43.虎と狼②
同時刻。強い日差しがアスファルトを照り返していた昼下がり。御空町みそらちょう駅は、電車なら三分で着く、江茂志駅の隣駅だ。駅から見える場所に、巨大な円形のビル二棟が並ぶ商業施設がある。そこは丸ビルと呼ばれ近隣の住民に親しまれている。一階にカフェの店があり、そのテラス席で、ケイトと茜がおしゃべりをしていた。しかし、
「……昼なのに、変だよね」
茜が周囲を見回しながら言った。
「うん。いつももっと賑やかなのに……」
二人が怪訝に思うのも無理もない。商業施設なのに客の人影が殆ど居ないのだ。
「お待たせいたしました……」
頼んだコーヒーとロイヤルミルクティーが席に置かれた。
「どうも!」
「ありがとうございます!」
「どうぞ、ごゆっくり……」
軽く挨拶を交わし、店の中に去っていく定員。二人がカップに口をつけた瞬間だった。
ガッシャーン!
「はっ!」
「え……」
「あぐ、あぐ、くっ……!」
金属音と陶器が割れる音がそこまで響いた。その音に二人が振り向くと、カフェ店内で、たった今持ってきてくれた従業員が倒れている。二人が店内のそこへ駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ケイト待て!!そこに、何かいる!!」
「はっ!!」
ケイトが見ると、影が動いていた。獣の輪郭をしているそれは、紫色のオーラを発して二足で立っていた。
「グルル……」
「これは……スイミーの言っていた進化したブラモンだぁ!」
茜が叫ぶ。
ダダッ!!ダダッ!!ダダッ!!
そのブラモンが二人のところに突進してきた。
「グルルルルゥ!!!!」
「茜、気をつけて!!」
「あぁ!ケイト!!こんなところで闘いになるとは!昼だろうが関係ないって顔だな……!」
茜は店内のレジと棚の間に見えたおしゃれなホウキを咄嗟に手に取り構えた。叩こうとしたが短くてブラモンを空振りすると、ブラモンが少し後ろに下がった。
(くそ……もう少し近距離で攻撃しないと当たらない!)
ダダダッ!!ダダッ!!
ブラモンが今度は左へ右へ方向を変えフェイントしながら突進してきた。近づいてくるその時、今度こそ当てようと茜の顔が引き締まる。
(くらえ!雷導打!!)
ガッ!! ビギビギビギィッ!!
「ギャァァ!!グルル……」
打撃自体は腕で防いだブラモン。しかしその接地面にすぐあとにやってくる雷の電気ショックがその動きを一時停止させた。
「よし!この間にさらに攻撃だ!!」
バキ!バキ!バキィ……!!
「その攻撃は効かん! お前の攻撃は威力がない!! まぁ、惜しかったがな!」
バシュゥ!!
電気ショックの一時停止がきれたその時、ブラモンの閃いた爪がなんと茜の脇腹を切り裂いた。
「ぐあぁっ……!!」
「あぁ!!茜!!」
茜は後退し、片膝をついた。ヒタヒタと血が地面を落ちる。ケイトがすぐに駆け寄った。
「茜……!! 大丈夫!?」
「浅かったみたいだ……致命傷じゃない……」
茜の声は強がっていたが、明らかに動きが鈍くなっているのを確認したケイトは掌を傷口にかざした。
「動かないで!」
黄色の光が掌から溢れ、茜の傷を包み込むと、裂けていた皮膚がみるみると塞がった。
「ふぅ……ふぅ……はっ!! ……ケイト、サンキュ! しかしこいつは……ヤバい!!」
「ぬ!! 今のは『瞬刻再生』!! 貴様は能力者だったか!!」
「!?」
そのブラモンの発した言葉に驚いた二人。
「こいつ……なんで能力の名前まで知っているんだ!?」
「グルルルル!! 驚くか? このゲラ、なんならこんな名前も知ってるぜ。スイミーってな!」
「!?」
二人は再び立ち、身構えた。
(スイミーのことまで知っているこのブラモンは……間違いなくアグダラからの敵!!)
ケイトが自身をゲラと名乗ったブラモンを睨む。
「グルルゥ……さて、これからお前らをどうしたものかな……」
ゲラが一歩踏み出すと、その身体を覆う紫の膜が見えた。
「ケイト、どうにかしてこいつを倒さないと……!!」
「うん!でもその前に……!」
シュォォォオ!!
