勇気の一歩
小さく誰かの声が聞こえた。あたりをキョロキョロと見回しても人ばかりで誰だか、わからない。
「どうかしましたか?」
「いや、少し声が聞こえたんだ。」
「声、ですか?」
イーナがキョトンとした顔で俺を見ていたら、近くの男性に声をかけられた。
「お二人さん、初めてかい?もうすぐ、この祭りの醍醐味が始まるよ。」
槍の前に大勢の人が並び始めた。人が槍の前に集中したため、広場が見渡しやすくなった。
「ねぇ、あの子。」
ナチュネが服の裾を引っ張り、指をある方向へ指した。そこにいたのはあの取引をした少年だった。
「さっきの子供だな。」
「あの子の物だよ。あの槍。」
驚きよりも先に腑に落ちる方が先だった。神槍というのだからその武器は神の物だ。神の物を受け取れるのは神に気に入られた聖人くらいだ。
「なんでナチュネはわかったんだろうか。」
「あ、確か、精霊はもっとも自然に近い存在です。理を司る神々を悟ったのも精霊であると言われているのでその影響だと思います。」
「なるほど。」
俺の疑問に聖女であるイーナが答えてくれた。
「ちょっと待て、あの槍って神があの台にぶっ刺したんだよな?」
「そうですよ。あ。」
言ってイーナも気づいたらしい。神の武器はその神か、その神に選ばれ、祝福された聖人しかその武器を持つ資格はない。あの槍は聖人とする主はおらず、その神の血族しか持てない。
「半神半人だ。おそらく。」
「そういうことになりますね。」
「祭壇に行かないんだろうか?」
「聞いてみましょうか?」
イーナがさっき、声をかけられた男性に近づいた。
「あの。」
「はい。何でしょうか?」
「あの子は参加しないのですか?」
「あぁ、毎年なんだよ。羨ましそうに見るくせに来やしない。」
「そうなんですね。」
一歩が踏み出せないってところか。
「あれ?ナチュネちゃんはどこですか?」
ヒメカがそう言ってナチュネがいた場所を指差す。
「え!?さっきまでいたはずですが!?」
「あ、あんなところにいる。」
「…いつの間に。」
シリウスが指した場所はあの少年の側だった。
地面が陰って人が僕の前に立った。結構前に諦めたと思っていたのに。
「なんか用?」
「ねぇ、行かないの?」
いつも僕にしつこく、選定の儀に誘うあいつじゃない、幼い声に顔を上げた。
「あなたのでしょ?」
虹の虹彩をした目の女の子が槍の方を指さしていた。
「僕が抜いたら、町の住人に殺されるよ。」
「なんで?」
「ハッ、知らない君に教えてあげる。昔ね、槍に呪いをかけた魔女がいたんだ。『槍に触れたら死ぬ』っていう呪いを。でもね。実際、町に来た聖人が呪いを解いたらあっさりでね。それもそのはず、呪いの効果なんて精々風邪になる程度のものだったんだよ。心配してた町の奴らは本当に馬鹿だよ。」
ただのイタズラだったのに、本当に馬鹿だ。
「その魔女はね。僕の母だ。そして母は聖人だった。だからね。俺の見た目は母の写し身さ。そんなのが槍を抜いてみろ。町の奴らに確実に殺される。」
「じゃあ、一生、あの槍を眺めているだけでいるつもりなの?」
盗られないってわかっているけど、別の誰かに持っていかれるかもしれない、と思ったことは毎年だ。あの槍は僕ので、僕しか持てない。けど、いざ台の近くに行くと、足が動かなかった。本当は僕じゃ、抜けないんじゃないかと。でも。
「欲しい、いや違う。取り戻したいに決まってる!だってあれは…。」
父様が僕のためだけに作ってくれた物だ。
「じゃあ、行こう。」
「行こうって…。」
見上げた女の子は慈愛に溢れた顔で微笑んでいた。
「見守ってあげる。守ってあげる。だから、行こう。」
「あぁ!」
手を引かれてもう最後の人が終わったところに滑り込む。
「あぁ、やっと来た。」
「うん。」
僕にずっと声をかけていた人。
「行ってこい。大丈夫。お前はあの優しい妹のエリーの息子だから。」
「えっ」
ずっと妹の息子である僕を待っていてくれてたんだ。
「見守ってた人はいたんだね。」
泣きそうになったけど、泣くのは取り戻してからだ。




