67.檻の中の戦士たち⑩
地下闘技場に、ついに運命の朝が訪れた。隣の広場から戻ってきた観客たちは、感情の飢えを晴らすかのように、地鳴りを立てて座席を揺らす。
ウォォォォォォォォォォォォォォオオ!!
プローミネンス!! プローミネンス!! プローミネンス!! プローミネンス!!
「こーろーせっ!! テレッテこーろーせっ!!」
エモーションズ!! エモーションズ!!
「最高の死に様を見せてくれぇ!」
「人間に絶望をぉぉお!」
異形のものたちの罵声を、心、レナ、ケイトの三人は無言で受け流していた。八角形のリングに上がるその一歩一歩には、もはや迷いはない。ただ静かに、研ぎ澄まされた刃のような闘志で向かっていく。リングに上がると、すでにいた『デモンズ・アーク』の3人。そのうちの二体のブラモンは、相変わらず戦う気がないのか、オーラすら放っていない。ただ二人を従っている秘書の纏うオーラだけが禍々しく揺らめく。心とレナはずっと拳を握りその時を待ち、背後のケイトは既に、攻撃時の顔になっている。
「みんな、気合いは十分!!やるぞ!!」
「よし!」
「あぁ!」
その時、八角形リングの真ん中で、市長が両腕を突き上げてマイクを握った。
「さぁ、お集まりの諸君!ついに今回のG・G、決勝戦! ファイナル! 幕開けだぁぁぁぁああ!!」
ウォォォォォォォォォォォォォォオオ!!
アリーナが割れんばかりの地鳴りに包まれる中、市長は二つのチームを交互に指さし、興奮の声を張り上げる。
「奇跡の新星、エモーションズか! 最強の優勝候補、デモンズ・アークか! どちらが勝っても文句なし、最高の闘いを始めてくださいぃぃぃ!! それでは決勝!! 試合……開始ィィーーーィィイイ!!」
カァァァァァァァァァァァァァアン!!
市長がリングを下り、ゴングが鳴り響くと同時に、二体のブラモンを除く全てのオーラが爆発した。エモーションズたちのオーラの膨張が終わる中、秘書のそれだけがさらに膨れ上がった。心たちは、自然に心、レナ、ケイトの順で背後に回るフォーメーションとなっていた。
「ぐぅうぉぉぉぉぉおお!!」
「くっ……! あいつ……!!」
「へへ……やっぱ……バケモンだ」
「……」
ドンッ!!
先手を打って秘書が心に突っ込んでくる。心がこれを迎え撃つ。レナはカウンターの用意をし、ケイトは腕をクロスさせた状態で掌を前方に向ける。
シュンシュンシュン……バキッ!!
(くっ……やっぱ速い!!)
しかし、心の連続の『無刹』をもってしても、秘書の動きが少しだけ上回り一方的な蹂躙となる。
シュンバキッ!! シュンバキッ!!
心のガードの上から、素早い拳が何度も叩き込まれる。秘書の拳が空気を切り裂くたびに、鋭い衝撃が心を襲う。攻撃をやめた秘書が言った。
「……? お前、なぜ反撃してこない?」
「んなこといったって……出てこないんだもん」
「ん~!? 感情閃光が、か?」
「そうそう! アレが出ないと勝てるわけないし!!」
シュンバキッ!!
「いててて……」
「なんか……お前……舐めてないか? 試合を……!! 」
シュン!!ドゴォォォン!!
秘書のエルボーが心の頭をヒットした。
「わわっ!! あぶねー!! 一瞬くらっとした!! 落ちちゃうところだった!!」
ブゥォッ……バキィ!!
心のそのセリフの後、背後からのレナの正拳突きが秘書を襲ったが、それを容易く避けると、裏拳をレナに叩き込んだ。
「きさまもだ!! どうして能力を使わない?」
「さ、さぁな……」
「やっぱり! お前たち、なんか舐めてるよなーーー!!」
バキッバキッ!!
倒れたレナを何度もストンピングする。
「ひょっとして……諦めているのか!? お前たちの……覚悟は……その程度だったのか!?」
バキッバキッバキッ!!
「ぐくっ!! くっ!!」
瞬間、秘書の懐に現れた心がアッパーを放ったが、空を切る。そして同時に秘書のミドルの蹴りが心の左腕に命中する、はずだった。
「むっ……!?」
秘書が捉えたはずの心の身体が、陽炎のようにブレて消えた。それは己すら騙してそこに置いた虚像だ。
(……よし、ちゃんと出せた!)