ケイトは倒れている従業員に向かって、『瞬刻再生』の念の宿った、黄色いビームを放った。
「え?え?」
「『ヴィジョン』を使った時のコツだけは覚えてる。それで黄色いビームで『瞬刻再生』を飛ばすことも出来る。成功したわ!!」
気が動転している従業員をよそに、自身の能力の違う使い方を茜に示すと、それを見て安心した茜は棒を強く握り、ゲラと名乗ったそのブラモンを睨みつける。咆哮するゲラ。
その時、ケイトの身体を包む黄色い光の膜が赤に変わった。
「そしてこれをくらえ!!」
「はっ!! ケ、ケイトそれは!?」
「ぬぅ!?」
「『瞬刻風刃』!!」
茜が初めて見たケイトの攻撃の能力。ケイトが放ったそれが、ゲラを襲う。
シャババババババ!!
「ゥォォォ……!!」
「わたしは、攻撃の意思をもつケイト。茜よろしくな!!でも心たちにはまだ内緒だぞ」
「え!? え!?」
茜が困惑の声を漏らした直後、ゲラの強靭な肉体を風の刃が切り裂き、その巨体を後方へと大きく怯ませた。
ぽわぁぁん……。
それと同時に、ケイトの身体を包んでいた赤色のオーラは元に戻った。その時だけ逆立っていた髪がふわりと下り、再びいつもの温かな黄色の光の膜が彼女を包み込む。
「黙っててごめんね、茜。驚いたでしょ……」
「ま、まぁ……はは」
親友の持つ裏の顔と、突然の告白に茜はただ呆然と瞬きを繰り返すしかなかった。
「でもダメージが足りなかったようだわ……」
「うん、ちょっと、聞いてみるか……お……おい、お前! なんでここにやってきた!!」
「グルァァァァ!我らは……大盗賊スイミー抹殺の命を受けてやってきた。奴は我ら皇帝軍の裏切り者だ!!」
(スイミーが大盗賊ですって?)
パァァァァアア……
それはその間に茜が『後詠陣』を発動した音だった。ゲラの言葉に二人は動揺したが、茜はこの戦場における自分たちの最適解の位置を確認しようとしたのだった。しかし。
(何故だ……出ないぞ……ケイトが行くべき安全ポジションが……ない!! 待てよ……今こいつ、我らって言った!)
茜が困惑する中、ゲラの鋭い一撃が茜を捉える。
「よそ見をするなぁぁぁ!!」
「ぐはぁっ……!」
「茜!!」
シュォォォオ!!
ケイトが叫び『瞬刻再生』を放ち茜の傷を塞いだ。立ち上がった茜は、切迫した表情でケイトを見た。
「ケイト……ありがとう。でも私は平気。ここは私が食い止める! だからケイトは……すぐ心の元へ行って! 今、あいつは『我らは』と言った。恐らく……心とレナがヤバいことになってる!」
ケイトは茜の確信に押され、心へ電話を繋いだ。
『ケイト…… 今すぐこっちへ来て欲しいんだ……レナと勘吉さんが負傷している!!」
「!!今から行くわ!そこ何処!?」
『違う!私がすぐそっちへ飛ぶから場所を教えて欲しいんだ!!』
「御空町の丸ビル一階のカフェよ!!」
『あそこか!! わかった!!』
ドドッドドッ!!
だが、ゲラがその隙を見逃すことはなかった。最大の力を溜め、次はケイトに攻撃を浴びせようとした瞬間、その懐に後ろ回し蹴りの体勢の影が割り込んだ。
ドゴォ!!
