49.一週間の果て
九月も終わりに近づいた、下旬の朝。
茜にとって、この一週間はこれまでの心境や生活そのものが根底から覆されるほどの、あまりにも劇的で壮絶な出来事の連続だった。
あのどんよりと澱んでいた重い空気も、いつ終わるとも知れない絶望の日々も、今はもうない。激動の果てに、彼女の小さなアパートには嘘のような穏やかな時間が訪れていた。朝の光が差し込む食卓には、湯気を立てる朝食が並んでいる。
「ほら、茜。冷めないうちに食べなさい」
エプロン姿の父親が、優しく微笑みかけてくる。それは、離婚した直後の、不器用ながらも茜を一番に愛してくれていた頃の『お父さん』そのものだった。
(……お父さん……)
温かい食事を口に運びながら、茜の胸の奥底から、じわりと温かな感情が湧き上がってくる。もう二度と戻らないと諦めかけていた幸せが、今、目の前にある。張り詰めていた糸が解けるような深い安堵と、信じられないほどの嬉しさに、茜は泣きそうになるのを必死に堪えていた。
実のところ、その壮絶な一週間を知っているのは当事者である茜と、心だけである。心がみんなに祖父を紹介したとき、誰もお母さんやお父さんは?などと首を突っ込もうとしなかったのと同じく、それは友達として、簡単には人に漏らさないことだった。
茜は確かに、父親が戻ったその理由を知っている。そして知っているからこそ、もう父親が暴走しないことも。思い返せば、あの漆黒の書が起こした緑の暗転はそれを示していたのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夕方、茜は自分の部屋でスマートフォンを手に取った。
この胸に溢れるほどの喜びを、真っ先に伝えたい相手がいた。一番の親友であるケイトだ。茜はメッセージアプリを立ち上げ、画面に向かって短い文章を打ち込む。
『奇跡が起きたよ。昔の、優しいお父さんに戻った』
送信ボタンを押し、茜は嬉しそうに小さく息を吐いた。
その平穏が、果たして本来あるべき自然なものなのか。この時の茜は、ただこの不思議な奇跡を噛み締めることしかできなかった。
――続く




