24.アグダラの歴史
洞窟の入り口から一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。外の世界の野鳥の鳴き声は遠ざかり、聞こえるのは自分たちの足音と、洞窟の中で反響する水滴の音ばかり。心たち四人は、黙ってその少年の後ろをついていく…。
内部の岩壁は、土の茶色から次第に美しく青みがかった色へとグラデーションをなし、その空間も美しいブルーを帯びていた。さらに奥へと進んでいくと、その様相はさらに美しさを強調し、滲み出る水が長い年月をかけて作り上げた、壮大な芸術作品ともいえる光景が目の前に現れる。天井からは、何年もの歳月をかけて成長したのであろう、巨大なつらら石が氷柱のように垂れ下がり、その先端からはきらめく水滴がぽたりぽたりと落ちている。足元には、落ちた水滴が積み重なってできた石筍が、いくつものオブジェのようにそびえ立つ。それらは、時には奇妙な生き物の姿に見え、時には神殿の柱のように厳かな佇まいで見るものを魅了する。
少年が洞窟の内壁に埋め込まれている、大きなボタンらしきものにそっと手を当てると、石灰岩に含まれる微量の鉱物が反射し、琥珀色や乳白色、あるいは透明な水晶のような輝きを放ち、洞窟全体が宝石箱のようにきらめく…。それは、とても美しい鍾乳洞だった。
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暫くすると、心たち4人を連れてきた少年は喋り始めた。
「ここが、行き止まりじゃ」
そこは大広間だった。天井から地面へ、青い光が静かにグラデーションを描いている。その青い光は水に反射し、うっすらと青の灯りを生み出していた。天井から冷たそうに滴る雫は地面を濡らし、途方もない長い時間をかけて形成されたのであろう溝は、水の通り道となっている。奥には祭壇のようなものがあり、花瓶を少し潰したような形状の台座が設置されていて、その上には『水晶』が置かれていた。
「それで……あんたは一体何者なんだ? 何故こんな洞窟にいる? ここに住んでいるのか? 何故呼んだ? 外で光っていたあの青いビームは何なんだ? そしてなぜブラモンと一緒にいるんだ!?」
心が思いつく限りの疑問をぶつけた。少年は、心を睨んで言った。
「お前、せっかちじゃろ! うるさいよ? それをこれから教えてやるっていうのに。因みに、ワシの名前はスイミーじゃ!」
「あ、あの、ちょっと待っててねー! 心!みんなもちょっと…」
レナが心・ケイト・茜を呼び、小さな声で相談した。
「一応さ、質問は、あの子の話を一通り聞いてからにしよう……」
「そうね!」
「うん」
「う、うん……わかった……」
ケイトが返答し茜も頷くと、最後に心もやむを得ず頷いた。レナがスイミーに言った。
「えっと、話、聞かせてくれる?」
「お、お願い…します」
心たち四人がちょっと引っ掛かっていたのは、相手が4、5歳に見えるのに、自分たちに対し、とても偉そうに話すことだった。
「まず、言っとく。これから話すことは、お前らがBRFで聴いた事柄よりも、とても非現実的なことだ!心して聴けよ?」
「(BRFを知ってるのか!? 関係している? こんな子供と?)」
四人は、少年がBRFとどう関係しているのか気になったが、まずは聞いてみようと四人は頷いた。
「ふむ…。まずこんな物語がある。それは、遠い…遠い…惑星の歴史じゃ……」
「アグダラだ〜っ!!」
バキッ!
心の頭を拳で叩いたのはレナであった。
「痛っ!」
「(ちゃ・ん・と! 聞いてからって、言ったよなぁ!!)」
その後すぐにスイミーに謝るレナ。
「ごめんなさい!!続けて下さい!!」
「……」
少しの間、呆れて二人を見たが、スイミーは天井を仰ぎながら、話を続けた。
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「生命なるものの存在なく、水で満たされ恒星の恩恵を受けた星があった。往古来今の中で、隕石衝突はその星にも起こり偶然の産物を生んだ。隕石中に含まれた有機物は水に溶け込み、衝突時のエネルギーは、星の核を刺激し、クレーターの歪みは造山運動を引き起こし、いくつかの大陸が形成され、そこには、緑が生成された。隕石衝突はそれまでの文明を破壊し無に帰すこともあれば、無から何かを生む起源とも成り得るのじゃ」
真剣な顔つきになった心たちの方に顔を向け、話を続ける少年。
「約千年前に、異変が起きた。空間に無数の点が発生した。各点は膨張し、大小様々な広い楕円の影となり、そこから黒く動くものが降っては、地面に落ち、潰れた。長い年月の間それが続くと、黒の地層となり地面が影の高さに近づくにつれ、黒く動くものは、潰れずに、着地出来るようになった。それは、後に人という生物が現れるまでの間、その世を君臨し続けた、生物の誕生じゃった…」
少年は考察する余裕を与えるためか、ゆっくりと話したあと、心たちの反応を伺う。
(黒く動くもの…ブラモンのことだ……)
(惑星アグダラの最初の生命の誕生……)
(ブラモンはアグダラの原住民ってことか……!)
(何故、この子はそんな歴史を知ってるいるのでしょう?)
