68.檻の中の戦士たち⑪
「そして今すぐ……ここから脱出しますよ!」
「え!? 脱出……!?」
「今はくわしいことは言えない…でも早くここを出ないと…戻れなくなる!!」
「戻れなく?」
「入ってきた通路戻ればいいだけじゃん!! あそこ……え……!!」
心が、あそこと指をさした先には、あったはずの扉が無く、ただの行き止まりだった。闘いが終わった余韻も何も味わう暇もなく、今度は意味も分からず脱出しなくてはならないという。
ウォォォォォォォォォォオオ!!
エモーションズ対デモンズ・アーク、その試合はこのアリーナ空間史上最も盛り上がった闘いだった。アリーナ内は、咆哮の声が鳴り止まない。しかしそれらを発する観客たちの心の内は先ほどまでの試合に対する興奮とは違う別の何かに次第に変わっていった。それは先ほどの闘いが、そこにいる数千のブラモンたちの感情をピークまでに沸き立たせたため、決着がついてしまった今、感情の飢えを自分たちのその感情をどこへぶつければ良いのか分からなくなっていたのである。
「心さん!貴女に渡した漆黒の書ですが、私も少しだけ読めたことがあります。お話ししましょう。何故今すぐ脱出しなければならないのか!」
市長が、出口の消えた壁を見つめながら静かに切り出す。
「この空間は、アグダラに帰ろうとした『二人のブラモン』の一人が、帰還のため漆黒の穴を作ろうとし、失敗した結果、行く当てがなく作りあげた、地球でもなくアグダラでもない空間です」
「え……? ここは市役所内……?」
「いいえ、元々更地だったと言ったはずです。確かに市長室の入口からは空間がありますが、そこはただの入口。その入口以外からこの空間を観ることは出来ません。その二体についての続きですが、ブラモンは能力未使用の者が二体いて初めて往復ができることは知っていると思います」
「あ~! 一生に一度しか使えないのは知ってるよ!!」
「その二体、一体は正直者で、正しく能力も未使用でした。しかしもう一体の方が嘘つきで実は既に使用済なのに、アグダラから離れたかったため、もう一体に嘘を付いて一緒にこちらへやって来たのです」
「あぁ……正直者の方が可哀そう……」
「たしかに!」
「それは、そう!」
「しかし、地球は自分に合っていないと、地球で住んでみてわかった……。それで結局二体とも帰りたくなりました。しかし当然帰れない。二体は困り果て、それで私の卓越感情を察知して私を頼りにしてやってきたのですが、私にもどうすることも出来ない。そのブラモンが、秘書に付き従っていた二体のブラモンです」
「あぁ! デモンズ・アークのブラモンか!!」
市長が背後を指すと、秘書の近くの二体のブラモンがこちらを見ている。
「そう。それ以来、ここは帰る場所を失った行く当てのないブラモンたちが集まる場所となりました。最初は先ほどの市長室位の広さしかなかった。それがブラモンが増える毎に段々と大きくなり、この広さになったのです。そしてある日、あるブラモンがいいました」
「何て?」
レナが聞いた。
「ダラダラしていても仕方ないから闘いたいと。それで私はトーナメント戦という地球の習わしを教え、リングを置いてあげました」
ウォォォォォォォォォォォォオオ!!
その時だった。その話を聴いたブラモンから他のブラモンへと一気に話が広がり、観衆のヤジやら怒号が段々と大きくなっていく中、市長は続けた。
「ある時、途中で私はブラモンが増える以上に、観衆の熱気で会場がさらに拡大していることに気づきました」
「それ、私が感じた違和感だ。ただの自分のプレッシャーだと思っていた……」
ケイトが言った。市長は続ける。
「この空間は、卓越感情を糧に膨張していたのです。しかし、吸収されたものは吐き出さねばならぬのがこの世の理。今回の闘いで、貴女たちの力でこれまでにない巨大な卓越感情を吸い、それが限界を超えました。するとどうなるか。膨張したものは収縮を始めます。貴女たちは気づいていないと思いますが毎日ここに来ていた私や秘書は少し狭くなっている事に気づいています。漆黒の穴と同様、一点に収縮して最後に消滅するのです。その前に脱出するのです」
「何故、そんなことがわかるのですか?」
詰め寄るケイトに、市長は静かに心の持っている漆黒の書を指さした。その最中もさらに激しさを増していくブラモンの怒号。
ウォォォォォォォォォォォォォォオオ!!
「渡した漆黒の書を読んだことがあるからです。読める内容は人によります。私は、読むこと自体はかなり先が読めたのです」
「あぁ、咲さんと同じ状態ってことか……」
「でも、どうやったら脱出できるんだ……」
「天井を見てください。収縮しきる前に、天井の八角形の光に向かって、八つの卓越感情で祈りを捧げなければならない」
「祈る!?」
「はい……」
心が真剣な表情で頷いていう。
「わかった!やってみよう」
レナとケイトも覚悟を決めて頷く。だが、市長は首を振って言った。
「いえ、貴女たち3人だけでは駄目です。プルチックの形の配置での祈りが必要と、漆黒の書にありました。八方向から囲むように。そのためには、他のブラモンの協力も必要です!」
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオ!!
