17.タイムリミット
勘吉が運転するワゴン車の後ろのシートで、咲がノートパソコンを見て言った。
「支部長……強力な『シーク波』をキャッチし、場所が特定されました。目的地を送ります……」
「わかった」
会議室から連れ出された後、わけがわからぬまま、心たちは走るワゴン車の中で横目でその画面を見ていた。
キキィーッ……
車窓からの景色が徐々に生活圏へと変わり、どこかの裏道を走っていたが、あるところで、心が気づいた。
(ん? ここ……『河島』じゃんか)
◆◇◆◇◆◇◆◇
そうして黒いワゴン車が停車したのは、心たちのよく知る、見慣れた景色の中だった。そして到着したのは、心の実家である駄菓子屋、クリーンハウスがある河島団地センター商店街。その入り口にそびえるスーパーマーケット『バーチュー』の裏手にある倉庫近くの駐車場。
「着いたわ、みんな降りて!」
(……なんでこんなところで降ろすんだ?)
心たちがわけがわからないまま車を降りたその場所は、見上げれば巨大なスーパーの壁面にバーチューの大きな看板が見える。商店街の入り口となる広場のある、最寄り駅へと続くバス通り側だ。スーパーに向かおうとする初老男性と買い物を済ませて帰ろうとする老婦人がそこを通り過ぎた。
「ついてきて……」
「ねぇ、咲さん、なんでこんなところに?」
咲は静かに倉庫の奥の暗がりを指差した。その後ろで、勘吉もまた鋭い視線でそこを見据えていた。
「目を凝らして、あの地面をよく見てみて……!」
「え……?」
四人が言われた通り視線を向けると、最初はただの倉庫の床にしか見えなかったが、数秒もしないうちに、心たちの目にそれがはっきりと映り始めた。
「え……!?」
「なんだこれ……!」
「!!」
思わず心とレナが口を開いたが、ケイトと茜も同じく驚いた。その倉庫の奥、咲が指さしたその地面の空気が、まるで水面のようにぐにゃぐにゃと歪んで波打っていた。蜃気楼などではない。地面の一部が、そこだけ別の法則に支配されているかのように異質な色を帯びて淀んでいるのだ。
「あれは……? 空気が乱れているの……!?」
ケイトが口元を押さえて息を呑む横で、小豆色の髪の茜は無表情のまま、その不気味なその『歪み』をじっと見つめていた。
「ここは、オミナス・ベイパーが極端に濃く滞留している場所だった。だからあのように見える」
咲が四人の背後から冷徹な声を響かせる。
「普通の人間がここに来ても、ただの倉庫裏にしか見えない。デジタルの監視カメラにはノイズしか映らないし、アナログの写真には黒いピンボケのシミにしか写らない。 けれど、『14年前の宇宙線の影響を受けた』であろうあなたたちには、世界の『綻び』がはっきりと視認できるはず……」
ブォォォォン……
突如、歪んだ地面の中心で、空気が重く震えるような低い音が聞こえた気がした。
「はっ!?」
心が身構えた瞬間、地面の歪の中に、動かぬ黒点が現れたかと思うと、次の瞬間、それが膨張し、直径1メートル程の真っ黒な穴となった。
(あ……あの……あの穴は……!!)
心が胸中で叫んだ。
ズルルッ……
穴の中から出てきたのは、『小動物』の形をしたものだった。直後、穴は急速に一点に『収束』すると、最後に残った点も跡形もなく消えた。
「え……あれは……ウサギ……か?」
「そう。ウサギに似てはいる。しかし決して地球の動物ではない生命体」
「え?」
「今からその証拠をみせるわ……ふー、あんまりやりたくないのだけど……」
スチャ!!
四人とも、嫌な予感はした。その瞬間、取り出した銃の形をしたそれを『ウサギに似たもの』に向けた咲。
ピチューン!!
