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21.著名人の台頭

 卓越感情を持つ者たちは、日に日に異変の足音が忍び寄っているのを気配で悟りながらも、それでも昨日と変わらぬ日常を淡々と生きる。どんな運命が待ち受けていようと、その瞬間まで平穏な日常を全身全霊で謳歌し尽くすことは、若者たちだけに与えられた特権なのだ。


 ある日の学校の昼休み。屋上のにぎやかな方のベンチに座って二人の少女が楽しそうに話している。鳳茜と朝比奈ケイトだ。茜は興奮した様子でケイトに雑誌のページを広げて見せた。それは、茜が前日に買った一冊の『総合エンタメ誌』で、表紙には「特集 ガイタ・クロ」と記されているとおり、中には人気SF小説家ガイタ・クロのことが、まるまる一冊にわたって掲載されていた。


「ここ見て! またアニメ化決定するんだって!」


 茜が指さしたのは、彼の執筆した『地球外的思考』のアニメ化決定について書かれている部分だった。その記事は、記者とガイタ・クロの対談形式で進められていた。対談の中で、ガイタ・クロは現代におけるメディアの消費傾向について、自身の見解を述べていた。


◆◇◆◇


「日本のアニメは今や世界中で認められ、多くのファンが映像と音の融合であるアニメやゲームを好む傾向にあります」


 彼はそう語り、続ける。


「もちろん、紙媒体の書籍を好む読者もいますが、現代ではペーパーレス化が進み、全体的な人口傾向としては減少しているのが現実でしょう。そしてさらに、内容は手軽にインプットできるような形式が求められています」


 小説という媒体が抱える課題についての言及だ。


「小説は読書という能動的な行為を必要としますから、現代のニーズには合致しにくい部分があります。ストーリーが壮大であればあるほど、読んでもらうのが難しいというのは、長年作家が抱える悩みなんです。小説を読むには、時に体力や気力が必要な場合も少なくありません。だからこそ、読んでもらうことの難しさを痛感しますね。それが現実です」


 そしてアニメ化の利点については肯定的だった。


「一方で、原作の形がどうであれ、アニメ化されてテレビで放映されれば、一気に多くの人の目に触れ、売れる可能性が格段に高まります。昔からメディアミックスという言葉がありますが、これがその究極形でしょう。色んな媒体で作品を知ってもらうことができるのですからね」


 彼はそう断言する。だが、そこには原作者としての葛藤も伴うという。


「編集者とのやり取りによって、当初の構想と異なる作品になることも日常茶飯事です。しかし、それは著名人になるための、ある種の『犠牲』だと割り切るしかない場合もある。私自身は、異なる手法で有名になることを目指しました。その結果、幸いにも原作が書き換えられることはなかったんです。今回のアニメ化については、率直に喜んでいます。これを機に、今後もさらに執筆に励んでいきたいですね」


◆◇◆◇


 記事の結びには、ガイタ・クロの著名なタイトルが次々と実写化やアニメ化され、初期のあまり有名でなかった作品も再評価されて売れるようになった経緯が綴られていた。彼は今や、誰もがその名を知る売れっ子作家なのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 江茂志市の最南端、整然と緑が広がる公園の片隅に、静かに佇む『川添博物館《かわぞえはくぶつかん》』がある。現在、そこでは一人の画家による特別展示会が開催されている。展示されている作品の中でも、ひときわ人々の視線を釘付けにしている絵画の名は『251の星』。それが今回の目玉である。その作者は、近ごろ急速に脚光を浴びている画家の『柳亮太《やなぎりょうた》』であった。


◆◇◆◇


「とても不思議な絵ですね! もしや、新しい道を開拓されてしまったのでは?」


 観に来た団体客の老婦人の1人が挨拶回りをしていた柳亮太に尋ねた。


「ありがとうございます。もっと感想を頂けたら励みになるのですが、この作品を見てどこか気になるところとかありましたか?」

「いえいえ、私は絵を描けませんし、いいと思ったらいいと言うだけですよ。感想なんて恐れ多くて…ごめんなさい。あ、でも強いて言うならこの『赤い閃光』が鮮やかで好きですね」

「赤い閃光……! よくぞそこに注目してくださいました! 私のこの作品を描いたときの気持ちを聞いていただけますか?」

「おお、作者の貴方様から直々に……ありがとうございます」

「わかりやすくするため、二次元で考えてください。まず、ここに曲線がありますね。この時どんな方向でもいい……インスピレーションで良いので、そこに曲線と交わらない、この赤い閃光のような『軸となる直線』を引きます。この直線に沿って紙を折り曲げた状態で、曲線をマジックペンで『なぞった』なら、対称となる曲線が同時に描かれます。転写の理屈ですね。それは当たり前のことなのですが、これがこの作品のテーマです。今まで想像すら出来なかったものの存在が、じつはお互いにとって重要で身近な存在だった、みたいな。それはふたつでひとつ……つまり『ニコイチ』の事柄です」

「ふむふむ」

「ノートの端っこでも出来る極単純な事ですが、この絵はそれを宇宙に置き換えたものです。この曲線は地球の軌道になります。そして新たにできた曲線はもう1つの星の軌道です。その星の名は……アグダラ」

「!! 少しSFチックな話になってきましたね。私は嫌いじゃありません。ただ、そのアグダラ? という星、本当に存在するのでしょうか?」


 老婦人の質問に柳亮太はもっともらしい顔で、回りくどい言い回しで答える。


「風景画を得意としている私がこの絵を描いたのは、『無』から何かを生み出したいという自分自身に対する1つの挑戦からでした。私は無から描いたつもりですが、私がそれまで経験したことは勝手に表現として出ているかもしれません。『ニコイチ』をこの世の理《ことわり》のひとつとして仄めかす表現を入れていますが、地球と……そしてアグダラ…。なぜこの名前が私の中で出てきたのかはわかりません。そんな星の名前は聞いたこともないし、存在するのかもわかりません。仮に存在するとして、そこは観測不可能な距離に位置するかもしれません……。今の技術には、光ですら太刀打ち出来ない途方もない距離の場所へとたどり着けるものはないでしょう。しかし、逆にこの赤い閃光が意味するもの、例えば『ワープ機構』を作ることが出来たなら、さまざまな遥か遠い惑星に行くことが可能になるかもしれませんよね。この絵には、そんな未知への挑戦というテーマも含まれているのです。そしてそれを実現に近づけられるのはきっと、ブラックホールなどを日夜研究し続けているような、天才科学者の方々なのでしょう……」


◆◇◆◇


◆◇◆◇◆◇◆◇


 最近プロデビューした江茂志出身のロック・バンド『ブラック・ベイル 』は若者の間で大人気だ。エメラルドグリーンの色をした長髪の美しい声のボーカルが歌うサビに『引きずり落とそうとするから気をつけろ!』という歌詞がある。それは、江茂志市の異変を知る者が聞くと謎めいた言葉になるのかもしれない。


 影響や予兆を意味するオミナス・ベイパー。しかし彼ら表現者たちが頭角を現したことがオミナス・ベイパーの一環であるのか、それを知る者は誰もいない。




――続く

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