57.面会
会えると思ったのに駄目だった心は、翌日、そのことをレナとケイトに話した。
「そこまで行けて……会えなかった理由か……」
「その職員さんとのやりとりで、何が駄目だったのかしら? でもまた明日って言ったんでしょう?」
「三人なら、気づけるかもな! 心、今日は私たちも一緒に行くぞ!! な、ケイト?」
「勿論!」
そうして同じ場所へ三人でやってきた。昨日と同じ職員が案内してくれ、そしてまた同じ事をきいてきた。
「あなたは、持ってるの? その本を!」
「(昨日の質問だ!! わ、どうしよう!!)」
「はい。私が持っています」
ケイトがそこで平然と、しかし正直に答えた。
「じゃあ、見せてもらえます?」
「私たちの目的は、市長と話すことです。本も能力も、簡単に誰かに見せるつもりはありません。申し訳ありません」
それを聞いた職員は、その時一瞬だけスマホを確認する。
「そうですか……その言葉で十分です」
「え!! なんで!? 昨日と同じじゃないか!!」
心が文句を言った。
「はい?」
「何で駄目なんだよ!!」
「いえ、駄目なんて言ってませんよ? 合格です!!」
「え?」
職員は言った。
「市長は、心さんに何度も電話してもらったり、2回も来てもらったり悪かったと言っています」
「へ? 市長さんが?」
「はい、市長がです。そして、市長はこの部屋になります」
「や、やった!!」
職員は思う。
(そう。あなたは、仲間を連れてくることが必要だった。ただそれだけのこと……)
◆◇◆◇◆◇◆◇
こうして市長との面会の許可を受けた三人は、細密で美しい彫刻が施された扉を開け、市長室へと入って行った。
「どうぞ、そこの椅子に腰かけて……」
三人は豪華なソファに並んで腰を下ろした。対面する形で、市長は自分の執務用の椅子に静かに座った。柔らかな雰囲気をまとったその女性は、三人を見渡し、穏やかに微笑んだ。
(市長、結構若い人なんだな……)
それが、レナの率直な第一印象だった。
「よく来てくれました。あなたたちがここに辿り着くことは……わかっていました」
「え!?」
その言葉に心が驚いた。
「BRFを知っている、といえば理解できるかと」
「あぁ……」
その言葉だけで3人は妙に納得した。BRFは秘密組織だが、各国政府とも密接な連携もある。それが江茂志市、市長に及ぶのも当然の事かもしれない。
「そして、あなたたちがここに来た理由も。それは……」
そういうと市長は机の引き出しから、一冊の本を取り出した。
(漆黒の書だ!!)
心たちがここへ来た目的。それが目の前にある。三人は警戒を解いていないが、市長は敵意を見せることはしなかった。机上に本を置き、じっと心たちを見る。
「それは、あなたたちの真実の収束点のため……」
「……そうです」
心が頷くと市長は微笑み、漆黒の書を机上で横へとスライドした。
「一つ、昔話をさせてもらってもいいかしら?」
「はい」
皆頷いた。市長は、少し遠くを見るような目をして語り始めた。
「私は……アグダラから来た者です。そしてこの街に18年近く住んでいます」
「アグダラから来た!?」
「はい」
そこでケイトが質問した。
「では聞きたいです。大盗賊の名をご存じですか?」
「スイミーさんのことですね。知っていますよ。有名ですから」
当然知っているかのようにスイミーの名を言ったことで、言っていることが虚言ではないことがはっきりした。市長になるほどの人間だ。ケイトはその人間性を疑うつもりはなかったものの確信が欲しかったのだ。
「あなたがたは、14年前、シーク波がこの地球に届いたことは知っていますね?」
「シーク波……って確か……」
「オミナス・ベイパーの波長と同じ宇宙線のことだわ」
「それだ!」
ケイトが答え、心が頷いた。
「私は、シーク波はアグダラからの『救難信号』も放っていると考えています」
「救難信号……? どういうことですか?」
思わず、心が聞き返す。市長は、ほんの一瞬だけ目を伏せながら言った。
「神隠し事件は、地球の罪のない人たちを陥れました。突然、大切な存在を失った人たち……。連れていかれた本人たちの哀しみが、時としてオミナス・ベイパーとなって地球に現れる……私には、一人の息子がいました。息子も神隠しの犠牲者……その成長を見届けることもできず、生き別れてしまいました。生きていれば17歳です。地球にいながらアグダラの情報も知りたく、私はBRFとは個人的にも近いのです」
そこでケイトが、違和感を押し殺すように問いかける。
「……市長さん」
「はい?」
「あなたは……『ブラモン』なのですか?」
人間だと思っていた存在がブラモンだった例があるのでケイトはまずそれを聞いた。
「いいえ。私はあなた方と同じ、人間です。確かにブラモンは変幻自在ですが……」
「先ほど、この江茂志市に18年近く住んでいるとおっしゃいました。十四年前より前に……漆黒の穴で、こちらに……?」
「ああ! あなた言いたいことがわかりました。『アグダラと地球との関係』は十四年前に始まった話ではないのです。もっと前からの話なのです」
「えぇ!?」
三人は言葉を失う。
