58.檻の中の戦士たち①
暗闇の中、少しの階段を降り、通路をまっすぐ進む。少しずつ明るくなって行く先で、心、レナ、ケイトの三人は、視界いっぱいに広がったその光景を見下ろすと思わず言葉を失った。そこは、中央にリングが鎮座する巨大な空間であった。
ウォォォォオォオオオ!!
「ここは、闘技場だ。その名も『グラディエイター・グラウンド』、略して『G.G』」
秘書が、リングの真上の天井を見つめて静かに告げるとレナと心が言葉をなぞって聞き返した。
「グラディエイター・グラウンド?」
「じいじ……?」
「ジージーだ……」
「G.G……リングが『八角形』だわ」
すぐに気が付いたのはケイトだった。
「はい。あなたたちにはここで闘って頂きます」
市長がリングを称えながらそう言った。先ほどまでいた市長室の静寂とは打って変わり、客席は無数の観衆で埋め尽くされ、それらの熱狂した歓声と怒号が渦巻く、別世界だった。
ガヤガヤガヤ…
「なんなんだ、ここは!」
「こいつら……みんなブラモンじゃないか! こんなに……沢山……」
地響きのような歓声を送る無数の観衆の正体はブラモンだった。客席には、なじみ深い黒い始祖ブラモンやその色違い、そしてその進化系である猛獣タイプのブラモンたちでひしめき合っていたのだ。
グルルルルルゥゥゥゥ……
「沢山……いるぞ……!」
「異様な……空間……だ」
心たちはその空間が、市営の『市役所』の地下に存在していい空間とは到底思えなかった。
「安心してください。このブラモン達が外の世界、地球に出ることは、出来ません」
「ここは、何なんですか!?」
ケイトが問いただす。
「ここは、オミナス・ベイパーによって現れた異空間です」
「異空間!?」
「ここのブラモンたちは、星間移動をすでに使っているため、帰還出来なくなったものたちです。この光景は、その存在たちの末路。そして、たった一つの安息地なのです」
「……なぜ市役所の地下に?」
「この場所の上はもともと更地でした。大きなビルが建てられようとしたこともありましたが、その事業に関係した者たちは不明の死を遂げました。それはブラモンの仕業だと私は思い、高等ブラモンと出くわしたとき、問いただしたらその通りでした」
「そのためずっと更地だったと……」
「でなんでブラモンがここに集まっているんですか?」
今度はレナが質問した。
「何故、ここなのかはわかりませんが、始祖生物のブラモンには、集まる習性があるのかもしれませんね。一体のブラモンがここに来たのをきっかけに次々とここに集まった……」
「一羽の鳥がはばたくと一斉に後を追う鳥たちのように、か……」
レナが頷きながら、静かに言った。
「始祖生物である黒いブラモンは、操られているだけで、基本的には自ら人間に害を与える存在ではありません。たとえ間違って地球にきて、人と遭遇したとしても、せいぜい……靴の匂いを嗅いで人間を驚かせてしまう程度でしょう。注意すべきは、ブラモンが進化した『獣系ブラモン』たちです。人間と同等の知能を持ち、強固な肉体を持つ存在です。アグダラでは高等ブラモンと呼ばれている種族です」
それらの言葉を聞いて、心の目が鋭くなる。ナオトを連れ去った始祖ブラモンは、すでにその領域へと化しているのだ。
(獣系ブラモン……ドラやゲラみたいなやつらか!)
「……この空間内で、その始祖生物の中に物凄いスピードで進化するものがいた……。そして生まれ出た高等ブラモン達は、思ったのでしょう。『なぜここでじっとしていなくてはならないのか』と。そして外に出た時に、この上に何かを建設しようと企てる者たちを殺した。その高等ブラモンたちはこの秘書が処刑しました。そして私は、ブラモンたちが脱走できないよう、漆黒の書で得た『能力』で、この空間全体に『結界』を張ったのです。そして私がこの地に市役所を置いた。もし万が一、高等ブラモンたちが脱走しようとした場合は、この秘書がそのものを処刑します。それが彼女と私の裏の勤めです」
三人の視線が、秘書へ向く。
「その代わり、この中では、彼らが自由に振る舞うことを許可しています」
レナが口を開いた。
「人間も……いるようだけど……」
「彼らはもともとアグダラに居て、地球に来たものの帰りたいと思っている人間です。人に対しては出入りを許可していますが、中には人間に扮したブラモンもいます。ブラモンは移動の能力と変幻自在の能力がありますから……」
「この闘技場では、人間もブラモンも参加できるんですかね?」
「ええ。先ほどお伝えした通り、私はブラモンを人間同等だと思っています。そして秘書も人間ですし。しかし彼らは帰りたいと望んでいる、いわばアグダラ寄りのものたちです。その中で戦うので、あなたたちにとって、『完全アウェイ』であることはお忘れなく。そして秘書と戦うためには毎晩開催されるトーナメントに勝ち抜く必要があります」
その瞬間だった。
「グルルルルルゥゥゥゥ……」
観客席から、虎の形をした高等ブラモンが花道のフェンスに乗り出し、それを越えた。そして苛立ちを露わにしながらのしのしと心たちの前へやってきた。
「市長ぉぉぉ!! 早くしろぉぉぉお……!! グルゥ! 人間!!」
大きく振りかぶり放ったその拳が、心たちに振り下ろそうとしたその時だった。
「させないっ!!」
即座に反応したのは、なんとケイトだった。彼女は手の指先を高等ブラモンに向かって突き出す。次の瞬間――
シュゴォォォォ!!
