだった。心とレナが走ってきた時は死角となって見えていなかったが、心が気配を感じ角の向こう側を振り向いた時、スマホ男もいることがわかった。ぶつぶつ会話をしているスマホの男が心をちらりと見て言った。


「あぁ。ヤシキ、ヒロ、サワジがやられたわ……あぁ。いま、すぐ目の前にいる。青空心と神宮寺レナ、あとは雑魚二人だ。おまえらも来い」


おぉぉぉぉぉおお!!


「なんだ!? なんか……すごい数の足音と怒号が聞こえるぞ!」


 レナが言った。この商店街の広場は響きやすいのか、足音がよく聞こえる。


「こいつ、昼間の30人位の中の、リーダーのくせに逃げたやつだ!!」


 心が凄い形相でスマホ男を睨む。


「青空心か…………って、さっきのケイトの話、本当だったのか!!ってことは……」

「これから……30人位がやってくるってこと!?」


 茜とケイトが不安の声でそう言うと、それを聞いたスマホ男がスマホをポケットにしまいながら言った。


「30人……だといいがなぁ……クククッ! 青空心! 昼間の続きだ! 覚悟したほうがいいぞ。お前、もう終わりだ! 昼間のことでみんなお前を憎んでる!」

「おまえは、今度こそやっつける!」

「心、悪いけど、私は助けないからな!? 武道の教えに反する……」


 とレナが言った瞬間。


ガシャーーーン!


 何かが飛んできて駄菓子屋の窓が割れた。


「あぁぁあああ!! 店のガラスが!!」

「ひっでぇ! なんでもありか!? あっぶねぇなぁ!!」


 心が叫び、レナも呼応するように叫んだ。


「け、警察……!!」

「うん!」


 ケイトが言うと同時に茜がスマホを操作しようとすると、心が言った。


「待ってくれ! 警察は呼ぶな! すぐ終わらせる! あいつら……ふっざっけんなよ!! うちの店を!!」

(え……警察……ホントに呼ばなくていいのか……?)


 茜が戸惑いを見せる。


(うちの店? あぁ、だからこの子は怒っているんだわ……!)


 ケイトは心の言葉で納得する。


「……ふーっ……しょうがねーな……」


 レナはあらぬ方向を向いて謝るようにお辞儀をした。その方向は、自分の家のある道場の方向だった。レナには葛藤があった。格闘技を喧嘩に使うなど言語道断、喧嘩で使おうものなら、破門されてしまうかもしれない。しかし、自分が正しいと思うことをするべきだ。これから自分は、格闘技で培ったものを使ってしまうかもしれない。だから許してほしいと、せめて謝るのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


おぉぉぉぉぉぉおお!!


 クロコー生徒たちの怒号が、近づいてくる。見えて確認できたその数は30どころか、ざっとみても50人。


「ひぃぃ! 話が違う! くっそ! あーもう本当にしょうがねーなぁぁ!!」


 心・レナの二人の戦う意思をみた茜は、思わず声をあげる。


「ケイト、私たちも一緒に戦おう。でも私たちには……素手では無理……。とりあえず……私たちは場所を移動しよう、あそこへ……」

「助けてもらったし、ね!」


 それは、青空心あおぞら こころ神宮寺じんぐうじレナ、朝比奈あさひなケイト、鳳茜おおとり あかねが、敵対するものたちと共闘した、初めての出来事だった。



――続く

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