その死角から心が本命の一撃を繰り出したが、秘書は驚異的なその勘でそれを防ぎ、そこからの猛攻で今度こそ心は吹き飛んだ。それを背後からレナが受け止める。
「よっと。大丈夫か心?」
「あぁ、まだまだ!!」
なぜか楽しそうにしている心とレナ。
「もう、慣れたよな!!」
「あぁ!! 慣れた!!」
「慣れた? 何を言ってる……」
「じゃぁ、いくか!!」
「あぁ!! ウォーミングアップは、終了だ!!」
無論、心たちは舐めていたのではない。秘書の超スピードの攻撃に、あえて実戦の中で身体を慣らしにいっていたのだ。そして心が『無刹』の超高速ステップで翻弄し、秘書がその残像を捉え損ねたコンマ数秒の隙を、レナの重い拳が猛然と急襲する。二人の完全にシンクロした波状攻撃が、ついに秘書の鉄壁の防御を破り、その頬と肩のライダースーツを鋭く掠め取った。
「ほう、速度を上げてきているじゃないか……」
秘書の表情に初めて明確な焦りが浮かぶ。しかし、それほど肉薄した決死の猛攻ですら、秘書は紙一重のところで体勢を立て直し、圧倒的な格の違いを見せつけるように二人を押し返していく。何度か掠りはするものの、しかしそれですら秘書の方が一段上だった。
バキィィ!!
何とか捉えた秘書の背後にも、両足の蹴りが同時にふたりを襲った。
「しかしまだ駄目だな。そんなだから……仲間を失うんだ……」
「!!」
「く……!」
「こいつ……!」
しかしそれに一番キレたのはケイトだ。秘書のその言葉はケイトの逆鱗に触れた。昨夜見た、守れなかった親友・茜の、傷だらけの姿が脳裏を過る。そしてコーナーから言い放った。
「黙れ!! お前に何がわかる!! これを喰らいやがれ!!」
ピチューン……!!
放たれたのは『瞬刻波』が圧縮されたもの。黄の閃光が秘書の顔の掠った。
「あ……」
「そう、それだ!!その闘争心だ!!しかしまだ、命中率が低いようで……」
「く!!なら……当たるまで打つのみだ!!」
ピチュン!! ピチュン!! ピチュン!!
「私も……!!」
(無刹!)
「私も……!!」
激しい打ち合いの中、3人の体力が目に見えて削られていった。だがそれについては、それで良かった。いつでも再生できるのだから。肩で息をする心たちの前に、秘書は依然として揺るがぬ巨壁として立ちはだかっていた。
レナが守りを捨てて前に出た。
(ダメージを受けたら…頼む…!)
とケイトに視線で合図を送る。それを悟ったケイトは片方の掌に『瞬刻再生』を用意する。
(む! これは捨て身!?)
(驚反!!)
ドッグォォォォォォォ!!
秘書の強烈なストレートがレナの腹部を深く捉えた。鈍い音とともにレナの身体が『く』の字に折れ曲がる。しかし、それはレナの狙い。レナを覆うオーラが激しく明滅し、レナが受けた衝撃が秘書へと跳ね返った。
ドッグォォォォォォォ!!
「ぐぉっ!…これは……効く……!はぁ……はぁ……」
これにはたまらず膝をつく秘書。レナが苦痛に顔を歪めながらも、気力だけで先に起き上がった。続いて秘書が起き上がろうとしたその刹那、心が猛然と突っ込むと、なんと秘書のマスクに手をかけた。
「(みんな気になってたんだ!!素顔を見せて貰うぞ!!)」
「うっ!!」
ババババーッ!!
「あ……」
だが、それは秘書が驚異的な反応で心の腕を振り払い、間一髪で立ち上がった時の音だった。
「てめぇ……!! 試合中にお前馬鹿か!? ふざけるな!!」
ドガッ! ガキッ!! バキッ!!!
それは秘書の突発感情の怒りだった。猛烈な殴る蹴るの応酬が心へと浴びせられる。卓越感情と突発感情の同時の怒りの攻撃で、防戦一方の心。レナとケイトが助けようにも、その速さについていけず、助けることが出来ない。頭から血を流し、意識が混濁しかける心。秘書の動きが一旦止まった時、ケイトの中で、茜と心の姿が完全に重なった。
「(はっ……心が……あぶない!!)」
ケイトの瞳の奥に、彼女が発するオーラと同じ様に黄金色の炎の形が現れた。
「(喰らえ!!)」
ブォォォォォォォォォォォォォォオオオオ!!
ケイトの両手の掌から、動と静、二つのエネルギーが混ざったトルネード状で発射された。それが心と秘書の直前で二つに分かれ、一方は心へ、もう一方は秘書へと向かう。
フワァァァァァァァァァァ……
「はっ!!ケイト、ありがとう」
ズォォォォォォォォォォォォォォォォォオオ!!