「『瞬刻風刃』!!」
ドッゴォォォォォォン!!
「え……!?え……!?ケイト!凄い!!」
「ケイト……いつのまに、そんなことが出来るように?」
風の刃が衝撃となって炸裂し、高等ブラモンの身体の輪郭間際を切り刻んだ。
心とレナは、目を見開いた。回復役だと思っていたケイトが『攻撃』をしたことに。そしてケイトの髪が逆立ち、その身体が赤い光の膜に包まれていたことに。
高等ブラモンは悶絶している。場内が、一瞬静まり返り、またざわめきが広がる。
ガヤガヤガヤ……
「瞬刻系を使う人間だっ!!」
グルルルルルゥゥゥゥ……!!
ケイトは周りを気にすることなく、軽く息を整えると心とレナに言った。
ぽわぁん
「私……ずっと考えてた……。自分にできることをずっと考えていたわ。スイミーとの特訓で得たのは治癒の能力。でもそれだけでは戦えない……。足手まといになりたくなかった。だからもう一度スイミーに特訓してもらって、自分の中の『闘争心』を探したの。そうして得たのが今の能力なの。」
そう言ったときのケイトの光の膜は黄色に戻っていた。悶絶していた高等ブラモンが立ち上がり、今度はケイトを狙ってまた襲って来た。
「そしてそこから自分で編み出したさらなる技がこれ……」
ボワァア……
「はっ!! ケイトの……!!」
「オーラが!!」
再び髪の毛が逆立ち、ケイトの身体を包む光の膜が赤へと変わると、炎のように揺れだした。
「『瞬刻波』だぁぁぁぁぁあああ!!」
「え?」
「え!」
口調が変わって技の名を言い放ったケイト。その右手の掌を相手に向けると、そこから特大の赤いビームが放たれた。
ドゴォォォォォォォォォォン!!
その威力は、受けた虎頭の高等ブラモンの巨体を背後のリングの壁へと吹き飛ばした。
「グルルル……ルゥ………」
リングの壁近くの高等ブラモンは動けなくなり、沈黙した。ケイトの目に、迷いはない。
「瞬刻風刃の時はまだそこまでじゃないのだけど……瞬刻波の時は、ちょっと感覚が変わる。つまり、私が出てきてしまう。けど気にするなよな! どっちも、同じケイトだから」
「え……?」
「えぇ……!?」
ぽわぁん……
「ご、ごめんね……攻撃的な自分が出ちゃうと、口調もかわってしまうのよ……もう戻った」
最後にそう言った瞬間、ケイトの先ほど逆立った髪も重力に負けていくのだった。
「はは……」
「ちょっとびっくりした……けど……」
二人は、ケイトは変わったのだと確信した。傷を癒すだけの存在ではなく、戦う覚悟を自身の努力で既に手に入れていたのだ。
「ははは……! 私たちは……最強のチームだ!」
「あぁ!!」
「ええ!!」
その中で観衆の怒号が重なる。
「お前、人間の癖にやるじゃねぇか! 面白くなってきたぁぁ!!」
「やれぇ!! やれぇ!!」
「くぅ~! おれはブラモンしか応援しないからな!! あんなやつ!! こーろーせ! こーろーせ!!」
「く……うるさいやつばかりだなぁ……ここは……」
「心、それは最初からいわれたこと……周りは気にしないようにしよう!」
「ま、いいけど……」
◆◇◆◇◆◇◆◇
市長がリングに上がると、リング近くの観衆席の一部、長テーブルの席に座る獣系ブラモンに話しかけた。
「アグジーヤ……あれとマイクを頂戴」
「はい……」
アグジーヤと呼ばれたそのブラモンは、ワニの形をした高等ブラモンだ。それがテーブルを飛び越えてリングのロープをも飛び越えてやってきた。その手にはマイクと小型の装置を携えていた。市長が渡された一方のものを操作すると、リング真上の天井に設置された巨大な可動物が地面に対し垂直へと半回転した。それは巨大スクリーンだった。それまで真っ黒だった画面はが次の瞬間、ぱっと白地のトーナメント表の線が映し出され、その横にこれから戦いに参加するものたちのチームの名が順に上から表示されていった。『デスペラーズ』、『ナイト・ファルコンズ』、『アビス・モンスターズ』……。そしてチーム名がまだ決まっていない心たちに市長が微笑みながら言った。
「あなたたちのチーム名は、私が決めても宜しいでしょうか?」
