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30.ボスとの初対面

 ヤマンバ山でのスイミーの特訓から一週間ほど経ったその夜。青空心は道場からの帰り道で、一人、森林公園沿いの道を歩いていた。静かに灯る街灯が足元を朧《おぼろ》げに照らし、周囲には紫陽花《あじさい》が咲き乱れ木々は闇に溶けていた。その時間には子供たちの声はなく、湿った夜気の中で虫の音だけが響いていた。鍛錬後の身体に、心地よい疲労感がじんわりと広がる。それは心の思考を巡らせる手助けとなっていた。


 心はこの数日間ずっと、術理を紐解こうとしていた。それは、スイミーの特訓で得た移動手段の能力スキルである『韋駄天』を、どうにかして戦闘でも使えるようにするという、新しい技の開拓だ。


(金色ブラモンとの対決で、なんとなくそれを使うことができた。でもあれはまぐれだった……。このタイミングだと思った時100%の確率で使えるようにならないと。あれは韋駄天を発動する時のコツに近いものだった。コツをマスターしなければ……)


 その強い思いは、心の身体を包む青い光の膜となっても現れた。この時の心はそれを自身で認識してはいなかったが、その光はナオトを救うという固い決意の証だった。 


 しかしこうも決めていた。もしマスター出来たとしても、それはアグダラでの敵との戦いで使うもの。決闘時など、人に対してはこれまで通り己の鍛錬で培ってきたテクニックを使うのみだと。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 喧嘩の時以外は穏やかでマイペースな印象を与える心だが、鍛錬中は様々なことを意識し、思考することが大切であることを知っている。


(天気が良いと、技のコンディションも良いのかな?)


 ふと、そんなことを頭に浮かべていると、前を歩く一人の老人の後ろ姿が目に入る。ゆっくりと頼りない足取りで進むその姿に、心は自身の未来を重ねてみる。


(おじいさん、歩くのが遅いな……無理もないけど、自分も歳を取ると、こうなるのかな……。私は今はまだ、身体全体に、漲《みなぎ》る力と無限の可能性を感じてる。疲労も心地よく感じるけど……)


 と思いを巡らしながら歩みを進めていたが、それが断ち切られたのは、向かう方向から、心同様に漲る力を秘めた存在感を放つ男の姿が目に入ってきたからだった。その男が履いている下駄の音がしだいに大きくなっていった。


カラン、コロン、カラン、コロン


 心よりは背が高いものの、男性としては平均的な身長。しかしその体格は、着ている学ランの上からでも、筋肉の厚みと隆起が想像できる。近づいてきて距離が縮まると、その顔には複数のピアスが光っているのがわかった。特に鼻ピアスから耳につながった鎖の銀の輝きが印象的だ。


「よう、青空心!」


 夜の静寂を切り裂く低い声は、声質だけで他のノイズを薙ぎ払うような響きと、例えそれが敵だとしても、思わずぐっと耳を寄せてしまいそうになる貫禄がある。それがその男に対する心の第一印象だった。そして彼の着ている黒い学ラン。つまりクロコーの生徒だ。学ランの隙間から見える鮮やかな赤いTシャツもまた印象的だ。心は、その男がクロコーの雑魚ではないことを既に察していた。


 しかしその時の心にとって、目の前の男は全く知らない顔だ。何故自分の顔と名前を知っているのか、疑問と警戒心が、心の胸中に渦巻いていた。


「あんた……誰だ?」


 心は警戒を滲ませた声で問い返した。相手はクロコーだ。自然と咄嗟の攻撃に備え重心が低くなった。


「ふっ……知らねえってか。結構知られてると思ってたんだけどなぁ……俺は、クロコーの八木皇治だ」

「あぁー!! あんたが八木か!」


 心の中の警戒心が一段と高まった。この江茂志市の不良界隈でその名を知らない者はいない。その名前は、クロコーの悪名に匹敵する程有名だ。


「あんた、クロコーのボスなんだろ?」


 心は確信を持って聞いてみた。八木は、その言葉に満足げに頷く。


「あぁ、そのつもりだ。そして俺がお前の前に現れた意味が分かるかい?」


 その言葉に心はほくそ笑んだ。クロコーとはいつか喧嘩の決着をつけたいと思っていた心にとって、クロコーのリーダーの方から目の前に現れてきてくれたことは好都合だったのだ。八木は続けた。


