12 アルフィン、受け入れ難い現実
ウェインに続き、グルガンを含む数名の騎士たちが到着し、完全に形勢逆転となった。
それを肌で感じたのか、痩身の傭兵の顔は一段と険しくなる。
「メルティナ!」と、絞り出すようなグルガンの声。
それに応えるように、一歩進んだメルティナの体は、繋がれた綱によって引き戻された。
「おい、動くんじゃねぇよ」と、ドスの効いた声で、痩身の傭兵は警告する。
「おい、貴様の仲間は掃討された。大人しく投降しろ。そうすれば、命までは………」
「うるせぇ、信用できっかよ!」
ウェインの呼びかけを最後まで聞かず、傭兵は狂ったように叫ぶ。
そして左手に持つ綱をぐいっと引っ張ると、茂みの方向へ向けて移動を始めた。
「おい、ゆっくりだ。ゆっくり移動しろ。変な気を起こすんじゃねぇぞ………」
そう言いつつ、傭兵はくいくいっと綱を引っ張り、少女二人を盾にしたまま背後へと誘導してゆく。
茂みに入り、そのまま山の中に逃走されるのは、何としても避けたい。
親父の到着に、俺は勝利を確信したわけだが、どうもそう上手くいかないらしい。
人質が二人いるというアドバンテージは、やはり大きかった。
ジリジリと進む騎士たちに、傭兵は怒鳴り声で警告する。
「おい、近付いてんじゃねぇ! 止まれ! ブスリとやるぞ、ブスリとッ!」
そう言われると、騎士たちは足を止めるしかなかった。
いや、ただ一人、諦めずに進んでいる者がいた。メルティナの父親、グルガンである。
彼としては、娘を取り戻したい一心なのであろう。顔に悲壮感を浮かべ、必死に呼びかける。
「命の保障はする。だから、だからっ、その子たちは………!」
「うるせえぇ、だから近付くんじゃねぇよ!」
しつこいグルガンに辟易したのか、傭兵はその右腕をアニスの首に回し、頬に短刀を突き付けた。
その行為に、場の雰囲気が、たちまち凍り付く。
「おい、おめえら、本気じゃねぇと思ってんのか? 俺は本気なんだぜ」
そして、ひきつるアニスの左頬に、すっ───と、それを引き下ろした。
ぷつぷつと、傷口に浮かぶ赤い血の玉が繋がり、どろっと血の流れを作る。
アニスは悲鳴を上げてうずまり込んだ。
「へっ、人質は二人いるんだぜ。一人減らしても、俺ァ構わねえんだ」
その瞬間、その場の誰もが、この場の主導権は傭兵にあることを感じただろう。
固まる騎士たちを見渡し、自分の独壇場になったことに満足したのか、傭兵はニヤリと笑うと「おい、行くぞ、立つんだよ!」と、アニスの綱を引く。
そして、アニスを立ち上がらせようとした、まさにその瞬間───、
シュッという風切り音。
照り付ける陽光に反射し、白刃の閃光が横一線に煌めいた。
ほぼノーモーション。ウェインが放った短刀は、傭兵の左腕に突き立つ。
盾となっていた二人の少女の片割れ、アニスがうずまり込んだことで、傭兵に隙ができていた。
「ぐあっ!」と、低いうめき声を上げて、傭兵はよろけた。
「こっちに走れ!」ウェインは、傭兵に向かいダッシュしつつ、少女二人に呼びかける。
その声に、アニスとメルティナは、ほぼ同時にこちらへ向かって駆け出した。
二本の綱は、すでに傭兵の手から離れている。
───助かる!
暗闇に、ぱっと差し込む光のように、希望が見えていた。
きっと、俺の顔には、わずかな笑みが浮かんでいたことだろう。
だが、現実は無情だ。
天上の神が、二人の少女の運命をもてあそんだとしか、俺には思えない。
その時、少女二人の運命を分けたものは、いったい何だったのか。
それは、髪の毛の長さであった。
憎悪の表情もあらわに、傭兵は左手を前へ伸ばす。
必死の形相で走り出す二人のうち、メルティナが髪を掴まれ、大きくのけぞった。
───!
希望が見えていた分だけ、その光景はあまりにも無情であり、残酷だった。
騎士団の到着に安堵した俺は、完全にその舞台から降り、傍観者になっていた。
頭は混乱し、動くこともできず、ただその場に立ち尽くし、事態を見守る。
そして、その光景は、やけに遅く、スローモーションに見えていた。
そう、前世の最期、俺がトラックに轢かれた時のように。
背後に引き倒されてゆくメルティナと視線が合う。
その顔に浮かんでいたのは、絶望。
背後から伸びた死神の手に抗うように、彼女は前に手を伸ばす。
すがるような表情で、彼女は何かを叫んだ。
その時、俺は何を叫んだのだろう。
彼女に向かい手を伸ばしつつ、やっと踏み出せた一歩。
彼女との距離は、果てしなく遠く感じた。
引き倒されるメルティナと、それに覆いかぶさるようにして、短刀を振り上げる傭兵。
ウェインは抜刀し、その振り上げられた腕へと、剣を一閃させる。
───だが、その剣は空を切った。
俺は飛び込んできたアニスを抱き留めつつ、彼女の肩越しに、その光景を見た。
短刀が、メルティナの背中に振り下ろされる、その光景を。
心臓がビクリと動き、息が詰まった。
嘘だろう?
