60.檻の中の戦士たち③
第1試合を経て、観客の怒号と歓声の空気が混ざり合い、アリーナの空間は既に熱を帯びていた。第1試合が終了してしばらく経っても、その興奮は冷めることはなく、むしろ次の獲物を待つ獣のように、さらに高揚していった。リング近くの観客席に腰を下ろしていた心、レナ、ケイトの三人は、その空気に圧倒されていた。
「熱狂が凄いな……」
「えぇ……今の試合を見てただけで……肌にビリビリと刺さるようなプレッシャーのようなものを感じた……観客席のブラモンたちの視線や歓声も、まるで物理的な重みを持って押し寄せてくるようだわ。まだ第1試合が終わったばかりなのに、この空間の全員の熱量が自分の体温にも影響しそうなくらいだわ…… 」
(ケイトはプレッシャーを感じているのか……)
レナとケイトの言葉を聞きつつも、黙って真剣にその光景を見つめている心の顔にもその緊迫感が一筋の汗となって表れた。その時の心の胸には、勝敗そのものよりも、最後にブラモンたちがその希望を踏みにじったことというその事実が、重くのしかかっていた。それは同じように希望をもつ心たちにとっての希望が、第1試合の結末によって強く揺さぶられていたのだ。
「これがこのトーナメント戦の現実か……」
レナの拳は固く握られていた。その一方で、ケイトは闘技場全体を見渡し、観客の表情、リングの構造、警備を担当するブラモンたちの配置場所等を考察していた。その視線は絶えず動き、何かを探るようだった。
「ケイト? さっきから、ずっと考え事してない?」
「う……うん…ちょっと……」
「そっか……」
再びリング上へむかい、次なる戦いを開始させようとマイク越しに観客と参加メンバーたちに向かって声を響かせる。
「さあ、続いて第2試合です!」
リング頭上の巨大スクリーンが切り替わり、対戦カードが映し出される。
ドン!!
「ナイト・ファルコンズ対エモーションズ!! 選手たちリングへ!!」
「来た……!! 私たちの出番だ!」
レナが低く呟く。三人は客席から立ち上がり、リングへと向かう。心の視線は、自然とリングの反対側へ向いた。そこに立っていたのは、盛り上がった筋肉、太い手足を持つ、あのサイ頭のブラモンだ。第1試合の敗者、人間を嘲笑していた者たち。心は高等ブラモンである、獣系ブラモンたちだ。彼らからは卓越感情の『紫』のオーラが炎のように揺らめいていた。
「ぐはははは! まさか次が、お前らとはなぁ!」
サイ頭のブラモン、そのブラモンの名が『サイガ』だということが、先ほどの心たちを罵倒した時の会話でわかった。サイガが、リングに上がりながら叫ぶようにまた心たちに言い放つ。
「人間の女三人のチーム……さっきの人間たちより、さらに弱そうじゃねぇか! グルルルル!!」
それに釣られてか、観客席の中の獣の頭を持つブラモンたちからも笑いと野次が飛んだ。
「キャーキャッキャァ! そうだなぁ!!」
「おいおーい! もう勝負が見えてんじゃねーのかぁ!?」
「こりゃあまた人間がやられるなあ!!」
サイガの背後で、もう一体のブラモンが準備運動の様に自分の肩を回す動きをすると、肩のむき出しになっている骨のような突起が身体と擦れ合い、鈍い音を立てた。その名は『ヴァルガ』。猪頭のブラモンだ。
「さっさと終わらせようぜ!! なぁ、ヴァルガ!?」
「あぁ!! 俺も無駄な抵抗は、嫌いでなぁ!」
サイガがいうとヴァルガが大きな声でそれに応えた。そして、最後の一体は、一番奥に立ち静かに心たち3人を見つめる鳥の身体をしたブラモン、その名は『ゼノス』。
「(参加チーム唯一の卓越感情混合チームか……)」
ゼノスは心たちが発している各々の卓越感情を理解した。しかしゼノスはケイトの中にまだ存在する『不安』もするどく察知していた。
(ふむ。あの娘、この空間に不安を感じているようだ。ならばそこを叩けば勝てる……)
ゼノスは、薄く口角を上げた。心たちはリングに足を踏み入れた瞬間から続いている罵声、期待、好奇心、市長の言う『完全アウェイ』の真っ只中にいて、それが肌に刺さっていた。
ウォォォォォォォオオ!!
