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38.再生

 さらに四日ほど、晴天が続いていた朝のことだった。夏休みに入ってからというもの、天気が崩れる気配はない。ケイトはベッドから起きるとすぐにカーテンを開けた。


(悔いの残らない夏休みを過ごさないと……!)


 昨日、時間があるときはその空白の時間は自身の鍛錬の為に使うと決めたのだ。昨日のように部屋に籠もっている気にもなれなかった。家にいても仕方がない。玄関でスニーカーの紐を結びながら、ふと玄関の時計を見上げると、午前十時を少し過ぎたところだった。


 玄関を出ると、日差しが昨日と変わらず地面をじりじりと焦がし続けていた。今やるべきこと……それは、何か壁にあたった時、自分の力が誰かの役に立てるようにしておくこと。その為の努力を惜しまず、日課にすること。


 湿度を含んだ空気が一気に肌にまとわりつく。


(まだ午前中だというのに、夏を強く感じるわ。遠くで蝉も鳴いている)


 熱さを吸収したアスファルトの道を歩きながら、ケイトはスマホを取り出した。心からのメッセージが、数分前に届いていたことに気づいていたが、昨日のようにならないよう、外に出るのを優先したのだ。


「今から少し練習するけど、ケイトも来る?」


 短い文章だが心らしい率直さが滲んでいる気がした。ケイトは即座に返した。


「今から心のところへそっちに行くね」


 商店街の心の家の近くの広場の脇にひっそりとある公園。ケイトは森近くの日陰になるベンチのそばで、準備運動をしている心を見つけた。上半身は半袖のTシャツ、下半身は動きやすそうなピンクの薄手のスウェット。


「あ、ケイト! おはよう~!」

「おはよう! 心、午前からいつも? 早いね!」

「うん。特に今は夏休みだからねー、有意義に使いたいっ!! あと今日は店をじっちゃんがやってくれるって言うんで、どうせ暇だしね!」


 心は軽い笑顔でそう答えた。ケイトは、そういう心を見て感心した。もともと心は日々鍛錬に明け暮れていた子だが、その気持ちはいつ何時も変わることはないのだと。そしてこの夏休みをも前向きに使おうとしているのだと。自分も負けてはいられないとケイトは自身の昨日の気持ちに鞭を打った。ケイトは心に駆け寄りながら思った。


(そういえば心の普段着、初めて見たかもしれない。可愛い~!)


 少し新鮮な気分で、勝手に笑みがこぼれた。


「いっち、に、さん、しっっと!! よーし準備運動終わり!! 次は短距離ダーッシュ!!」


(それにしても、心は、準備運動だけでも、その動きの一つ一つに無駄がないように感じるわ)


 ケイトにはそう思いながら、そのあとの練習メニューを観ていた。心の練習は、特に変わったものではなかった。短距離を走り、呼吸を整える。その反復だった。


「ふぅ。さっきまで、マラソンしてきたんだぁ。よくサイクリング道路を一周してるんだ」

「そうなんだ?どこからどこまで?」

「え?江茂志市のサイクリング道路は、殆ど江茂志市を囲んでる! それの一周だよーん!」

「ええぇ……!? 何十キロとかあるんじゃないのか!?」

「あぁ、そうかもね!」

「それは……」


 心が軽い口調でそれを言うこと自体が信じられないケイトだったが、同時に心が嘘をつくような子ではないことも知っていた。


(鍛錬……しようとは思う……けど……レベルが違いすぎる……どうしよう……)


 それゆえに言葉がつまった。


「そ、それで、今は持久力でなく瞬発力の向上を図っている……のね……!?」

「そう!!」


スタタタタタ!! ダダーッ!!


 地味で単調に思えた内容の反復……。


(心は確実に何かを積み重ねているんだろう……)


 ケイトは考察していると、心がそれを何回かやったあと、話しかけながらケイトの近くにやってきた。


「そろそろいいや、終わり! ねえケイト! ちょっとお腹、パンチしてみてくれる?」

「え!? ええ~…」


 人を殴ったことなど一度もなかったため躊躇するケイト。


「いいからいいから!」

「う、うん……」


ポカ!


「……おいおい……それはパンチじゃないし」

「ごめん、私には無理かも……」

「はっはっは! 優しいんだよ、ケイトは!」

「あはは……」

「ちょっとシャドーしてみるから見てて!」

「う、うん!」


 ケイトにも、それがボクシングのことであろうことは理解できた。


ブン! ブブン!! ブン! ブブン!! ブブン!!


