62.檻の中の戦士たち⑤
第2試合に勝利した青空心、神宮寺レナ、朝比奈ケイトの『エモーションズ』チームは、歓声と罵声の渦巻く中、八角形リングから観客席へと戻った。先の戦いを見守っていた市長の隣にいる秘書は一瞬心と目があった。
(さっきブラモンたちにプロミネンスと呼ばれていたこの秘書は……何を考えているんだ?どんな顔をしているのだろう? 全く謎だ……)
しかし言葉を交わすことなく、すぐにリングに視線を向けた。市長がリングに上がると同時に、頭上の巨大スクリーンに第3試合の対戦カードが表示される。
「第3試合は、ヘルズ・バーバリアンズ対ブラッディ・ウルヴス!! 両チームメンバー、リングへ!!」
観客席の二か所から、それに応えるように二つの『高等ブラモン』のチームが立ち上がり、八角形のリング上に姿を現した。レナと心がその形相をみて話し合う。
「また猛獣タイプのブラモンだ……!!」
「アグダラは、あんな感じの猛獣タイプだらけなのかな?」
「猛獣タイプ、モンスターって感じだから、悪い方についてそうだがな!」
「私たちはきっとレジスタンス側になるだろうから、皇帝側って感じだなぁ……」
全員が獅子の頭部を持つヘルズ・バーバリアンズ。その身体は各々が一歩踏み出す度に、リング床がミシミシと音を立てるほどの巨体だ。しかしその身体を包むオーラの色は、その恐ろしい姿形から少しギャップのあり、水色だった。獅子の顔は恐ろしくは見えるものの、怒っているのか笑っているのか感情が読み取れない。そのうちの一人が相手チームを見て言った。
「…来たか、ブラッディ・ウルヴス。今日こそ引導を渡してやる!!」
対峙するブラッディ・ウルヴスは、文字通り狼の頭部を持ち、その身体は深緑のオーラで覆われていた。体格はヘルズ・バーバリアンズたちには劣るものの、引き締まった体つきは、狡猾さと残忍さを物語っていた。彼らは先頭から斜めに背後へ、さらに斜めの背後に立っていた。その時から既に、リーダー格を中心とした、群れの規律を思わせるフォーメーションを組んでいたのだった。牙を剥き出しにし、ヘルズ・バーバリアンズに挑発的な視線を送っている。
「くっくっく! 骨の髄まで喰い尽くしてやるわ!」
ブラッディ・ウルヴスのリーダー格が嘲るように言う。
「二人とも、どっちが強いと思う?」
聞いたのは心だった。
「ん~、私はブラッディ・ウルヴスの方かしら……?なんとなくだけど」
「なんていうか、ヘルズ・バーバリアンズたちのあの水色の光…わたしには心地良いんだよなぁ……」
レナがヘルズ・バーバリアンズが放つオーラの色を見て言った。
「あぁ、そういえばレナと同じ色ね!! 驚きね」
「なるほど……」
「そしてブラッディ・ウルヴスは茜のそれと同じ……これは、驚嘆と恐怖の戦い……!」
カーーン!!
トーナメント第3試合のゴングが鳴り響き、試合が開始された。
グォンッ!!
