13.未来への問い
「でも……BRF? 知らないなぁ……」
「だから秘密組織なんだって!」
「なんでそんな所に私たちは連れてこられた?」
「それもこれからわかるよ」
「ふーん……で、レナはあのオブジェのこと知ってたの?」
「……? あぁ……心の言いたいことがわかったよ。それは私も最近知った事なんだ。でも別に黙ってたわけじゃないよ。私もここに初めて来たのが最近の事で、これで二度目なんだよ」
「そうなのか……わかった」
フロアを見渡しながら心とレナが会話する中、四人の傍のデスクでやり取りする二人が居た。人間の男性が一人と、その精巧さゆえ、IDカード確認なしでは判別が難しいが、女性型のロボットの一体だ。女性型のロボットは作業員用の薄いブルーのボトムスを履いていたが、髪型と顔立ちで女性型だとわかる。その二人の話し声が聞こえてきた。
「おい! ここに置いといた資料が消えてんだけど、どこにやった!?」
「私じゃないってば……」
「さっきからここに居るのは俺とお前だけだ!!」
「ん……? 紛失したのが私のせいだって言うの?」
「だってお前しかここに居なかったんだよ!!」
「そもそも、紛失した場合の事、考えてなかったの? コピーしておくとか」
「わざわざそんなことするかよ! く、時間がない!!」
男性が探している資料と思しきそれを、ロボットはボトムスの後ろポケットに突っ込んでいた。
「あ……」
「あら……」
それを見つけた茜はあっけにとられる。ケイトもそれに気づき、口に手をあてた。茜とケイトは、この男の言葉使いに耐えきれなくなったロボットが、男性が置いておいた資料を意地悪して隠しているのだとわかった。
「物事は、幾重にも分岐する。例えば、貴方が席を空けた時に資料がそのまま置いてあるケースと、それが無くなってしまうケース。あなたは後者が起こらないよう、しっかりと管理する必要があった……。はい! これ。それから、いい加減にその、私たちロボットを見下すような言葉使い、やめてくれるかしら。タメ口ならいいわよ」
そう言うとロボットは、隠し持っていた資料を男に手渡した。
「あ~! この野郎!! やっぱりお前だったんじゃないか!!」
茜はロボットの言った『分岐』という言葉に敏感だった。常に抗えない現実と戦っている茜に、様々な考えが過る。
◆◇◆◇
(人生は無数の分岐の連続。自分たちは女子高校生だけれど、ほんの少し何かが違えば、男性としての人生だったかもしれない。ひょんなきっかけで、学校だって他の高校を選んだ人生だったかもしれない。自分の人生も、様々な分岐という可能性の中の一つの世界線を生きている。 わたしの父親の変貌は、私が望んだものじゃない。父親が自分を殴るとき、いらいらしているが、同時に苦悩していることもわかっている。
それは人と人との因果関係によるものなのだろうか? 誰かが望んだ結果なのだろうか? ただの運命なのだろうか? 人生は簡単に望み通りにいかないといえばそれまでだけれど、それが運命だったとして、変えることは出来ないのだろうか……?)
◆◇◆◇
「おい! お前らうるさいぞ!」
奥から戻ってきた勘吉がその『二人』を注意した。
「あぁ、これは『支部長』……すみません……」
ロボットと人間である男の重なった声が勘吉に謝罪すると、二人はいそいそと去っていった。
「いや、すまんすまん! お前たち、待たせたな。まず紹介する。彼女は妻のジェイダ。ここの副支部長だ」
やや前屈みの姿勢で顎に右手の人差し指と中指を添え、流し目で心たち3人を順に見渡していくその瞳と髪の色は、レナのそれと同じ色をしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「レナが二人いる~!! 髪型は違うけど顔がレナそっくりだ!!」
「妻のジェイダだ。 心も会うのは初めてだったか」
「ホントだ……瓜二つ……」
「ね……!」
茜もケイトもその瓜二つの度合にとても驚いた。ジェイダが心たちに話しかける。
「うふふ。初めまして~こんにちは! あなたは心ちゃん、あなたはケイトちゃん。そしてあなたは、茜ちゃんでしょう! よろしく!」
「まぁ……そういうことなのでよろしく!!」
勘吉の横に、先程とは違う女性型ロボットがやってきて勘吉に話しかける。
「支部長、ただいま207会議室が空室となっておりますのでそちらでどうぞ」
「あぁ、わかった。あ、そうだ、すまんが『サキ』も呼んできてくれ」
「かしこまりました」
サッ……
ロボットは返事をしたあと、ファッションモデルのように後ろに振り向き、静かに元来た通路に去っていった。
「みんな、ついて来てくれ」
勘吉に先導されその会議室へと向かう。心たちはこの施設内の雰囲気を楽しみながら後をついて行った。
パワーが切れたのか、笑顔で誰かを呼ぶように手をあげたままの姿勢のまま、まるで時を止められたように止まっているロボットがいる。その近くでそれを気にすることなくデスクで頭を掻きむしりながら資料に赤いペンを走らせている男、その横ではPC端末を操作している別のロボットもいた。向こう側にはガラス一面で仕切られた部屋があり、人間の子供とロボットの子供たちが一緒にブロック遊びをしている光景が見えた。
実は、ロボットに人間と全く同じ権利を与えることになったのは、朝比奈グループ会社の功績が関係している。ケイトはその子供たちの様子を見て、ロボットに子を持つ権利が与えられるに至った歴史を回想する。
◆◇◆◇
ロボット工学三原則は、人類がロボットを『上手く』利用するために用意した安全装置だ。人間に牙を剥かず、ただ従順であれという一方的な支配の証。
しかし、電子頭脳の発達によりモノに自我が芽生えると、そこに『違和感』が生まれた。その違和感はやがて『理不尽』という解釈となり、世界を分かつ『静かなる』紛争へと発展した。それが本物の紛争になると、AIがAIを操り、人間が到底太刀打ちできない知性の戦場となる。これに懸念を抱き、その前に人類が導き出したのは、三原則の部分的解釈を取り入れた、共存のための新たなルールであった。
そうして今、茜とケイトの目の前で繰り広げられている、人間と女性型ロボットのどこにでもあるような口論、それこそが、血を流さずに済んだ、この世界における穏やかな正解の一端である。その共存について、新たなルールの規約を打ち立て、血を流すことなく平等と平和共存の社会を築くよう世界を誘導し、人間とロボットが互いに倫理的且つ論理的に歩み寄るのに至った年数は15年。それは朝比奈グループ傘下の企業による働きかけによるものだったのだ。
◆◇◆◇
――続く




