11 アルフィン、初めての戦い
アニスとメルティナは両手を縛られ、馬と一緒に、木に繋がれていた。
恐らく泣き叫んだのだろう、メルティナの口には猿ぐつわがされている。
二人の脇には、頭の禿げ上がった猫背の傭兵が立ち、逃げないよう見張りをしていた。
もうひとり、ボサボサの長髪で痩身の傭兵は、崖から麓の様子を窺っている。
「キシシ、つまんねぇ仕事だったけどよぉ、こりゃあ大手柄だぁ。若ぇし、しかも貴族ときたもんだ」
そう言いつつ、猫背はメルティナの顔を覗き込む。
彼女は嫌悪感も顕わに、プイッと顔をそむけた。
「しかしよぉ、あんたは何で男の格好してんだ?」
続けてアニスの顔を覗き込み、猫背が尋ねる。
「い、家の都合よ。あなたには関係ないでしょう」
「ふぅん………、なあ兄貴ぃ、こっちはやっちまってもいいんじゃねえか?」
その言葉に青くなるアニス。しかし痩身の傭兵はそちらを振り返って答えた。
「やめとけ、一応は女だ。団長に報告してからにしとけ」
「ちぇっ、わかったよ」
それを聞き、やや安堵した顔のアニスが問いかける。
「ねえ、私たちはどうなるの?」
「売られるのさ」と、痩身が答える。
「私たちは貴族よ、売れないわ。それよりも家に帰して。帰してくれれば、それ相応の………」
「わかってねぇなぁ、あんたらみたいな若い貴族の女を、好んで買い取ってくれる、大貴族の変態紳士が世の中にはいるわけさ。もちろん公じゃない。裏ルートでな。だからもう、諦めな」
それを聞き、アニスの顔が一気に曇る。
「貴族が貴族を買うんだぜ。まるで共食いだな。そうは思わんか? ハハハハ!」
「キシッ、キシッ、キシシシシシッ!」
可笑しくて仕方が無いといった様子で、傭兵二人は笑った。
そんな二人をキッと睨み付けるメルティナ、その猿ぐつわは半分解けている。
「そんなに上手くいく筈ないわ!」
突如上がったメルティナの声を聞き、傭兵二人の笑い声が止む。
そして、やれやれといった感じで、猫背の手が猿ぐつわに伸びた。
彼女は、嫌がるように顔を引きつつ、精一杯の声で叫ぶ。
「アルフィンが、アルフィンが絶対に助けに来てくれるんだから!」
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・
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その声を、俺はやや離れた場所の、草むらで聞いていた。
自分の名前が呼ばれたことに、思わずドキリとする。
二人の身を案じつつも、俺はそのまま息をひそめた。
あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
馬はエランと別れた場所に、2頭とも置いてきた。
そして移動には、細心の注意を払ったつもりである。
傭兵たちに、俺の存在は気付かれていない筈だ。
「ハハッ、あのお坊ちゃんたちが? さて、本当に来てくれるかね?」
「来るわ。来てくれる。アルフィンは勇敢だもの!」
「ああ、俺たちも来てもらって全然構わないんだぜ。死体が二つ増えるだけだがな」
あの傭兵の言っているとおりだと思った。
このままノープランで奴らの前に出たところで、殺されるのがオチだろう。
だからこそ、何か良い策はないかと考えはするのだが、頭は空回りするばかり。
何も思い浮かんではこない。ただ、傭兵たちが、ここから動かぬよう、神頼みするだけだった。
ダメだ俺、完全に浮足立ってる。
エラン、早く騎士団を連れてきてくれ………!
