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18.四人の想い

 倉庫の裏を出た場所で、そのまま解散でも良かったが、ことの重大さを忘れて欲しくなかった勘吉は、心たちも神宮寺家に連れて帰った。一緒に庭園を少し散歩したが、四人の沈黙を見届けると、「遅くなるので今日は帰った方がいい」と促した。


 心、ケイト、茜が神宮寺家の門から外へ出ると、レナが申し訳なさそうに頭を下げた。


「何か……今日は色々、悪かったな……」


 それがレナの、別れ際の挨拶だった。


「ホントだよ!! 色々教えてもらったけど、私、教えてもらった言葉とか全然覚えてなぁい!」

「そうだね、色々……知見が多すぎた」


 心と茜が苦笑いをする中、レナが皆へ申し訳なさそうに言った。


「私も……神宮寺家の娘だけど、BRFのことは少しだけしか教えてもらってなかったんだ……」

「レナのお母さん初めて見たけど、レナそっくりでびっくりしたぁ!!」

「はは……よく言われる」

「レナのお父さんも咲さんも、少しずつの理解で良いと仰っていたけれど……やっぱりとても壮大な話だわ……」

「あぁ~まぁ、そういうわけで今日は色々あったけど、明日からもよろしくな!」

「うん」

「えぇ」

「またな!」


 レナの家から出て、待ち合わせをした公園を暫く歩くと、3人の帰路は分岐した。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 心は今日の出来事を頭の中で振り返る。三年前から通っている神宮寺道場、その奥の地下に存在していたBRF施設、施設内で働く従業員の人間とロボット、BRFという組織のリサーチ能力、ブラモン、オミナス・ベイパーという現象、そして卓越感情という概念。聞いた名前を完全には覚えていないが、なんとなく理解は出来た。しかし、地球の危機というタイムリミットが一年しかないことを唐突に聞かされたところで、すぐに気持ちを切り替えることなど出来なかった。日常からかけ離れすぎていて荒唐無稽な話だ。


 しかし、ナオトくんのことについては、かなり前向きに考えることが出来るようになったことは、心にとって最大の収穫だった。咲が写真を見せてくれたのだから。『ナオトくんはきっとどこかで絶対生きているはず』。そう思ってずっと強さを求めてきた。そしてBRFの話から、その考えは当たっていた。尤も、連れ去られたその場所が、この地球上ではない『惑星』だったことは、想像を遥かに超えていたし、惑星というなら、現代の科学では不可能なことは容易く想像できる。惑星と知る前から行き方の考えはあった。ブラモンが引きずりこむ黒い穴『漆黒の穴』を利用することだ。その考えが強くなった。


 そもそも惑星というなら、もし行けたとして地球と同じく『呼吸』が可能なのか?とか、『言葉』は通じるのか? 等、色々懸念も湧いてくるし、普通なら一年というタイムリミットに対し焦ったり愕然とするに至るのが普通かもしれないが、幼少のころから変わらない目的を持つ心にとっては、期待の感情の方が大きく、胸を熱くさせたのだった。


 そして、心は思った。


(13年前、警察がナオトくん誘拐の訴えを信じてくれなかったことも、今ならわかる……。あの人たちは、意地悪や面倒だからと自分を門前払いにしたわけではなく、本当にただのピンボケ写真にしか見えていなかったのだ。大人たちを恨むのは筋違いだった……。でも、それは同時にやはりだれにも頼れないということだ。自分がやるしかないという事実は、何一つ変わらない)


 心はずっと、家事や店の手伝い以外の時間は、道場での鍛錬の他に自主トレに励んでいる。


「やることは何も変わらない。よし、今日もやるぞ!!」


 江茂志市の境を流れる大きな曽井川。心の『全速力マラソン』の一部であるその景色は、良い気分転換になる。心は靴ひもをきゅっと締め直すと、まっすぐ前を見据えて走り出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 心たちが見えなくなると、レナは敷地内の門の近くの水道で足を洗い、自分の部屋へと向かった。