「私は、アグダラで恋をしたけれども、もうブラック・フィールドと化したアグダラには居たくはなかった。だから私は、ブラモンの星間移動を使って18年前に地球へやってきたのです」
「ブラック・フィールド……?」
心が首を傾げると、ケイトが言った。
「スイミーがアグダラの歴史を教えてくれた時に言っていた言葉だわ」
「え!? そんな言葉でてきたっけ……、ケイトよく覚えてるなぁ!!」
「あぁ……ブラック・フィールドとは、アグダラにおいて、負の感情が世界を覆っている状態を指す言葉です。避難できたのは良かったのですが、私の考えは甘かった……私は、息子が連れていかれたのは、皇帝による報復だと思っています」
「ブラモンと、二人で来たのですか?」
ケイトが質問した。
「いいえ。三人で来ました。正しくは、私と、二体のブラモン。彼らは『違う景色を見てみたい』と言った。それで一緒に地球へ来ることが出来ました。私は地球に来ることができれば良かったので、ブラモンは一体だけでも良かったのですが、それではブラモンが帰還したくなった時に出来なくなってしまう。彼らにも彼らの人生がある。私は、ブラモンと人間は対等な存在だと思っています」
その言葉に、心の脳裏に、陸橋の下で出会った少年が浮かぶ。
「そのブラモンって絵描きの少年のことですよね?」
心が、確信を込めて言うと、市長は、優しく微笑んだ。
「ええ。その通りです」
一拍間をおいたあと、市長は真っ直ぐに心を見ながら続けた。
「彼は、「希望が見えたから帰る」と言って、私に挨拶をしにきました。それは青空心さん。あなたのことです」
室内の空気が、静かに張り詰める。
「私も、待っていました。アグダラの救世主となり得る人物を。アグダラへ行ったなら、どうか、私の息子も連れて帰って頂きたいのです」
「救世主……わたしそんな大それた人じゃないです……でもその息子さんのことは憶えておきます……息子さんの名前は?」
「……本当に……? 名前は雅彦といいます。でも……」
市長は、机上の漆黒の書に手を置いた。
「……?」
「私も……貴女に希望を持ちたいです! ですが……」
一瞬の沈黙。
「地球からアグダラに漆黒の穴を通り抜ける時、『試練』に打ち勝たなければなりません。そのためにはそれ相応の覚悟が必要です……その覚悟を見せて頂けませんか? この漆黒の書は、覚悟を見せて頂けた時にお譲りします」
「覚悟? 覚悟なら既にあります! でもどうすれば……!?」
市長に敵意はないことがわかり、そして覚悟を見せれば漆黒の書を譲ってくれるという。しかし覚悟を見せるというのは、なにをすればいいのか。市長は三人の中でもひときわ強く輝いて見える、青空心を、静かに見つめて言った。
「私からの勝負を、受ける覚悟はありますか?」
「勝負!?」
市長は穏やかな表情のまま、心をまっすぐ見て問いかけた。勝負と聞いて、心は一瞬だけレナとケイトに視線を向ける。
(この場は、私に任せてくれ)
(OK!)
(わかったわ!)
いつからか、これまで数々の戦いを経てきた三人は、実際に言葉を交わさずとも、このような決断を委ねるか否か程度の意思疎通ならば可能になっていた。その確かな了承を受け取り、心は前を向く。
「はい! 勝負、受けて立ちます」
即答だった。市長はにっこりと、満足げに頷いた。
「それでこそです! では……入ってきて!」
「ん……?」
同時に、市長室の扉が開いた。呼ばれた人物は、颯爽と歩み寄り、市長の横で立ち止まると、3人に向かって丁寧に一礼した。黒いライダースーツを身にまとい、長い黒髪の鋭い眼差しをした、口をマスクで覆っている女性だった。
「彼女は、私の秘書です。勝負は、彼女が私の代わりに戦います」
三人は、秘書の身体を包む赤い膜の光を目の当たりにした。その瞬間、心は思う。
(卓越感情は、言ってしまえばその保持者の人生そのもの。この、市長の秘書にも、人生がある。私たちは、自分たちの道のために、これを越えなくてはならない!)
心は、拳を静かに握りしめる。ライダースーツの秘書を真正面から見据えたその瞬間にも、心の覚悟は揺るがなかった。
(先に進むために……!)
「あなたたちが戦いやすい場所を用意しています。そして丁度、今その時間がやってきます」
「ん!?」
「くれぐれも……力を抜くことのないように。貴女もですよ」
それは秘書に対する言葉だった。秘書が低く答えた。
「ふっ……当然だ……」
初めて聞く、秘書の声。
「お前たち……勝ち残れよ。そうでなければ、私と戦うことは出来ない!」
「え……?」
「うぉ! 声が……心とそっくり……!」
「ん? 私とあんたが戦うんじゃないのか? 勝ち残る? どういう意味だ?」
レナとケイトは、秘書の声が心と酷似していることに驚きを隠せなかった。一方、心は、その言葉の意味に引っかかった。秘書は振り返り、短く言う。
「心さんだけではありません。あなたたち全員の覚悟を見せてもらいます。もう一度聞きます。勝負、受けますか?」
「みんな、いいよな!?」
「あぁ!」
「ええ!」
「受ける!!」
そして、秘書が冷たい声で言った。
「ではついて来い。戦いの場は……この先だ」
――続く
修正履歴
閉じカッコ抜けを修正しました
(わかったわ! → (わかったわ!)