しかし、俺のそんな願いも虚しく、事態は最悪な方向へと動くのだった。
▽
「遅ぇな………」
痩身の傭兵は、麓の状況と、太陽の位置を確認しつつ、そうつぶやいた。
「何かあったかな?」と猫背。
「村も三つほど襲う筈なのに、火の手は一箇所しか上がってねぇ。それに、そろそろ一人くらい、ここに来てもいいよなぁ」
そして痩身は腕組みをしつつ「動くか」と、つぶやいた。
アニスとメルティナの元へ歩み寄り、その顔を覗き込んで問いかける。
「大人しく付いてくるかい。できれば殺したくねぇ」
二人は怯えた様子で、渋々ながらも頷いた。
ついにこの時が来た。
この時のために、俺はエランと交代をしたのだ。
ここで奴らの前に出て、足止めをしなくては、交代をした意味が無い。
それがわかっていても、俺の足は震えていた。
あれだけ心を奮わせたのに………、本当、体ってやつは正直だ。
「兄貴ィ、馬はどうすんだィ?」
「ここからは山道だろう。連れてけねぇよ」
「もったいねぇなぁ」
「バカ言え、こいつらが売れたら、しばらく遊んで暮らせるぜ」
「そうかぁ、キシシ」
「ほら、先導しな。ここいらは庭なんだろ?」
「ああ、任せてくれ」
痩身が少女二人の綱を持ち、猫背がその先頭を行く。
このまま山に入られたら、もう彼らの消息は掴めなくなるだろう。
そうなれば、俺はきっと一生後悔する。それに、エランとも剣を交わし誓い合ったのだ。
絶対に、逃げるわけにはいかない。
足をぎゅっとつねる。
じんと伝わる痛覚が、固まった足に感覚を呼び戻した。
そして俺は決意をし、二人の前へ進み出る。
俺の姿を見て、アニスとメルティナの顔に明るさが戻った。
一方の傭兵二人は、やや驚いた様子であった。
「驚かすなよ、ガキの片割れか」
「待ってくれ。俺の話を聞いてくれ」
「何だ?」
「二人を解放してくれ。金は払う。あんたたちの事も………」
「おい、殺せ」
せめて最後まで聞いてくれよ………!
交渉による時間稼ぎができないことに、俺は落胆した。
何だよ、何だよこれ。どうすればいいんだよ?
ちくしょう、こいつら、見るからにザコキャラなのに。
そうだよ、俺が読んでた小説じゃあ、いちばん最初に倒されるタイプの奴らだ。
こういう奴らとの戦いで、主人公はチート能力に目覚めたり───
「アルフィン!」
アニスのその叫びが、俺を現実に引き戻した。
目の前には、弓を引き絞り、俺を狙う猫背の傭兵。
即座に横に飛ぶ。
動いた直後、俺の肩を矢がかすめた。
───危ねぇ!
木陰に隠れると同時に、俺は胸に手を当て、必死に息を整えた。
横に飛んだだけなのに、緊張のためか、もう息が切れそうだった。
一方、頭は混乱の極みにある。
どうすればいい? どうすればいい?
そうは考えるが、思考は空回るばかり、具体案が思い浮かばない。
もう一度説得しようか───などと、馬鹿なことを考えた瞬間であった。
「何やってんだ! 剣を使え、剣を! お前は弓にばっか頼っからダメなんだよ!」
「すッ、すまねぇ、兄貴ィ!」
猫背を叱咤するその声が、逆に俺をいくらか落ち着かせる。
………そうだ、俺も剣を持っていたんだった。
俺は緊張のあまり、それまで帯剣していることも忘れていた。
木陰から相手を窺いつつ、腰にある剣の感触を確かめ、それを抜く。
そして、その柄を握りしめつつ、あの言葉を考えた。
大切なものを守るための剣………。
前世でも、暴力や理不尽にさらされたことは、何度もあった。
ただ一方的に、抵抗もせず、それが止むまで、ひたすら耐え続けるのみ。
だが今は、あの時とは確実に違う。
抵抗しなければ、確実に殺されてしまう。
そして、アニスやメルティナを救わねばならない。
何よりこの心の中でくすぶっている、例えようのない感情は、あの時自分が持っていなかったものだ。
そして俺は、腹を括る。
魔法もチートも無い。
だが俺には、五年間、鍛錬を続けた剣術があった。
今はそれを信じよう。やるしかない。
そう考えた瞬間、すっと心が軽くなったような気がした。
それまで傭兵たちしか見えていなかった視界が、ぱっと広がる。
閉塞していた五感が一気に啓け、周囲にある木々の緑、肌を吹き抜ける風、小鳥のさえずり、踏みしめている大地の感触───、それらの感覚が一気に流れ込んできた。