「ウチもね、ちょいちょい『兵隊』が潰されて看板に泥塗られてよォ!!下のモンに誰にやられたのか聞いたら、みーんな、青空心の名前を言うんだよ!俺も前からその名前は聞いたことがあった。だからどんなやつだか挨拶しに来たってわけだ。おまえ、クリーンハウスの店番やってるやつじゃんか。店に行ったことあるぜ。だが俺も青空心というやつの顔を知らなかった。それであいつに確認して正解だったよ!」

「ん?顔しらないのに何故私が青空心ってわかるんだ?」

「俺の後ろの奴に覚えあるんだろ!」


 八木が、自身の後ろに控えている男を背中越しに親指で指さした。それを見た心の脳裏に過去の断片としてあの顔が鮮烈に蘇る。


「あ! あの時の、スマホで仲間を沢山呼んだ奴だ!!」


 仲間を呼んでクロコー軍団五十人を商店街広場に呼びよせた男。心は当時、彼がクロコーのリーダーだと思っていたことを思い出したが、八木からしてみれば彼は兵隊の一人に過ぎなかったのだ。


「おまえ、もう帰っていいぞー」

「あ、あぁ、わかった……」


 その男は八木の言葉に応えると夜道の中を去っていった。あの時リーダーだと思っていた男が八木の言葉に従い大人しく帰る。それはさっき八木が言った通り、八木こそがクロコーのリーダーであることを物語っていた。男が去るのを見送ると、八木は心を睨んだ。その鋭い眼光を見て、心は挑発するように問いかける。


「じゃあ、これから果たし合い、してみる?」


 八木は焦る心を見透かしたかのように、ニヤリと笑う。しかしその眼光は、まるで獲物を前にした捕食者だ。


「ふっ……まぁそう焦るな。とりあえず……話がしたい。しかし喧嘩っ早いという噂は本当だな!!」

「何を……話すんだよ……」


 心は訝しげに聞くと、八木は、心の動揺を誘うように話し始めた。


「お前の仲間、鳳茜についてだよ」

「茜……?」


 その名が出た瞬間、心の警戒レベルは最高潮に達した。茜についての何を話そうとしているのか……。


「そう、お前のグループの中にいるだろ?何かなぁ、ウチのモンがそいつに殴られて、ピアスをなくしたみたいなんだ」

「は? 茜は理由なく人を殴るような子じゃない!」


 心は語気を強め、一歩踏み出した。親友を侮辱されたことへの怒りが、その小さな拳を硬く握らせる。心の脳裏に茜の優しい笑顔が浮かぶと同時に、心は思った。


(そして自分の個人的な喧嘩に茜を巻き込むことだけは絶対にさせない!)


 だが八木は、その剣幕をどこ吹く風と受け流し、耳元のピアスを指先で弄いじりながらこう言った。


「いや聞けよ……もうひとりと喋ってた時に、その茜が話に割り込んできたんだとよ」

「私、その瞬間見てたし! 茜は、触れられたから手を払い除けただけだ!」


 心は必死に誤解を解こうとしたが、それを鼻で笑う八木の鋭い眼差しは、心をただ追い詰めようとしていた。


「触れた? 知らねえなぁ!俺が聞いたのは、とにかく茜ってのがウチのモンを殴ったとき、着けてたピアスが飛んでなくなったそうだ。それを弁償して欲しいってことだわ」

「は? ピアスを弁償? そんなの知るか!!」


 あまりにくだらないその言い分に、呆れすら通り越しそうになった心は、吐き捨てるように言った。しかし八木は、大きな声で凄みをきかせて言った。


「心さんよぉ!知ろうが知らなかろうが、事実は事実だよ! きっちり、10万円!! 別にお前が弁償してもいいんだ。弁償出来るかい!?」

「じゅ、10万円だぁ!? ふざけるなぁぁっ!」


 怒った心の叫び声が、静まり返った公園に響き渡った。たまに店の手伝いをする心にとって、その金額の法外さはもとより、言いがかりをつけて金を毟り取ろうとする卑劣なやり口に、思わず怒りで血管が浮き上がった。


「冗談じゃないんだなぁ、これが」

「そうやって……小遣い稼ぎしてるのか……!? 絶……対払わないからな!! 茜にも絶対ちょっかいださせない!!」

「ほぉ……」



 この時、八木は心の怒りの感情の激しさに少し驚くものの、その一方で同時に怒りの感情ではない不思議なものをも感じたのだった。


(なんだ!? あれは……?)