 誰が見ても『年頃の女性』のものとは思えないレナの部屋。母屋は日本家屋だが、そこだけはフローリング仕様だ。なるべく黒で統一されており、目立つものといえば、数々の格闘技の雑誌が並ぶ本棚と、ある格闘家のポスターが壁に一枚貼ってあるくらいで、勉強机とタンス、クローゼットの中にはさまざまな種類の道着がかけられ、窓際にはシングルベッドがある。


 そんな部屋に親友である心を連れて来たことが数回あった。入ってくるたびに心に言われたのは、「私の部屋よりも女の子の部屋っぽくない空間!!」。それを聞いてお互いに笑い合う。「ピンクの小物や可愛いぬいぐるみとかを買ってきて、可愛い部屋にしたら、心はびっくりするだろう」という冗談を考えたこともあったが、金と時間の無駄になるので、それは一時の妄想で終わった。


 ベッドに仰向けになって寝そべり、手を頭の後ろに組みながら、今日のことを振り返る。


◆◇◆◇


 心との真剣勝負や和解のやり取りまで掌で踊らされていたことには腹が立ったのは事実だ。でもその後の咲さんと親父の言葉で納得はした。でも、他の三人は、どう思っているだろう? 神宮寺家の娘だから私もBRFの『回し者』とか疑われたかもしれない。それが嫌だったからみんなに謝罪した。そして地球の危機を聞かされて、今どんな気持ちでいるだろう? 私も具体的には聞いていなかったが、その危機については漠然とは聞かされていて、その為に神宮寺道場が最強の戦士を作ろうとしていることも知っていた。


 なるようにしかならないのだろうが、結局は、この先BRFの言うとおりに動くことになるのか? なるべくは良い方向に向かうようにしたい。より強さを求める姿勢は心と同じようにのぞむのが賢明だと思うが、心と私には絶対的な違いがある。それは強くなるための理由だ。心はナオトくん奪回という確固たる理由がある。私も……アグダラに行く前には、自分なりの別の理由が欲しい……。


◆◇◆◇


 あれこれと思考を巡らせたレナだったが、疲れが溜まったせいか、知らぬ間にその姿勢のまま眠りについていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「あ、お嬢様!」

「あぁ、圭介さん」


 ケイトが少し疲れた顔で郊外を一人で歩いていると、彼女を待っていたかのように、車体の側面にASAHINA Groupと記されたワゴン車が停車していた。そのそばで立っていた運転手は、見た目が二十代後半の男性、『沖田《おきた》 圭介《けいすけ》』という、幼少の頃からケイトの『世話役』を任されている人物であった。偶然を装い合流したのは、ケイトがその時居る場所の遥か上空でその安全を監視している上空監視班の判断で、地上班である彼に連絡された為である。


「お疲れのようですね。乗っていきませんか?」

「ありがとう。うーん……それじゃぁ……今日はお言葉に甘えても良いかしら……」


 ケイトは余程のことが無い限り、圭介に甘えないようにしていた。しかしその日は流石に疲れていたため、圭介の申し出を受け入れた。圭介は二列目のドアを開けてケイトを運転席の後ろに座らせると、運転席に戻り車を走らせた。


ブゥゥゥゥ……


 車内では車の走行音だけが静かに聞こえている。ケイトは変わりゆく景色を神妙な面持ちで見つめていた。圭介は運転しながらも、そのいつもと違う表情を見逃さなかった。


「どうかされたのですか……お困りごとでも……?」

「……ううん、何でも無い……」

「そうですか……」


 ケイトは車窓に視線を落としたまま、思考を巡らせる。


◆◇◆◇


 圭介さんはここ数日の間に私に起こった出来事、それすらも知りえない人……BRFで聞かされた『地球の危機』は、自分でも未だ信じられない……それを、どうして伝えることができようか……。圭介さんにもご家族がいて、私よりも長く生きてきた人生がある。言えば不安を煽るだけ……。私に宿った能力は、なんの為にあるのだろう? それは一年後の出来事を阻止する力になりえるのか? 私に……何が出来るのだろう……。茜たちは、同じことを知らされて、どんな思いだろう……? タイムリミットまでの一年間が、私には…………とても短すぎる……。