「あ、はい……」
心が答えると、市長は少し考え込む仕草を見せ、やがてぱっと手を叩いた。
「では……エモーションズ……ではいかがでしょう?」
三人は顔を見合わせ、自然と頷いた。
「それでお願いします!」
自分たちを動かし続けてきた内なる感情、エモーションがつくその名前を三人は気に入った。
市長は満足そうに頷くと、そこからはマイクで喋り出した。
ガヤガヤ…
「お集まりいただいた皆さまぁ!! お待たせいたしましたぁ!! これからぁ、本日のG・Gトーナメントの組み合わせを公正なくじ引きで決めていきます! では各チームの代表者、この八角形のリング上へ上がってください!」
「はは、さっきまでの市長の雰囲気とまるで違うな……」
「でも慣れているわね……!」
チーム代表者たちがリング上に集まり、即席で用意されたテーブルの上にあるそれを見る。そこには、伏せられて置かれている、紺色の幾何学模様のトランプだった。順番はじゃんけんで決まり、心が最初に勝った。引いたカードは『4』だった。
「くっ……!!」
「お~い~! 心~!」
「ごめ~ん……7が良かったな……」
「ふふ……まあ、気にしないで行きましょう!」
その直後、あるチーム代表のブラモンが、心に不敵な笑みを向けた。サイを思わせる顔立ち。岩のような筋肉。鋭い牙。その後ろには、鳥の身体を持つブラモンと猪の頭部を持つブラモンがいる。
「4か。その数字はお前たちの世界で縁起の悪い数字なのだろう? その通りにならなきゃいいがな! ふははははっ!」
「フフフ、サイガ……そうおちょくってやるなよ」
「ふははっ! だってこいつら! 弱そうじゃねーか!!」
心は眉を潜めて言ったがレナがそれを制止する。
「レナ~? こいつ、やっちゃっていい……?」
「今はやめとけ!あとで試合で思いしらせればいい!」
「ふはははは!!」
秘書もカードをめくる。それは「7」だった。
「……ねえ、秘書さん。そのマスク、いつ脱ぐの?」
「ん……」
心の何気ない一言に、観衆がざわつく。
「おい人間! 内通か!?」
「どう足掻いたって、ナイト・ファルコンズには勝てねぇぞ!!」
「ナイトファルコンズ? あぁ、あのサイたちのチーム名か……」
市長が観衆に向かって澄んだ声で告げた。
「罵声は自由です! 但し! 本日のトーナメントは3対3のチーム戦。そして人間とブラモンの混合チーム、プロミネンス率いる『デモンズ・アーク』が今回も参加します!」
その言葉に促され、秘書が手を振った。
「おぉぉぉぉ!! プロミネンス!! 今回も優勝候補だああ!!」
プローミネンス! プローミネンス!
一気にプロミネンスコールとなった。なかなかの人気ぶりだ。
「どうやら秘書はこの大会の優勝候補らしいな……」
「ふぅん……でも、プロミネンス? 太陽?」
心が眉間にしわを寄せた。秘書は口元はマスクで覆われたままだ。市長は心たちに言った。
「秘書は少し恥ずかしがり屋で……絶対にマスクを外しません」
「ふぅん」
そう言って心は背丈が自分と同じ程である秘書に近づくと、そのマスクに顔を寄せて言った。
「いやぁ、これ、しっかりしたマスクに見えるからさぁ、マスク付けてたら息荒くなって大変なんじゃないの? って思っただけだよ。ねえなんであんたプロミネンスって呼ばれてるの?」
「さぁな……というかお前……顔が近い。ひっぱたくぞ?」
「むぅ……」
「心……ふざけない!」
「はは……」
そうしてついに八つのチームが組まれたトーナメント表が確定した。
1 デスペラーズ
2 ライジング・サン
3 ナイト・ファルコンズ
4 エモーションズ
5 ヘルズ・バーバリアンズ
6 ブラッディ・ウルヴス
7 デモンズ・アーク
8 アビス・モンスターズ
くじ引き後、リング上のテーブルが片付けられる中、チーム代表選手たちもリング近くの待機席へ戻った。こうして、当初は秘書との戦いと思っていた静かな闘いは、大歓声の中でのトーナメント戦へと姿を変え、戦いの幕が切って落とされたのであった。
――続く




