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65.檻の中の戦士たち⑧

 準決勝第1試合で、ケイトの『瞬刻波』がデスペラーズを粉砕した衝撃は、観客たちの飢えた闘争心にも火をつけた。その巨大な空間内を揺らす地鳴りのような歓声の中、市長が再び八角形のリング中央に躍り出る。観衆と同じく興奮しているのか、市長のマイクパフォーマンスも、これまでとは違い興奮気味だ。

「さぁぁぁあ!! 狂乱の宴を続けよう! 準決勝第2試合!! ヘルズ・バーバリアンズ対デモンズ・アーク!! 両チーム、リングへー……!?」

「上がれぇぇぇぇぇぇえ!!」


 市長が観客に耳を傾けるジェスチャーをすると、観客たちがそれに応えるように続きを叫んだ。その後すぐに、まるで重戦車が地を踏みしめるような鈍い音が会場に響き渡った。ヘルズ・バーバリアンズ……獅子の頭部を持つ巨漢たちが、周囲の客へ威圧感を振りまきながらリングに上がる。彼らの一歩は、リングの床を悲鳴を上げさせ、その震動は観客席の足元にまで伝わっていた。しかし、その強靭な肉体を包むのは、荒々しい見た目とは裏腹に、静謐で透き通った水色のオーラ。獅子たちのその形相からは、怒っているのか笑っているのかすらわからない。ただ驚嘆の卓越感情を内に秘め、獲物を待ち構えていた。


 対するは、漆黒のライダースーツを身に纏った秘書率いる『デモンズ・アーク』たち。先頭を行く顔の下半分を黒いマスクで覆っている秘書の足取りは、羽毛のように軽く、それでいて一切の隙がない。その鋭い冷徹な眼光を放ちながら、巨体の獅子たちを見据えている。彼女の背後に控える二体のブラモンは、関節と瞳に深い緑の光を宿していたが、その様子は依然として不気味なほどに静かである。

「……下がっていろ。邪魔だ」


 秘書が短く、冷徹な声を響かせると、背後の二体は何も言わず即座にコーナーまで退き、石像のように固まった。


「おいおい! また 一人で戦う気か!? プロミネンスさんよぉ!」

「たまにゃ~全員でかかれ!!」


 観客席から嘲笑混じりの野次が飛んだ。秘書は市長からマイクを借りるとマスク越しに感情の欠落した声を会場全体に響かせた。


「うるさいやつらだ。こいつらは、ただの人数合わせだ。私の戦いに、連携など必要ない!」

「わぁ……言うなぁ……あの秘書……」

「心、何目を輝かせてんだよ!!」

「ぁ、ごめん……」


 その傲岸不遜とも取れる言葉に、ヘルズ・バーバリアンズのリーダー格が鼻を鳴らし、巨大な拳を打ち鳴らした。


「ふん、小娘が……。その減らず口は、いい加減聞き飽きたわ!! 今回こそは肉塊に変えてやる!」

「じゃぁ、今回は前回よりちょっと力入れてやる!!」

「あぁ!?」

「ではぁ!! 試合開始ィィィィイイ!!」

 市長の声が合図となり、準決勝第2試合のゴングが、かつてない重厚な音を立てて鳴り響く。


カァァァーーーーーーーーン!!


 先制したのは獅子たちの爆発的な突進だった。3方向から秘書1人に向かって同時に迫る巨体。水色のオーラが彼らの拳に収束し、一振りごとにその風圧が真空の刃となってリング上を荒れ狂う。


「あれは……『瞬刻風刃』と同じだわ! でももっと大きい……それを……拳といっしょに放っている……!!」

(ケイトには身体的な能力は無い……ケイトは能力だけで戦うから!!)

(格闘と同時にケイト以上の能力も使っているってことか……)


 しかし、秘書は前回の試合同様、それらを紙一重の演舞のような動きで回避し続けた。そして重戦車のような獅子たちの隙間を、滑り込むように移動する。


シュドン……!! シュドン……!! シュドン……!!


 獅子の剛腕がリングに叩きつけられ床が裂けた。無論、秘書も避けるだけではなく、チャンスを伺っている。ある時、秘書の鋭い蹴りが閃光となって突き抜けた。剛と柔、静と動。リング上で繰り広げられるのは、もはや試合の域を超えた、『極限戦闘芸術』と言えた。


シュバ!!シュバ!!シュバ!!


 激しい肉弾戦が続く最中、秘書が突然、観客席で固唾を飲んで戦況を見守るケイトへと視線を向けた。


「……朝比奈ケイト。先ほどの君の攻撃能力、実に凄かった。あの密度、あの破壊力……治癒師でありながらあれほどの力を練り上げるとは、感服したよ」

「え……?」

「ケイトに?」

「あいつ、何を言ってるんだ?」


 獅子たちの猛攻を避けながら、事も無げに放たれた場違いな賞賛。ケイトは思わず息を呑み、隣にいる心・レナと顔を見合わせた。戦いの真っ只中で、自分たちと話をする余裕があるというのか。秘書は三方向からの同時攻撃を、垂直跳びで鮮やかに飛び越えると、空中で身を翻しながら着地した。その瞬間、彼女の全身から溢れ出した赤色の怒りのオーラが収束していく。それは物理法則にも影響した。