 それは心の身体のまわりを包む青い膜だが、卓越感情の存在を知らぬ八木にはそれ以上そのことを気にすることはなかった。


(む……!? もう見えない……一瞬なにか見えた気がしたのは……気のせいか)




 目の前の心に一瞬の不思議な現象をみた八木だったが続けた。


「そしてその時、ウチの下のモンがおまえたち四人とやりあった!!」

「やっぱりそのことか!次から次へと雑魚がやってきて正直めんどい、どうにかして欲しいって思ってたところだ!」

「下のモンたちがポンコツでよぉ……話にならねぇから、俺が来てやったってわけだ!」

「へへ! あんたら数が多けりゃ勝てるって思ってるんだろ?群れないと何もできない集まりってわけだ」


 心は敢えて辛辣な言葉をぶつける。八木の眉間に深い皺が刻まれ表情が険しくなった。


「別に徒党を組んでるわけじゃないが?」

「50人も連れてくるくせに?」


 八木は反論するも心はたたみかける。何気なく遠回しに心の近くまで近づいてくるその動きに、心の緊張感が高まった。


「俺とお前、お互いにどれだけのモンを持ってるか、今から試してみねえか……!?」

「やっと本題か! やりたいならさっさと言えよ!」


 夜の空気が、張り詰めた二人の間に吸い込まれるように通り過ぎていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 夜の帳が降りた公園の道に、張り詰めた緊張が支配していた。心は拳を握り、八木を真正面から見据え戦闘態勢の構えを取る。その構えは研ぎ澄まされた刃のように鋭い。八木が詰め寄り、距離がとうとう、互いの攻撃圏内に入った。


 最初に軽くジャブを放ったのは八木だった。


シュッ!!シュッ!!


 空気を切り裂く速さで放たれたその拳を、心は上半身をわずかにそらすことで寸でのところで避ける。だが、その拳が空を切った瞬間に肌に感じた『風圧』が、軽く放たれたジャブですら並のものではないことを物語っていた。八木のパンチには、常人離れした力があることを、心は肌で感じ取った。


(凄いパンチだ! ジャブ……こいつはボクシング経験者か! だが、私は限定されない!)


 心は、それを避けながら自身の得意技の一つの『右足のハイキック』を八木の側頭部を狙い放つ。それは八木を圧倒するかに見えたが、しかし八木は冷静に左腕でガードした。


ズンッ!!


 夜の静寂の中、鈍い衝撃音が鳴った。互いにフットワークをしながら一度距離を取ると、両者はニヤリと笑みを浮かべ再び構え直す。互いの実力を測り合う、静かなる攻防の開始の合図だ。


「まだまだぁ!!」


 心はそう叫ぶと、全身の筋肉を連動させて八木の右脇腹狙うブローとキックの連撃を打ち込む。速度と破壊力を最大まで高めた連続攻撃だ。


ガ!!ガガッ!!


 しかし、八木も心のブローを同じくブローで弾き、その流れのまま腹部にヒットさせた。強い衝撃が心の腹筋を襲った。当たりはしたが心は歯を食いしばって八木を見据えた。レナとの決闘で敗北しあとの三年間、毎日鍛えていた自分の欠点であった腹部は、今では鍛え上げられており、その強烈なブローに耐えることができたのだ。


「へへ、確かにパワーはあんたの方が強い。だが、日頃腹筋やってた甲斐があった! これではどうだぁ!!」


 即座に反撃する心は、まるで『お化けだぞ~』と言い出しそうな独特の構えをしたかと思えば、近頃改良に励んでいた『後ろ回し蹴り』へと素早く転じる。全身のバネを最大限に活かしたその蹴りは、威力も速度も、先ほどまで蹴りとは一線を画すものだった。


ブォンッ!!


 その一撃が八木に迫ったがそれは八木にとどかなかった。その時八木の目に映ったのは、心が突如、自身から遠ざかっていくようだった。


「わ!!」

「う!? む、こいつは!?」


 その要因は、心の背後に現れたレナが、心を自分の方へ咄嗟に引き寄せたからだった。そして心と八木の激しい攻防の熱は、一瞬にして消え失せた。


「なんだよレナ! いつからいたんだ? てか、離せ!」

(レナ……ほう、こいつが有名なあの神宮寺道場の娘か……)