秘書へ向った動のエネルギーは、観客席の一部をも飲み込みそうな勢いの特大の『瞬刻波』へと倍増していく。放ちながら尚も力を与えられた黄金色の波状が秘書を襲う。
「ぬぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」
それを咆哮と共に紙一重で回避する秘書。しかしその波状は、彼女の着ているライダースーツの所々を引き裂いた。
「い、今のは……危なかった……はぁ……はぁ……やはりまず倒すべきは……ケイト、お前からだった……!!」
着地と同時、秘書は右腕を突き出し、予動なしでケイトへそれを放つ。
――『プロミネンス・エグゼキューション!!』――
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
あの不気味な赤黒いエネルギーが、容赦なくケイトを完全に飲み込んでいく。
「ケイトォォォッ!!」
心が絶叫した。しかし、ケイトは直前に両手に仕込んでいた『瞬刻再生』のエネルギーを自らに全開で浴びせ続けていた。細胞が破壊される端から超高速で肉体を繋ぎ止め、ギリギリのところでその一撃を耐えきってみせた。球が消え、ボロボロになりながらも立ち続けるケイトを見て、秘書の目が驚愕に見開かれる。
「こいつ!!……私のプロミネンス・エグゼキューションを……まともに喰らって生きているだと……!?」
「はぁ……はぁ……もう次は絶対無理……ほんの少し、生き延びただけ……か……くそ……!!」
完全に体力を使い果たしたケイトは、その場に膝をつく。
「終わりだ! 墜ちろ……!!」
秘書が今度こそ残った全ての力を振り絞り、再び右腕を天へ掲げる。周囲の空気が絶望的に収縮し、闘技場全体の酸素が吸い込まれていく。今度はすべてを塵にする真の最大出力のプロミネンス・エグゼキューションの予動だ。
ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン……
赤黒い光の球が、秘書の拳の上で不気味に膨れ上がりきったその時。
「ケイト、大丈夫。この時を、待っていた……!」
驚嘆の卓越感情により、予動の瞬間を二人よりも早く捉えたレナが、右手を天高く掲げた。
「墜ちるのはあんただ!!」
「!?」
――『アブソリュート・エクリプス!!』――
ブゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーン!!
秘書の赤黒い膨大なエネルギーが、レナのそれに覆い尽くされ、急激に収縮して霧散した。
「なぁぁにぃぃぃい!!……消えた……プロミネンス・エグゼキューションが……封じられた……」
「最初の、それと同じだったら危なかったよ……予動があったから、命中できたんだ……!!」
このタイミングはこれまでで最大で唯一の勝機の瞬間だった。心は全神経を一点に集中させた。
「(無刹!!)」
瞬間、心の周りの景色から色と音が消えうせる。その中で、秘書の懐へと潜り込む。色が戻る瞬間にみえた赤い閃光。それに沿って、『無刹』の勢いを利用した『トルネード・アッパー』を秘書の側頭部へと叩き込む!!
ドッガァァァァァァンッ!!
トルネード・アッパーの衝撃は、辺りを血、チリ、埃が混ざった渦巻きとなってリング内の視認を拒んだ。しかしその中にいる心だけは見える。秘書がリングのコーナーまで弾き飛ばされたことを。秘書はコーナー前で、尻をついた姿勢になった。
「ぐくっ…………」
「どうだ!?」
心は、今放ったトルネード・アッパーには、確かな手応えを感じていた。しかし……。
ニヤリ……!!
秘書は身体を微動だにしない。心は、マスクで口は見えないものの目の表情で秘書が微笑んでいることがわかった。
「そ……そんな……ちゃんと……閃光に乗せた……!!」
観客たちがざわめいていた。渦巻きが時間とともに消えると、秘書の姿が誰の目にも映った。
「まさか、私が…………負ける……とはな……」
ガクッ……
秘書はその後、仰向けに倒れ大の字になった。その瞳は、先ほどまでの怒りなどではなく、人を認めた優しい輝きだった。それはレナが心と決闘し、和解したときの表情に似ていた。勝負は勝負。しかし正体を決して明かそうとしない秘書のその意図を読むことができるのは、市長だけなのだろう。
ガヤガヤガヤ……
「プロミネンスがやられたー!! だが!! 後ろのブラモンがいるぜぇ……!!」
そう。これは3対3のチーム戦。チームとして敗北しなければ敗北は決定していないのだ。
「ほ、他の……二人のブラモンは……もとから戦う予定はない……お前たちの……勝ちだ!」
様子をうかがっていた市長がその言葉を聴いてリングに駆け上がっていった。
「ギブアップ!! ギブアップ!! 秘書のギブアップで試合終了!! よってこのトーナメントは!! チーム・エモーションズの優勝ぉぉぉおおお!!」
ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオ!!
「うぉぉぉぉぉぉお!!」
「よっしゃぁぁぁぁあ!!」
「やったあぁぁぁぁああ!!」
市長の絶叫の試合終了の合図で、ブラモンたちの咆哮と、地響きのような拍手、そして心たち3人の歓喜の声が同時に会場を響かせた。こうして、二日に跨いで行われた、血塗られた地下トーナメントは幕を閉じた。リングの上に残ったのは、ボロボロになりながらも肩を貸し合い、互いを支え合う、異なる卓越感情を放つ3人の姿。市長が拍手をしながらリングへと歩み寄ってきた。
「ありがとう! あなたたちの力、見せて頂きました。約束の、この漆黒の書をお渡しします」
「やったぁぁ!!ありがとぉぉぉぉ!!」
「へへ!!」
「よし!!」
市長は心に漆黒の書を渡した。
――続く