ヴィィィィィィィィィィィィィィ……


「う……!(空気が!!)」

「ぐくぅ……!(吸い込まれていく!?)」


 心・レナの言葉を気にすることなく、秘書は続ける。


「あんたが『瞬刻波』を見せてくれたお礼に、私の技も一つ披露しよう!」

「!?」


 秘書が右腕を天に掲げ、標的である獅子たちを見つめた。彼女の全身を覆う禍々しい赤のオーラが、右腕の一点へと吸い込まれるように収束していくのが、その場にいる誰の眼にも目視出来た。凝縮されたそれはドス黒い輝きを放つ球体となり、周囲の空間を歪ませていた。


ィィィィィィィィィィィィィン……


ガヤガヤガヤガヤ……


「あ、あれだ!! あれをやる気だ!!」

「だ、大丈夫なのか!?」


 観客のブラモン達が叫び出した。何が大丈夫だというのだろうか?始めてみる3人には理解が出来なかった。


「そして貴様たちは……闇に墜ちる……」

「ぬぅ!?」

「やばい!!」

「あの形はぁぁぁ!!」

「ぁぁぁああ!!」


 狙いを定められている獅子たちはその時恐れおののいた。もし許しを請うたなら、結果は変わっていたかもしれない。しかし、遅かった。


――『プロミネンス・エグゼキューション!!』――


 放たれたのは、巨大なエネルギーの塊だった。赤黒い光の柱がリングの床を深々と抉り、大気を焼き焦がしながら、ヘルズ・バーバリアンズの三体を飲み込んでいく。


(やばい!!)


 心は言葉がでなかった。


ズドォォォォォォォ!!!


 網膜を焼き潰すような閃光が走る。爆風が観客席の最上段まで吹き荒れ、心たちは腕で顔を覆い、吹き飛ばされないよう必死に座席にしがみついた。やがてそのエネルギーの塊は収縮し消えた。その後、もうもうと立ち込める煙の向こう側から、秘書の影がゆっくりと浮かび上がってくる。


「これはやはり加減が難しい……」


 そのリング上に、秘書が標的にしたものの中で立っていられる者は一人もいなかった。獅子たちの誇るべき巨体は、その一撃の前に見る影もなく粉砕されたのだ。リングの上には、彼らの卓越感情と同じ、透き通った水色の血が、無惨にしかし美しく飛び散っていた。


「正直、殺す気はなかったが……まぁ……あいつらも私に『肉塊に変えてやる』って言ってたし……」


 秘書は、飛び散った肉片を無機質な瞳で見下ろし、独り言のように呟いた。その直後だった。リングに散らばった獅子たちの死骸と、飛び散った水色の鮮血が、突如として同色の淡い光を放ち始めた。その光は、まるで心臓の鼓動のように一度大きく脈打つと、急速に一点へと収縮していく。次の瞬間。その光が消えた。残ったのは『水色』の血痕のみ。


 敗北したブラモンたちは、まるで最初からこの世に存在していなかったかのように、あとかたもなく消滅したのだ。静まり返る闘技場。あまりの破壊力に、観衆は声を出すことすら忘れていた。その沈黙の支配を破り、秘書はマスクを外すことなく、客席の心、レナ、ケイトの3人へとまっすぐ指を突きつけた。


「次が決勝! 最後だ! エモーションズ。私の怒りを越えてみせろ。がっかりさせるなよ!!」


 その傲慢かつ挑戦的な宣戦布告が、会場に再び火をつけた。


ウォォォォォォォォォォオオ!!


デモンズ・アーク! デモンズ・アーク!!

プローミネンス!! プローミネンス!!


「プロミネンス!! やっぱりあんたがナンバーワンだー!!」

「殺ーせっ!! 殺ーせっ!」

 爆発する大歓声と拍手の雨。


「あいつ……つ、強すぎる……!!」

「やばいぞ……!!」

「……」


 圧倒的な『死』と、底知れない『謎』。心たちは、決勝戦という名の奈落が、すぐ目の前で口を開けて待っていることを、肌を刺す脅威と共に悟るのだった。


 準決勝第2試合が終わり、会場の熱気は冷めるどころか、飢えた猛獣の吐息のように重苦しく渦巻いていた。リングの周囲には、帰るべき場所も持たぬブラモンたちが、決勝戦という名の最高の晩餐を今か今かと待ちわびている。その殺気立った視線がリングへ注がれる中、市長がゆっくりとマイクを口元に寄せた。


「静粛に……! 皆の期待は理解しています! しかしながら! 最高の決戦には、最高の準備が必要だと、私は思う!! よって……決勝は明日に持ち越すものとします! 両チームに、余すことなくその死力を尽くして頂きたい!! みなさんが知っているように、そこの通路の先には、この闘技場に匹敵するほどの広大な地下広場が存在します! 今夜はそこで寝るなりして、明日まで待機してください!!」


 その言葉が終わるや否や、観客席からは一斉に地鳴りのような罵声が飛んだ。


ドドドドドドドド……


「ふざけるな! 今すぐ殺し合いを始めろー!」

「明日は、また違うトーナメントのはずだー!」

「そうだそうだ-!! 明日まで待てるかぁ!!」


 しかし、市長は冷徹な眼光で一喝した。


「不満がある者はここに留まることすらできなくなりますよ! それでもよろしいのですか!?」


 その一言に、会場は氷水を打ったように静まり返った。観客たちは毒づき、舌打ちをしながらも、渋々と席を立ち始めた。広場へと向かう異形たちの波、そのあとを歩き、秘書は二体の黒いブラモンを従え、通路の闇へと消えていった。




――続く

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