 不意を突かれた心は、レナに文句を言いながらその腕を振りほどこうとした。レナは涼しい顔で手を離すと、八木に視線を向けながら言った。


「……まあ、私がここに来たのは偶然だ。ところで、こんな所で真夜中に喧嘩なんてしてるじゃないよ……。八木、あんたもだ……」


 レナが八木の全身を値踏みするように探っていると、八木は、ニヤリと微笑した。


「おぉ……知ってるぜあんたのこと。名は神宮寺レナ! あんたもすげえ強えっていう噂も!」

「あ、そう……それはどうも……。しかしついでに、このまま仲裁させてくれ。ていうかさ、こんな所に居てもなんだから、一緒に少し歩きながら話さないか?」

「俺は、まぁ良いが……」

「しょうがないな、わかったよ……」


 レナの提案に両者とも折れた。こうして3人は、互いに敵としているものが一緒に歩くことが、奇妙というかむず痒い気持ちになりつつも、一緒に夜の公園の静かな道を歩くことになった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


カラン、コロン、カラン、コロン


 街灯が、夜の闇の中の3人の影を細く伸ばしていた。夜風が木々を揺らし、葉擦れの音が小さく響く。3人いるのに、八木の下駄の音だけが響き、赤いスポーツシューズを履いた心の静かな靴音を書き消していた。そして裸足であるレナに足音は無い。


 レナが、歩きながらその声には、多少の呆れと、深い懸念を含んだ表情で心に尋ねた。


「心さぁ、日に日に……お前の喧嘩の噂が多くなってる気がするんだけど、何故? 目につく人間すべてと喧嘩してるのか?」

「自分から喧嘩吹っかけてるわけじゃないよ!? でも挑戦を受けたらやる! 」


 心の言葉には、わずかな不満が滲んでいた。実際、彼女は相手かまわず闇雲に喧嘩を求めているわけではない。ただ、強さを求めていると、青空心という存在とその譲らぬ視線が不良たちの間で注目を集め、次々と喧嘩を吹っ掛けられるのだ。それはまるで彼女が磁石のようにトラブルを引き寄せているかのように……。


◆◇◆◇


 心のスマホのメモ帳には、『これまで倒してきた不良たち』と、『これから戦う予定がある不良たち』の名前でいっぱいだった。リストは延々と続き、その数は日ごとに増え続けているのは確かだった。その欄に一人追加されるごとに、青空心の武勇伝として、勝手に不良たちの間に広まっていくのだった。


◆◇◆◇


「でも喧嘩になったら全員倒しちゃうんだよな?相手がどういうやつかも知らず」

「え? それは当たり前じゃん!! 喧嘩吹っ掛けて来るのが悪いからな! 本当はイイ奴とか、そんなこと知らないよ!!」

「ふぅむ……」


 レナの問いに心は当然とばかりに即答する。そこには一切の迷いがなかった。彼女にとって、向かってくる相手は完全に打ち負かすと決めている。レナはまた呆れた顔になるが、それでも心の性格ずっと知っているし、その考えも一理あるとは思い、無理やりだが納得はした。そして今度は、腕組みしながら二人の会話を興味深そうに聞いていた八木に視線を向けて聞いてみた。


「八木さんよ、今の聞いて、どう思う?」

「うむ。ごく、まともな考えだと思う。だから俺たちもやってやろうじゃねえかと思う」


 そういって八木はニヤリと笑った。その言葉でレナは先日のクロコーとの大規模な抗争を振り返る。あの時も、心のグループは少数精鋭で、クロコーの多勢を相手にしていたし、さらにその中には、明らかに普通の喧嘩の範疇を超えた行為に及ぶ者たちがいた。


「それがさ、マトモな喧嘩だったらまだマシだけど、あんたら、軍団率いてくるじゃん? それは卑怯じゃない? ナイフとかの凶器が当たり前とかの世界になったら普通の喧嘩じゃないんじゃない……? モノには限度ってあるよな?」

「あ、別に軍団率いてくるのは別にいいよ! まとめてやっつけてやる!」

「ちょっと心、茶々を入れないで……」

「あ、はーぃ……」


 レナはそれをクロコーのリーダーである八木に問うた。純粋な強さを求める彼女にとって、卑怯な手段、特に凶器の使用という行為は許容できるものではない。彼女の武道家としての誇りが、それを拒絶していたのだった。八木は、レナの言葉に一瞬戸惑ったような表情を見せた。


「数については、うーむ……他の学校の奴らとやりあう時、普通に数で勝負とかはあるよ……だが、女四人相手に軍団ってのも、確かにあれだな。それはさっきの三浦が勝手に呼んでの事だけど、謝るわ。すまん。そして凶器についてだが……俺は、ナイフとか武器を使っての喧嘩の推奨はしてねえよ?」

