47.季節の境目
来る日も来る日も、四人はそれぞれ、漆黒の書探しと、自身の鍛錬に明け暮れていた。アグダラに行けた時に、死ぬことのないように。
『純白の書』を預かったレナは中身を読もうとしたことがあった。しかし時が『その時』でないからか、字が見えているにも関わらず、それを読むことが出来なかった。
ケイトの持っている漆黒の書にも変化はなかった。
「これは……!?」
夏休みも最終日のこの日、茜のもつ漆黒の書だけが、まるで何かを言いたそうにショルダーバッグの中で優しく光を放っていたが、それが何を意味するのかその時の茜は知る由もなかった。
その日の夕方の風には、僅かな冷たさが混ざっていた。
「夏休み……終わったね」
ケイトがそう言うと、隣を歩く茜は小さく頷いた。
「うん。でも花火大会の思い出はできたし!」
「そうね!!」
二人は、茜の家の近くの川沿いを歩いていた。あの騒がしいアパートからは今は離れたいからと、選んだ道だった。沈黙は重くはないが、ケイトは慎重に茜に聞いた。
「最近、お父さん……どう?」
ケイトが、様子をうかがうように口を開いた。茜の言葉を選ぶ間が、短く生まれた。
「……なんて説明したらいいんだろう……」
茜は、一瞬だけ視線を川面に落とした。
「うん?」
「怒鳴られることはあるよ。まだね。ものを投げられることも。でも前ほどじゃないんだ。今日は運が悪いだけ」
「そうなんだ? 良かったと言っていいのかな……」
それは、良い変化のはずだった。けれどケイトには、その良さが、気まぐれかもしれないとも思えた。
「困った時は、言ってね?」
ぽつりと漏らすと、茜は少し困ったように笑った。
「うん、ありがとう」
「二人とも、やっほー!」
「!?」
振り返ると、心が手を振っていた。その道は心のマラソンコースの一部だった。
「二人で散歩?」
「うん、なんとなく散歩してた」
「そうなんだ、少し話さない?」
夕日の沈みかける中を三人は歩く。
「今日は、調子どう?」
「普通だよ」
心に答えるその声も嘘ではなかった。少なくとも今は。
三人で並んで歩きながら、話題は他愛のないものへと移っていった。学校のことや、夏休みが終わったあとの予定が『壮大な目標』以外はないことや、紅葉の話など。
「なんか……平和ね」
ケイトが言う。
「そうだねぇ!」
茜が答え、心も頷く。確かに今、この世界は平和に見えるかもしれない。少なくともブラモンやらアグダラといった名を知らない人間にはそう見えるだろう。
「ねえ?」
茜が、ふいに言った。
「本当に世界がこのまま平和で、何も起きなかったらさ」
二人は、黙って続きを待つ。
「それは、それでいいのかなぁ?」
答えは出ない。心が、静かに言った。
「何も起こらないって、当たり前のようで、すごく難しいことなのかも? 現に私たちはブラモンと対峙してるしなぁ」
「そうだよねぇ」
茜は苦笑した。ケイトは、その会話を聞きながら、胸の奥に妙な『ざらつき』を感じていた。嵐の前の静けさという言葉が頭をよぎる。夕日が沈みきるころ、茜が言った。
「じゃあ、また明日から、学校で!」
「うん。またね!」
「また」
別れ際、茜は一度だけ振り返り、二人の後ろ姿を見つめた。そして自分のアパートへと戻る。そこから、怒鳴り声は聞こえないのは救いだった。しかし、同時に、何かが動き出す前触れのようにも思えるのは何故だろう。季節の変わり目が茜のその日の心情にそう作用させた故なのかは定かではない。
――続く