「まだ続きがあるんじゃ」
そう言うと少年は、また天井を仰ぎ、話を続けた。
「光あれば闇あり……。時代もしかりじゃ。暴力によって支配された闇の世界の時代があった。民は、その自分たちのいる世界をブラック・フィールドと呼んだ。光の時代の再来を待ち望む一部の民は告発されると、すぐに次々と命を剥奪されてきた。ブラックフィールドが150年ほど続いた。BF歴750年(F通歴1100年)からの主な出来事を示すと……」
「(うわ……難しい……)」
それを聴いた心は頭の中で唸り、レナとケイトは、スイミーがなぜこんな話をしだすのか疑問に思い、茜は考察することが大好きなので話に没頭して続きを期待した。
「続きじゃ」
そういうとスイミーはそれ以降の歴史をつぎつぎと挙げていった。
「750年、皇帝、ゲイム・ジェン・ヨハン三世即位。これまでにない悪政が始まった。752年、ミラという女戦士をリーダーとする、反乱軍 が、非武装地区にアジトを置き、武力をつけ始めた。755年、ミラが非武装地区を占拠し、ミラ城を建設した。同年、世界の浄化を宣布。756年、ミラ軍、皇帝軍から都市のA地区、B地区、C地区を解放。しかし同年皇帝は、ミラの城を、見せしめとして半壊し、ミラ城周辺とA地区、B地区、C地区を全て砂漠化した。軍に関与した全ての民は虐殺された。757年、ミラの公開絞首刑が決定。こうして人々の希望はまたひとつ消えた…。そしてその757年が現在。つまりアグダラは、今は悲惨なことが続いてる闇の時代ってことじゃ」
重々しい静寂の中、つららから水滴が滴り落ちる反響だけが残った。
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澄みきった神秘的な大広間は、さらに冷たい空間となっていた。
「教えられるアグダラの歴史はここまでじゃ。今もそのミラという人物は生きているんじゃからな」
しばしの沈黙。心たち四人はその歴史を聞いて息を呑んだ。そして、地球と同じように、この惑星にもまた、憎まれる皇帝やら血塗られた歴史が存在することに、言いようのない感慨を覚えていた。特にレナは、自分の中で湧き上がる『何か』に、運命めいたものを感じていた。そのレナの表情を見たスイミーは、その前へ行き、『肩を叩きながら』言った。
「他の者よりショックを受けるのも無理はない。お主の卓越感情は、吃驚じゃからな……」
「!?」
それは、3人にはレナを安心させるためのように見えた。そして次に口火をきったのは茜だった。
「えっと、その……スイミーは……アグダラに居たことがあるって言いたいの?」
スイミーは笑顔で言った。
「あぁ。なんせワシは、元々向こうの住人じゃからな……」
「なんだって……?よく聞こえなかったな……君、今なんていったの?」
レナが確認すると心が答えた。
「アグダラの元住人って言った!」
「ワシは……元々アグダラの住人じゃ。ちょっと言いにくいが、アグダラから、逃げてきたんじゃ……」
「え……?」
カシャ……カシャ……
先程の金色のブラモンが、心たちの後ろからやってきて、スイミーの横に立った。スイミーと金色のブラモンは同じくらいの身長だ。心よりも背が低い。スイミーは、見た目が4、5歳にしか見えないのだから。金色のブラモンが言った。
「へい!お前たちぃ!さっきから黙って聞いてれば、お前ら図が高いぜぃ!このお方はなぁ!今はガキに見えるが!お前たちよりか、全っぜん年上だから!じいさんだから!しかも逃げてきたっていっても、それは理由があってのことだからな!言っておくけど、スイミーは強いんだぞ!!」
四人はびっくりして口をあけた。スイミーはピクリと眉を上げて金色ブラモンを見ながら言った。
「じいさんで悪かったなぁ!」
「あえへへへへ……でもホントだも~ん!」
「ま、いいけどさっ!」
「あひゃひゃひゃひゃ!!」
二人の仲良さそうに喋るのを呆然と見る四人。そこで心は我慢していた口を開いた。
「おい! なんでお前……そいつと仲良くしてるんだ! そいつは……」
心は金色のブラモンを、ナオトを漆黒の穴に引きずりこんだ存在と重ねている。その感情は、やはり心自身抑えきれない。そんな心を察したのか、スイミーが向かって言った。
「お主、こいつと戦ってみたいか?腕に自信があるようだし」
「当たり前だ!! おい、お前! 来い!」
「えぇ……ボクと? ねぇスイミー、こいつ、やっちゃって、いいの?」
「その方が話が早く進むと思ってね! いいよ。二人、戦っちゃって!」
スイミーが金色ブラモンと青空心、二人の戦いを許し、その場で勝負することになった。心以外の3人は、その得体のしれないブラモンが気がかりだった。
「おいおい……」
「えー……」
「心、大丈夫かしら……」
スイミーが祭壇側に立った。レナ、ケイト、茜が部屋入口側に立ち、勝負を見守る。
「おい、心とかいうやつ! 言っとくが全力で行ったほうが良いぞ?」
そうスイミーが言うと、心は怒っている顔のまま戦闘態勢に入った。
(全力……言われなくったってそうする! 私は勝つ為に努力してきたんだ!)
それを見てレナは思った。
(あの構えは! あいつ! 私と決闘をした時の構えに似ている……けど、何か違う……)
◆◇◆◇
戦闘の姿勢。心はレナとともに武道を学ぶとき、常に姿勢を大事に思っていた。これは何にでも言える事だが、姿勢は大事で、その道を極めるための最初の第一歩、入門だ。
(目の前にいるこいつの姿は、ナオトくんを連れ去った、あのブラモンと同じ……あいつの仲間だ! こいつは倒す!)
そう思った心の姿勢は、レナからして見ても、一緒に習った格闘技のどれかの構えというよりも、それらを超越した戦闘の姿勢に見えた。それは心にとって、これまでの集大成を現す姿勢だった。
◆◇◆◇
――続く