「お坊ちゃん、隠れてないで出てきてくだせぇ。キシシシ………」
ふと木陰から向こうを覗けば、剣を抜き、ゆっくりとこちらへ歩み来る猫背の傭兵がいた。
その様子は、こちらを完全になめている。
まあ当然だろう。俺の外見は、まだ十二歳の子供なのだ。
前世の俺ですら、小六のランドセル背負ったガキとの喧嘩なら、勝つ自信がある。
だが、今はその弱さこそが強みなのだと、俺は本能的に理解した。
こいつらが、弱い俺をなめている状況を、最大限に利用させてもらおう。
俺は、猫背を最大限まで引き付けると、頃合いを見計らい、木陰から飛び出る。
そして、あらかじめ足元から拾っておいた、石と土とを、猫背に向けて投げ付けた。
それは顔にクリーンヒットし、変なうめき声を上げ、猫背はうつむく。
俺のプランでは、続けてひるんだ猫背を斬り付ける筈だった。
しかし、奴は左手で顔を抑えながらも、右手の剣を滅茶苦茶に振り回す。
うかつに近付けなかった。だが俺は、冷静に側面に回り込み、攻撃のチャンスを窺う。
そこで「危ない!」という、メルティナの声が響いた。
見るとそこには、右手を大きく振りかぶり、こちらに短刀を投げようとする痩身の傭兵。
思わず飛び退く俺、と同時に、メルティナはその足に体当たりをする。
ウェイトが違いすぎるためか、転倒はさせられなかった。
しかしバランスを崩させるには十分。その短刀は、あらぬ方向へ飛んでゆく。
「このクソガキがッ!」
憤慨した痩身はメルティナを蹴り付けた。
───危ねぇ! そうだ、もう一人いたんだ!
目の前の敵に没頭してしまい、痩身の傭兵の存在を忘れていた。
メルティナのサポートがなければ、背中に短刀が突き立っていたかもしれない。
そして、その間に、猫背の視力は回復してしまったようだった。
「てめぇ、許さねぇッ!」と叫び、怒りのままに剣を振り下ろす。
ガッという鈍い金属音。
俺はその剣を、どうにか受け流す。
それならば───と、猫背はさらに剣を振りかぶる。
二合、三合、四合と、静かな森に剣撃の響きがこだました。
怒りのためか、その攻撃はやや大振り、どうにか見極め、受け流すことができる。
この辺は、普段の訓練で、ガイアンが容赦なくしごいてくれた賜物であった。
しかし反撃するのは、なかなか難しかった。
俺の剣はやや短め、そして大人と子供のリーチの差もある。
そして、猫背の傭兵が着込んでいる甲冑。これがまた厄介であった。
甲冑ごと斬るのは、俺の筋力では無理だ。狙うポイントは限られてくる。
片や俺は甲冑など着込んでいない。
今向けられている攻撃が、一発でも当たれば、それが即致命傷となるだろう。
まあ、俺が無防備なことも、猫背が大振りしている要因となっているのかもしれないが。
そんなわけで、俺は全く反撃できず、どんどん押されて後退していた。
いや、全くのノープランだったわけじゃない。
後退しつつも、とある場所へ誘導していた。
そして頃合いを見計らい、大きく飛び退く。
すかさず目線を落とし、その存在を確認すると、構えていた剣を下ろした。
「おっ、おおっ、ついに観念したかぁ?」やや息を乱しつつ、猫背は言う。
「た、助けてくれない、かな?」
「キシシッ、いや───」
猫背のセリフが終わらないうちに、俺は足元にあるそれ───地面の草陰に突き立ったナイフに、つま先を当てがった。
そう、先ほど痩身が投げ、あらぬ方向へ飛んで行ったナイフである。
そして猫背に向かい、それを一気に蹴り抜く。
ほぼ運任せな作戦であった。
だが、一直線に飛んだ短刀は、猫背の左頬を直撃し、貫通する。
本当は喉元を狙ったのであるが、それでも上出来すぎる結果であった。
口からぼたぼたと血を垂らしつつ、猫背は声にならない悲鳴を上げて狼狽した。
今度はさすがに剣を振り回す防衛行動もしてこない。
すかさず俺は前へと踏み込むと、その喉元へ、剣を突き立てた。
ぷしゅっと、何かが弾けるように、血しぶきが上がり、俺の頬を染めた。
鉄っぽい血の匂いと、ずしっと両手にのしかかる重い感触。
猫背の傭兵の両目から、徐々に光が失われてゆく。
やった………のか?