◆◇◆◇


 かつて能力を得た時の喜びとは違い、不安の感情に支配されているケイト。その右手は、ぼんやりと…黄色く煌めくのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇


 茜は、BRFから聞かされてずっと焦っていた。最も茜を動揺させたのは、一年後に迫っているという地球の危機のことだったが、何しろスケールが壮大すぎた。BRFのその他の情報の中には、新たな知見がいくつも含まれていた。BRFのリサーチ能力は勿論のこと、アグダラが惑星であること、黒い生命体や黒い穴が実在すること、そして自分が時刻表と呼んでいた、今も所持しているこの『漆黒の書』が、江茂志に全部で八冊あるとか。


 茜はこれまで、何度か自身が持っている漆黒の書を開いて、未来を調べようとしたことがあった。しかし、なかなか現れないし、現れたとしても見えるのは当日の朝でその日のことだけ。咲は漆黒の書から能力を貰うことができ、それによってその先の未来が見えたために、地球の危機を予知できたという。しかし茜が持つ漆黒の書は能力を茜にもたらすことは無かった。それはその本の当事者がケイトだったからだ。


◆◇◆◇


 私は、これまで数えきれない程の本を読むことで、知識を身に着けてきた。読書は自分が想像すらしたことのない世界へ連れて行ってくれる。現実離れしたSFチックなストーリーに触れることも出来る。でも、本を読む理由は、いつからか、どうしたら自分の身近な人間が幸福になれるか、それを考えるためと変わっていた。どうしたら父を『昔のお父さん』に戻せるのか。そのヒントがどこかに無いかと。

 心とレナには強くなろうとする目的があって、ケイトは能力でみんなの危機を救った実績がある。心たち3人を羨ましく思う自分自身に虫唾が走る。自分には、何があるのだろう。私も誰かの力になれるよう、ケイトのように能力を得たい……。


◆◇◆◇


 そんなことを考えているとアパートの家に着いた。リビングに入ると酔っ払って寝ていた父親は、涙を流していた。


「ぐぅ……こんちくしょう……」

(お父さん……)


 茜は、父親のちかくにあるタオルケットを掛けてあげ、隣の自分の部屋に移った。気になって漆黒の書に触れてみる。


ビビッ……!


 しかし、拒絶が起こり、それ以上何も起こらない。新しいページを開くと、ぼんやり字が書いてあるようにも見えるが、実際読むことは出来ない。


「くそ……」


 読むことを諦め、寝ている父親のそばにある安い銘柄の煙草に手を伸ばす。それに火をつけて、吸ってみた。


「おえっ……!! 気持ち悪い……!!」


 すぐに気分が悪くなり、とても後悔した。それは茜が吸った最初で最後の煙草だった。


 自分の部屋へ戻った茜は、それとなく本棚にある整列されたガイタ・クロの本の背表紙を指でなぞった。


(読書は……過酷な日常の辛さから一瞬でも離れることも出来る。これ以上ない喜びだ)


 特に好きな小説などについては、自分でその物語についての『考察ノート』を書くほどだった。


ビビッ……!


 茜は再度、漆黒の書を取り出すと、見つめた。


(この漆黒の書は、未来を左右する予言書。特別な力をふさわしい者に与えるものでもあるが、自分には作用しないものということはわかった。この漆黒の書は、ケイトに力を与えたのだからケイトが所持するべきものだ。この本は、明日ケイトに渡そう! ケイトのこの本の番号が「4」、そして咲さんのが「5」。この江茂志市に全部で8冊あるというなら、それ以外の「1」から「8」までが他にあるはず。そして……残り6冊。自分の漆黒の書を探し出そう!)


 そう決意した茜の表情は、いつも以上に鋭い目で、かつ美しく輝いていた。




――続く

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