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25.卓越感情

「では、始めぃ!」


 スイミーの言葉で2人の戦いは始まった。


「たぁーっ!」


 待ってましたとばかりに先手の攻撃を開始したのは心だった。すぐに突っ走り、床を蹴った勢いで標的に定めた金色のブラモンのこめかみへ、一直線にハイキックを叩き込もうとした。しかし金色のブラモンはそれを見越していたかのように、さっとその身を低く沈めて回避する。避けざまに鋭く突き出されたその拳が、がら空きになった心の腹部へと、容赦なく深々とめり込む。


ドドドドド……!!!!


「くっ!」

(は…速っ……)


 心は前のめりになったまま、そのまま動けなくなっていた。


(ちく……ちくしょう……息が……出来ない!)

「な……!?」

「え……!?」


 茜とケイトには、ブラモンのパンチは見えなかった。


「あいつ、三発も……当てた……」


 それはレナの言葉だったが正解ではなかった。レナですらその内の三発しか見えなかったのだ。


「違うよぉぉぉんだ! 正解は、五発!! 五発だよぉぉぉん♡」


 金色のブラモンはこれ見よがしに爪の長い手を広げる。


「五発! そしてボクの最高記録が出たぞー! 開始二秒半で倒したぁぁ!!」

「くっ……!!」

「なんだって……」

「心で……さえ……」

「今のわたしたちでは……勝てないわ……」

「はい、終了じゃっ! 息が出来なくなった心は戦闘態勢を解いた! 戦う意志がないものとみなし、ここまでとする! そんなんしてたら、アグダラでは死を意味するからの!」


 たった二秒半であっけない敗北。それが青空心の生涯二度目の敗北だった。


「お主、わかったか……? これが今のお主のレベルじゃ!」


 スイミーの声が、洞窟の大広間に響き渡った。心は、立っているのがやっとだった。


「く、くそ……!」


 僅かに揺らめく視界。目の前には、依然として金色の光を放つブラモンが静かに佇んでいた。茜もケイトも、そしてレナも、その圧倒的な力の差に言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。日々の鍛錬で着実に強くなってきたと思っていた心は、圧倒的な力の前に打ちのめされた。しかも心が武器とするスピードで負けたのだ。その現実が、否応なく突きつけられた。


 だが同時に、その深い絶望の底から、まだ見ぬ高みへの渇望が静かに燃え上がっていくのを、彼女自身も感じてはいた。ナオトをさらった、あの黒いブラモンと同じ形をした生命体である金色のブラモンへの怒りは、負けてしまったその時も心の奥底で燃え盛っていた。しかし、そこで金色のブラモンが妙なことを言った。


「おまえ! それ! やめろ~?」

「は……?」

「せっかく哀しみの卓越感情を持っているのに、怒りで向かってくるなんて……愚の骨頂だー!!」


 その言葉の意味を、心は理解できていなかった。なぜ、自分の感情で闘うことが、愚かだというのか。


 ゆっくりと心に近づくスイミー。その小さな顔には、年齢にそぐわない思慮深さが浮かんでいるように見えた。


「ワシがお主らをここに呼んだ理由、話してやる」


 スイミーはそう言うと人差し指を自分の顔の前にやった。すると指先は、青いビームと同じ輝きを放った。


「ワシにもこの位のことはできる」


 その輝きを見た心たちの目が、驚きに見開かれた。


「ワシが作ったあの青いビームは、お主らを招くための狼煙じゃった。赤いビーム同様、卓越感情を持つ者にしか見ることができない。お主らは、BRFに指示を受けてきたのかもしれんが、実のところはお主らがくることは宿命じゃった」


 スイミーは言葉を続ける。


「お主は、幼馴染をさらったブラモンに敵意を持っている。BRFからも、神隠し事件やブラモンについて聞いたじゃろ? じゃがそれはまだ、表面的な知識に過ぎぬ」

「表面的な知識……?」


 スイミーは金色のブラモンをちらりと見た。金色のブラモンは腕を組んだまま無言で佇み、心たち四人を射抜くような鋭い視線を投げかけている。その視線は、心たちを値踏みするようでもあり余裕すら感じさせた。


「ブラモンにも、進化する者と、そうでない者がいる。そして皇帝に与《くみ》するものもおれば、レジスタンスに与《くみ》するものもおる。お主らは、いつかアグダラに行こうとしているな? お主らがもしアグダラに行けたとして、そこでいつか対峙することになるであろうブラモンは、進化したブラモンたちじゃ。やつらは強い」