「こーろーせっ!! こーろーせっ!!」
「く! すごい威圧だ!!」
(こいつらむかつくなぁ……!)
「ぐ……」
(さっき心に気にするなといったけど……正直……すっごいわかる……けど気にするな私!気にするな私!)
「うっ……」
二人が何とかイライラする気持ちを抑えている一方で、ケイトは、無意識に一歩下がってしまう。心はその様子に気づき、振り返った。
「ケイト、大丈夫?」
「うん……」
そう答えながらも、ケイトの声は少し硬い。心は一瞬考え、静かに言った。
「大丈夫……ケイトは今、無理しなくていい。最初は、私とレナが前に出るし!」
「そうだ! ケイトは、後ろから全体を見てて! それで十分だよ」
「……ありがとう」
レナもそれに呼応して言った。ケイトは、その言葉に小さく息を吐き、頷いた。両チームが中央で対峙する。市長は、両チームを見渡したあと、再度心たち3人を見つめた。心たちにとって敵であろうが対等に扱う立場の市長にそれ以上することはない。
「後悔するなよ、人間ども!!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる!!」
心が受けて立つようなセリフで真っ直ぐに言い返した。
「第2試合!! ナイト・ファルコンズ対エモーションズ!! 始めええええ!!」
カーン!!
ウォォォォォォ!!
ゴングが鳴ると市長はすぐさまリング外へ出る。このリングには『審判』はいない。選手交代のタッチもない。ルールの無い、ただどちらかが戦意を無くすまでの勝負だ。
「いけいけぇ!! ナイトファルコンズ!!」
「こーろーせっ! こーろーせっ!」
サイガは歓声に応えるように大きく両腕を伸ばす。
ウォォォォォォォォォォォォ!!
すると観客の歓声はさらに大きくなった。そして首を鳴らしながら、心を睨みつけた。
「ぐははははぁっ!!」
観客とサイガのキャラに苛立っていた心は『不良』を倒すときのポーズで構えていた。一気に前に出て、真正面のサイガに向かって突進する。そこからくりだされるのは、心がこれまで幾度も決闘の中で見せてきた、『突撃ハイキック』だ。レナは心の苛立ちを気にはするが、前には出ず、その場で拳を握って低く腰を落とし、いつでもカウンターの能力『驚反』を出せる姿勢で構えた。ケイトは、先ほどからの違和感に苛まれながらも、せめて治癒能力『瞬刻再生』だけは使える状態にしておくため、深く息を吸った。
心の突撃ハイキックは、サイガたち3人には、その動きは単調な攻撃に見えた。
ガシ!!
「ふん! 甘いわ!」
サイガが心のそれを左腕で受け止め、横に払う。心は身体ごと軽く弾き飛ばされた。その場で拳を握って低く腰を落としていたレナは、心の攻撃を見つつ、既にその姿勢のままサイガに近づいていた。そして心への追撃を阻止するため攻撃を仕掛ける。
ババッ!
レナの右足がサイガの腹部をとらえると同時に、すぐに立ち上がった心はサイガから離れた。。
ガシ!!
しかし、それもびくともしない。サイガの身体は、文字通り強靭な野生動物のような筋肉で守られている。
「甘い甘い!! というか攻撃が当たってもきかんわ! これは弱い!!」
サイガがそう言い放っている間にレナが二歩引き、心とレナはサイガの横に二手に分かれた。ここでヴァルガが心に、ゼノスがレナに近づき、それぞれが腕で捉えようとしたが、その手を避ける心とレナ。
(くそ……ダメージを全く与えられていない! そしてこのヴァルガ? こいつもなかなか鋭い!!)
(くっ! やっぱり一筋縄ではいかないか! このゼノスとかいうやつも、隙狙いが上手い!)
大きなダメージを受けたわけではないが、心たちを苦しめ始めていた…。
(せめて……攻撃がもう一人いれば……はっ……!!)
心は一瞬、そんなことを考えてしまったことに猛省した。見ててくれれば良いと言ったケイトに対し、力が欲しいなどと。一瞬ケイトを見てしまった。
(今のケイトは攻撃能力を出すことよりも何かの違和感によって集中できていないんだ。しかし、ケイトの手は黄色く光っている! あれは『瞬刻再生』を放つための光だ。ケイトは誰かが傷ついた時の為にすでに用意してくれている! その気持ちに応えるのは……)
心はヴァルガの隙を探す。
(この猪頭……よく見れば、鋭いのは手だけだ。身体全体のスピードは……そんなに早くはないぞ!! やるのはまず、こいつから!!)
