45.大盗賊スイミー
「スイミーに話を聞きに行くしかないな。みんな、手をつないでくれる?」
四人が互いに手を握り輪になると、心は『韋駄天』を念じた。青の閃光が走ると同時に、彼女たちの姿はその場から消え去った。それはブラモンが消える瞬間の描写とよく似ている。瞬時の移動、韋駄天の能力を初めて体験した者たちは言う。
「凄い……!」
「景色が……!」
そして一瞬の暗転の後、視界に広がったのはヤマンバ山の懐かしい情景だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
石が積み上げられた場所で、スイミーは金色ブラモンと静かに言葉を交わしていた。
「強敵だった……」
「スイミー大丈夫?」
「あぁ、ワシはまだ死ねん! そして心たちもそろそろ来る頃じゃろうな……」
「なんて説明する気なのぉ?」
「さあな……」
そこへ心たちが駆け寄った。
「スイミー!」
「やあ、来たね。お主たち」
「スイミー……さっき獣頭のやつが現れて……」
「あぁ。実はワシのところへも来た」
「え! スイミーのところへも!?」
「相手が一人で助かった。ようやく片づけたが……金色ブラモンがいなかったらと思うとぞっとするわい」
心は、ゲラと名乗った狼頭の戦士と戦ったこと、そしてゲラから聞いた情報を一気にまくしたてた。
「大盗賊ってどういうこと? あんた、本当は悪者だったのか!?」
心の直球の問いに、スイミーは困ったように肩をすくめた。
「ふむ。ゆっくり聞いておくれ……」
ヤマンバ山に夜の気配が降り始めていた。スイミーは一度深く息を吐き、視線を落としたまま静かに語り出した。
「私は……アグダラで盗掘を生業としておった」
四人は黙ってその告白に耳を傾ける。
「ある時、盗賊仲間の情報で、アグダラの砂漠のどこかにある『石の遺跡』に、お宝が眠っているとのことを耳にしたんじゃ。ワシもそれを狙おうと思ったんじゃが、場所が分からなかった。そこでワシは、皇帝の探索隊に志願したんじゃ。ワシにとっては、そっちに属していれば安全に動けるからね」
スイミーは遠い記憶を辿るように目を細めた。
「お主らはワシを悪者かと思ったかもしれんが、じゃがな、アグダラの世界において、誰が正義だの、誰が悪だのは存在せんのじゃ。皇帝にも、ワシらにも、それぞれ譲れない目的があるでな。立場が違えば正義の形も変わる。」
「そういうものかも知れないね……」
茜が答えた。
「話を戻す。そうして与えられた仕事をこなし成果を上げていくに従って、ワシの地位は上がっていった。そして調査隊のリーダーとなった時、ようやく石の遺跡に辿り着くことができた。そこに祭られていたのは、『石の球』じゃった」
「石の球?」
心が思わず聞き返すと、スイミーは苦笑した。
「まだ先があるから黙って聞いてておくれ……アグダラには、秘宝がある。『石の球』を差し出していれば皇帝の側近にでもなれたじゃろうが、ワシは裏切った。ワシが最初から欲しかったのは、皇帝を倒せる力だったからじゃ。この玉を使って皇帝の力を無力化すれば勝てるとふんだんじゃ」
沈黙の中、スイミーの声が重くなる。
「しかし裏切りがバレた瞬間、調査隊の仲間たちが、消息不明で次々と消えていった。あとでわかったことじゃが、消えていったのは皇帝の『呪い』じゃった。じゃがそれを持っていたワシは生き残った。その石の球がワシを守ってくれたおかげで、即消えるのだけは防げたのじゃ……」
「即、消える……?」
レナが思わず声を漏らした。つい先ほどまで死闘を繰り広げた強敵ドラやゲラのような、物理的な暴力によるものではない。姿も見せずに無慈悲に命を奪い去る、次元の違う皇帝の力。その圧倒的なスケールを突きつけられ、三人は冷や水を浴びせられたように息を呑んだ。つい先ほどの勝利の安堵は、完全に吹き飛んでいた。
スイミーは、祭壇にあったという地球儀ほどの大きさの球体を指差した。
「じゃが、それからワシの身体がおかしくなった。呪いは完全には回避できていなかったんじゃ。一年経つごとに、私は若返っていった。今のこの姿が、その結果じゃ。石の球をもっていたから、若返りは遅くなったのじゃろう。お主らには、私が何歳に見えるかな。そう、あと四年もすれば、私は胎児になって最後には消えるじゃろう」
「胎児になって……消える……?」
心の声が震えた。普段は偉ぶって生意気な口を叩くこの小さな師匠が、実は自らの死へのカウントダウンを刻みながら、自分たちを鍛え、笑いかけていたのだ。冗談めかした態度の裏に隠されていた凄絶な覚悟。そのあまりのギャップに四人は返す言葉を見つけられず、ただ重苦しく痛ましい沈黙が広がった。
彼は台座の上のその球を、愛おしむように手に取った。
「この石の球は、『小玉』と呼ばれている。アグダラに全部で五つあると言われている宝じゃ。それぞれの小玉に宿る力は異なるという言い伝えじゃ。この『小玉』は、皇帝の『呪い』を弱ませるとともに、求める相手の顔を知ることができる」
心の鼓動が跳ね上がった。
「試しに、心、お主の幼馴染を連れ去ったブラモンの今の姿を見せてやろう」
「えっ!?」
スイミーは、左手を心の頭に触れ、右手を小玉に触れ、それが繋がるように念を送った。すると小玉が淡く光り、それが反射した場所にそのヴィジョンが映し出された。そこにいるのは、心が幼少の頃に見たものとは姿が明らかに違っていた。
「え!?く、熊じゃん!! 形、全然違うよ!?」
「奴はもう昔のブラモンじゃない。『高等ブラモン』と化している。ひょっとしたら、ブラモンが元々持つ、変幻自在の能力がそうさせたのかもしれんな。このような凶悪な風格を纏った姿をしたブラモンは、逆に知能が高いというギャップがある。そして皇帝側と手を結ぶこともあるのじゃ」
「あ、ちなみにボクは中級ブラモンだよ!!」
金色ブラモンが誇らしげに口を挟むが、心はそれを気にすることなく呟いた。
「こいつが……ナオトくんを……」
(ドラやゲラと同じ……いや、それ以上の底知れない威圧感がある……こんな化け物が……!)