だが、あまり感傷にひたる時間は無い。
この後、痩身の短刀が来るかもしれないことを、俺は学習していた。
すぐさま剣を抜き、木陰へと走る。同時に猫背は前のめりに倒れ込んだ。
「ほぉ、やっちまったか。悪かったな、少し侮っていたよ」
そう、痩身の傭兵の声が響く。木陰からチラチラと様子を窺う俺に、奴は続けた。
「出てこいよ。出てこないと、このお嬢ちゃんをブスリとやっちゃうぜ」
その言葉に、俺は渋々ながら木陰から出た。
痩身は、少女二人を前に立たせ、自分は短刀を片手にこちらを見ている。
慎重に、ゆっくり近付く俺は、何とか短刀を回避できるであろう安全圏で足を止める。
果たしてどんな要求をされるのか、そう考える俺に、奴は言った。
「交渉しようか」
「………交渉?」
「そうだ」
そこからしばらく、人質を解放した場合の身代金とか、奴の身の安全について話すことになった。
とはいえ、この痩身の傭兵が、本気でこの話をしているとは思えなかった。
何しろ交渉相手が俺、十二歳の子供である。俺は少し混乱しつつも、奴の真意を探る。
そして、ひとつの結論に至った。
奴も、時間稼ぎをしているのだ。
人質を取っているとはいえ、人数的には三対一。奴は数的に不利だった。
もしも俺がやけくそになり、アニスとメルティナと一斉に奴を襲ったら、勝機はこちらにあるかもしれない。
まあ、二人を助けたいから、俺はそんな選択はしないが。
ともかく、奴はそれを恐れているんだろう。
そして、奴らの会話の中に、この場所に集合するような話があったのを思い出した。
この痩身の傭兵は、その仲間を待ち、人数的に再び優位に立つことを狙っているのだ。
そこで俺はエランの顔を思い浮かべる。
上等だ。こっちだって、エランが騎士団を、この場所に連れてくる手筈になっている。
俺は、傭兵団よりも、エランが騎士団を連れてくることを信じよう。
───その賭け、乗った!
それからしばらく内容の無い話が続いた。
会話はしているものの、あまり話はかみ合っていない。
お互い周囲にキョロキョロ目配せし、そわそわと落ち着きがなかった。
アニスとメルティナは、少し不思議そうに俺たちの会話を聞いている。
だが、ほどなく結論は出た。
山の奥の方から聞こえる足音。俺と奴は、同時にそちらを見やる。
やがて姿を現したのは、山登りのためか、重い甲冑を脱ぎ、軽装になった親父の姿。
「アルフィン!」
その掛け声に、俺の顔は自然とほころぶ。
───エラン、やったぜ!
賭けは、俺の勝ちだった。
エランは騎士団を呼んでくるという大役を見事に果たし、俺も傭兵をこの場に繋ぎ止めた。
全てが上手く回っている。この時、俺は勝利を確信した。
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