22.異界の浸食 第二波
夕方の、とある民家の立ち並ぶ路地。母親たちが『ママ友会議』という名のおしゃべりに熱中する中、そこから少し離れたところに一人の男の子が居る。車通りの全くない路地で、子供も見える位置にいるのでその母親は安心していた。男の子は膝をつき、地面スレスレに頭を下げ、マンホールの穴に耳を澄ますと、空気が通る音だけが聴こえる。
スーー……
「なんだか、心地いいなぁ……」
しかし次の瞬間。
ブーン……
頭の後ろの方で『聞こえた』その音の方向に顔を向けると、5m程離れた所にマンホールと同じ大きさの真っ黒な穴があり、その下の方から男の子が今まで見たことのない形の黒い生物が現れた。男の子は恐怖を覚え、小さな身体をガクガクさせながらただそれを見ていた。
フーーー……
しかし、その生物の目と思しき部分が、緑色から青へ変わると、そのままゆっくりと黒い穴の中に沈み、穴は一点に収束し、最後に消えた。怖くなった男の子は母親の方へと駆けて行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
時同じくして、場所は心の実家のある商店街ちかくの森林公園。
カシャン……カシャン……
「おい! ヤバイぞ……!!」
一体の口が開き喋ると、もう一体が返答する。
「なんだ!? ここは……『パル』じゃないか!? 『星間異変』の影響か!? お前が『アレ』を使ったわけじゃないよな?」
「まさかぁ! 一度しか使えないのに、意味もなくそんなことをするはずがない……。おい! 向こうから『パル』の住人がやってくるぞ? あれはギリギリ……子供だ! 頂いて行くか?」
カシャン……カシャン……
そこは心が毎日やっている全速力マラソンのコースの終着点でもある。走り終えてベンチの側でクールダウンしていた心は、その特徴的な足音に振り向いた。前方から三つの人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。そのうちの一人は、買い物袋を下げた大人の男性だった。彼はすぐ隣に立つ二つの影に気づく様子もなく、ただ淡々と、家路へと急いでいく。西日に照らされた彼は、ごくありふれた、平和な日常の象徴。しかし
「あれは……!!」
心は残る二つの影の正体を凝視して息を呑んだ。……間違いない。ナオトを攫っていったブラモンと全く同じ姿形をしたブラモンの二体だ。それぞれ、その手には、しっかりと剣が握られている。さらに近づいてきたそのうちの一体が当然のように心めがけてその剣を振りかざし始める。
「やる気か!! 来い!!」
フォンフォンフォンフォンッ!
剣を回すように操るブラモン。その剣が空を切る音は鋭いが、運が良かったのか、心のスピードの方が勝っていた。心はそれを避けることが出来た。向かってくる敵ならばと戦闘の構えをとっていた心だったが、そのスピードからいつでも倒せる相手と思ったので少し相手の様子を窺ってみることにした。すると相手のもう一体が剣を構えているブラモンに言った。
「やめよう。あまり接触し過ぎると、我々の身体にも異常をきたすかも知れん。俺たちが来てしまったのは偶然。ここでの任務はない」
そのやりとりを聞いた心は、クレッシェンド山の石碑の文字同様、ブラモンの言葉が理解できるという新しい知見を得た。なぜ理解できるのかはわからない。聞こえているのが日本語、否、地球の言葉ではないこともわかる。なのに、まるで自分たちの言語のように理解できるのだ。
後ずさりをする二体を心は追おうとはするものの、戦闘の構えは解いた。それらのブラモンたちと話ができればあちら側に行く手がかりになるはず、と。心に攻撃の意志がないとみるや、その二体は突如『液状』に変化し、収束し消えたかと思うと次の瞬間、なんと二体の点が同時に心の前に現れ膨張すると今度は上半身だけ姿を現す。
「なに!? こいつら液状に変化できるのか!そして『ワープ』した!?」
しかし心のその驚きを気にすることなく、二体は次の行動に出た。
「うぉー!! 凄く! 良いニオイっ!!」
「へ……?」
その二体の行動に動揺する心。二体は一緒になって、心のスニーカーに顔を近づけ、なんと匂いを嗅ぎ、興奮しているのだった。
「クンクンクン、クンクンクンクン!」
「わわっ! なんだコイツら!? 靴? いや、ゴムの匂いを嗅ぐのが好きなのか!? うわぁ……なんか……気持ち悪い……!」
心が初めて知ったブラモンの特性だった。ブラモンはゴムの匂いが堪らなく好きらしいということ。結局、心は何も聞くことは出来ず、二体はその匂いを嗅いだあと、また液体の楕円となりその中心へ収束して消えた。
「うわああああ!! チャンスだったのに!! 勿体ないっ!!」
心は、驚いて何も出来なかったことに後悔した。
◆◇◆◇
男の子と青空心が違う場所で遭遇したそれぞれのブラモンたちが、その後何処へ行ったのかは、移動した彼ら以外に知るものはいない。何故自分たちがその時『地球』に来てしまったのか、彼ら自身も不明だったが、能力を持っているので帰ることは出来る。それは、『星間移動』するための『漆黒の穴』を作る能力だ。
その能力は、片方が行きに使用し、もう片方が帰りで使用することで往復が可能。この時は心も知らないことだが、星間移動は一生に一度しか使えないという弱点がある。そのため滅多なことがない限り使おうとはしない。しかし、星間程の距離でないならば、何回でも可能である。
この二つの特徴に、自分たちが想像できる場所ならば、いかなる場所へも移動が可能。それがアグダラにおいては下級な生命体と言われる、始祖の「ブラック・モンスター」である。
◆◇◆◇
その日の夜、心は二体のブラモンとの出来事をレナ・ケイト・茜にスマホアプリのメッセージで共有した。
――続く




