34.絶対的な理由
神宮寺レナは考えていた。自分がこれまで培ってきたものを、何のために使うべきなのかを。地球の未来を突きつけられ、己の運命と戦うと決めたはずだった。しかし、青空心にあるような揺るぎない衝動が、今の自分には欠けていると思えてならない。ただ流されるままに戦うのではなく、心のように、魂の底から自らを突き動かす『理由が欲しい』。レナの考えはそこに至った。
その日の夕方、レナは一人、江茂志市の外れの住宅地をふらふらと歩いていた。特別な理由があったわけではないが、なぜか足がそちらに向いていた。住宅地と雑木林の境目に差し掛かった時、前方で小学生低学年くらいの女の子が一人、道ばたで佇んでいるのを見かけた。その時…。
そのすぐそばで、アスファルトの一点が、じわりと黒く滲んだ。
ブォン……
「これは……!!」
みるみる膨張していくその影は、神隠しが起こる時に現れる漆黒の穴。吃驚しながら見ていると、当たり前のようにその生命体は、その中から姿を現した。
(ブラモンだ!! 赤い……ブラモンだ!! あぁ! 女の子が!)
その形は始祖のブラモンの形だった。ブラモンは黒い一色だけでなく、様々なカラーが存在し、金色ブラモンだけが特別ではないことは聞いていた。全身が濁った赤で構成されたそのブラモンは、身体の関節や目の奥が黒かった。レナはその得体のしれないブラモンから、脅威を感じた。そしてそれが、目の前の一人の幼子を捕まえようと、両腕を大きく広げているように見えた。
(動きは鈍いようだが、何か……とてつもない圧迫感がある……が、とにかく女の子が危ない!)
レナが思わずとっさにそこへ近寄ろうとした時だった。
「こ……ど……も……」
「!!」
レナは赤いブラモンの不気味な声を聞くと、3メートル程手前で立ち止まった。
「この子供は、あとで連れて帰る……そして……お前は……排除する……」
その時、レナは赤いブラモンの身体を包む『紫色』の光の膜のようなものがうっすら見えた。それがまるで炎の形となって大きく揺らぎ始めると、周りの木々も、風もないのに呼応するように揺れた。
(あれは……卓越感情のオーラだ! 炎のように……揺らいでいる!! 『薄い膜』どころじゃない……!!)
その時のレナは、そのオーラの大きさに、この赤いブラモンが戦って勝てる相手だとは思えなかった。そしてそれよりも、自分自身の心が屈服し恐怖でそれ以上足が動かない。これまで数々の強敵と戦ってきたが、誰に対しても『恐怖』だけは感じたことは無かった。レナのその様子を見て、ゆっくりと距離を詰めてくる赤いブラモン。
震えながらも、恐怖に抗おうとするレナ。無理やり自身の闘争心を燃やそうとする中、赤い腕が伸びてきた。
(くっ……動けない……私は何もできないまま、このまま終わるのか……!?)
カシャン!!
その瞬間だった。その赤いブラモンの声とは違った低い声が割り込んだ。
「やめろ……」
その声の持ち主は、赤いブラモンの背後からやってきた青いブラモンだった。赤いブラモンは、その声が持つ威力で萎縮したようだった。その隙に女の子は逃げていった。
「あ!!」
「追うな。今は、幼子は不要……」
「グヌ……」
短いやり取りのあと、赤いブラモンは不満そうな音を立て、穴の中へ消えた。レナは、膝から力が抜けそうになりながら耐えた。
(今の赤いブラモンの萎縮した態度……この青いブラモンは、さらに格上だというのか……!)
沈黙の中、青いブラモンがレナの表情を見据えて言った。
「お前……怖いか?」
「……!?」
青いブラモンが尋ねると、レナはそれに答えはしなかったが、そのブラモンに言った。
「あんた達は……敵なのか?」
青いブラモンは、しばらくレナを見つめてから、低く言った。
「長きにわたり、我らの地、アグダラへと、やってこようとしている者が、お前たちの中にいる。その思いは、我らの地にも、影響している」
「……まさか……心のことか?」
「名前は……知らない……しかしその卓越感情が……我らを動かす……ゆえに偵察にきたが……対象を間違えたようだ……」
それを聞いて、レナは何となく納得した。彼が言っているのは、青空心の思念がアグダラに影響を及ぼしているということだ。ニコイチの原理が互いの星に影響しているのか、オミナス・ベイパーは、地球だけに限らず、対となるアグダラでも起こっているのだと悟った。
(心……あいつは本当に凄いやつだ! まだ行ってもいないのに既に向こうに存在を認知されている! なら……)
「私は心の手助けがしたい! 私もアグダラへ行く!」
「それは……楽しみだ。味方として出会うのか、敵として出会うのか、それはわからないが、一つだけ、教えてやろう。その恐怖を、抱いたままでは、アグダラでは、生き残れない。どうにかして、克服するんだな」
「……。」
それを言い残すと、青いブラモンが赤いブラモンの穴の中へ入ると、穴は収束し、最後に残ったその一点が消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜。レナは自分の部屋で、スマホに映る青空心の文字を見て、自分はもう、ただ指示を待つだけの存在ではいられないことを悟り、それを心に送った。
「今日、ブラモンと遭遇した。キッカケが出来た。心がアグダラに行くとき、私も行く!」
短い文だったが、もう、そこに迷いはなかった。
――続く