(凄い……音が聞こえる)


 ケイトはその様子を見守りながら改めて心の『攻撃に対する意思の強さ』に驚いた。それが心の迷いの無い攻撃に繋っているのかも知れないとも思った。そして心と知り合ったあの日、クロコーの不良を倒した心のあの『突撃ハイキック』それを初めて目の当たりにした時を思い出していたその時。


「きゃぁ!!」

「はっ……!?」


 突然、そこから見えるベンチの向こう側で悲鳴が聞こえた。若い大人の女性が足を押さえてしゃがみ込んでいる。どうやら段差につまずき転んだらしい。ケイトはそれをみた瞬間、考えるよりも先に体が動いていた。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄り、膝の状態を確認する。出血は少ないようだが擦り傷がある。女性は恥ずかしがりながらすぐに立ち上がった。


「少し休みましょう。無理に立たないでください。そこのベンチへ……」


 あとからすぐにやってきた心が、自分の駄菓子屋の店から持ってきていた栓を開けていない水を差し出す。


「大丈夫ですか? あ、これ、ただの水ですけど飲んでください!」

「はは、恥ずかしいな……すみません……あれ?私……」


 女性は意味が分からないままその場を去っていった。その背中を見送りながら、心がぽつりと言う。


「良かった……」

「ケイト、早いな! 治してしまうのが!」

「……そうかな」

「うん。迷いがないって感じ!!」


 そう、ケイトはその女性が自分の傷に気づく前に『瞬刻再生』でその傷を治したのだった。


◆◇◆◇


 瞬刻再生は、もともと『漆黒の書』により具現化の能力を授かっていたケイトが、スイミーの特訓によって具現化能力を捨てることで新たに生み出せた治癒能力。それは負傷者の負傷した瞬間から治癒に至るまでの変化を切り取る。そのため、治癒された者は、幸か不幸かは定かではないがその間の記憶もなくなるのだ。


◆◇◆◇


(迷いがない……それは心の方だわ)


 ケイトはそう思いながら、ふと聞いてみた。


「心、どうして私を呼んでくれたの?」

「うん? あぁ……私たち、スイミーに特訓してもらったじゃん? 自分やレナ、茜の戦い方はなんとなくわかる。でもケイトは元々『漆黒の書』で力を持っていた人じゃん? だから他の3人とは違うと思ってるんだよねぇ私。だからかな? 何ていうか、どんな感じになったかなーって思って。でも今のを見させてもらって、安心したかな! へへ!」

「え……」


 心は自分のことを試そうと読んだのかもしれない。でも試されるってことは、自分のことを認めてくれているということなのだろうか?ふと頭を過ったが考えないことにした。そうして、昼前にはその公園を離れ、二人は挨拶を交わして別れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 その帰り、茜の家の近くに来ていたケイトは、メッセージを送ってみた。


『今、少し会える?』


『大丈夫だよ!』


 返事がすぐにきて、茜の家の近くで落ち合うと、商店街を二人で歩いた。相変わらず人通りは少なく、シャッターの閉まった店も多い商店街。


「最近、どう?」


 ケイトがそう聞くと、茜は少し考えてから答えた。


「……静か、かな」

「静か?」

「うん。家も。前よりは」


 茜のその返事の声からは、どこか懸念じみたものを感じた。安心とは言い切れないのだ。それでもケイトは言葉を選んで前向きに答えた。


「……それなら、よかった」

「うん!」


 昔から、ケイトに茜の家の事情に深く踏み込む気持ちはなかった。二人はその後短い時間を一緒に過ごし、夕方前に別れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 家に着き自分の部屋へと入る。いつもと変わらない空間。整えられた机。白いベッド。引き出しを開け、一応、『漆黒の書』がそこにあることを確認する。それだけで、少しだけ安心する自分がいた。


 ベッドに腰を下ろすと深く息を吐いた。今日は何も起きなかったけれど、何もしていないわけでもない。誰かを助けることが出来た。誰かのそばにもいれた。それだけで、昨日とは違う一日を過ごせたのだと思えた。窓の外で、蝉の声が一段と大きく響いていたのを聞くと、ケイトはまた庭へ向かい、『瞬刻再生』の強化に務めるのだった。




――続く

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