咲が引き金を引くと、銃口から放たれた高出力の『電磁ネット』が獣の影を正確に捉えた。
ビキビキビキ……
「ギャーーー!!」
その生き物は、ネットの閃光に焼かれると黒い靄となり、先ほど消えた穴と同様に一点へ収束し、同じように消えた。
「今のは!?」
「こっちの『動物』は、あのような死に方はしないでしょ? 今見せたのは、ブラモンという生命体の死に方よ……」
「ウサギを……殺しちゃったの!?」
「ウサギではないと言ったはず。今のは、向こうの『ブラモン』という名の生物の一種。そして今『ブラモン』が見えたなら、あなたたちは『卓越感情を既にもっていた』という証拠。全員見えているようね!」
「た、たしかに見えたな……見えなかった人いる?」
レナのその問いに名乗り出るものはいなかった。
「えーと……はい!! 卓越感情って何!?」
「それは、14年前のあの宇宙線の影響を受けて、且つ、当時7歳以下の者だけがその才能を持つことができる『概念』よ」
「14年前、私たちは3歳……なるほど……」
「でも、保持者になれるかどうかは運か、後天的保持者になれるかは努力次第。だから私はあなた達が保持者かどうか確認したかったのよ」
「へぇ! それって凄いことなの?」
「まぁ、ラッキーとは言えるかも知れないわね。かもだけど」
「……で、咲さん? 今のウサギ……じゃなくてブラモンはどこへ?」
「あの『小動物型』のブラモンは、間違ってこの地球にきてしまったブラモンなの。地球外生命体ゆえ、かわいそうだけど、『処分』したわ。そして相手が小動物系のブラモンならばこのように、開発した対ブラモン用特殊兵器なら倒すことは雑作も無いことだけれど、『目的があって強い敵が襲来』した時、対処しなければならない。もう……だいたい言ってる意味わかるわよね?」
「つまり、地球外からきた生物を倒さなきゃいけなくなるってこと!?」
「そのとおり……そして私が一度出会った向こうからの使者の写真がこれ……」
「これは……!! こいつは……!!」
「施設に入るとき、オブジェを見たでしょう? それと同じ姿。黒い生命体だからブラック・モンスター、ブラモンと呼んでいるのよ」
そこに映っていたブラモンと呼ばれるものは、心の幼馴染を連れ去った生き物と全く同じ形の生命体だった。
静寂が戻った倉庫の裏で、みな、あっけにとられていた。
「地球外から敵がくる……?」
ケイトが震える声で呟く。咲は銃を収めると、四人の前に歩み出た。
「会議室で言葉を並べるよりは、容易に『理解』できたはず……。まずオミナス・ベイパーを体験してみないと、説明しても、信じてもらえないと思って。最初に見た『あの歪み』は、アグダラからの浸食っていうわけ。そして、ブラモンたちが通ってこの世界へ送り込んでくるあの真っ暗な空間の裂け目を、私たちは『漆黒の穴』と呼んでいるわ」
咲は言葉を切り、まっすぐに四人の目を見据えた。
「私が『漆黒の書』から読み取った未来を教えるわね。もしこの浸食をこのまま放置していれば、この江茂志市全体があの空間のように歪み、アグダラの軍勢が押し寄せる。そして私たちに突きつけられたタイムリミットは、『あと一年』」
「一年……!?」
心たちの胸に、その言葉が重く、冷たく突き刺さる。ただの喧嘩や、学校の噂話とは次元が違う。自分たちが生きる街、そして心の家があるこの商店街そのものも、たった一年で消滅するかもしれないという現実を突きつけられた。
「ちょっと待ってよ……!」
耐えきれなくなったように、茜が声を上げた。
「あの……宇宙線とか、秘密組織とか、一年で世界が滅ぶとか……こんな急展開、まるでSFのそれですよね……!? 私は小説を読むことが好きです。だからかなり歩み寄って……理解したとしましょう。でも、なんで私たちなんですか……ただの高校生なのに……!」
茜の悲痛な叫びは、みんなの心の声を代弁したつもりだった。しかし咲は表情を崩さず、勘吉もまた、重苦しい沈黙でそれに答えるだけだった。突きつけられたのは、逃げ場のない『現実』なのだ。
沈黙を破るように、ケイトが震える声で尋ねた。
「あの、素朴な疑問なのですが……地球外からってことは、アグダラは『惑星』といいたいのですか?」
「突拍子もない展開でごめんなさいね。本当に。でも惑星であることは確か。どこにあるかは不明だけど、私自身が読めたから言える事実なのよ。読めたと言っているのは、卓越感情を持っている全員が読めるというわけではないことよ。そして意思があるかのように浮き出てくる漆黒の書、実際のその時になるまで、本の内容に確たる証拠はない。ただの未来の事実となりえる内容が現れるだけだから。そしてあなたたちが、説明を聞き、ブラモンと漆黒の穴をみても今も尚、その現実味のなさから信じきれないでいるのもわかっています。でもしだいに……これからあなたたちに降りかかるであろうオミナス・ベイパーによって、認めざるを得なくなるのも事実なのです。オミナス・ベイパーの波長の所在が日々増えているデータがあるから!」
咲が実際に漆黒の書の内容を読んだという証拠はないが、漆黒の書のことを知っていたケイトと茜は、咲は事実をいっているのだろうと納得できた。
「……冗談だろって、笑い飛ばしたいけどさ」
心は、ぎゅっと拳を握りしめた。
「みんな、あのクレッシェンド山で赤いビームの中の光景を見てる……。あの時も信じられなかった。でも今は信じるしかない。あれは地球じゃない、『外の』砂漠だった……」
「心の言う通り、わたしたちは全員、アグダラの光景を見たんだよな……」
「そう考えるのが……普通なのかもしれないわね……」
「惑星……か……はは……そして一年……速すぎる」
「確かに信じがたいことだ。しかし我々BRFは、全力でお前たちをサポートする。アグダラの干渉を断ち切れるのは、お前たちのような『卓越感情』を宿した者だけなのだ……」
勘吉が、険しい表情のまま静かに締めくくった。
「……自分たちに何ができるのか。これから、どうすべきなのか。……家に帰って、よく考えるんだ……。私は支部長としてやらなければならないことが山ほどある。これからは、咲がおまえたちに用を伝える……よろしく頼む」
夕闇が迫るスーパーマーケットの裏手にも、バス通りからのくぐもった車の走行音が響く。四人は、誰も言葉を発することができなかった。ただ、眼前に突きつけられた「地球の危機」という圧倒的な現実だけが、彼女たちの心に重くのしかかっていた。
――続く
※修正箇所
ヤマンバ山→クレッシェンド山




