29.本の捜索②
鳳茜は焦っていた。
「自分の本を探す必要がある」
スイミーの合宿で能力を得てみんなの力になりえる能力を得たことは確かだ。しかしそれは戦闘の為の能力。それはそれでいいし、スイミーにはとても感謝している。しかし、茜が真に欲しているものは、父親を『昔のお父さん』に戻すための能力だ。
自分の部屋で、鳳茜は思考を巡らせて考察ノートに鉛筆を走らせる。BRFで教わった内容は、すでに記載済みだ。茜は他にヒントが無いかと、以前書いた『卓越感情』についてのメモに目を落とす。
ノートの端には、以前自身で調べ上げた図が丁寧に描き込まれている。人間の感情を八つの基本感情に分類し、さらに放射状に展開されていく、概念の図。花のような形にも見えるそれは『プルチックの感情の輪』と呼ばれるもの。以前茜が調べたときは、感情の分類だけに着目していた。しかしそこをじってみていると、その頂点が形成する幾何学的なある形が浮き出てくることに気が付いた。
(八つの感情……。八という数字は、やはりただの偶然じゃない……これは『正八角形』だ)
自分が今解決しようとしている問題の前提条件に目が留まる。
◆◇◆◇
一、14年前、特殊な宇宙線(シーク波)が地球の北半球の「8箇所」の地域を掠めた。
二、事件が起きた世界の8箇所の地域にBRF施設が建てられた。
三、この江茂志市には『漆黒の書』が全部で「8冊」存在する。
四、現在判明している確実な頂点は1つ。ケイトが本(背表紙の番号は『4』)を見つけた『富士見乃屋書店』。
◆◇◆◇
(宇宙線が世界の八か所を掠めた場所と「八冊」という数字……。これには因果関係があるはず……。たとえば、その世界の八地点が、そのままこの江茂志市に『縮小投影』されたとか……)
茜が咲へ電話を掛けたのは、スイミーによる特訓が終わった次の日だった。
◆◇◆◇
「もしもし、咲さん。咲さんが本を見つけた場所は? ……川添博物館で、一冊しかなかった。ありがとうございます!」
「よし、咲さんの本の見つけた場所は確認できた。これで江茂志市の起点は二カ所だ。点と点が線で結ばれれば、縮小率も割り出せる。『その形』が浮き出てくるはずだ」
しかし、基準となる点が二つでは、まだ正確な八角形の輪郭を江茂志市にどう当てはめるか捉えることはできない。その二点が隣り合っているのか、向かい合っているのかすら分からない。簡単に見つかりはしないことなど分かっていたし、それでも茜の知的好奇心と、能力を得て誰かの力、特に父を『昔のお父さん』に戻したいという強い焦燥感が、彼女の背中を押していた。
◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇◆◇
(その元の場所がどこなのかを確認するのが先決だ。たしか、事件が起きた場所にBRFの支部があると言っていた……)
茜はネットで過去のニュースアーカイブを検索し、世界で同時に起きたという神隠し事件の発生場所を調べ、ノートにメモしていった。そして、確認のために咲へまた電話を掛けた。
「もしもし、咲さん。『世界の事件が起きた場所』を調べたのですが、そこと、宇宙線が掠めた地域が合っているかを確認したくて……。はい! そうです。あぁ……そうでしたか! ありがとうございます!」
咲は、その電話がかかってくることを知っていたかのように、茜の質問に答えてくれた。
「宇宙線が掠めた地域と、『世界の事件が起きた場所』とは異なる!!っと」
茜は、世界地図アプリを開き、先ほど調べた世界の事件発生場所(BRF施設)の八つの点を線で結んでみた。しかし、それらの点を結んで出来上がったのは、辺の長さがバラバラの八角形だった。
それを見た瞬間、茜はペンを止め、別の仮説を立てる。
(この八角形……法則や意味が見いだせない……この八角形じゃないかも……)
茜は、事件発生場所ではなく、『十四年前の宇宙線が掠めた地域』そのものをネットの天文データなどから調べ直した。
そして地球儀アプリを開き、宇宙線が掠めたその本来の軌道をなぞり、点と点を線で結んでいったとき、ハッと息を呑んだ。画面上に浮かび上がったのは、完璧で恐ろしいほどに美しい『正八角形』だったのだ。圧倒的な真実に辿り着き、茜は全身に鳥肌が立つのを感じた。
(これだ……! 実際に事件が起きた場所は、海の存在によって左右されてしまった「偽」の場所なんだ。『海』しかない、人が住んでいない場所には事件は起こりえない。本来配置されるべき「真」の場所は、『北極点を中心とする完全な正八角形』だったんだ。正八角形の八つの頂点は、結べば必ず一つの『円』の軌道上に並ぶ。事件発生場所は海を避けてズレたため正八角形にはならないが、それらを結ぶ円にはなる。北極点を中心とし、八角形を含む円の軌道上を移動し、「偽」の場所で事件は起きた。しかし、『縮小版』の江茂志市では、その本来配置されるべき真の位置でちらばっているんだ! 拡大版は外接円を形成し、縮小版は正八角形を形成していたんだ!! 江茂志市の中心にあたる場所は……市の中央の『三高旧校舎』だ! )
そう結論付けたその時だった。
「おーい、茜! 煙草買ってこい!」
居間から父親の不機嫌そうな声が響いた。
「わかった、今行く!」