特訓を経てようやく手が届きかけたと思っていた希望の足元が、崩れ落ちていきそうになる絶望感があった。あの時と同じ、何もできない無力感が心を支配しかけた。しかし、心は奥歯を噛むと、両手を強く握り込んだ。ここで心が折れれば、一生ナオトを助け出すことなどできない。絶対に諦めないという強烈な意志が、再び胸の奥で火を噴くと、それは青い炎のオーラとなって現れた。
「しっかり見て、焼き付けておくんじゃ……」
心の感情が激しく波打つと、ヴィジョンの中で異様な威圧感を放つそれは影となり乱れ、映らなくなった。
「む! 心、前も言うたが突発感情は鎮めるのじゃ……」
「あ、うん……」
スイミーの制止を受け、心は深く息を吐いた。
「そしてわかったな? アグダラに行けば、いずれお主たちは、ナオトをさらったブラモンや皇帝にたどり着くじゃろう。その時のために、アグダラに行けたら、まず残りの四つの小玉を探すのじゃ。きっとお主たちのなんらかの力となる」
スイミーの呪い、小玉探し、皇帝の打倒……。心たち3人はそれを肝に銘じた。
「ところで、スイミーは、金色ブラモンと二人で来たの?」
「そう。こやつの移動能力が残っていたのでな」
「なるほど。じゃあ別の手段を考えないとか……やっぱり、漆黒の書探しになるのかな」
「まぁ、差し当たってそうなるかのぅ。あ! そういえばお主、ゲラが落とした『白い本』を取ったと言っておったな。それ見せてみい」
茜は、先ほど手に入れた白い装丁のその本を差し出した。
「あぁ、これこれ。卓越感情のオーラを宿っている本。これはな『純白の書』と言って、予言の能力は無いが、そのオーラと同じ卓越感情を持つ者が内容を読むと、それだけでいきなり能力を覚えることができるものじゃ。これはアグダラでは高値で取引されるものだから覚えておくんじゃぞ。そして茜には残念じゃが、これは驚きの色じゃ……つまりレナが持つのが妥当」
「それならレナにあげて欲しい!私は能力二つあるし!!」
「レナ、それが必要な時がきっとくるじゃろう。その時に初めてその本を開くのじゃ」
「あぁ……わかった。これ自分でいつでも持っておいた方がいい?」
「あぁ、今手元に持ってないのか。今後は常時携帯しておくのじゃ。いつ啓示がそこに示されるかわからんからの!」
「あ、そうだったの?」
「わ、わかったわ……」
「それを携帯するためのものもやる。アグダラの本は、卓越感情を所持する者にしか漆黒の書や純白の書としては見えないが、光を放っている時は普通の人からしても『妙に』感じる。盗まれても厄介じゃからの。これに入れておけば、外からはただの薄い鞄にしか見えんて。しかし生地は立派なものじゃぞ。ワシも昔、お宝を隠して運ぶのに重宝しておったわい」
薄手のショルダーバッグがみんなに渡される。
「ふふ。プレゼントじゃ。首から下げて、たすき掛けすれば、お主たちが持っててもおかしくなかろう」
「へぇ! 伸び縮みする生地!! 中のものがフィットするんだね!」
「しかも服にもくっついて暴れないのね!」
茜とケイトがその機能を称賛した。
「へへ! なんか、みんなおしゃれだな!!」
心が言った。
「ふふ。別に漆黒の書専用じゃないからのう。携帯したいものを入れとくがいいわい」
「じゃあ私はスマホを入れておこうっと!!」
「ケイトと茜いいなぁ! 私も純白の書を入れとこう。茜、ありがとうな!」
「全然~!!」
「今日はワシも久しぶりのブラモンとの対決で骨が折れた……お主たちも疲れたじゃろう……帰って寝るんじゃな……」
「うん! スイミーありがとう! みんな、帰ろう。 手繋いで……」
四人は互いの手を固く握り締めた。心が念を発すると、場所が瞬時に商店街へと切り替った。
「今日は……やばかったな……」
心が今日の出来事を回想しながら言った。
「あぁ。アグダラの敵は本当に強かった……」
「確かに……」
レナの言葉でケイトも回想し答えた。
「けど……でも! 勘吉が大丈夫で良かった!」
「うん。ケイトは親父の命の恩人だよ。本当にありがとう。」
「良かった……本当に……!」
「私はあとから来てびっくりしたよ……」
「みんな、ありがとう!」
あまりにも長く、凄絶な一日が静かに幕を下ろした。深まる謎の奥底で、揺るぎない目的だけは確かに脈を打っていたが、世界の全貌を掴むには、まだ遠い。残る『漆黒の書』は、あと五冊。
――続く
修正:上級ブラモン→高等ブラモン




