64.檻の中の戦士たち⑦
秘書の独壇場により、地下闘技場のボルテージは、最高潮を超えて膨れ上がっていた。ベスト4が出揃い、ついに準決勝の幕が開く。市長がリング上で腕を広げ、地響きのような歓声を一身に浴びる。
ウォォォォォォォォオオオ!!
「第1回戦を勝ち抜いた4チームの猛者たち!! これよりは準決勝!! そして! 準決勝1戦目は、デスペラーズ対エモーションズ!! チームの選手たちはリングへーっ!!」
デースペ!! デースペ!!
「今度は八つ裂きにしてくれぇ!! 人間たちをーーー!!」
「へっ!! また私たちはアウェイの中かよ!!」
「言わせとけ言わせとけ!!」
「まぁまぁ……」
エモーションズの心、レナ、ケイトの三人は、再びあの狂気と歓喜の八角形リングへと足を踏み入れた。対峙するのは、初戦で圧倒的な暴力を見せつけた、『予期』の橙色のオーラを発するデスペラーズ。相手を蹂躙し、その絶望を予期するという、歪んだ肉食の輝きだ。その悦楽の輝きの影がリングを支配していく。
「ふぅ、また人間か……」
「フフ。しょうがあるまい」
「まぁ、こいつらを倒せばまたプロミネンスたちと対決できるのだ!」
「こいつらは普通のブラモンと言っても、1回戦を勝ち抜いた強敵だ!また最初から全開でいくよ!」
「おぉ!!」
「えぇ!!」
ケイトは前の試合の時の表情とはうってかわって、その表情にはやる気が漲っていた。
「では! 試合開始ィィィィイイ!!」
カーーーーン!!
シュバッ!!
ゴング音が会場に響くと同時に、心とレナが弾丸のような速さで前方に飛び出した。後方で祈るように手を合わせた姿勢をするケイトの周囲の空気が、ケイトに収縮していた。
「先手必勝! レナ、あいつらの連携を乱す!」
「あぁ!!」
心はこれまで数多の修羅場を潜り抜けてきた反射神経を研ぎ澄ませ、『無刹』は使わないものの、全身全霊の速さで敵の懐へ潜り込もうとする。ここで無刹を使わない理由はレナを置いていかないためだ。それはチームワークで勝とうとしているからに他ならない。レナもまた、カウンター能力『驚反』を発動させるべく、絶妙な距離感で心の背後をカバーする。1回戦で見せた黄金パターンの再現だ。しかし、デスペラーズは二番煎じが効く程甘くなかった。
その三人が橙色のオーラを爆発的に膨れ上がらせると、ブラモンたちは心たちの動きを完全に先読みしていたかのように、三角形の陣形で迎え撃つ。
フッガキィィイ!!
「ぐはっ……!?」
「心! ……しまっ…え!?」
出し惜しみなく放った心の必殺のアッパーは虚空を切り、逆に死角から放たれた鋭い回し蹴りが心の脇腹を深く抉ったのだった。助けに入ろうとしたレナも、別の一体に背後を取られ、羽交い締めの姿勢から『スープレックス』の要領で壁際へと叩きつけられた。デスペラーズの連携は、個々の力の強さ以上に、獲物を追い詰める戦術として完成されていた。心とレナが必死に抵抗するも、二人の橙色の光の拳が容赦なく二人を襲う。
ガキッ……ガキッ……!!
「ぐっ……!!」
「お前、もう終わりか?」
「あぁ……心!!」
ガギッ……ガギッ……!!
「くっくっく!!貴様も!!終わりかぁ!!」
「ぐぅ!!」
(喰らえ!! 『驚反』!!)
レナがそのカウンターの念を発動させたその瞬間……! レナの目の前が、目を開けているにもかかわらず一瞬暗転した。
ガギッ……ガギッ……!!
「(今のは……そして……『驚反』が発動しない!!)」
レナにとって、それは初めての事だった。
「あぁ……お前の能力。さっきの闘いを見せてもらってから、当然用心してるよ」
「!? どういうことだ!!」
「観客たちの期待通り、これからお前らは殺してやる。どうせ死ぬんだから教えてやるか!アブソリュート・エクリプス……その能力は、相手の能力を無効にする!!」
「何ぃ!!」
ガキッ……ガキッ……!!
「レ…レナ……」
「(くそっ!! マジか!! 私には、『驚反』しかないというのに……!!)」
そのことが観衆にも露呈した。
「あいつ……さっきの能力を出せなくなってるんじゃないのか?」
「もう、さっさと!! 喰われちまえー!」
ガキッ……ガキッ……ガキッ……ガキッ……!!
