16.見えない浸食
ポチッ……
勘吉がビデオ映像を一時停止し会議室の明りを点けた。ビデオは、心にとって忌々しいあのブラモンの姿が映っている。そして勘吉が言った。
「我々の組織BRFの誕生と存在意義は分かってくれたと思う。ここまでは、理解……できているな?」
「なんで映像を切る!? ちょうどそのブラモン? とかいうのがやっと出てきたのに!!」
心が突っ込んだ。
「停めたのは、ビデオの説明よりもあとで『現地』で実際に見てもらおうと思ってのことだ。その前に、本題を伝えなければならないのだ。」
勘吉が言うと同時に会議室のドアが開く。先ほどのビデオに映っていた女性、西条咲がスタスタと部屋の中央に歩み出た。
「彼女は、ここの捜査部長の西条咲。これから、お前たちの水先案内人となる」
「西条咲です。よろしく」
心たちに一礼した。心・ケイト・茜は、その見た目から若い人だと思った。しかし茜はその腕にある無数の傷を見逃さなかった。
(新しい傷に見える……何か……作業でもしていたのか……?)
「順を追って話します。あなたたちが見たはずの『赤いビーム』。あのビームは『普通の人間』は目視できません。14年前のあの宇宙線の影響を受け、さらに当時7歳以下だった者だけにしか見えないものです。故にあなたたちはあの場所へ辿り着けたのです」
「え、咲さん赤いビームのことを知ってたの?」
「まぁ。」
咲は答えを濁した。
「14年前って3歳か……」
ふと、茜が呟いた。
「ところで……我々BRFは、3年前の9月23日夕方、二人の少女が『取っ組み合いの喧嘩』をしていたことも知っています」
「何を……言っているんだ……?」
そういいながら心とレナを指さした。
「ん……? 私たち?」
心は不思議に思ったが、レナはハッとした。あの日、心に勝った時のその直前の出来事を思い出した。心を気絶させる直前、『茂みの中で浮遊していたプロペラ機』を目撃したことを思い出した。咲がリモコンを操作すると、天井から真っ黒な機体が降りてきた。
ウィーーーーン……
「これは監視ドローン……」
「はぁ!? 今までのこと……全部知っていたっていう……のか? 勝手に!?」
「へ、へぇ……私たちは、ずっと見られてたってことか……なんか……嫌な気分……」
レナと心が抗議した。しかし、勘吉と咲の表情には微塵の動揺もなかった。
「あなたたちを追跡していたことは謝ります。しかし、私たちが監視していたのは個人のプライバシーについてじゃない。あなたたちの周りを調べていたのは、世界の『壊れ方』を調査する一環です。BRFが記録をとらなければ、『手遅れ』になっていたかもしれないのです。世界が『燃え落ちそう』になっている時に、誰が喧嘩したかなんてことはどうでもいい……。欲しかったのはデータ、それだけです。」
咲の一喝に言葉を失う心たちを尻目に、勘吉が凄みをきかせる。
「お前たちが大人のやり方が気に食わないと平和に怒っていられるのは、地球がまだ生きながらえているからだ。だが、見えないところでこの地球という船の浸食はすでに始まっているのだ!」
「手遅れ? 浸食……? さっきから……何を……」
咲は頷いた。
「我々BRFは、その特殊な波長の宇宙線と、それが引き起こす異変のことを『オミナス・ベイパー』と呼んでいます。直訳すれば不気味な霧。あなたたちが見た赤いビームも、そのオミナス・ベイパーのひとつだったのです」
「オミナス・ベイパー……」
「……そして、何故BRFが、迫りつつある危機のことを知っているのか。それは、この『漆黒の書』の内容を私が読めたから……」
咲は徐ろに、目の前の机の上にその本を置いた。
「あ! その本は……」
茜は、驚きの眼差しでそれを見つめた。
(私の持っているものと同じあの本は……『漆黒の書』というのか……そしてBRFもそれを知っている……!?)
ケイトは目を見開いた。その表紙には『ゲイム・ジェン・ヨハン 5』と印字されていた。
「その本が……なんだって?」
触れようとする心。ケイトと茜は触れない方がいいと思ったが咲が続けた。
「触れては駄目……これは『私の本』だから、触れた瞬間に本に拒絶されるでしょう。そしてこれはその材質から、地球で作られたものではないと結論付けられているわ。つまり『向こう』で作られた書物……そしてその内容は、予言です……」
「向こうって?」
心が思わず尋ねると、咲は静かに答えた。
「この漆黒の書は、オミナス・ベイパーと深く結びついているわ。私がこの本から読み取った情報によると、この江茂志市のどこかに、これと同じものが全部で八冊、存在しているとのこと。」
「ちょっと待ってよ……」
心は頭を抱え込んだ。
「宇宙線に、神隠しに、それにオミナスなんとかと……漆黒の書? ……混乱して、もう頭がついていけないよ……」
只々愕然とする四人を見て、咲は漆黒の書を仕舞い込み、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
「でしょうね。あまりにも内容が非現実的で突拍子もないこと……。ここでこれ以上、口で理屈を並べたところで、到底理解しきれないでしょう」
(でしょうねって……わたし馬鹿にされてんのか?)
「だから、言葉での説明はここまでにする。先ほど支部長が後で見せるといったブラモンをこれから探しに行き、あなたたちに見てもらう必要がある。」
咲の言葉に、四人は顔を上げたが、勘吉が立ち上がり、重々しく言った。
「百聞は一見に如かずだ。この江茂志市が、裏側でどうなりつつあるのか。言葉で言っても信じられないだろうからな……その目で見てもらう」
「見てもらう?」
「お前たち、外へ出るぞ。ついてこい」
突然の外出の指示。どこへ連れて行かれるのか、何を見せられるのか。心たち四人は顔を見合わせ、重苦しい緊張感とわずかな恐怖を抱えたまま、会議室を後にするのだった。
――続く