「でも、そいつらに対して目を瞑ってるところもあるだろう? この間も、数人は確かにナイフ持ちだったぜ? もしだよ? そんな事が世間に知れたら、停学や退学でクロコーの生徒は何人残るだろうねぇ?」


 レナの指摘は、至極まともな意見だ。八木の顔から笑みが消える。


「いやいや……マジで知らない話だが。俺の身近に趣味でナイフで遊ぶやつはいるが……。いやそいつにもやらないよう注意しとくし、奴らには二度とやらないようよく言っとくから。すまん」


 彼は、レナの言葉が持つ重みを理解していた。クロコーの悪い評判、停学や退学という言葉の重み、それらはクロコー自体の危機に瀕する可能性も示唆されているのだ。しかしながら、八木が素直に非を認めたことで、『ただの悪』というわけではないのかと、心は少し驚いた。彼の言葉には、グループを統括するものとしての責任感がにじみ出ている。レナもまた、八木の意外な反応に、わずかな安堵を覚えた。この男は、『話の通じない輩』とは違う。それが分かっただけでも大きな収穫だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「なぁんだ! 話してみれば話せる相手じゃん。そしてあんたの望みは私と同じで、決着をつけたいんでしょ? どうすれば決着がつくと思う?」


 心は、八木の真意を探るように問いかけた。どうすれば決着となると考えるか、それは恐らく自分の考えと同じだと心は思った。八木は、再び不敵な笑みを浮かべる。その瞳には、不良としての揺るぎない信念が宿っていた。


「そりゃあ……どちらかの戦意が喪失すれば、かな!」


 戦意の喪失は負けを認めたも同然。それこそが不良としての本質的な決着のつけ方であり、自分と考えが同じだと分かった心は、勿論受けて立つ意気込みだ。そこでレナは別の側面も考慮する。


「えーと、そこでね? 曲がりなりにも私と心は道場で鍛錬をしている身だ。教えに反するから警察沙汰になりそうなことは勘弁して欲しい。こないだは警察呼ばなかったけど、こないだのクロコーさんたち、心の店のガラスを割ったんだよ?二か所も!」


 レナの言葉には、道場という看板を背負う者としての責任感を含んでいた。警察沙汰や学校からの処分は、彼女たちにとっても避けたい事態だ。八木もその点を理解しているようだった。


「え、それ本当マジか!? もし本当なら、さっきの十万の話、チャラにしてやるよ。それもすまん! そして警察沙汰は、ウチとしても面倒なことにはなりたくない。だから人目につかないところで正々堂々とやりたい」

「てめえら全員相手しやるよ!」


 クロコーとの決着を早くつけたいと、彼女の闘争本能が戦いを求めていた心が衝動的に叫んだ。しかし十万円の話を無しにするという八木の申し出については、最初から払う気は無かったものの、茜に迷惑がかかることが無くなったので少し安堵した。


 完全なる決着をつけるため、八木とその背後に存在するクロコー全てとの戦いを望む心の瞳には、怒りではない、真っ直ぐな闘志が燃えあがっていた。しかしレナは慌てて心の言葉を遮る。


「まぁ待て心。えっとそれじゃあ、今度決着をつけるか! 心と戦いたがってる奴を全員連れてきてくれ。えっと、あんたの下の、『兵隊』って言うの? 全部で何人位いるんだ?」


 レナは冷静に、現実的な条件を提示しようとしていた。感情的になる心をなだめ、より公平で、かつ後腐れのない決着の方法を探る。八木は腕を組み、思案するように答える。


「俺が連んでるのは二人だけだ。兵隊を連れてきたとしてもあんたらには敵かないっこないだろうさ。だから連れてこねーよ」

「いや、後腐れなくするためにその下にも話してくれよ。つまりクロコーの不良は全部で何人だ?」


 レナはさらに詳しく問いただす。同時に悪名高いクロコーの全貌を把握しようと、冷静に情報を引き出そうとしていた。


「まぁ話はしてみるが……正確な人数は知らん。その商店街に集まった50人位だろ。ところで、なんか勘違いされてるようだが、うちの学校、確かに不良達はクロコーって呼ばれてこの付近じゃ悪名高いが、校内で別に事件が起こるわけでもないし、不良じゃないやつだっている。至って普通の高校だぜ? 不良と呼ばれる奴は、一つの学校にそのくらいは居るんじゃないのか」