「ぐぁぁっ!! くっ!! こいつはなんだ!? い、いきなり……現れやがったぁ!!」
韋駄天で飛んできた心だった。その隙を逃さず、茜が『雷導打』を伴うホウキの棒ででゲラを滅多打ちにする。
「こいつ! こいつ! こいつ! こいつ!」
「う、うげぇ……こんな! やつらに…この…オレ様が…!!」
ゲラの身体の右腕にひびが入った。すると体内の空気がそこから外へ霧散していく。それを認識していないのか、茜はこれでもかと攻撃を繰り返す。
「こいつっ! こいつっ! こいつっ!」
「ぐぎゃぁぁ!!! 何故だ! 動けん! ショックが……続く……!! こんなに……やられたら…俺の……身体が……ぐっ!!!!」
「こいつっ……こいつっ……」
「茜……もうやめて……そのブラモンは、もう戦えないわ……」
ケイトの声に、茜は我に返った。
「あ…あぁ……あ! ケイトと心! 早く、レナと勘吉のもとへ!! 私はこいつの落とし前をつける!!」
心はケイトの手を強く掴むと、『韋駄天』の念を発した。心とケイトの姿が、瞬間的に収束して消える。それはブラモンが消える時と似た光景だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一人残った茜は、未だ断片的にしか知らないアグダラについての真実をゲラから聞きだそうとする。
「お前たちは、一体何者なんだ?」
ゲラは観念すると、声を漏らした。
「まさか俺がこんな所でやられることになるとは……。しょうがない。どうせ消えていくこの身。お前には話してやるわ。我々は……ヨハン様の命令でこちらにやってきた調査隊……だ」
「ヨハン……その名はスイミーから聞いて知っている。アグダラの皇帝だとか……どうやってここへ来た? こっちに来たなら、帰る方法も知っているはず……」
「黒い生命体を見たことがあるだろう? 我々はそれらを始祖生物と呼んでいる。その能力を利用して行き来することができるのだ」
「始祖ブラモンの能力……やはりそうなのか。心の言っていた通りだ」
「ブラモン……ふ……お前たちはそう呼んでいるのか。それは生涯に一度だけ、漆黒の穴を作ることが出来るやつらの能力だ。だから行きに一体、帰りに一体必要なのだ。二体で初めて往復が可能になる……おい、出てくるなと言っただろう!」
「は、はい……」
「……!!」
シュゥゥゥ……プツ…
ゲラが一喝すると、一瞬だけ黒い穴とともに現れたブラモンが怯えたように再び穴の中へと入ると、それが消えた。
「お前たちは『ゲイム・ジェン・ヨハン』と記された黒い本のことを知っているか?」
茜は問いただす。
「ふっ……知っているも何も! 元々それは我ら皇帝軍のもの!! それによって、卓越感情保持者は力を得る。あるものはさらに先を読むことが出来る。そしてアグダラへ行こうとする……」
「皇帝軍のものか……さらに先を読む……あぁ……咲さんが言っていたな……その本が、何故この星にばら撒かれているんだ?」
「アグダラの抗争は、皇帝軍とレジスタンスの戦い。互いの力は拮抗している。そのため皇帝様の命令で、おまえたちのように能力を得た者を味方に加えるためだ。つまり『回収』だ。今はそのフェーズに入っているのだ!!」
「十三年前の事件も、おまえたちの仕業か?」
「こちらの十三年とやらがどの程度の時間かは知らんが……そうなるなぁ!!」
(皇帝軍のせいで、心の幼馴染が連れ去られた……)
「……何故……地球人なんだ?」
「アグダラとこの星には密接な関係があるからだ」
「どのような関係が……?」
「それは、おまえたちがアグダラに来た時に知ることだろう……」
(何故かはわからないが、そこにも『ニコイチ』の関係があるってことか……)
「……スイミーのことを知っているのは何故だ?」
「『大盗賊スイミー』!!奴はもともと我々皇帝軍の裏切り者だ。我々は新たな能力者の調達と裏切り者スイミーの抹殺指令を受けてこの星に送られてきたのだ!!」
(スイミーは、アグダラから逃げてきたと言っていた……)
「スイミーを抹殺しようとしているのは何故だ?」
「ふっ。それはスイミー本人に聞くんだな。奴は生きてるんだろ? 俺は目立つ卓越感情を頼りにしてきたら、ここにやってきてしまった……」
「私たちが感じる、この世界の変な感じ……この違和感の正体は何なんだ?」
「それは卓越感情を持った者だけが感じる『影響』だろう。影響は、同時にアグダラにも起こっている。こちら側でブラモンを倒せば倒すほど、その噂はアグダラで広まっている!!」
その内容は以前レナが赤と青のブラモン達から効いた内容だ。
シュゥゥゥゥゥ……
ゲラの身体のヒビの割れ目から紫色の煙が上がると、ブラモンが消える時のようにその煙が収束し始めた。
「くっ……俺の存在が消える……お前も……アグダラで死ぬがいい……」
そういうとその紫の一点となったものは消え失せた。ゲラが存在していたそこには一つの本が落ちていた。
「白い本……これは……?」
――続く
誤字修正済:風神→風刃