 茜とケイト、そしてレナは、その言葉に息をのんだ。これまで全て敵として認識してきたブラモンが、皇帝側とレジスタンス側のとに二分された対立軸があることを想像すらしていなかった。スイミーの説明は、四人が抱いていたブラモンに対する認識を、少しずつ変えていく。


「アグダラに行けば必ず、より強力なブラモンと対峙することになる。そこで……今のお主らがアグダラの強力なブラモンと戦ったとして、勝率が何パーセントか教えてやろうか?」

「ゴクリ……」


 心が唾を飲み込んだ。


「その勝率は限りなくゼロに近い1パーセント。しかもその1パーセントは『まぐれ』が起こった場合の話じゃ。つまり今のままじゃ、勝てる見込みはないってことじゃ……アグダラの地に降り立った瞬間に「これ」じゃ」


 スイミーは、不意に自身の首元へ指先を滑らせ、横へと掻き切る仕草を見せた。それは心たちの胸の奥に氷のような冷気が突き抜けていった。


「なんだって……」


 レナは言葉を失った。心を除く三人が初めてその生きたブラモンをみたのは、小動物型のウサギのブラモンだったが。しかしそんな童話のような可愛い世界とは違うのだ。アグダラという場所が、想像していた以上に過酷な地であることを、皆、肌で実感させられたのだった。


「そして、お主。なぜあのブラモンが、『愚の骨頂』と言ったか理解できるか?」

「……?」


 スイミーは心を見つめる。


「卓越感情の発祥はアグダラじゃ。そしてブラモンは全て何れかの卓越感情保持者じゃ。それゆえ、卓越感情でなければブラモンに勝つことは出来ん。」

「全てが保持者!?」

「卓越感情を持たぬもの、あるいは保持者だとしてもその力が弱き者が、もしアグダラに行ったとしたら……すぐ死ぬぞ!! わけもわからぬうちにな!!」

「それは……困る……」


 レナがそういうと、スイミーは続けた。


「そしてお前たちの卓越感情が何であるか、今教えてやる。」

「まずお前、名は?」

「私? 心。青空心っ!!」

「ふむ……お主は『哀しみ』じゃ」

「哀しみ!?」

「へー……心は怒りかと思った……」

「う、うるさいなレナ……」

「お前は……レナというのか。苗字は?」

「神宮寺だけど……苗字教えて意味あるの!?」

「覚えてやっとるんじゃい!! ……ふむ、レナ、お主は『驚き』じゃ!」

「お……驚き!? それは……強いのか……?」

「お主!」

「私? ……茜です! 鳳茜!!」

「お主は『恐れ』じゃ!!」

「……。」

「そしてお主、名前は?」

「ケイトです。朝比奈ケイト……」

「ふむ、お主は『喜び』じゃ!!」

「わぉ……!」


 自分のことはおいといて、ケイトのその属性を聞いて羨ましがっていたのはレナだ。


「ちょっと待ってよー!! なんでケイトだけ『イイ感じ』なんだよぉぉぉお!」

「あはは……知ってた。前に茜が教えてくれた……」


 ケイト以外は、自分の卓越感情を知って眉をひそめた。


「わかる。わかるぞよ。しかしな、これはしょうがないことなんじゃよ。決して背くことはできぬ定めなんじゃ。じゃからといって、そう悲観的になることはない。それぞれ、性質が異なるだけで、どの卓越感情の持ち主も強くなることはできるのじゃ」


「そう……なのか?」

「ふむ……そしてさっきの続きじゃ。お前の卓越感情は『哀しみ』。それは変えようのない定め。お主は、卓越感情の哀しみの使い方を知らぬから、『突発感情』の怒りで闘おうとした。目の前の敵に対する突発的な『怒り』に支配され、己の卓越感情の根源である『哀しみ』を完全に見失っていたのじゃ。卓越感情は、胸の奥底で朧げな光となって放し続けているものじゃ。優れた保持者は、己の身であろうと対峙する相手であろうと、その身体を包む光の膜、オーラとして目視が可能。金色ブラモンもな」

「うん、そういうこと! ちなみに、僕もスイミーも相手の強さがその『色の光り具合』でわかるんだよぉぉん。ピースピース!!」


 金色のブラモンが相槌を打った。心の胸の奥に、スイミーの言葉が突き刺さる。


 確かに、さっき金色のブラモンと闘おうとしたとき、喧嘩しているときのような怒りがあったのは事実だった。スイミーの言う、その突発感情という言葉が、胸の奥に引っかかった。


(自分の卓越感情は『哀しみ』……。その時の怒りが、哀しみの力を弱めてると言いたいのか?)


