35.意識の衝突
『今日、ブラモンと遭遇した。キッカケが出来た。心がアグダラに行くとき、私も行く!』
そのメッセージが届いたのは、心が夜の全速力マラソンをしていた時だった。家に帰り、風呂に入りながらそのことを考える。
(一緒に行くったって……)
心がレナ・ケイト・茜の3人に『自分一人で行く』と話をしたのは、クレッシェンド山でのこと。確かに、その後スイミーからアグダラで生き残るための特訓を受けて、全員のレベルは上がっている。そのことで、いつのまにか4人ともアグダラに行くという『雰囲気』になっていたことに今頃心は危惧した。しかし、心はいつか4人一緒にアグダラを歩いている姿をその時までも想像していなかったのだった。
レナが送ってきたメッセージは理解している。そのままの意味だ。しかしそれに対する返信が、レナを傷つけてしまうものになってしまいそうになり、良い返信内容の考えが纏まらないまま、自分の部屋に戻り、ドライヤーをかけた。
『自分の為に行くのなら、別にいいけど……』
メッセージ送信欄に書いてはみたが、送ることなく削除した。
(スイミーの話によると、アグダラは弱肉強食の世界だという。自分一人なら、思った通りに行動できる。しかしチームとなれば、何か問題が起こった時、人数分のことを考えなければならない。自分の目的は、昔から変わることなく、あくまでナオトくんの救出だ。ナオトくんがどっちについているかはわからないが、反逆軍のリーダーは、捕虜となり、そして処刑が待っているという。それがもしレナだったら、自分はきっとレナを救い出そうとするだろう。それは、言葉は悪いが、わたしにとっての『足枷』となる……)
『何があっても私は助けられないよ?』
またメッセージ送信欄に書いて、消した。そんなことをしていたら、レナから電話の呼び出しが鳴った。気持ちの整理ができぬまま、電話を取った。
「よう……レナ」
「今、何してる?」
「お風呂に入ったから、ドライヤーで髪乾かしてた」
「ふふ、なぁ、メッセージ読んだ?」
「うん……読んだよ」
自分の胸中を知らず、レナがどこか楽しそうに話していることに少し腹が立つ心。
「そっか。私、一緒に行くからな!」
「あぁ……それについて今考えてたところだ」
「ん? なんか、元気がないな……大丈夫か?」
「…………」
心は、レナが遭遇したというブラモンについて聞いてみた。
「どんなやつだった? ブラモン」
「あぁ、最初は敵だと思った」
「思った? 闘ったの?」
「いや、二体出て来て……ちょっと……様子を見てたら穴の中に入って消えたよ」
「そうなんだ、ねぇ、なんで漆黒の穴が出た時にすぐに知らせてくれなかったの?」
「いや、話してたらすぐ消えたんだ。そのあと電話したところですでにいないし……」
「話したのならその途中で連絡して欲しかった……」
「いや、無理だったよその時は!」
心はレナが赤いブラモンに抱いた危険さや、その時抜き差しならない状況であったことを知らない。
「まぁ……それはいいや。それでその後どうなったの?」
「えっと、最初に赤いブラモンが出てきて、攻撃されそうになったんだけどさ……」
「うん」
「実は……恐怖で動けなかった……」
「動けなかった……? 何やってんだよ!!!!」
「……。」
心が責めているのは、恐怖に対してではなかった。恐怖を抱えたことを自分に共有したこと。そして尚も一緒に行くと言い切ったことだ。意識の違いを感じたのだ。心はその言葉を聞いてがっかりし、思ったまま叫んだのだ。そして更に言った。
「そんなんで一緒に行くとか言ってんな! はっきり言って……足手纏いになる!」
「くっ……心は……その場にいなかったくせに! 私たちなら、相手のヤバさは肌でわかるもんだろ!?」
「だからって……恐怖で動けなかったら、アグダラでも同じじゃないのか! レナは、私がなかなか返事出来なかった理由がわからないんだ! 弱いやつと、一緒に行きたくはないからだよ!! 覚悟が足りないから……足手まといになるんだ!」
「誰が……助けて欲しいと言った!? 私は助けて欲しいと思ってない!!」
「恐怖で動けなかったなんて! そんな言葉……聞きたくなかった!!」
プー、プー……。
電話を切ったのは心だった。それ以上話しても意味がないと思ったからだ。それでもレナは親友。でも何と言えばいいのかわからなかった。結局キレるように言葉を投げ捨てたことに後悔しながら仰向けになっていると、十分近く経ったころに、丞が心の部屋にやってきた。
「心~、レナが来たぞ。公園で待ってるってよ!!」
「あ、うん……」
駄菓子屋のちかくの小山の前には、小さな公園がある。昼間なら稀に子供がいるが、その時は二十一時を過ぎていて静かだった。
「よう……」
「よっ! さっきの話だけれど」
レナがそう言い始めようとしたとき、心が言った。
「さっきは、ごめん」
「いや、私も、心が昔からナオトくんを助けるために頑張ってることを知りながら、弱い部分を見せてしまってごめん。足枷……心からしたらそう思うよなって思ったよ。でもね、私も自分が行くと決めたんだ。だから、誤解は解きたいと思って来たんだ。私が足枷になるか、心に『判断』してもらいたいと思って……」
そう言いながらレナは戦闘の構えをとった。
「わかった。これはいつかの喧嘩とは違うよ!」
心も受けて立とうと構えをとる。
「心! どちらが勝っても恨みっこなしだ!」
「レナ!! 来い!!」
それは、手始めに道場で培った技から始まって次第に激しくなるものではなく、互いに最初から自身が持つ卓越感情を開放する闘いだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
心が『無刹』でレナの前に瞬間的に現れると同時に心の先手の正拳突きがレナを襲った。
ドゴォォォォォーーーン!
「ぐぁっ!!」
そして同時にレナから正拳突きが心の胸に叩き込まれた。カウンター『驚反』によるものだ。
ドゴォォォォォーーーン!
「ぐはっ!!」
哀しみと驚きの戦いが始まり、互いの身体を包む色を目視できた時、同時に二人は卓越感情を駆使するこの闘いの中では、『能力』も使うと決めていたのだ。互いに放った正拳突きは、相手の心臓を一瞬止める程の衝撃となって二人を襲った。あまりの苦しさに二人とも立っていられず、しゃがみ込んだ。勝負は一瞬にして、『引き分け』の形で終わったのだ。
「はぁ……はぁ……レナ……やっぱり……強い……!!」
「はぁ……はぁ……心……お前もな……!!」
「あ、あし……足枷……なんて言って……ごめん! そんなこと……なかった!!」
「へへ……」
「それで……相手のブラモンは……どんなやつだったんだ……」
「はぁ……はぁ……あぁ……今から……ちゃんと……話すよ」
レナは、敵なのか味方なのか、わからず終いのブラモンと話した経緯を伝えた。金色ブラモンの色は特別なのだと思っていた心は、ブラモンだからといって『黒』だけではなく、多様であることを知った。そしてその強さが、これほど強いレナですら、恐怖で動けなくなる程だったことを思い知るとともに、アグダラという地の巨大さを感じた。
「……てことは……私も……レナも……まだまだ上を目指さないとだな……」
「あぁ……そうだな……はは……」
夜のその小さな公園に、二人の荒い呼吸だけが残っていた。
――続く




