46.夏の思い出
午前中の陽光が、江茂志市の街並みを鮮やかに照らしていた。神宮寺道場では、レナが午前の稽古を終え、汗を拭っていた。あまりの天気の良さに、道場に籠もっているのがもったいなく感じた。
「少し、外の空気を吸ってくるか……」
自室で道着から着替え、軽い足取りで散歩に出たレナが歩いていると、いつの間にか心が日課にしているという『全速力マラソン』のコースに出ていた。
「あいつ、よくここを走っているとか言っていたな。しかも『全速力』でとか……よし!少し試してみるか!!」
軽い好奇心だった。しかし、それが後に彼女を極限まで追い込むことになるとは、この時のレナはまだ知る由もなかった。レナは知らなかったのだ。青空心が走るそのコースが、距離にしてなんと55キロメートルにも及ぶことを……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
同じ頃、心は実家の駄菓子屋で店番をしていた。実家である奥の部屋から、丞が顔を出し、心に声をかけた。
「心、店番あんがとよ!もう終わりで良いんだけどさ、ちょっとまた、いつものみたらし団子を買ってきてくれ!おつりは取っといていいから!それが今月分の小遣いだ!」
「センキュー、じっちゃん!!」
心は一万円札を受け取ると景気よく返事をし、店を飛び出した。みたらし団子が売っている大福へ向かう途中、商店街ではそこらじゅうで屋台やテントを組み立てている人で賑わっていた。商店街の掲示板に大きく貼られた『河島団地センター商店街 花火大会』のポスターが目に留まった。
「あ、そうだった!! 今日だった!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
そのころ、ケイトは窓から差し込む光を浴びながら、夏休みをどう有意義に使うべきか考えていた。
「今日はなんだか、外に出たら良いことが起こる気がする……!!」
その直感を信じ、彼女は家を出た。
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茜は自室で読んでいた本を閉じた。卓越感情の恐れがそう感じさせているのかは定かではないが、茜は、隣の部屋から伝わってくる父親の不機嫌そうな気配を感じた。それで今は家に居たくないと感じた彼女は、本の入ったショルダーバッグを持って、逃げるように散歩へ出かけた。
(散歩中に何かの縁で他の『漆黒の書』の在り処にたどり着けないものかな……)
淡い期待を抱きながら歩いていると、コンビニ前で信号待ちをしているケイトの姿を見つけた。
「あ!ケイト~!」
「あ!茜!」
二人は挨拶をすると、自然と並んで歩き始めた。その時、レナ・ケイト・茜のスマートフォンが同時に震えた。心からメッセージがきたのだ。
「みんな今日の夜時間ある? 突然ですが!! 花火大会行きたい!!」
三人は即座に承諾の返信を打った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ドドン……ドン!
19時45分。商店街は人で溢れかえっていた。スーパーの近くにいたケイトと茜の耳に、懐かしい盆踊りの音楽と力強い太鼓の音が響く。
「ちょっとあっちの盆踊り見に行こう!」
「ええ!」
スーパーマーケット『virtueバーチュー』から広場を跨ぐと市の施設と図書館がある。その広場から道路側にさらに数段下りたところに段違いの第二の広場がまたある。どこも屋台が並んでいるので人がごった返しているが、第二の広場の外れに設置されているやぐらを中心に、輪になって盆踊りを楽しむ人々の姿も見えた。大人数過ぎてそこに行くのにも一苦労しそうだ。
ドドン……ドン!
「あの子、かっこいいね!!」
「おぉ! 黒い学ラン……いやあれは、応援団の格好だねぇ!!」
ドドン……ドン!
それは、足を大きく開き、男勝りに大手を振って力強く太鼓を叩いている女の子の姿だった。
「私たちと同じ位かしら?」
「うん! その位にみえる!!」
「あぁいう催し物に参加する人ってどんな人なのかちょっと気になるわ」
「人間観察か~!!」
「そうそう! うふふ」
「ははは!!」
しばらくそれを見た後、ふたりは待ち合わせ場所のバーチュー前のベンチへと向かった。ケイトと茜が話していると、別の声が聞こえた。
「や、やぁ、お二人さん!! お、お、お待たせぇ……」
そこへ、幽霊のような足取りでレナがやってきた。その顔は土気色で、明らかに疲弊している。
「レナ、おっつ~!! どうしたの!?」
「レナ、こんばんは! なんかとても疲れているわね……ちょっと待ってね……」
その瞬間、レナから疲労が消え失せた。
「え!? え!? 瞬刻再生してくれた!?」
「うふふ。発見したのよ!傷を治すのには負傷してからの記憶を奪ってしまうけど、疲れに対してはロスはないって。でもどうしたの?」
ケイトがそう聞いた時、明るい声が聞こえた!