 スイミーたちの言いたいことはなんとなくの理解はできたが、卓越感情の哀しみやら突発感情の怒りとか、その違いが心にはまだわからなかった。


 続いて視線を茜に移して言うスイミー。


「そしてお主。がっかりしてるようじゃから教えてやる。お主の卓越感情。『恐れ』といったら負の感情のように聞こえるかもしれないが、そうではないのじゃ。そこには秘めたる可能性がある。しかしお主も、その使い道をわかっていない」

「恐れ……」


 自身の力の源が恐れであることを聞いて、茜が落胆していたのは事実だった。しかし、それが何の役に立つのかと思った反面、恐れが力になるとう言葉が、茜に少しの安心を与えた。


 スイミーは次にレナを見つめる。


「お主の卓越感情は驚嘆じゃが、恐れ同様、これもにマイナスのイメージがあるな。それは確かに、時には思考を停止させることもある。しかし驚きには、文字通りあっと驚く奥の手への可能性もあるんじゃ」

「驚きが……」


 自身の卓越感情が驚嘆だと聞いたレナも、その時はまだ何の力になり得るのか理解できなかったが、奥の手と聞いて、未知の力に対し期待が持てた。そしてスイミーはケイトの前に立った。


「そしてお主。お主が漆黒の書から授かった能力。お主だけ、すでに能力を持っておるようじゃが、今はまだそれを支配できてはいない。しかしお主の喜びの卓越感情と掛け合わせることで新たな能力をつかえるようになる!!」

「……新しい……能力……」

「お主ら、これまで、二つで一つの事柄について見聞きしたことはあるか」

「二つで一つ……ニコイチ……」

「そう、ニコイチ。それはいわば、この世の普遍的な理《ことわり》の一つ。表と裏、男と女……などなど。お主らに教えておいてやる。『卓越感情』と『漆黒の書』も、同じように対の関係を持つものじゃ。だから卓越感情の保持者は漆黒の書の文字を読み解くことができるのじゃ。お主らも『自分の』漆黒の書を獲得できれば、新たな能力を身につけることもできる。漆黒の書もアグダラの影響、つまりオミナス・ベイパーの一環じゃが、それは同時にアグダラからの贈りものでもあるのじゃ!」

「アグダラからの贈り物……」


 スイミーが、自分たちのことをどこまで知っているのか、話の内容から察するに、BRFとは繋がりがあることは想像できる。そして彼がBRF以上にアグダラに近い存在であることを悟った。スイミーは再び、真剣な表情で語り始めた。


「神隠しの際に現れる漆黒の穴。そこは深い奈落であり、通過するには、落ち続ける恐怖の中で、さらにひとつの試練が与えられる。今のお主たちでは、その試練に打ち勝つことすら、今のままでは無理。アグダラに辿り着けぬ。それぞれの卓越感情を覚醒させ、脅威に立ち向かう力を手に入れなければならない」

「覚醒……?」


 スイミーは一同を見渡す。


「そこでじゃ! ワシがお主らに、みごと漆黒の穴を通過し、アグダラで生き延びることができるよう、出来る限りの特訓をしてやる。着いたら着いたで、アグダラは弱肉強食の世界。ボケっとしていたら、すぐにやつらの餌食になってしまうぞ。まぁ科学は地球に比べたらまーったく発達はしてない星じゃがな……」


 心は、ナオトを救い出すという揺るぎない決意を胸に、スイミーの言葉を深く受け止めた。


(気持ちは何も変わらない。私はそのために、強さを求めてきたんだ!!)


 ナオトへの変わらぬ想い、その覚悟は、胸の奥で、確かに脈を打つ鼓動となって、心を突き動かす。その胸の高鳴りは、他の3人も同じだ。心たち四人は、スイミーからの厳しい特訓を受け入れる決断をした。洞窟の奥深く、神秘的な光に包まれたこの場所で、四人の未知の力への覚醒に向けた修行が始まったのだ。




――続く

修正内容

漢字修正

①「ブラモンにも、進化する者と、そうでない者がいる。そして皇帝に与《くみ》するものもおれば、レジスタンスに与《くみ》するものもおる。お主らは、いつかアグダラに行こうとしているな? お主らがもしアグダラに行けたとして、そこでいつか対峙することになるであろうブラモンは、進化したブラモンたちじゃ。やつらは強い」

②追加

目の前の敵に対する突発的な『怒り』に支配され、己の卓越感情の根源である『哀しみ』を完全に見失っていたのじゃ。

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