19.異界の浸食 第一波
心が学校に行こうと実家の店から出た朝のこと。
「心ちゃん! おはようさ~ん!」
それは、ラーメン屋『万寿苑』の主人の声だった。通りがかりに心に挨拶したのだ。
「あ、万寿苑のおじさん! おはよう!!」
心が主人の顔を見ながら元気に挨拶し無意識に瞬きした瞬間、視界の端の、今出てきた実家の店が、一瞬、『全く異なる内装』に見えた気がした。
「え!?」
「ど、どうした!?」
しかしそれは本当に一瞬感じたものだった。目を凝らしたが今は普通だ。気のせいと思った。
「あ、なんでもない……」
万寿苑の主人が去っていったときに、目を擦ってもう一度意識して見てみるが、やはりいつもの駄菓子屋の内装だった。
「やっぱり……何ともないし、いいか……」
◆◇◆◇◆◇◆◇
同日、学校の昼休み、4人で学校の屋上で話していた。レナは遠くを眺めていた。
(何だ今のは!?)
鮮やかな晴天が広がっている空が、一瞬だが、赤透明の下敷きを間に挟んで物を見た時のように赤く見えた。
「ねぇ!! 今、なんか、変にならなかった!?」
眉間にしわを寄せながらケイトに尋ねた。
「ええ!赤くなったように見えた!! 茜は?」
「うん……見えた! 気のせいかと思ったけど……みんなも見えたんだ……」
「聞いて!! わたし、今日家を出るときに店の内装が変わったのが見えた!!」
「は……はは……」
レナは笑って誤魔化したが、なんとも落ち着かない気持ちだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後、心は校庭で他校との練習試合で1人足りないからと、サッカー部員に飛び入り参加を頼まれ承諾した。
ドリブル中に足元がぐらつく感覚に襲われ、その時は地震かと思ったが、その後、ゴールポストが歪んで見えた。慌ててボールを制止し、周囲を見渡すが、他の生徒たちは何事もないように心めがけて走ってくる。
(何故、皆なんともないんだ? レナたちはさっき見えたと言った。本当に『普通の人』には、この異変が見えていないのか?)
◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜、自分の部屋で趣味の読書に没頭していた茜は、ふいに顔を上げた。するとまた一瞬、今いる場所が全く異なる場所になった。そこは石造りの建物内で、天井がドーム状だった。昼間の一瞬赤くなるどころではない。しかし、目をこすって再度目を開けた瞬間には元の自分の部屋に戻っていた。
「まただ……!!」
特に危険にさらされたわけではない。しかし心たち四人がその日に体験したそれらの瞬間の出来事は、「これからあなたたちに降りかかる」と咲が言っていたとおり、卓越感情保持者たちだけが『意識』できる、オミナス・ベイパーの異変だった。
しかしそのことを考えていてもどうすることもできない。茜は、昨日決めたことを実施に移そうと、その後、ケイトの家へ向かいながら電話した。
『ケイト、今大丈夫?』
『うん? 大丈夫だけど、どうしたの?』
夜中に会う二人。茜は持っていた鞄の中から漆黒の書を取り出し、ケイトに伝えた。
「これさ、力を授かったのはケイトだから、やっぱりケイトが持つべきものだと思ったんだ。それでこれを渡しに来たんだよ」
「え……でも、それは茜がとても大切にしているものでしょう?」
「私じゃだめだということは十分わかったから」
「そうなの? わざわざ……ありがとう! 大事にするね。少し、寄っていく? お茶でも?」
「ありがとう。じゃ、少しだけお邪魔しようかな……」
少しだけ、二人は『お喋り』を楽しんだのだった。
――続く