「みんな~!! やっほーーー!!」
心が合流した。レナは皆に聞こえないよう、心に密かに問うた。
「心、ちょっと、聞きたい……! お前……本当によく江茂志市を一周してるのか?」
「うん!」
「時間無くない!?私、今日やってみたんだけど……さっきやっと帰ってこれたし、すっごい疲れた!ずっと全速力なんて出来るはずがないだろ……!!」
「あぁ、時間が掛かる全速力なんだよ! でもそれでも時間掛かるから毎日は出来ない! 週に半分位かな? 出来ない日はもっと短いコースで普通のマラソン! でも、私以外やる人いないと思ってた!! レナ、やるじゃん!!」
無邪気に感心する心に対し、レナは改めて吃驚していた。
(こいつの体力はどうなってるんだ……!?)
◆◇◆◇◆◇◆◇
四人が無事合流を果たすと、彼女たちはごった返す人混みを縫うように、屋台が立ち並ぶ第二の広場へと繰り出した。ソースの焦げる香ばしい匂いや、甘い綿あめの香りが入り混じる祭りの『熱気』の中、四人はそれを楽しんだ。心が両手いっぱいにたこ焼きや焼きそばを抱えて目を輝かせれば、レナも、それに負けじと大きなフランクフルトを頬張る。ケイトと茜はそんな二人を微笑ましく見守りながら、色鮮やかなりんご飴やヨーヨー釣りの並ぶ夜店を眺めて歩いた。アグダラの敵との凄絶な死闘を忘れさせるような、いつか思い出となるであろう、ほんのひと時の幸せの時間が流れていく。
シュ~……ッパァァァァァァアン……
「わぁ~!!」
夜空に大輪の花火が打ち上がり、四人の顔を鮮やかに彩った。
「今日はなんとなく、外出たらいいことありそうって思ったの」
ケイトがそう呟くと、レナが同意する。
「午前から天気がとても良かったしな!」
その中で茜は、ショルダーバッグに手を当てながら、以前BRFで考えさせられた言葉を思い出す。
(人生は無数の分岐の中にある。今日は、漆黒の書のありかにたどり着けなかったけれど、心が誘ってくれたおかげで、四人がこの場所に揃い、楽しい時間をまた共有できた!)
◆◇◆◇◆◇◆◇
花火大会が終わり、人が少なくなった頃、心が提案する。
「うんとさ! 実は懐かしい花火があるんだ。さっき買って来た! 今から、私たちだけの花火大会をしよう!! こっちこっち!!」
商店街にはまだ人が残っていた。心はみんなを商店街の脇にある近くの公園へ先導した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そこに着くと心が取り出したのは『線香花火』だった。皆に手渡すと、心が蝋燭ろうそくに火を灯す。
「順番に点けよう……」
「あぁ! よし」
「うん」
「えぇ!!」
ジリジリジリジリ……ポッ
心は思った。
(これを……いつか、ナオトくんとも一緒にやりたいな!)
そんな密かな願いをこめて、心はずっと、ナオトくんに買ってもらったそれと同じものをスマホのカバーに潜ませている。
レナはそれを知っているたった一人。心の心情をそっと察する。茜は、儚くもその瞬間だけ美しく灯る火花をじっと見つめていた。
ケイトはその最中、線香花火を見つめる茜のそれに、人差し指を震わせながら近づけていた。
(ちょんって落としたら、怒るかな?)
ぷるぷるぷるぷる……
実は時折、そんな裏の冗談めいたことを考えるケイトの一面を知っている茜は、火玉を落とされる前に即座に突っ込みを入れた。
「っお~い!! こりゃっ! 何しようとしてる~!」
「あはは、バレちゃった? なぁんてね、やるわけないじゃん!」
「ははっ! ケイトって、面白いこと言うんだな!!」
「あははは! 茜も面白い突っ込み!! 流石、親友同士だ!!」
そのやり取りが、レナと心の二人にはとても新鮮で、公園に笑い声が響いた。とその時だった。
「お、あいつら花火持ってんじゃん!」
「しかし昔ながらの線香花火か!ちゃっちいな!!まぁいいや!」
「!? あーーーーー!!」
聞きなれない声が聞こえ、それを見た心が思わず声を上げた。ベンチに心が置いておいた花火が入った袋を、ガラの悪い男二人組が、勝手にあさっていた。
「おい、それを持っていこうとするな! 私のだ!!」
「あん? これお前のなの? どこにも名前書いてねーけど?」
「はぁ?な、め、ん、な、よ?」
楽しかった空気が一変し、いつものように一悶着起きそうになった。しかし男の一人が心とレナの顔をまじまじと見て、顔を引きつらせた。
「……おい、青空心と神宮寺レナだぞ!」
「えっ……あの、クロコーをやった二人!?」
「ごにょごにょ言ってんじゃねぇ!! やるかぁぁ!?」
「し、し、し、失礼しましたー!!」
その男たちは怯え、一目散に逃げ出していった。
ジリジリジリジリ……ポッ
心の手にあったその最後の一本が静かに燃え尽きた。そしてその瞬間から、一時忘れていた地球の危機について考えが及ぶと心が言った。
「今日は夏の思い出ができた! もう、悔いはない!!」
「そうだな!!」
「うん!」
「えぇ!!」
それは非日常に身を捧げている者たちの一時の楽しい時間だった。きっといつの日か、それもかけがえのない思い出となっているのだろう。四人は少し雑談をしたあと、名残惜しくも家路につくのだった。
――続く