ピキィーン……!
それは心が己の中だけで感じる効果音だった。そしてそれとほぼ同時に心に見えたのはあの赤い線、否、赤い閃光!!
◆◇◆◇
赤い閃光。クロコーの八木との戦いの時に初めて見えたそれは、決定打となりうる一撃の未来の軌跡だ。卓越感情保持者のみが認識可能なものなのか、スイミーの特訓を経て得た能力なのか?それは不明だったが、心が一つだけ言えることは、それが見えた際の攻撃には、『絶対的な自信』があることだ。
◆◇◆◇
ヴァルガが心を両腕で左右から捕まえようとしたとき。心はその一撃を放つ。かつての敵、八木の顎を捉えたトルネード・アッパーだ。その時の心には相手が負傷する躊躇はない。
ガァァァァン!!
猛烈な心の技はヴァルガの顎を抉った。抉られた顎にひびが入った。しかしヴァルガはフラフラとしているが、まだ尚も立っていた。
「ぐっ!! おまえ……!! まさか……!」
「ん!?」
「ぐ、ぐぅぅ……」
「はっ!!」
心がさらなる攻撃を繰り出そうとしているところだった。サイガが気づき、心に詰め寄ろうとしたが一手遅い。
「ダメ押しの……!」
「ぬぅぅ!?」
サイガは、心の青いオーラが一瞬大きく膨らんだのが見えた。
「ハイキーーーック!!」
バッキィィィン!!
「ぐぉっっ……!!」
それを発した瞬間にヴァルガの眉間に心の足がヒットした。するとその猪頭が斜めに傾いたかと思うと眉間にもひびがはいる。倒れたヴァルガは動けない。
ダダダダダ!!
「くぉぉぉおの人間ごときが!!」
「サイガ……待て!! こいつ!! 感情閃光を認識している!!」
それはゼノスの言葉だった。
「何ぃ!?」
(感情閃光? 赤の閃光の事か!! こいつらも……見えるのか!?)
ゼノスは心をじっと見つめて言った。
「今のヴァルガへの攻撃をみて何となく思ったが……お前、戦闘の合間に見える、赤く輝く線が見えるのか?」
「ん……? あぁ、見える!」
「何だと!? こんな弱そうなやつが!?」
「サイガ、待て。少し話をしたい」
「むぅ。まぁこいつらが死ぬことに変わりはないが……聞いてやるか……」
「赤い線!? 心、何のことをいっているんだ?」
「赤い線……?」
レナとケイトが復唱した。
「みんな、八木と闘っていた時に、見えたものがあるんだ。それは……赤い線だった……それが現れた瞬間にそこをなぞったら、八木の顎に当たって……それで勝てたんだ」
「へぇ……」
「まぁ……」
「サイガよ、聞いたか? こいつ本当に感情閃光で闘えるようだぞ……」
「あぁ! 驚いたよ!! たかがパルの人間ごときが、感情閃光を認識できるとはな!だとすると、これからの戦いがとても楽しみだな!」
(パル……?)
聞き流しそうになったその言葉に、ケイトは気になったが、サイガが卓越感情の炎をこれまで以上に爆発させて心に襲い掛かかった時には、その言葉は完全に消えた。
「我らアグダラの戦士たちは!! 互いのそれを読みながら闘うのだ!!」
サイガが心に強烈なパンチを浴びせようと振りかぶった。心はその一撃がくるだろうなとは思っていたので咄嗟に避けた。否、避けたつもりだった。
「当たるんだなぁ、それが!!」
バギィィィィンン!!
「ぐぎゃぁぁぁぁあああっ!!」
「はっ……!!」
「心ー!!」
「感情閃光上に繰り出した攻撃は対象に必ず直撃する。逃れられない運命なのだぁ!! だからそうさせないためにさらに一手先を読まなければならないのだ!! 高次元の読み合い!! それが、アグダラに生きるものたちの闘い方だぁぁ!!」
あまりの強烈な痛みにのたうち回る心。その左腕の関節から先が異様に腫れあがっていた。
「そして感情閃光をなぞった攻撃は、元の技の3倍の攻撃に匹敵する!! お前の腕を内部で破壊したぁ!! お前、終わったな!!」
――続く