観衆からは絶望を期待する罵声が飛ぶ中、叩かれ続ける心とレナ。二人の意識が少しだけ遠のきかけたその時……。心とレナに黄色いレーザーがそっと触れた。
「はっ!! 『瞬刻再生』!?」
心がそれに気づくと、レナも気づいた。
「はっ!!ありがとう!!ケイト」
ブワァァァァァァァァァァァァァアアア!!!
「ちょっとぉ……お前らいつまであんな雑魚に手こずってんだよぉ……!?」
「ぇ……」
「ぁ……」
心とレナの背筋に、異質な戦慄が走った。二人が反射的に振り返ると、そこにはいつもの聖母のような微笑みを湛えたケイトではなく、あの時のケイトが居た。黄色い髪は逆立ち、前髪に隠れた瞳は鋭く、神々しい黄のオーラに覆われている。その時のそれは『黄金色』にも見えた。そして彼女の手に宿る光は、いつものふわっとしたものではなく、燃え盛る炎のように変貌していた。
「あ、あの、ケイト……さん……?」
「ふぅー……お前ら、気ぃ張ってやってんの?それじゃラチがあかねぇだろ……私が3人纏めて文字通り、一網打尽にしてやるから、そこで黙って見てな!!」
「な、なんだ? こいつ!?」
その豹変ぶりに吃驚しているブラモンたちは、動くことが出来ずにいた。そんな中、ケイトはゆっくりと心とレナの間をすり抜けてデスペラーズの三体のど真ん中へ出てきた。
「喰らえっ!!」
彼女の叫びとともに両手から放たれたのは、トーナメント開始前、一瞬で観客のブラモンを戦闘不能にさせた攻撃能力『瞬刻波』だった。
ドガァァァン!!
爆発的な光の奔流がリングを埋め尽くしたあと、そこから極太の三本のエネルギーの柱がブラモンたちを襲った。
ドゴォォォォォォォォォォン!!
デスペラーズの三体は断末魔を上げる暇もなく吹き飛ばされた。橙色のオーラは無惨に霧散し、黒のブラモンたちは白目を剥いてマットに沈んだ。一瞬の、そして圧倒的な蹂躙だった。
ぽわぁぁぁん
「…………ふぅ。あぁ、二人とも、ゴメン……」
激しい光と噴煙が収まると、そこにはいつもの穏やかなケイトが立っていた。呆気に取られた心・レナは言った。
「なんか、さっきより……言葉使いが男勝りになってませんでしたか?」
「ケイトさん……?」
ケイトが優しい声で言った。
「うん……二人が倒れて、さらに殴られてるのを見て、私、治癒を使いながらもう一人のケイトに頼んだの。意識の全部を使ってもいいからあいつらをやっつけてって……」
ピク…ピク……
その足元には殆ど動けないデスペラーズの三体が転がっている。市長がリングに上がって宣言した。
「3名戦闘不能!! 勝者ァァァ!! エモーションズ!!」
静まり返っていた会場に、遅れて爆発的な歓声が戻る。心とレナは、まだ冷や汗が止まらないまま、頬を引きつらせてケイトに歩み寄った。
「……なんかさ、さっきのケイトも面白いキャラだ……」
「あぁ! ケイトは、ケイトだもんな! 気にしない!!」
「何か恥ずかしいけど……ふふっ……ありがとう!」
結局のところ、さっきのケイトのあの激しさは、仲間を守りたいという強い責任感の裏返しであることも、二人は理解したのだった。それで口調が変わったところで、友情は失われることはない。ケイトが頬を赤らめると、3人で笑い合った。しかし、心は倒れた敵を見つめていった。
「でも……あぶなかった……もし……ケイトが治癒だけじゃなく、攻撃の能力を持っていなかったら、今ごろこっちがやられていたかもしれない……このブラモンたちも、獣系ではないけれど、強かった……」
「そうだな……そして私は、また課題が増えたよ。『驚反』が通じなかった。あいつ、言ってた……能力を無効化する能力があると……」
「あぁ……聞こえたよ……」
「うん……あのブラモン、きっと私の豹変ぶりに吃驚してくれたおかげで『瞬刻波』の無効化はされてなかったのね……そう考えると……危なかった……」
しかしながら、その勝利が準決勝を突破し、ついに頂点へと続く決勝の舞台へ王手をかけたのは事実だ。今回の勝因は、奥の手ともいえるケイトの攻撃技が窮地を救ったが、レナが懸念した新たな課題をクリアせずして、優勝することが果たして出来るのであろうか。
――続く