心たちは観客席へ呼びかけたが、返ってきたのは冷笑と罵倒だった。
「収縮……収縮していくぅぅぅう!!」
「なぜアグダラを支配した人間に協力せねばならんのだ!」
「収縮が!! とまらないぞぉぉぉおお!!」
「アグダラを支配!? あぁ皇帝の事か? ふっざけんな! こっちはそっちに連れてかれてんだよォ!!」
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオ!!
思わず心が喧嘩腰になった。しかし今は喧嘩どころではない。怒号が溢れる中、ケイトが冷たい笑みを浮かべてデスペラーズのブラモンへ歩み寄った。
「おい、お前ら協力してくれるよなぁ!?」
「……ふん、断る。人間などに……」
「あ? 今なんて言った?協力しないなら、今度は本当に塵にしてやんぞ!!」
本気の殺意に震え上がったブラモンは観念した。
「やります!! やります!!」
「よーし!!」
と悲鳴を上げる。一方で、さらにそれをみていたアビス・モンスターズのメンバーが、市長がやるなら……という理由で申し出てくれた。
ほかにも頼んだが、『恐れ』だけは見つからなかった。それは茜の卓越感情。同時に茜の不在という哀しみをわき起こさせるが、いまはその時ではない。一つの感情が足りないが仕方なくそのメンバーで祈ることにした。七人は八角形の配置で天井を見つめた。
「さぁ……祈りましょう……」
静かに目を閉じ、祈りを捧げる。心は哀しみを……レナは驚嘆を……ケイトは喜びを……市長の嫌悪と秘書の怒り……デスペラーズの期待……アビス・モンスターズの信頼が一つに混ざり合う。七つの卓越感情が一つの炎の形を形成し、揺らめく。しかし……。
『恐れ』の不足したその祈りはやはり『不完全』だった。収縮が止まらない。
「くっ!やはり完全な八つの卓越感情でないとだめか……みなさん、残念ながら失敗です」
見えない壁となった闇が音もなく客席のブラモンを飲み込んでいく。とうとうその正八角形リングの広さに収縮した。そこは背景のない無の空間。もはや足場もない。ただ見えるのは、数千のブラモンを飲み込み、負の感情が実体化したそれだった。巨大なモンスターへと変貌したのだった。
「これはアグダラの巨大ブラモン!! 虚空という種族!! すべてのものを飲み込み無に帰す力……とても危険です。しかし……あれを見てください!」
「で…でか過ぎる!!」
市長のその言葉と同時に心がヴォイドの向こう側に輝く八角形の光を指差す。
「あ……あれは!?」
「アグダラにはこんな言葉があります。『虚空現るところ光もあり』。あれこそが突破口!!」
「私たちが食い止めます! 行ってください!」
「行くったってどうやって!」
「突っ込んでいくしかないでしょう!!」
市長と秘書が飛び出す。その刹那、市長が3人に告げた。
「貴女たちの願いが叶うことを信じています! そしてもし、アグダラで私の息子に会うことがあったら伝えてください。地球で待っていると!」
「それはわかってるけど……てか……大丈夫なの!?」
「光が縮まっています。時間が無い……」
「……」
心・レナ・ケイトは、市長と秘書が自分の命を掛けて自分たちを逃がそうとしているとわかったが、感謝の意を表すにはあまりにも時間が足りな過ぎた。市長は躊躇なく怪物へ突撃する。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」
一方、心と秘書が最後に向き合う。
「今度は1対1で戦おうな!」
心が笑う。秘書もまた、マスクの奥で不敵に目を細めた。
「ふふっ……次は負けない。もっともっと、強くなれ……!!」
「うん!!」
3人は、市長と秘書に全て託し光の中へと飛び込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
眩い光が消え、段々と視界が広がっていく。するとそこは外だった。振り返ると、市役所の裏に位置する、ただの古びたコンクリートの壁があるだけ。
「市長と秘書……大丈夫だよな……」
レナがぽつりと呟いた。
「二人に任せてしまったけど、良かったのかしら……」
しかし、不安げな二人に、心が晴れやかな声を上げた。
「大丈夫! あの秘書は、また戦おうって約束してくれた!」
秘書。レナとケイトは秘書の正体が何となくはわかっているが、それを口にするべきではないと思った。何かで聞いた事がある。それらの『接触』が危険であることを。だから二人はそれについては触れないようにした。
「へへ!」
「はは! そうだな!!」
「ふふふっ」
市役所の裏で、日常へと戻った3人は、笑いあった。
漆黒の書はあと3冊……。
――続く




