51.考察
九月下旬のある夕方。茜は自室の机に向かい、使い古された一冊のノートを開いていた。表紙には何も書かれていないが、ページをめくれば、『漆黒の書』や能力に関する詳細な記録と考察がびっしりと書き込まれている。
茜は手元のペンを走らせながら、これまでの出来事を一つ一つ頭の中で整理していく。
◆◇◆◇
(『漆黒の書』は、持ち主の感情の昂ぶりに呼応して光が暗転する。その明滅のリズムや強さは、所有者の内面の変化と深く結びついている……。でも、漆黒の書が本来どのような目的で存在しているのか、核心となる部分は未だ謎に包まれたまま……)
茜はノートの余白に、これまでの戦闘の記録、能力発現時の感情の起伏、そして時間帯や場所の共通点などを書き出していく。
(激しい怒りや強い意志を持った時にも光が鋭く明滅し、深い悲しみに沈んだ時にはゆっくりと脈打つ……さらに、感情が高ぶるほどに書がじわりと熱を持つという微細な温度変化も感じることが出来る……)
戦闘においてアグダラ側が干渉してくるタイミングを考えると、そうしたバラバラだった点と点が繋がり、一つの明確な線になろうとしていた。
(これは、ただ力を与えるだけのものじゃない)
◆◇◆◇
彼女がたどり着いたのは、漆黒の書の本質に対する一つの『仮説』だった。それはただの魔法のアイテムではなく、持ち主の感情のうねりを吸い上げ、アグダラへと送り続ける『データ』のような役割を果たしているのではないかという考えだ。
(もし感情を送り続けているのであれば、それを受け取り、監視している何者かがいるはず……。その仮定上の存在が、自分たちの動向を常に把握しているのだとしたら……)
さらに茜は、オミナスベイパーという現象が地球だけでなくアグダラにも起こっているという理屈から、特定の感情の波長を利用すれば、その繋がりを逆に辿り、干渉あるいは遮断できるのではないかという結論に行き着いたのだ。
(もしこれが出来るなら、今までのように襲撃を迎え撃つだけの受け身の戦いから脱却し、こちらからも相手のシステムへと攻め込むことが可能になるかもしれない。それは将来、自分たちがアグダラへと乗り込めた際の、最大の突破口にも繋がるはず!そしてもしこの理論が完成し、心たちに共有されれば、相手にとって致命的な脅威となる!)
監視する者たちがいるならば、真実に触れようとしている茜は今や、絶対に放置できないイレギュラーな存在となりつつあるだろう。
その茜の思考の深淵に呼応するように、傍らに置かれたショルダーバッグの隙間から、微かな光が漏れ出した。バッグの中の漆黒の書が、まるで生きているかのように淡い光を灯してはゆっくりと暗転し、不気味な明滅を繰り返している。それは脈打つ心臓のようでもあり、やはり信号を送っているようでもあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「よし、あとは新しいページにこの対抗策の結論をまとめるだけ……あ……」
茜がノートの新しいページをめくり、決定的な結論を書き込もうとしたその瞬間、ボールペンのインクが掠れ、完全に途切れてしまった。予備のペンを探すが、あいにく引き出しの中は空っぽだった。
「こんな時に……。仕方ない、ちょっと富士見乃屋書店まで行ってこよう」
茜は小さくため息をつくと、制服姿のまま、財布とスマートフォン、漆黒の書を入れたショルダーバッグをしっかりと肩にかけた。
ピカァ……
(はっ……!?)
出かけようと振り返り、ふと窓の外に目を向けたその時だった。これから向かおうとしていた商店街の方向の空が一瞬だけ、不気味な緑色に変わった。
理屈ではない。ただ直感的に、茜の胸の内に「行かないと」という強い衝動が突き上げた。それはまるで、特定の場所から自分を意図的に呼び出しているかのような光だった。インクを買いに行こうとした些細な目的が、得体の知れない事象へと立ち向かうための、はっきりとした『覚悟』へと変わっていた。
アグダラへの反撃の糸口となる真実を記すはずだったノートを机の上に残し、茜は静かに部屋のドアを開け、夕方の商店街へと歩み出していった。
――続く




