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40.会得

 やると決めたらすぐにやるのはケイトの長所だ。すぐにケイトは一人、スイミーの居るヤマンバ山へと向かった。能力『瞬刻再生』を得ることが出来たきっかけはスイミーという師のおかげ。オミナス・ベイパーに精神を揺さぶられたあの日からケイトは自分に足りない『攻撃』についても、スイミーなら教えて貰えるかもしれないと考えたからだ。


 ケイトは辺りを見渡す。周りが木々に囲まれているその場所に前来た時との変化はない。断層の壁にみえる洞窟も、中央の小さな岩が山のように積まれているのもあの時のままだ。それはかつて青いビームが天を貫いていた発生源。ほんの少ししか経っていないのに、久しぶりに来た気がする。ケイトをそう思わせるのは、脈打つように半定期的にやってくるオミナス・ベイパーがあまりにも日常離れしていて、毎日が悪い意味で新鮮に思えるゆえか……。


「おはよう。金色ブラモン」

「うぉーー! ケイトじゃん! よく来たねー!!」


 人懐っこい声で跳ねるように近づいてくる。久しぶりに見た金色ブラモンが以前よりも可愛く思え、ケイトの緊張が少しだけ解ける。


「ケイトか! よく来たのう! 今日は、お主一人か?」


 岩場の影からひょっこりと法衣をまとった少年の姿が現れた。


「お久しぶり……です。スイミー」


 ケイトはスイミーと話すとき、毎度年上相手の口調にするべきか躊躇していた。目の前の人物の見た目は幼子なのだから無理もない。


「あぁ、はっはっは! 大丈夫じゃ。敬語いらんよ」

「きゃっきゃ!! そう!スイミーは見た目は子供だもんね!! だからケイトたちは大丈夫だよ~ん。ボクも超えられちゃったし~」

「あは、ありがとう……金色ブラモンも……」


 ケイトは少し笑顔になりつつも一礼した。そして真っ直ぐにスイミーを見つめてここへ来た理由を伝える。


「私、みんなの役に立ちたいの。でも今のままじゃ私は守られるだけで……そんな自分を変えたい。目の前で戦闘が始まったとき、誰かの後ろに隠れるんじゃなくて、私も一緒に戦えるようになりたいの!」


「ふむ。なるほど……。じゃがのう、お主は他人を傷つけてしまうことを嫌っておる……お主の望みは、性格を変えるのと同じくらい、難しいことじゃよ?」


 スイミーは全てを見透かしたような目でケイトを見つめた。


「それでも……身につけなければ、お話にならないっていうのなら身につけたい!」


 穏やかなケイトの瞳に強い決意の色が宿っていた。


「無理矢理それをやれば、お主の『脳』に支障をきたすかもしれんぞ?」

「えっ!?」


 思わぬ言葉にケイトは吃驚の声を上げた。


「言ってなかったかもしれんが、卓越感情はその名の通りの概念じゃ。それは脳とも思いっきり関係がある。そして能力《スキル》は保持者ゆえに使うことができるもの。これが脳に関わらないわけがない……」


「支障をきたすって、どういうこと……?」

「いや命に関わることではないがのぉ……ただお主の中に、優しい気質とは別に攻撃という破壊の衝動を無理に入れることになるから脳にそれなりの負荷がかかるという意味じゃ。その度合いはあくまでもお主しだいじゃが……。はっきり言おう。先程、性格を変えるのと同じくらい難しいといったが、お主のやさしさが攻撃の意思に負けた時、分岐した攻撃的な面が新たに生まれ共存を強いられることになるやも知れん。それは、こっちの世界でいう『二重人格』と呼ばれるもの」

「に、二重人格!? ……ちょっと……考えさせてもらっても……?」

「ふむ。よく考えるんじゃな」


 そういうとケイトは小一時間自問自答し、色々考えた。しかしそれは『地球の危機』と『自分の人生』とを天秤にかけることになり、最後にはその迷いを捨てることができた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「それでも、身につけたいです!!」

「そうか! 良く言ったぞ」

「どのくらいで出来るようになると思いますか?」

「獲得したい攻撃の能力によるが……まぁ簡単なものを覚えてあとから自力でレベルアップしていくというならそう長くは掛からんよ。休みなしぶっ続けでやれば、そう……丸二日といったところかの!」

「二日……それじゃぁ休みなしでお願いします!」


 こうしてケイトのスイミーによる二度目の特訓が始まった。静かなヤマンバ山の空気は一変し、ケイトの精神を極限まで追い込む過酷な時間が刻まれようとしていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 スイミーの特訓は、ケイトが想像していたものを遥かに超えるものだった。何故ならそれは単に能力を獲得するのではなく、ケイトが本来持っていない『破壊の衝動』を無理矢理持たせ、さらに新しい能力を獲得するという2つの試練が待っていたからだ。