いつもは「またか……」と思う茜だが、もうほぼ正解に近づいていることを確信していたその時は「喜んで!」と思える気分だった。茜は立ち上がった。出かける前に、父親のために作っておいた夕飯の肉じゃがを温めようと、キッチンにあるアナログの電子レンジに皿を入れ、タイマーのダイヤルをカチッと回す。
「親父、ご飯食べてね!!電子レンジすぐなるから!」
温めをセットし、茜は考察ノートを片手にカバンへ押し込み、情報を求めて外へと歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
向かったのは、行きつけの本屋『富士見乃屋書店』のある河島団地センター広場だ。本屋には煙草も売っている。煙草を買った後、バーチューの前に広がるその場所の、古びたベンチと首を傾げた子供の銅像が佇む近くに腰を下ろした。
(さて……)
茜が再びスマホを取り出し、今度は自分で正八角形を描画アプリで描いてみる。東西南北とさらに北西、北東、南西、南東を頂点とする正八角形。それをじっと見つめたその時だった。広場のスピーカーから、地元密着のローカル番組『えもしラジオ』のDJの明るい声が響いてきた。
『本日はゲストに来ていただきました~! 今若者の間で爆発的にヒットしている異色のロック・バンド、ブラック・ベイルの皆さんです! 平均年齢は……22歳でしたっけ?』
『22.5です!! ボーカルとギターがあげてるのです。あははは』
『細かいことを……』
『いや、そこ重要だから!!私、理数系なので数に敏感なんですよ』
『へぇぇ……理数系!? 確かに音楽は譜割とかスケール内の度数とか、数と密接な関係がありますもんね!! 確かに、これが角度だったら0.5度ちがうだけで中心から遠くに行けば行くほど離れちゃいますからね!! ところで、ブラック・ベイルの曲は歌詞が独特だと思うのですが、どのようにして書いてらっしゃるんですか?』
『うーん……私の詩の作り方は、さぁこれから書くぞと思って書いてはいないんですよね……なんていうのかな、最初は、言葉のノイズなんですよね。意味のない羅列というか。まずそれが自分の頭の中に降りてくるんですよ。でもそれがさっきあなたがいったように、少し角度を変えるなり修正して形にしていくんですね。そうして出来上がった歌詞は、私の中で最高にロックなんです! 最初からそこにあるべきものだったっていうか。今回はそのこと自体を歌にしてみました』
『なるほど、天才的なインスピレーションですね! それでは早速お聴きください。ブラック・ベイルで……ノイズ……』
DJの紹介に続き、ロックバンドらしからぬ静かで物悲しいイントロと共に、あのボーカルの切実な歌声が広場に響き渡った。
『ちりばめられたノイズ……地は回り、8つの音は4つの影に重なる……切り裂かれたライン……真が偽のリアルに届く時……歪んだ暗闇の中……引きずり落とそうとする……気をつけろ……』
「……?」
茜のスマホをいじる手がピタリと止まった。ただのラジオから流れる流行歌の紹介と歌詞。しかし、オミナス・ベイパー(異変)の存在を知り、漆黒の書の謎を追っている茜の脳裏に、ノイズが頭に降りてくるという言葉が、オミナス・ベイパーのことと重なると、他の言葉の端々が脳裏をざわつかせた。茜は流れてくる静かな歌詞と、先ほどのインタビューの明るい会話を、頭の中で自身の状況に置き換えて反芻する。
「ちりばめられたノイズ……8つの音が4つの影に重なる……。地は回り……回転? 8つのものが、4つに……『ニコイチ』!? 全8冊の本が、4つのペアの本……!!」
さらに、次のフレーズが、今描いたその図を見ている茜の思考を加速させる。
「切り裂かれた線は『真』が偽のリアルに届いた時……? 真とは真北、真南、真東、真西てことか!?真が偽になる……真……東西南北の『真』の十字ライン上には、その『境』は来ない……? 真の位置は正しくない!? 世界が回り続ける……世界……地球は軸を回っている……同じように円が回ってずれる……!?」
茜は無意識に自分の唇に指を当て、思考の海深くへと潜り込んでいく。
「ずらす角度……さっきの会話で『角度』の話で出てた!!『少し角度を変えるなり修正して形にしていく』……22.5度だ……22.5度ずらす……?」
その瞬間、茜の頭の中で、今見ているその正八角形と、家を出る前に電子レンジのダイヤルを回した記憶が閃光のように結びつき、答に行きついた茜はそっとスマホを少し傾けた。
「こうか!! 『正八角形』をダイヤルのように回すんだ!! 22.5度!! つまりプルチックの感情の輪の向きそのままだ!! それぞれの真の方角に一点でなく、二点ずつ存在する、この向きだ!!」
バラバラだった点と点が、茜の脳内で一気に繋がり、一つの明確な線を描き出した。
「8つが4つのペアになって……交わる境は『真北や真東』じゃない……真の位置から22.5度回転させる!! 22.5度ずらした場所が、『そこにあるべき』場所だったんだ!」
オミナス・ベイパー(ノイズ)の干渉が、無意識のうちに表現者たちを通じてこの世界に法則を漏らしている。茜は考察ノートを取り出し、曲のタイトルと歌詞、バンドの会話、そして『22.5』という数字を急いで書き留め、鋭い眼差しでその謎の考察を続けるのだった。
――続く




