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63.檻の中の戦士たち⑥

 第3試合の生々しい余韻が残る空間に、リングに上がった市長の声が響き渡る。


「続いての第4試合は!!デモンズ・アーク対アビス・モンスターズ!!選手たちはリングへ!!」


 その言葉と共に、リング頭上の巨大スクリーンにその対戦カードが映し出された。心たちの近くの、市長の隣に座っていた秘書チーム『デモンズ・アーク』のメンバーが立ち上がり、ゆっくりとリングへと向かっていく。デモンズ・アークは、人間である秘書と黒いブラモン二体の混合チームだ。心・レナ・ケイトの3人はじっと彼女を見つめていた。黒いブラモン二体を従い、身体のラインを隠さないライダースーツを纏い、鼻から下をマスクで覆っているその顔、眼差しからは表情を伺い知ることは難しく、何を思っているのか想像出来なかった。ただ、全員とも、その身体は『赤』の膜に包まれていた。


 リング下の対角線上にいるアビス・モンスターズは、その名の通り、まさにアビス『深淵』の底で継ぎ接ぎされたかのような外見をしていた。その形に見慣れない心たちは、それを醜悪だと感じた。彼らの肌は、日光を知らぬ深海魚のように白く濁り、至る所に太い黒糸で縫い合わせたかのような傷跡が走っている。そして頭部に、目と呼べる器官が見当たらない。代わりに無数の節足動物の脚のような触手が、口元から蠢きながら垂れ下がっていた。そこからは一切の表情が無い。


「な、軟体動物!?」

「い、異様な見た目をしているなぁ……アビス・モンスターズ……本当にモンスターだ……」

「なんか、薄気味悪いわね……あれも……ブラモンの一種なのかしら?あのオーラはふわっとした薄い緑色だけれど、チーム名からは底知れない力の誇示も伺える……」


 実のところは骨格はある。しかし骨格そのものが歪んでいて、一歩歩くたびに関節が外れるような不規則な音を立てるのだった。その姿は、生物というよりは、深淵の泥を固めて無理やり形にした泥人形を想起させた。


 そうして両チームメンバーがリングに上がり、赤と薄緑のチームのメンバーたちが対峙した。


「(しかし秘書……やっぱり……あいつ……謎だ……)」


 リーダー格である秘書は、眼前の敵を鋭く見つめる。首元まで隠す隙のないライダースーツは、感情はおろか、その素性すらも徹底的に隠していた。他のブラモン二人は心たちが今まで見てきた黒いブラモン同様の外観と同じく、身体の関節部と頭部の脳に当たる部分、そして目だけが緑色だ。


プローミネンス!!プローミネンス!!


 会場に秘書のあだ名を呼ぶコールが響いた。それに応えるかのように、秘書の全身を覆うオーラが、これまで心たちが見てきたどのオーラよりも巨大に禍々しく輝き、形は炎のように揺らいだ。会場の熱狂すらも飲み込むようなその圧倒的な存在感に、心たちは思わず息を飲む。

「(この卓越感情……なんて凄まじさ……うぅ)」

 心が秘書の放つ怒りのオーラに、魅せられるような感覚に陥りそうになると、ふと、スイミーの特訓のことを思い出した。


『せっかく哀しみの卓越感情を持っているのに、怒りで向かってくるなんて……愚の骨頂だ』


 それは以前、金色ブラモンと初めて闘い、一瞬で敗北した時に言われた言葉だ。あの時、心は自分の卓越感情が哀しみであることを忘れ、ただの突発感情である怒りで闘ってしまった。


「(自分の卓越感情は哀しみ! 生き方が違うんだ……)」


 そして今、秘書のその怒りのオーラに少しでも魅力を感じたことに反省したのだった。


「試合開始ィィィィイイ!!」


カーーン!!


 重く響くゴングと共に、第4試合が開始されデモンズ・アークとアビス・モンスターズの未知なる戦いが繰り広げられようとしていた。秘書が戦闘の体勢に入る。心の横で、その姿を見たレナが心に気づかれぬようにケイトに小さく言った。


「しかし、あの秘書、やっぱり心に似てる……よねぇ? ケイト?」

「ええ……私もそう思う……」


 と、ケイトが小さく頷く。二人は秘書の背丈が心と同じ位であることにも気づいていたが、レナは、その立ち姿、闘いへの構えにも言及した。


「あの戦闘の構え……あれは……心が私と始めて決闘したときの構えだ……道場に通う前の、喧嘩だけに明け暮れていた中学時代の心の構えそっくりだ……」

「そうなの……?」

「でも……心が二人いるわけないしな……はは……もう言わないようにしよう」

「えぇ……そうね……!」


 その戦いで先に動いたのは、アビス・モンスターズたちだった。薄緑のオーラを放つ怪物たちは、まるで一枚岩となって他のブラモンを無視して秘書へと突進し、集中攻撃をかける。秘書チームのブラモンたちは、全く動く気配はなく、コーナーへと戻った。


 アビス・モンスターズの動きは寸分の無駄がなかった。そして一見すると無機質だが、そこには実は恐ろしいまでに研ぎ澄まされた信頼関係がある。波状攻撃で秘書を追い詰め、一瞬の隙すら与えまいとする。しかし秘書は鋭い眼差しで攻撃を見つめ、時には避けることを選び、時にはガードし、全ての攻撃をその時々で一番効率的にかわし続けた。そして攻めるときは一気に攻める。その動きにもまた、無駄が無く、それはまるで『演舞』だった。攻撃と防御の間、一瞬の呼吸すら感じさせない動きに、観客は息を呑んだ。

 アビス・モンスターズが形成した完璧な連携に、ほんのわずかな綻びが生じたその瞬間から、秘書の猛攻が始まった。秘書を覆う赤のオーラが、大きく膨れ上がったかと思うと、今度は収縮される。その動きはまるで人間の心臓の鼓動のように繰り返していた。それは勝利へのリズム。蓄えられた力が解放された時、秘書の一撃でリングには血と肉片が舞った。それは、心が得意技の一つとしているハイキックと同じ形だった。アビス・モンスターズの強固な信頼の壁を、順に一瞬にして打ち砕いていくその速さと破壊力は、観客の度肝を抜き、沈黙のままだった。秘書は倒れた怪物たちを見下ろした。


「ダ、ダメダ……コウサン……ダ……」


 秘書はその無表情のまま振り返り、コーナーへと戻った。

「第4試合は……!!デモンズ・アークの勝利ィィイイ!!!」


ウォォォォォォォォォォォォオオオ!!

……ミネンス!プローミネンス!プローミネンス!


 試合を終え、秘書は、何事もなかったかのようにリングを下りた。


「あいつ、全然実力を出していないな……」

「うん……参考にならなかったかも……」

「……」


 秘書チームは底の知れない圧倒的な実力を残したまま第1回戦を突破した。こうして、トーナメント各チームの過酷な第1回戦の全てが終了した。




――続く

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