こんなことが、現実に起こる筈が無い!
ウェインが傭兵を蹴り飛ばす。
地面に転がる傭兵に、グルガンが駆け寄る。
「よせ、殺すな!」と、叫ぶウェインを無視し、グルガンは即座に抜刀をした。
そして、叫び声を上げつつ、その剣を傭兵へと突き立てる。何度も、何度も。
現実………なのか?
ウェインは何かを叫びつつ、グルガンを背後から制止する。
グルガンは、傭兵の返り血を浴びて真っ赤になりつつ、憎悪の表情で叫び声を上げていた。
普段、温厚なグルガンが、剣を振り回しながら、制止するウェインを振り払おうと暴れている。
倒れたメルティナの元へは、他の騎士が駆け寄る。
うつぶせに倒れた彼女の背中、そこにある真っ赤な血の染みが、少しずつ広がりを見せていた。
俺は泣きじゃくるアニスを抱きしめたまま、その場を動けずにいた。
ぴくりとも動かないメルティナに、最悪のケースが頭をよぎる。
いや、そんな筈がない。
だってさっきまで………、
笑ったり、怒ったり、怖がったり。
そうだよ、あの傭兵に体当たりして、俺を助けてくれたんだ。
先ほどまでの、躍動感あふれるメルティナの映像が、脳裏をかけめぐる。
だが、目の前の彼女は、動かない。
受け容れられない。
認めない。
死ぬはずが無いんだ。
だって……、
だって…………、
………。
その理由を、俺は最後まで見つけることができなかった。
◆◇◆◇◆
俺の気持ちをあらわすように、外は漆黒の闇だった。
星ひとつ無い空から、霧のような細かい雨が舞う。
ごうっと、どこからか風の音がこだました。
俺は自分の部屋でベッドに座り、淡く滲むランプの灯りを、ただ眺めていた。
いつか来るであろう、その報告を待ちながら。
カツカツと、遠くから近付く足音。そして、ゆっくり開けられる扉。
親父は、俺の姿を見て、いったん立ち止まる。
俺に、それを聞く覚悟があるのか、見定めているようだった。
「アルフィン………」
「………うん。聞かせて」
ウェインは俺の隣に腰掛けると、そっと告げる。
メルティナの死を。
覚悟はできていたが、胸が痛んだ。
いや、俺は本当に、覚悟ができていたのだろうか。
心のどこかで、1パーセントにも満たない希望を、期待していたのではないか。
そう考えてしまうほど、次から次へと、悲しみがあふれ出す。
メルティナはもう、戻らない。
もしも魔法で生き返らせることができたなら。
時間を巻き戻して、彼女が死ぬ前に戻れたなら。
今度はそんな空想に、思いを馳せる。
だが、そんな事はあり得ないという現実を認識するたび、その悲しみは何倍にも膨れ上がり、俺の心を締め付けるのであった。
これは、まぎれもない現実だ。
受け止めなくてはならない。
そう考え、うなだれた顔を上げる。
すると俺の目の前には、ウェインの手があった。
そこには、白い紙で包装された、小さな四角い包みが握られている。
思わずウェインを見上げた。
「これは………?」
「………メルティナが持っていた」
再びその包みに、目を落とす。
そこに、つたない字で、書かれた文字。
『アルフィン、誕生日おめでとう』
そして箱の片隅には、付け加えるようにこう書かれてあった。
『私は、あなたが好きよ』
・
・
・
瞬時に、あの時、微笑みながらこちらへ告げてくるメルティナの姿が、フラッシュバックした。
───へぇ、アルフィン誕生日だったんだね。何かプレゼントしなくちゃだね。
自然と、俺の両目からは、涙がこぼれ落ちる。
ごめん、ごめん、メルティナ………。
君を守ることができなかった。
あの時、どうして俺は、君を止めなかったんだろう。
どうして、あんな場所に、連れて行ってしまったんだろう。
どうして、君を忘れて、俺は逃げてしまったんだろう………!
次々と湧き上がる後悔の念に、あふれ出す悲しみ。
もはや、感情をコントロールできず、俺は泣きじゃくる。
そんな俺を、親父はしっかりと抱きしめた。
・
結局、俺はメルティナのプレゼントを、開けることができなかった。
それを開けてしまうと、その中に詰まった彼女の想いが、どこかへ飛んで行ってしまうような気がした。
そして、彼女と俺の物語は完結し、終わりを迎えてしまうような気がしたのだった。
◇◆◇◆◇