ズドドドド……


 一日が経過する頃には、ケイトの端正な顔立ちは砂埃にまみれ、意識、認識力は低下していた。不眠不休のまま、スイミーの掌から放たれる圧倒的な波動を浴び続けるなか、ケイトはただ立っていることさえやっとの状態だった。


「今のワシはお主の敵!! ワシのように、その掌から、攻撃の波動を放つのじゃ!!」


 しかし、ケイトの優しい心が、どうしてもその一撃を放つこと拒絶してしまう。他人を傷つけるイメージそのものが、彼女の心を引き裂き続けた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 二日目の夜、ケイトの精神は限界を迎えつつあった。意識が途切れそうになるたび、仲間を助けたい、攻撃役としても立ち回りたいという執念だけで、彼女は立っていた。過剰な負荷に耐えかねた脳が、ついに朝比奈ケイトという優しい人格を奥底へと沈めたとき、ケイトの表情が一変する。ケイトを包む黄色に輝く慈愛の光の膜が完全に消えるやいなや、凍てつくような、無機質な殺気が宿ると、ケイトの身体を赤色の光の膜が包み込んだ。それはケイトの中に新たな裏の意志が生まれた瞬間だった。


ビュォォォッ!!


 ケイトが右腕を横に動かすと、超高密度に圧縮された風の刃が空を裂き、数メートル先のスイミーへと向かう。


「うぉ……!!」


ズザザザザッ……ドォォォォン!!


 スイミーはそれをかろうじて避けることができたが、放たれた風の刃はスイミーの背後の巨大な岩塊を両断し、さらにその先の地層の壁の一部を破壊した。


「ついに……成ったぞ……わたしの……『瞬刻風刃』!!」


 それはいつものケイトの穏やかな声ではなく、慈愛の感情の欠落した『裏』の響きだった。しかし次の瞬間、ケイトはそのまま糸が切れたように地面に崩れ落ちたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 数時間後、朝日が昇った。目を覚ましたケイトは、その場で何か作業をしているスイミーと金色ブラモンを見て聞いた。


「私、何があったの?」

「ふふ。この惨劇がわかるか? お主が『瞬刻風刃』で吹っ飛ばした。その後片付けじゃよ」

「ケイト!! 凄い凄い!! かっこよかった!! きゃっきゃっ!!」

「え…?」


 自分が何をしたのか、その瞬間の記憶がなかった。


「私、何をしたの……?」


 震える声で呟くケイトに、スイミーが穏やかに、しかし重みのある声で語りかけた。


「ケイトよ。お主の脳内には今、二つの人格が背中合わせに立っておる。お主が攻撃の力を振るう時、それは『もう一人のお主』が表に出ておる証拠。ゆえに、表のお主には記憶が残らんのじゃ」


 スイミーはケイトの傍らに腰を下ろして、彼女の瞳をじっと見つめた。


「じゃが、それでは仲間と共に歩むことはできん。回復と攻撃、どちらも手にすることが、お主が望む本当の強さのはず。……ゆえにワシは、先ほどまでお主の『中』で、二人と話をさせてもらった」

「私と……もう一人の、私と?」

「そうじゃ。お主が深い眠りに落ちている間、わしはお主の精神の奥底で、今のお主と、そして生まれたばかりの攻撃的なお主を引き合わせた。そこで『話し合い』をしてもらった」

「話し合い……」

「ケイトの中に芽生えた冷徹な攻撃人格は当初、表人格の持つ『甘さ』を嫌い、記憶を分断することで自身の存在を孤立させようとしていた。そこでワシが、今のお主の『仲間を救いたい』という純粋な願いを、裏のお主に直接きかせた。すると裏のお主は、その覚悟に免じて、記憶を共有することを認めてくれた。そして表のお主もまた、自分の内にある『破壊の衝動』を忌むべきものではなく、大切なものを守るための力として受け入れると約束した。……覚えているか、ケイト。お主の中で、優しきお主が、彼女の手を握ったことを」

「はっ……!」


 ケイトの脳裏に、暗闇の中で、自分と瓜二つの冷たい目をした少女と向き合った光景が蘇った。自分が彼女を拒絶せず、むしろ助けて欲しいと願い、その手を強く引いたことを。


「ええ……思い出したわ……」


 ケイトが自分の胸に手を当てると、奥底に眠る鋭い気配が、今は確かな信頼を持って自分を支えているのが分かった。二つの人格が手を取り合い、記憶を失わずに全てを背負う。それは人格を使い分けるのではなく、自分自身の全てを肯定するということ。


「攻撃の能力を使うとき、その性格の癖が出る。しかしそれだけじゃ! 何も恐れることはない。そして……よくぞ決断したのう! これより先は、自分自身で、心の奥底の『闘争心』を操るのじゃ。それによって、より強力な能力も使えるようになるじゃろう……!」


「やった!! スイミー、ありがとう!!」

「やったやった!! ケイト、やったー!!」

「金色ブラモンも! ありがとう!!」


 かくして、スイミーによる二度目の特訓は終わり、ケイトは新たな境地に立ったのだった。




――続く

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