まずはヘルズ・バーバリアンズたちの先制攻撃。剛腕が振り下ろされる音とともに、風圧がまわりの空気を歪め、周りのロープを揺らした。ブラッディ・ウルヴスたちは相手の攻撃を紙一重でかわし、狼の鋭い爪で簡単に相手の体を切り裂く。皮膚を裂かれ、その卓越感情の色と同じ色の血潮が飛び散った。
「グウァァァァァッ!!」
しかしヘルズ・バーバリアンズは傷など気にも留めず、雄叫びを上げてブラッディ・ウルヴスの中の一体の体を両腕の剛腕で掴み、それを真上に放り投げた。そのまま一気に天井の照明に叩きつけた。その一体の身体が、並んだ照明の一部を破壊したあと床に叩きつけられると、その衝撃が観客席にまで伝わった。先ほどの心たちの戦いとはひと味違った、彼らの戦いは互いに獰猛な猛獣たちの本能的な闘いであった。
「うぉぉぉ!! 殺し合いだー!!」
「殺ーれ! 殺ーれ!」
観客席から歓声が響く。心は、こういった本能的な戦いは実のところ好きである。男の子がライオンやワニなど獰猛な生き物の捕食までの瞬間を見る時と同じような興奮を感じるのだ。レナはその光景にただ圧倒され、またケイトはブラモンという未知なるその生態に、複雑な感情を抱いた。
その後も試合は激しいスケールで続いた。すぐに立ち上がったブラッディ・ウルヴスの一体はすぐに素早い連携で一時はヘルズ・バーバリアンズを翻弄し、逆に優勢に立つこともあった。しかし、ヘルズ・バーバリアンズは一切動揺せず、ただ静かに、確実に相手の動きを読み、攻撃を避けることが続くと、やがて、ブラッディ・ウルヴスたちのわずかな隙を突き、獅子の一体が狼のリーダーの首根っこを強靭な顎で咥え込むと、そのまま数回に渡ってリングに叩きつけた。その後試合は一方的な展開となった。獅子たちの圧倒的な力が、狼たちの統率されたチームワークを打ち破るという形で、試合は瞬く間に決着した。
「はぁっ…はぁっ……」
ヘルズ・バーバリアンズは、倒れたブラッディ・ウルヴスのメンバーに止めを刺すことなく、ただ静かに見下ろすだけだった。
「うぉぉー!」
「流石だぜ! ヘルズ・バーバリアンズ!!」
「グルルルゥォォオッ!!」
観客席の歓喜の声を聞くと、3人の獅子たちはそれに応えるように勝利の雄たけびをあげると、各々が倒れている狼たちを頭上に掲げた後、その急所と思われる首にかぶりついた。その口からは、喰らっているブラモンたちの、卓越感情の色の鮮血が滴った。敗北したブラッディ・ウルヴスのメンバーは、無残な姿でリングに投げ捨てられた。
「おい……あれ……死んでるよな?」
レナが心に言った。
「うん……殺された……」
心が答えたその時、死んだと思われる狼たちの身体が自分たちの色に完全に包まれたかとおもうとその光が小さく収縮していった。そして最後には鮮血だけを残し、最後にその一点が消えた。
「あれは、ブラモンが死ぬ時の……」
「私、思うのだけど、あの後彼らはどこへ行くのだろう? アグダラ……か?」
「わからないわ……文字通りの消滅なのかもしれないけれど……」
ダダダダ……!!
リングに上がった市長が観客に宣言する。
「いつも通り、これはルール違反でもなんでもない。このトーナメント、相手の闘争心をなくす形にした方の勝者!! 勝者はヘルズ・バーバリアンズ!!」
カーンカーンカーンカーン……!!!
颯爽と試合終了のゴングが響き渡った。
「いいぞー!! ヘルズ・バーバリアンズ!」
「応援してるからな!! ヘルズ・バーバリアンズ!!」
観客席の興奮がまた絶頂を迎え、その空間は再び熱狂の渦に包まれた。この場所が、生半可な気持ちで足を踏み入れていい場所ではないことを、心たちは再び肌で感じた後、ふと思った。
(このトーナメント……ヘルズ・バーバリアンズたちが、もし秘書チームをも倒したら……自分たちの決勝相手になるかもしれないんだよな……。)
それは心のなかで思った一つのケース、可能性だ。そして希望と絶望が入り混じるこのトーナメントは、想像をはるかに超える過酷なものだ。これからこの空間で、まだまだ沢山のことが起こるのだろう。それが心たちにとって良いことなのか、悪いことなのかはわからない。しかし、心たちはただ静かに、次の続く第4試合を待つのだった。
――続く