 八木の言葉に、心は興味のある表情を浮かべた。どうやらクロコーの連中は、外から見られているイメージとは、実態は少し違うらしい。しかし、レナは冷静に、最も公平な条件を提示した。


「じゃあ、その全員にサシで心と戦いたいやつがいるか、聞いてみてくれ。サシなら多分そこまで多くないはずだ。もしいたら、まずは私と戦ってもらう。いなけりゃ私たち二人対あんたを含むその3人だ。最低人数の場合でも、一人そちらが多いのはサービスしてあげるよ。こっちは戦える人が少ないんでね……。これでどう?」


「サービスね……まぁ俺としては心と勝負さえできればいいんだ。それでいいぜ!!」


ちょんちょん…


 すると心がレナの肩に触れて合図し、後ろを向いて内緒で話した。


「茜やケイトもいるじゃないか……」


ゴツン……


「痛い!」

「お前馬鹿か!? ケイトも茜も普通に、喧嘩しない人だろ? クロコーに凶器を使うなと言っておきながらケイトの能力なんて使えないし、茜は棒使いだから二人を呼んだら今度はこっちが卑怯になるだろ? あれはアグダラの世界で必要な戦力なわけだ。地球の、それも不良界隈の話に、彼女たちを巻き込むことはこれ以上出来ない……だからあの二人はそっとしておいてやれ……」

「あ……確かに! ごもっとも……」


 心はレナの意図を瞬時に察し、八木に向き直る。そのレナの提案を受け入れた八木の表情は、交渉成立に対してか、どこか楽しそうだった。


「他の連れが1人足りねえじゃんって言うかもだが別にいい。そして聞いてはみるが、恐らく他の下っ端は連れてこない。お前らの話を聞いていたら、どうやら奴らにはけじめが必要なようだ……ちっ……ナイフなど……!」


 八木の最後の言葉は強い嫌悪感を含んでいた。どうやら、彼自身も卑怯なことは嫌いらしい。彼の言葉の端々からは、不良ながら硬派としての誇りのようなものが垣間見える。話がようやくまとまったところで、心は最終的な確認をする。


「じゃあ、いつにする?」

「なら今週土曜二十一時はどうだ? 場所は……少年サッカー場でどうだ?」


 八木がそう答えた。夜のグランド場ならば邪魔の入らない純粋な決着の場としてふさわしい。広々とした空間は、隠れる場所もなく互いの実力を余すことなくぶつけ合うには最適だ。


「わかった!」


 心は力強く頷く。こうして八木との決戦の時が、ついに決まったのだ。


「それじゃあな! お二人さん!」

「ああ……」


 簡潔に言葉を交わす二人。


(敵だけど、話していると気持ちのいい奴……)


 その背中を見送りながら、心はそう思った。そしてすがすがしい顔で言った。


「またな!」


 背中を向けたまま、親指で応える八木。夜の闇へと去っていくとともに、その下駄の音も闇に吸い込まれるように遠ざかっていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「悪いやつって決めつけてた!」

「そうだな。見た目は変わってたけどなぁ。鼻ピアスから鎖垂らしてるのはヤバイ!」

「あんなヤバそうな見た目の男と一緒に歩きたくはないな!」

「で、どうだった?」


 レナが先程の手応えについて問いかけた。心は、脳裏に刻まれた先ほどの八木と短い攻防戦の印象をレナと共有する。


「あぁ……スピードはなかなかだ。だけど、それ以上に、力で向かってくるタイプだ。あいつ……強い。初めてレナと戦った時を思い出したよ……」


 そういう心の瞳には、新たな強敵との出会いに対する、喜びと興奮の色が宿っていた。その気持ちは中学時代のレナとの初対決を彷彿とさせるものがあった。それは人生初の衝撃や、本能が震えるほどの純粋に強い人間との出会いだった。それに匹敵するものを八木にも感じたのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 一方、口笛を吹きながら静かに階段を降りていく八木もまた、先程の束の間の攻防について反芻していた。


「あいつの得意技は「ハイキック」か……対策、練っとこ……あと、「後ろ回し蹴り」も……」


シュシュッ!


 そういいながらパンチを空に放った彼の表情は、先ほどの不敵な笑みから一転、獲物を見つけた狩人のような、真剣な探求心に満ちていた。心の底知れない実力に、八木もまた興奮を覚えていた。来たる土曜の決戦に向けて、既に思考を巡らせ始めていたのだ。


 その二人の異なる場所での決意を運ぶ心地良い夜風が、静まり返った森林公園をゆっくりと吹き抜けていった。




――続く

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