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33.灰色の極致

 ある日の遅い時間。実家の駄菓子屋の前にある広場は静まり返っていた。青空心は一人、自身の内側から溢れ出す卓越感情と対峙していた。心の中にあるのは焦燥と高揚。スイミーからその名だけは聞いていた戦闘時における移動技術、『無刹《むせつ》』。その中では刹那の時間を無に帰す速さで移動が可能だという。しかし、どれほど身体を動かしても、ただの速い動きの域を出ない。心は、先日目撃したブラモンの特異な動きを思い出していた。


(あの時、あいつらは液状になって一点に縮んだと思った次の瞬間、自分の目の前にいた。あれは俗にいう、『ワープ』や『瞬間移動』と呼ばれる類のものだ……そして私が今、会得したいと思っているものだ。でも私に、ブラモンのような変化はできない。けど……)


 心は収縮して一点になったとき効果を発揮するというところにヒントがあると感じていた。しかし心にそのブラモンたちのような液状化や物理的な収縮という特性はない。そこで心は考える。


(卓越感情保持者だから『能力』を使うことができるというなら、きっとそのコツは、『卓越感情をどうにかする』ということのはず……きっとそのコツも『韋駄天』に近いはずなんだ……。韋駄天を使おうとするときの私に、何か変化が起こっているのか……? 何かが違うんだ。鍵は……)


 その時、再度心はブラモンが消える瞬間を思い出す。


(ブラモンが移動する前の身体の収縮……ブラモンが一点に収縮するように、卓越感情を、脳内で一点に集中させたら、もしかすると……!?)


 一回、やってみる。心は深く息を吐き、湧きあがる感情のエネルギーを極小の点に通すイメージを脳内の別の位置で描く。それは、特に肉体派である心にとっては緻密で苦しい作業だ。神経が焼き切れそうになる感覚に、額から汗が滲み出る。一点に凝縮した感情を爆発させた瞬間、視界が変わった気がした。一瞬だけだが、周りの景色がモノクロに見えたのだ。だが、同時に元の世界に引き戻されると、心は激しく咳き込んだ。それは失敗を意味していた。


「うぅ……今、一瞬だけ色が消えた気がしたぞ!! でも、まだ足りない!!」


 二回目。さらに深く、重く、感情を脳の深部へと凝縮させると、今度は一点に集める時間をあえて長く保つように意識した。再び世界が白黒に染まる。今度は先ほどよりも、その白黒がはっきり見えた気がした。全てが灰色に固定されている感触。しかしその中で、自身の身体が張り付いたように動かない。


(動け……! この、色のない世界で……!)


 三回目。心は、先ほどの感覚を反芻する。


(白黒の世界が、無刹の入り口だ。その時に既に進んでいれば、なにもかもを『置き去り』に出来るはず!)


 心は全身の卓越感情を脳の一点に『収束』させると同時に、その景色の中の色が無い間に動こうとすることだけに専念した。その瞬間、心の周囲の感覚が一変した。これまでのように、ただ周囲の景色から完全に色が失われるだけでなく、脚にかかっていた重力という枷が消え失せ、自分の肉体に未知の躍動感が宿ると、すでにモノクロームの地面を力強く蹴り上げていた。刹那、景色が爆発的な勢いで後方へと飛び去る。そこに経過は無い。駄菓子屋の前から広場の中央まで、移動を完了させた心は、元の色彩が戻った世界で力強く踏みとどまった。最後に心が立っていたのは、いつかケイトが能力『ヴィジョン』で巨木を具現化させたその場所だった。


「成った!これが無刹!!感情を一点に集めるだけじゃなく、色がない間に進もうとすることが必要だったんだ!!」


 湧き上がる興奮を抑えきれず、心は夜空に向かって拳を突き上げた。


「やったああああああああああああ!!!」


 かくして、青空心は移動能力『韋駄天』を応用して戦闘時に使う『無刹』を会得したのだった。




――続く

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